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・第三王子の場合



前回の更新から長く間が空いてしまいました

申し訳ございません 


お話が長くなってしまったのでお時間がある時にお読み下さい


宜しくお願い致します。


※誤字脱字報告、有難う御座いました!

誤字脱字と言うか意味を間違えておりました

(;^ω^)お恥ずかしいです。





「こんな僕を愛してくれる人なんて、本当にいるのかなぁ…」


そう呟くのはこの国の第三王子、ヒューイ・アルヴァン。

王家の特徴を携えた翡翠色の瞳と金色の髪は耳上に揃えられ緩い巻き毛はふわりと波打つ。

上の兄2人にとても可愛がられ、性格は真っ直ぐで優しい良い子に育った。


ヒューイは今月の15日で17歳の誕生日を迎える。

17歳とはアルヴァン家の兄弟の命運がかかる恐ろしい年。

どうしても17歳であるうちに運命の人に出会わなければならない。


長男であるジークは17歳で運命の人に出会わなかった。

その為、現在もジークの呪いは解けていない。

本人は呪いの事を余り気にしていないようだが、後継者の事を弟たちに委ねなければならないと決まった時に常日頃、威風堂々としたジークが心から申し訳ないと気落ちした姿が忘れられない。


しかし二番目の兄であるティムに運命の人が現れ、肩の荷が下りた様だ。

最近では呪いの影響はあるものの笑顔を見せてくれるようになった。

兄二人に可愛がられている末っ子王子に掛けられた呪いとは【この世で一番の醜い男】


ただ、ヒューイは少し希望を持っている。


それは第二王子であるティムが自分の運命の人を見つけた時に話した

「運命の人の前では真実の姿が最初から映し出されているのではないか?」と言う事。と言うのもティムの婚約者は始めから呪いの影響が分からなかったと言うのだ。

ティムの呪いは愛猫がもう一人のティムになってしまう(しかも全く同じ行動と言動をする)と言うもので一目みたらわかる呪いだ。


もしかしたら僕の運命の人も最初から本来の姿が見えるのでは…。

なんて淡い期待を抱いている。

だが自分も今の真実の姿がどの様に成長しているのかは分からない。


ヒューイの現状は

身長が170㎝くらいで、一般人男性と同じように普通の食事量と厳しめの運動をしているにも関わらず体重が100㎏を超えていた。

そして顔は赤くニキビがたくさんあり、目元も万年浮腫んでいた。

鼻が大きく丸く、唇もぼってりしてギトギト光っている。

お風呂に入っても、歯を磨いても異臭騒ぎが起きるほどの体臭。


そんな状態でも兄2人はヒューイを可愛いと本気で言ってくれるので彼らをとても愛していた。


「正直、僕の誕生パーティーなんて来てくれるご令嬢が居るのかなぁ」


落ち込むヒューイの頭を優しくジークが撫で、胸元へ頭を引き寄せる。


「私達はヒューイが幼い頃、天使のように可愛かった事を知っているよ? 大丈夫。君は呪いが解けたらとても可愛らしい男の子になるとわかっている」


ヒューイは心がぽかぽか温まった。

ジークの手に自身の手を添えると「有難う、ジーク兄さん」と言って幸せを噛み締める。


運命の17歳が訪れる事に不安が無いと言ったら嘘になる。

それでも、変わらない家族が側に居てくれると思うとざわつく胸が落ち着いた。




誕生日、当日は散々だった。

ご令嬢達はダンスを譲り合い、匂いに顔を顰めたりパートナーに選ばれないよう目を合わせないようにしていた。

さすがに日頃から温和なヒューイも悔しくなる。

早々と「後は皆で楽しんで」と言ってパーティー会場を出ると部屋へと閉じ籠ってしまった。



(こうなる事は始めから想像していただろ! 今日集まった子達だって僕の肩書に引き寄せられたか親の説得で強引に連れてこられたんだ。 だが、あからさまな態度は僕だって傷つくんだよ…。 でも、兄さん達が心配するから明日からは普通にしよう。誕生パーティーでの出来事で落ち込むのは今日までだ…)


