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⑰安土城(滋賀県近江八幡市安土町下豊浦)2

⑰安土城(滋賀県近江八幡市安土町下豊浦)2


■濃姫の子たち

濃姫は、父、道三の立場が弱くなっていくと感じ、苦しくつらい決断をする。

結婚後、7年経っても両家の架け橋となる期待の男子は授からず、我が子の誕生をあきらめたのだ。

信長の愛は感じるが、結婚初夜の惨めさ、子の授からない挫折感に結婚生活への夢が薄らいでおり、悲しく父母を思い涙するが、決意した。


側近に促され、自らの地位の安泰と信長の為に、道三の後継ぎにもなる斉藤家の血筋を引き継ぐ信長の男子の誕生を急がなくてはならないと決めた。

似合いの女人を捜し始める。

濃姫が相談するのは、濃姫と信長の結婚を取り持った斉藤道三家老、堀田道空だ。


堀田道空の妻は、母の妹、明智家の女人だ。

亡くなった先妻は、大橋家の生まれだ。

とても頼りになり、なんでも話せる濃姫の家老でもある。

堀田家は有力な津島(愛知県津島市)衆だった。

津島は古く鎌倉時代から天王川(木曽川支流)が注ぎ込む天然の良港として賑わい、次第に、尾張の陸・海の玄関口として莫大な富を生み出す商都となった。

津島を治めるのは「四家・七名字・四姓」の土豪15党から構成された津島衆だ。

結束は強く、美濃と尾張の権力者の間で均衡を保ち、独立色を持ち続けた。


南北朝の時代、後醍醐天皇の孫、(ゆき)(よし)王が吉野を出て各地を転戦した。

津島の出身である大橋家、岡本家、山川家、恒川家の四家も親王に付き従った。

(ゆき)(よし)王が戦死し、四家は(ゆき)(よし)王の子、良王を津島社の神職に迎えた。

南北朝が一つになると、大橋家は親王と縁を結び、皇族の血筋を受け継いだ。

そして、四家の長となり津島最大の実力者となる。


各家は通婚を繰り返しており、庶流として堀田家、平野家、服部家、鈴木家、真野家、光賀家、河村家の七名字家が生まれる。

この11家に宇佐美・宇都宮・開田・野々村の四家を合わせて15家で、10万石を遙かに超えると言われた豊かな財力を生み出す津島を治めた。


筆頭、大橋家は武力を持ち教養深く尊敬された。

勢力範囲は広く、家康の祖母、お富の方の母も大橋家ゆかりの女人だ。

だが、戦国時代となり、勇将、織田信秀が現れ、莫大な富を握る津島衆を支配下に置きたいと今までの均衡を破り、領地を巡り戦いを挑んだ。

大橋家当主、重長は受けて立つ。


津島衆・川並衆が加勢し大橋家は、一歩も引かない戦いを始めたが、歴戦の強者、信秀には太刀打ちできず、敗北する。

大橋家当主、重長は信秀の娘、くらの方(信長の姉)を後妻に迎える事を了承し和睦する。

以後、津島衆・川並衆は織田家の配下に組み込まれ、織田家の財力に大きく貢献する。

こうして、大橋重長は信長の義兄になり、近くの勝幡城で生まれた信長は津島の財力に支えられ英雄の道を進む。


津島の町は津島社の門前町としても賑わった。

(さい)(えき)をもたらす神が鎮まった地、津島を守る厄除けの神社だと、津島信仰の人気は高く多くの人々がお参りに来る。

宮司の家系、大橋家らの影響を受け、信長も信仰心を持ち、氏神と仰ぎ庇護する。


津島社の神主を務めていたのが、大橋家の分家、祖父江家。

堀田家も宮司の家系だ。

大橋家・堀田家は、津島神社社家や武家や商人となり広がり、縁戚関係も入り組んで続いた。

つまり、堀田家・祖父江家は縁戚であり、繋がっていた。


そこで、堀田道空は祖父江氏の娘を見つける。

堀田道空は美濃斉藤家の重臣だが、祖父江秀重は信長の近習から奉行となり、今では側近として重用され順調に出世していた。

この頃、信長と道三は親しく、どちらの家臣であっても、親しい関係だ。


濃姫は、堀田道空の推す女人に会い、美濃守護土岐家(明智氏)、美濃守護代斉藤家の血筋も入っていると確認した。

信長好みの美女であり、気に入られるに違いないと納得、まず自分の侍女に召し抱えた。


濃姫はまだ21歳。

信長と離れていく寂しさはあるが、父は追い詰められている。

信長が父と共に兄、(よし)(たつ)を排除し美濃を制し治めることが、父の意志だと覚悟を決める。

そのために、早急に濃姫が信長後継の母になることが必要だ。


濃姫は、清洲城内で信長と共にぬくぬくと暮らし、正室としての威厳は保たれている。

今、すべきことは父を守ることだと心に言い聞かせる。

