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㉗ 萩城(山口県萩市堀内1-1) 1

㉗ 萩城(山口県萩市堀内1-1) 1

   

関ヶ原の戦いの西軍の総大将、毛利輝元。

完璧に負けた。

山陽・山陰8ヶ国112万石から周防・長門2ヶ国の29万8千石に減らされ国替えを命じられた。

やむなく、広島城に代わる新たな居城として1604年、萩城を築く。

輝元はその年には、萩城入し、自ら築城を指揮し、手塩にかけて築城。

1608年、指月山の山麓にある平城(本丸・二の丸・三の丸)と山頂にある山城(詰丸)を築き上げ、家康に臣従を誓いながらも、毛利氏の意地を見せる名城の築城を成し遂げる。


妙玖(みょうきゅう)、元就の妻・隆元の母

西国の覇者、毛利家の居城は吉田郡山城(広島県安芸高田市)から、広島城へ、そして萩城に移る。

広島城・萩城を築城したのは輝元。

吉田郡山城で生まれた。


輝元の母、尾崎局は、周防・長門・石見・豊前・筑前守護、大内義隆の養女。

山口から吉田郡山城に来て、毛利家嫡男、隆元(1523-1563)と結婚した。

隆元は西国の雄、元就(1497-1571)と妻、妙玖(みょうきゅう)(1499-1546)の間に生まれた嫡男。

2人が結婚する頃、毛利家は、まだ大内家に従う配下の国人でしかなかった。


隆元の母、妙玖(みょうきゅう)は1499年、安芸国の有力国人、吉川家当主、国経の娘として小倉山城(山県郡北広島町)で生まれる。

国経の妹である、妙玖(みょうきゅう)の叔母が、山陰地方の覇者、尼子(あまご)(つね)(ひさ)(1458-1541)の妻だ。

尼子氏嫡男、政久を生んだ。

尼子(あまご)(つね)(ひさ)は、出雲守護であり十一ヶ国太守(出雲・石見・隠岐・伯耆・備後の山陰が中心で他地域は流動的)だった。


尼子氏後継、政久の外祖父となった吉川家は、一躍、尼子家中で存在感を増し、安芸国での勢力を広げる。

毛利家はじり貧状態だった。

妙玖(みょうきゅう)が生れた頃、吉川家は、毛利家を上回る勢力があった。


尼子(あまご)(つね)(ひさ)の野心はまだまだ大きい。

そんな(つね)(ひさ)が、毛利元就の資質を見抜き、毛利家を強く配下に置こうと、妻の実家、吉川家でお気に入りだった妙玖(みょうきゅう)との結婚を決めた。


元就に目を止めたきっかけは、1517年、有田中井手(山県郡北広島町有田)の戦いだ。

武田勢と毛利勢との戦いだ。

尼子氏と大内氏がそれぞれの後ろに控えていた。


武田氏は、旧安芸守護だったが、凋落してしまった。

当主、武田元繁は、かっての力を取り戻したかった。

そんな時、1516年、毛利家当主の元就の兄、興元(1492-1516)が亡くなり、毛利家中は混乱した。

武田元繁は幸運が巡り来たと、毛利家に奪われた領地を取り戻すと勇んで戦いを仕掛けた。

周辺の国人衆は武田勢勝利を確信した。


攻め込まれた毛利方の大将が、元就。

質・量ともに上回る武田勢が圧倒的に優勢だった。

元就は、卓越した戦術で絶体絶命の危機を跳ね返す。

敵方大将、武田元繁を討ち果たし、勝利者となる。

皆の予想を裏切り、元就が鮮やかに撃退した。


尼子経久は、元就の武将としての資質に目を見張る。

味方にすべき武将だと、妙玖(みょうきゅう)との結婚を持ち掛けたのだ。

吉川家と毛利家は領地を接し、元就の叔母、松姫(父の妹)は妙玖(みょうきゅう)の兄、元経(1459-1522)に嫁いでいる。

縁は重なっており、違和感はない。