ヒューイは会場での顰めた顔、避ける姿、鼻を摘まむ者、影でひそひそ話す様子をすべて忘れようと記憶に蓋をして傷つく自分の心を誤魔化し、体を抱き締めるように丸まって眠った。



一夜明け、ヒューイは何事もなかったかのように部屋から出てくると普通に朝食の場に姿を現した。


「今日は街へ視察に行ってきます」


「あ…、あぁ。わかった」


ティムは何か言葉を掛けようかと迷ったが、今は触れない事が一番かと判断した。

しかし、長兄のジークはそう思わなかったようで、


「ヒューイ。 まだ始まったばかりだ。誕生パーティーが全てではない。 お前は優しく、可愛い俺達の弟だ。しっかりと自信を持っていい」


ジークは真剣な表情でヒューイを見つめた後、再び優雅に食事を始めた。


「はい! ジーク兄さん」


現在、王と王妃は隣国の式典に参加している。末っ子の生誕パーティーに出席出来ず、落胆していたが国の代表として呼ばれているのだから仕方のない事だった。

今、アルヴァン国を守っているのは長兄のジークである。仕事は激務のはずだが、今朝の朝食に顔を出してくれているのはヒューイを気遣っての事であろう。


これから一年は嫌な思いも多い。それは仕方のない事だった。

それよりこの先も母や民を守り、父王や兄達二人を支えられる立派な人間になれるよう精進しよう。と心に刻んだ。



街の視察は順調だった。

小麦を違法に高値で販売している卸売り場があるとの通報があったので確認しに行ったのだが第三王子自ら現場に来た為、あっという間に解決してしまった。


「ヒューイ王子、ご足労有難うございました」

街の警邏トップのアンリがお礼を述べる。


「いや? 街の視察は好きなんだ。皆の暮らしを直接確認出来るのもいい」


その外見から心無い言葉を吐く者もいるが、民に寄り添う姿勢の第三王子は国民から慕われていた。

よく街を出歩いているのも親しみやすく好感を持たれる理由だろう。頭脳明晰、文武両道の第一王子が国を支え、武に優れた第二王子が国を守り、王族と民の架け橋として身を尽くす第三王子が国民を見守る。とてもバランスの取れた王子達だった。


「そうだ、ヒューイ王子。この近くに人気のパン屋がございます。お昼はそちらに寄ってみませんか? 今後は小麦が適正価格で購入出来るようになった事も教えてあげましょう」


「うん!良いね。 でも僕の匂いで店内に入るのは嫌がられないかな…」


「!! そんな馬鹿な事あるわけありません。 ですが、街のパン屋なんて嫌でしたら止めますか?」


「嫌じゃないよ! 食品店だから…。でも、折角アンリが誘ってくれたんだ行ってみよう」




カラン、カラン。

店内に来客が来た合図にドアにあるベルが鳴る。


「いらっしゃいませ」


出迎えてくれたのは若い女性の可愛らしい声。

嫌がられないか…と、女性の方を向けばヒューイを見て固まっていた。


やっぱり…。

僕の見た目が気持ち悪い?それともこの体臭で食品を扱うお店に来たから不快にさせた?

暗い気持ちになり自然と体に力が入る。ヒューイはぎゅっと手を握りしめた。


(早々に店を後にした方が良いか…)


そんな不安も知らないアンリが女性に話しかける。


「ミルカ。 今日のお勧めのパンはどれだい?」


ミルカと呼ばれた女性は杏子色の髪を左右に三つ編みで結び、布巾で頭を覆っていた。

手に持ったトレイを胸に抱え棒立ちになっている。


「ミルカ?」


女性はハッと我に返り、慌てて返事をする。


「アンリ様、…とヒューイ…王子…?」


ぼそりと話すミルカのはちみつ色の瞳と視線は合わず、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。

(そんなにも僕の顔を見るのも嫌なのか!?)