父の意に沿う後継を決め、父を守るのだ。


その女人は、祖父江秀重の娘、お美の方。

濃姫は、気心を通じ合うことができ、指示に従うと確認できると、思いを話した。

お美の方に異存はなく「(濃姫の)お考えのままに仕えます」と頭を下げた。

ここで、信長に引き合わせる。

信長もお美の方に託された濃姫の思いに応え、男子が生まれることを望み受け入れた。

ところが、まもなく、1556年5月、道三は義龍に殺された。


濃姫は父から「一番我が心を理解する姫だ」と聞かされ、とても嬉しかった。

だが父を救えなかった。

父の苦痛に歪む顔が目に浮かび、申し訳なさで唇を噛みしめる。

信長とは「織田家より斎藤家が上だ。主君筋になる」と父に教えられ、結婚している。

事実、結婚以来、道三は惜しみなく信長を支援した。


そして、信長は大きくなっていった。

当然、必死になって、父を救うと信じていたが、信長の救援は間に合わず、父は殺された。

信じがたい事実を突きつけられ、濃姫は、信長を冷静に厳しく見つめる。

どう考えても、父を救う道はいくらでもあったはずだの思いは捨てられず、濃姫への愛も疑い始める。


信長も道三を救えなかったと肩を落とすが「我こそ道三の後継者」だと、張り切って道三の弔い合戦を始める。

濃姫の夫であることが、大義名分だ。

道三を受け継ぐ婿として美濃衆をまとめ、美濃の覇者となると燃えていた。


濃姫の勧めたお美の方は、嫡男、信忠、第一の姫、徳姫を生む。

濃姫は、二人の嫡母として、正室の座を守る。

父への報告はできなかったが、父も納得するだろう。


だが、美濃は信長が制し、斎藤家は信長の一家臣となってしまう。

斎藤家が再興できるよう信長に願うが、濃姫が思うようには取り立てない。

やむなく、濃姫自身で近しい身内・旧臣が織田家に召し抱えられるよう尽力する。

信長と濃姫の心は離れていく。

故郷、岐阜城に信長とともに入る濃姫。

感慨深く父母を篤く弔い、故郷に戻った懐かしさで涙ぐむが、信長への目はどうしても冷ややかになる。


こうして信長は、美濃を足掛かりに、近江から京を制し、天下取りの道を歩む。

そして、天下布武の城、安土城を築く。

濃姫は、自らの存在があったゆえに信長の野望が実現していくのを見続けた。

 父、道三が見込んだ信長の進んでいる道は、期待通りかもしれないと思う。

だが、濃姫にとって天下は必要ない。

故郷の岐阜城で十分だった。

安土城の女主になることは望まなかった。


信長には男子、11名。女子、10名の子がいたとされる。

他にもいる可能性が大と思われるほど、女人との付き合いは多い。

だが、信長は、熱い愛のドラマを残さず消え去った。

この21人を生んだ母との様々な愛もあったはずだが、具体的には残らない。


『久昌寺縁起』『武功夜話(前野家文書)』は、信長の意向に沿って書かれたものではなく、真偽が疑われる所も多い。

残された手紙は、信長の優しさが溢れているのもあるが、情熱的な愛の軌跡は見つからない。『武功夜話(前野家文書)』は、生駒の方の縁者が書き残しており信用できない部分がある。

信長の女人への愛の真実の姿は、はっきりはしないが、それでも、信長の愛した女人の筆頭が、濃姫だった。


信長は、子達を政略結婚の重要な駒とし勢力を伸ばす構想は持たず、多くを期待せず、気楽に扱っている。

要所要所に養子に出し乗っ取ったり、政略結婚もあるが、臣従させた相手との結びつきを強めるためが多い。

それほど優秀ではない子が多く、父親としての愛が希薄だったとも言えるが、姫に関しては、心やすい縁者と結婚することで、幸せになるようにと思う優しい父だった。


姫達の結婚は、家中の結束を強め、臣従する武将との繋がりを強めるため決められた。

それで十分、織田家に尽くす役目を果たす。

結婚が政治的行為である以上、婚家の動向・経済力・忠誠心その他諸々の情報を得る為の役割を担った輿入れだが、それほどの重要性を持たせなかった。


姫は、信長の家臣及び臣従武将との結婚で、主君の姫として丁重に崇められて迎えられ、自由に気楽な暮らしを得るはずだった。

信長が生存中は、その通りだった。


その枠に収まらなかったのが長女、徳姫(1559-1636)だが、婚約の時点では、濃姫は、気楽に付き合える、良縁だと祝福した。

濃姫が我が子としたのは、信忠・徳姫の二人だけだった。


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