毛利家中は、後継の興元嫡男、幸松丸(1515-1523)が1歳とあまりに幼く動揺していた。

尼子経久は、この機会に乗じて毛利家への影響力を強めようとしたのでもある。

当主になれそうもない次男、元就であり、吉川家の娘との縁談は良縁だ。

元就は、喜んで承諾する。


翌1518年、妙玖(みょうきゅう)は元就の居城、多治比猿掛城(安芸高田市吉田町多治比)に嫁ぐ。

吉田郡山城の支城になる堅固だが、小さい城だ。

ここから、元就は、経久の指示で戦うことが増える。


興元は幸松丸後見に義父、高橋久光(1460-1521)と元就を指名し亡くなる。

高橋氏は尼子方の石見(島根県西部)の有力国人だ。

以来、久光は外祖父として、毛利家の実権を握る。

まだ若い元就は無視されるが、どうすることもできず、ただ見ているだけだった。


毛利家中で地位を高めたい元就は、思い通りにならず苛立つ。

欝々した気分を晴らすため、妙玖(みょうきゅう)との新婚生活を楽しんだ。

夫婦仲睦まじく、1519年に長女が生まれる。

すると久光は、生まれて間もない元就長女を一門と縁付けたいと引き取った。

元就を配下にするための人質だ。

妙玖(みょうきゅう)は、長女と離れるのはつらすぎたが、両家の絆になると言い聞かせ見送る。


1521年、高橋久光が亡くなる。

耐えて、ひたすらこの日を待っていた元就の出番が来た。

押さえつけられていた悔しさが怨念となり、復讐心に変わる。

武将として頭角を現し、尼子経久の後ろ盾もあり、自信に満ちていた。

以後、じわじわと高橋氏との距離感を変え、配下にしていく。


妙玖(みょうきゅう)は、1523年、待望の嫡男、隆元を多治比猿掛城で生む。

1525年、次女、五龍局が誕生。

1530年、次男、元春が誕生。

1533年、三男、隆景が誕生。

と毛利家を飛躍させる子を産み、奥を守る家刀自として力をつけていく。


1523年、甥、幸松丸が亡くなり元就が毛利家の家督を継ぐ。

妙玖(みょうきゅう)は毛利家の居城、吉田郡山城に移り、奥を仕切る立場になる。

元就は26歳、周辺では一目置かれる存在であり、待ちかねた当主の座だ。

ただ、家中の総意での引き継ぎではなく、弟、相合元綱を推す重臣もいた。


1524年、相合元綱を擁す勢力が立ち上がった。

追い詰められた高橋氏や元就の台頭に恐怖した尼子氏や有力家臣が擁し、戦いを挑んだのだ。

元就は、家老、志道広良らに支えられ必死になって立ち向かい当主の座を守った。

それからの元就は、粛清の嵐を巻き起こし、反逆者を厳しく罰し、当主の座を絶対とする。


高橋久光を継いだ若き興光(おきみつ)に対しては、煮えくり返る思いで、入念に謀略を行ないつつ周辺を味方にした。

そうして高橋一族を分断し、かき回し、身内の争い、内紛を起こさせた。

1529年、高橋氏は自滅し、滅亡する。


だが、この間、長女は行方不明になり、それっきりだ。

妙玖(みょうきゅう)は、何度も何度も見つけ出すように願い、探したが駄目だった。

「(元就は長女の)救出に積極的でなく高橋家を油断させる為、最後まで利用した」と思わざるを得なかった。

とめどなく泣いた。   

妙玖に元就を理解できない不安に陥れた衝撃的な出来事だった。


1531年に父、吉川国経が亡くなり甥の(おき)(つね)が後を継ぐ。

若き(おき)(つね)は元就と比べようもなく未熟で、元就は吉川家を配下として扱い始める。

今まで、吉川家は元就の庇護者だと自認し、指示することが多かった。

元就には耐えがたい許しがたいことだった。