ここまではっきりと態度に出す人も第三王子と言う立場から今まで居なかった。

羞恥から口元が歪むのが分かる。もうこのお店には用はない。今すぐ店内から出た方が彼女の為にも良さそうだ。と踵を返そうとした時


「なんて…、なんって可愛らしい人なの!? ヒューイ王子は神がアルヴァン国に授けて下さった天使様に違いないわ! しかもこんな街のパン屋に降臨して下さるなんて、どんだけ器の大きな天使様なのかしら…。私みたいな平凡な一般人が目にして良いお方ではないわ。はぁ~、それにしても尊い!! ほんっとうに尊い!非常に美しい!!!素敵。 神様、今日という日を私に与えて下さって、有難うございます。今後も出会えた喜びを糧に真面目に働きます! 可愛く、美しいヒューイ王子、万歳!!! パン屋で! うちがパン屋で良かった!!!!! 有難う、パンの神様!!」


ミルカは急にヒューイを拝むと一人で小さな声でぶつぶつと呟きだした。


「お、おい、 ミルカ!? お前、大丈夫か?」


アンリがミルカとヒューイの間に入って両手を上げておろおろとしている。

王子に害は無さそうだが、このまま放って置いて良いものだろうか、と言うか王子に見せて大丈夫なものだろうか…。


(僕が美しい?)


ミルカの言葉をヒューイは聞き逃さなかった。

彼女の反応を見て、体が勝手に動く。

コツコツコツと足を進め、ミルカの前で立ち止まる。


「ミルカ嬢。本日のお勧めは?」


そう言ってトレイを持っていた彼女の手を取り、ギュッと握る。

すると目を開けていられないほどの目映い光が辺りを照らす。


店内に居た者は、目を閉じて光が収まるのを待った。

そして落ち着いた頃にゆっくり目を開けると、眼の前の光景を見て声を失う。

天使の様に美しい青年がミルカの手を握っていたからだ。


「…ヒュ、ヒュ、ヒューイ王子!!! お姿が、お姿がっ!!」


アンリが腰を抜かしながら店主に鏡を持ってこいと命令する。

店主が奥に引っ込み、慌てて鏡を持って戻ってくるとヒューイに手渡した。


そこには肌は陶磁器の様に白く滑らかで、目も大きくぱっちりとした大きな翡翠の瞳が輝いた可愛らしい男性が居た。

両手を見て、体を見る。

どこも太ってないし、腕を嗅いでもどこも匂わない。むしろ石鹸の良い香りがした。

ヒューイは確信し、そっとミルカの耳元へ口を近づける。


「ミルカ嬢。君は僕の運命の人だ」


握っていた手を持ち上げて手の甲に口づけを落とす。

その間もミルカを見つめて視線を離さない。


顔を真っ赤にし「いっ!」と言って仰け反り後ろに倒れたミルカを抱き止め支える。

そんな姿ですらヒューイを引き付けた。


その後はてんやわんやだった。

店の奥から出て来たご両親に気を失ったミルカを手渡し、すぐにアンリに指示を出した。

自分が迎えに来れるようになるまで彼女には常に護衛を付けるよう命じた。そして彼女の素性を事細かに調べて報告が欲しいと告げて店を出る。


ヒューイは後ろ髪を引かれながらも、一目散に城に戻る事にした。

なんせ運命の人は一般人だ。

身分差がある。

二人の兄に早く相談しなくてはならない。


パン屋から現れた美しい男性に周りに居た女性達の悲鳴が上がる。

それは今まで聞いてきた悲鳴とは全く違った。

「ぎゃゃぁーーーー」では無い。

キャァ、キャァと上の兄2人に対する熱烈なハートがぶつかって来るような歓声と同じだった。




「ジーク兄さん、大変です!!」


執務室のドアが外れるかと思う程の勢いで駈け込んで来た。

ゆっくりと顔を上げると、目の前には可愛らしい男の姿が。


「…ジーク兄さんだって? その髪と、瞳の色……、ヒューイか?」


「そうです! さすがはジーク兄さん。良く僕がわかりましたね!! 街で運命の人と出会えたんです!!」


執務室に来るまでに軽く20回くらいは止められた。

毎度、状況を説明して王族の証である紋章を見せないと中に入れて貰えない残念な状況だった。


ジークは立ち上がると側に居た警護に訓練場に居るティムを呼ぶよう命じた。

ヒューイをソファに座らせると、ジークも隣に腰を下ろし顔を覗き込む。


目が合えば、兄の瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。


「ヒューイ。私の可愛い弟…。 久し振りに本来の顔を良く見せてくれ…」


ヒューイの頬に手を添え、向かい合う兄弟。

耐え切れず、ヒューイの方が先に涙を零す。


「ジーク兄さんっ…」


17歳にもなって…と思ったが、兄に抱き付いて声を上げて泣いた。

すると廊下をバタバタと走る足音が近づいて来る。


「ヒューイ!!」


すでに涙を零して駈け込んで来たティムにも抱き付かれた。

執務室で男三人、抱き合って涙を流し喜んだ。


一番最初に落ち着きを取り戻したジークが状況の説明が出来るか尋ねてくる。

顔を上げて涙を拭うと、視察に行った時の説明を始める。


「…、今日、街の視察に行った時に寄ったパン屋で、僕は運命の人に出会ったんだ…」


「パン屋で?」


「そう。僕はどうしても彼女と結婚したい。お嫁さんになって欲しいんだ。だけど彼氏が居るのか…、結婚しているのかも全くわからない。それと…、 僕って一般市民と結婚しても良いの?」


二人の兄が唸る。

それもその筈、一国の王子が平民と結婚するなど有り得ない事だった。

今は両親も国を離れている。後、一週間は戻る予定がない。

勝手に決めて良い話ではないが、運命の人と弟を引き離すわけにもいかない。


とりあえずこの問題はジークが預かる。と言って解散となった。


ヒューイはその晩、眠れなかった。

ベットの上でごろり、ごろりと転がる。


ミルカと呼ばれた女性。

杏子色の髪にはちみつ色の瞳。目は大きくぱっちりとして、少し釣り目だった。

貴族のご令嬢とは違って肌も少し日に焼けて、化粧をしていない肌は薄っすらとそばかすが散っている。


彼女を思い出すだけで胸がいっぱいになった。

とても今夜は眠れそうにない。


「あの子が僕の運命の人かぁ…。可愛かったなぁ」


まだ好きとか愛してるとかの感情は追いつかない。

だが絶対に好きになる。という確信はあった。

引き寄せられる感覚と言った方が良いのだろう。


「早く会いに行きたい…」


吐き出す吐息に色があったのなら、部屋中がピンク色に染まっているだろう。

ヒューイは遅い初恋に胸をときめかせていた。




翌日、アンリがミルカの身上書をジークに持って来た。

その場にヒューイもティムも呼ばれる。


「えーっと、彼女はミルカ・クラスト。19歳です。両親が経営するパン屋を手伝っております。彼女は働き者で特に今までお付き合いしていた男性もおりません。しかし年齢も年齢なので、ご両親の方はそろそろ嫁ぎ先を見つけようと探している最中だそうです」


「なっ、とんでもない!! 僕以外に嫁ぐなんて断固反対だ」


「ヒューイ王子…。私が言うのも何ですが、ミルカは本当に普通の町娘です。良い子ではありますが、貴族としてもマナーも身に付いていませんし、全く彼女の知らない世界です。それに兄であるティム王子よりも年上の女性です。年齢は問題はございませんか? 仕事人間の彼女が王族に嫁げるかも心配なのですが…」