(おき)(つね)もかっての弱かった毛利家を知っており、豹変した元就が許せない。

自分の力を見せつける時を待つ。

妙玖(みょうきゅう)は、吉川家を乗り越え先を見ている元就に不安を覚える。

吉川家を守って欲しいと頼むが、元就は関心を持たない。


元就は、はるか先を見据えていた。

元就の家督相続に反対し、弟、相合元綱を扇動した尼子氏に見切りをつけたのだ。

そして、頼むべき後ろ盾を周防の戦国大名、大内家と決め、急速に近づき従った。

大内勢の一角を占め、尼子勢との戦いの先陣となる。


1537年13歳の嫡男、隆元を大内家当主、義隆の本拠、山口に人質に出した。

隆元は、妙玖(みょうきゅう)の存在を毛利家に示す宝だったが、離れ遠くに行った。

長女に続くようで寂しくつらい。

元就に子に対する愛情が少ないのではと思ってしまう。


人質となった隆元がどう過ごしているか心配でかなわなかった妙玖(みょうきゅう)だった。

ところが、隆元は大内義隆に気に入られ、西の京と言われる高い文化を誇る山口で贅沢にもてなされた。

隆元は、すっかり山口が気に入り、大内勢の一角を担うことに誇りを持つ。

同じ様に人質となり、国元を離れ山口に在する武将との付き合いも面白かった。似た境遇であり、話が合う武将も多く、積極的に交友し人脈を広げる。

その間、見事な元就の戦いぶりが山口でも評判になるほど、毛利家は強くなる。


元就は、尼子氏に脅威を与えていく。

尼子氏当主、晴久(経久の孫)はいらだち、早急に元就を討ち果たすべきだと決意した。

1540年、尼子勢総力を挙げて吉田郡山城に攻め込む。

元就は毛利勢だけではとても食い止められないと、後ろ盾、大内家の支援を頼む。


その時、隆元は、大内家の為に尼子氏と戦うようと吉田郡山城に戻らされる。

隆元の初陣となる。

妙玖(みょうきゅう)は成長した隆元と再会し無事を喜ぶ。

隆元は大人になり、毛利家嫡男としての風格を備えていた。

大内氏を信奉し、その一翼を占めることに誇りを持っていた。


隆元の姿に寂しさを覚える妙玖(みょうきゅう)だった。

時代が変わってしまったことに体中に冷たい風が吹く。

尼子氏・吉川氏と毛利家をつなぐ架け橋のはずが、毛利家を大内氏に結び付けてしまったのだ。

実家、吉川家は、元就の説得に応じず、尼子勢の重要な一翼を占めたままだ。


元就は、広大な吉田郡山城に城下の領民を集め籠城戦で迎え撃つと決める。

妙玖(みょうきゅう)には始めて目の前で起きる血なまぐさい戦いだ。

もちろん、女主としてひるむことなく先頭立って兵を鼓舞した。

城内に引き入れた女子供を指示し、一丸となって出来ることは何でもする。


それでも、尼子勢はあまりに多く、毛利勢は追い詰められた。

頼みの大内勢の支援はまだない。

もはやこれまでと覚悟した。

その時、待ち続けた援軍の大内勢が到着し、勇気百倍、共に強気で討ってでた。

長期の戦いで厭戦気分が漂う尼子勢は士気が低く、毛利勢は強くなっていた。


大内・毛利連合軍は、尼子勢を追い返した。

奇跡的な大勝利に家中は沸く。

妙玖(みょうきゅう)は隆元の戦いぶりを目の当たりにし、毛利家嫡男を生み育てるという第一義の役割が終わったとしみじみ思う。


 生まれ育った大好きな実家、吉川家を忘れることはできないが、毛利家の要になったことを、まざまざと知らされた。

吉川家の将来に暗雲が漂っている。

毛利家の奥の要としての力で、吉川家を毛利家家中に取り込む覚悟を決めるが。


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