「まだ彼女の気持ちも聞いていないけど、僕は出来る限り彼女をフォローするつもりだし彼女を諦めるつもりもない!! ましてや年齢なんて全く関係ない!!!」


アンリの報告を今まで黙って聞いていたジークが口を開く。


「ヒューイが真実の姿を取り戻した途端に貴族連中どもから「自分の娘を婚約者に」と言う話がたくさん来た。近日中に貴族のご令嬢を招いてパーティーを開く事が決まった」


「っ、 冗談じゃない!! ジーク兄さん、何でパーティーなんて了承しちゃったんだよ。僕はミルカ嬢以外は絶対に選ばない!他の女性とは結婚しないから!」


信頼していた兄に裏切られた気分になった。


「彼女の了解を得る事が出来たら、婚約者としてミルカ嬢も出席させよう。もちろん、彼女のエスコートはヒューイがやりなさい。マナーは付け焼刃になるが、長居しなければどうにかなるんじゃないか? 今からミルカ嬢を連れてすぐに城に戻ってきなさい」


兄の突拍子もない提案にぽかんと口が開く。

その後も兄は話を続ける。


「ミルカ嬢とご両親さえ良ければこちらで厳選した貴族の家に養女として入って貰い、嫁いで来て貰えば上手くいくのではないだろうか。勝手に決めてしまっては問題があるので王がお戻りになったら事がすぐにでも進められるよう、私が養子先は探しておく。それと、ヒューイ。一番はミルカ嬢の気持ちが大切だ。まずは彼女に惚れて貰える努力をしなさい。すべての話はそれからだ。王と王妃には私の方から説明をしよう」


すらすらと解決策を並べる兄をやはり格好良いと思う。

ヒューイは早速、ミルカに惚れて貰う為に迎えに行く事にした。




カラン、カラン。

「!!」


客が来た合図で鳴るドアベルを今日は何回確認した事か。

ミルカは昨日訪れたヒューイ王子を何度となく反芻する。


彼が現れた途端、街のしがないパン屋が神殿に早変わりした。それほどまでに神々しいお姿だった。

天使様が舞い降りた後のパン屋は大変だった。外に居た人達が「今のは誰だったの!? あんなに美しい方を見たことがない!!」と入りきらない程の人が押し寄せたのだ。


毛穴など存在しないであろう透き通った肌。

キラキラと輝き波打つ金の髪と宝石よりも綺麗な翡翠色の瞳…。

丸みを帯びた頬とピンクのふっくらした唇…。


(かっ、かっ、可愛いぃぃぃ! 思い出した破壊力に鼻血が出そう…)


ミルカはカウンターに座り、目を閉じ鼻を抑える。

再び、ヒューイ王子の姿を思い出そうと記憶を辿る。


「ミルカ嬢。本日のお勧めは?」


少し男の人にしては高い優しい声音でそう言って、私の手を持ち上げギュッと握った時の笑顔!!!

それと、それと、少し屈んで握っていた手にちゅっと口づけて~~~!

あ"――――――――!!

王子の唇がぁ〜〜〜。


「ミルカ嬢。君は僕の運命の人だ」


って耳元で言った…。

あの時、頭に一気に血が上ってボンってはじけ飛んだような気がした。

たぶん、本日のお勧めを聞かれた時には私の小さなノミの心臓は残念ながら止まってしまったのかも知れない。 死んでしまってその後は私の都合の良い妄想劇場が繰り広げられていたのだろう。


手を握っては開いてを繰り返す。

「やぁ~~ん、生きてる! 夢じゃない!!」


やんやん! 小悪魔天使のヒューイ様になら魂を捧げられるわっ

腕をクロスさせて肩を抱きしめくねくねと体をよじる。


「? どんなの夢の話?」


ついに幻聴まで聞こえて来たか…。

ミルカはそろそろ本物の天使様がお迎えに来るころなのだろうかと目を開ける。

すると天使の様に美しく可愛らしい青年がミルカを見てニコリと微笑んでいた。


「天使様…?」


「えっ!? いや、僕はヒューイだよ」


うっとりと天使様のご尊顔に見惚れていたら「ミルカ嬢? 大丈夫?」と覗き込まれた。

その時にふわりと香った石鹸の香りが鼻を擽り、はっと我に返る。


「えっ!? ヒューイ王子!? へっ?」


ミルカは手を口元へ持って行き、一歩後ろへと下がる。


「ミルカ嬢、今日はお願いがあって参りました。 僕のお嫁さんになってください!」


頬を朱色に染めて照れた顔で爆弾を落とすヒューイ王子に心臓をギュンッと鷲掴みにされた。

再び、ボッと頭に熱が上がり顔から汗が噴き出す。


「お、お嫁さん!?」


「そっ。ミルカ嬢、僕と結婚して?」


「え――――――――――――――――っ!!!」


ミルカの大声に奥から両親が出てくる。

それを見たヒューイは胸に手を当て綺麗な礼を取る。


「此度、ミルカ嬢と正式に婚姻を結びたくこちらへと足を運びました。お相手を探しているとお伺いしましたが、それは僕でも宜しいですか? 彼女さえ了承して頂ければすぐにでも婚約者として発表したいのですが…。 詳しくお話ししても?」


天使を前にクラスト家の三人は口を開けたまま絶句する。


ミルカの父は慌てて入口のドアにある札を「close」にする。

そして「狭い部屋ですが二階へどうぞ…」と言ってヒューイと街での護衛役として付いて来ていたアンリを通した。


椅子にヒューイを座らせるとアンリは隣に立った。

そして、テーブルを挟んで父と娘が身を小さくして座る。


「粗茶ですが…」と紅茶を出す母の手はガタガタと震えていた。


「お義母様、その様に緊張なさらないで下さい」


ちゃっかりお義母様などとヒューイは告げるが、王族にビビった一般市民に突っ込み役はいない。

父の隣に母が腰を掛けると静まり返った部屋にヒューイのこくんと紅茶を飲む音だけが響く。


「僕が【この世で一番の醜い男】の呪いに掛かっていた事はご存じだと思うのですが、17歳の年に運命の女性に出会うと呪いが解けるのです。その女性がミルカ嬢、君だった。僕はどうしても君と人生を共にしたい。しかし、僕は王家の人間です…。こんな事を告げるのは大変心苦しいのですが………。彼女に夫として選んで頂けた場合は貴族に養女として出して欲しいのです。もちろん、実のご両親がミルカ嬢と会えなくならないよう便宜を図るつもりです。ですが、平民同士の結婚のように中々お会いする事が出来なくなるでしょう…。ミルカ嬢、こんな条件を付き付ける僕とは結婚を考えられませんか? 選んで頂ける事は、出来ないですか…?」


(め、目の前で天使様がしょんぼりしてる)


長い睫が下を向きふるふると震えている。

か、、可愛い…。こんな美しく可愛い王子様に嫁に来ないかと言われて「いや、行かないよ」と言う女子が居るだろうか?いや、居ないね。絶対に居ない!

ミルカはバッと両親を見ると「私もヒューイ王子と共に生きて行きたいですっ」と即答した。


「いや、でも、お前…、マナーも何も知らないし、粗相をして投獄されるんじゃないか?」


ご両親が(酷い言い様で)渋っているので、ヒューイもすかさず間に入る。


「僕が全力で彼女をサポート致します。僕が結婚したいと思う女性は彼女しかいないんです。幸せにします!」


ヒューイと娘にキラキラとした目で見つめられ「わかった」と両親は頷いた。

半ば強引な了解だったと自分でもわかっている。

その上、近日中にパーティーで婚約者としてお披露目があるのですぐにでもマナーやダンスの練習を始めなければならないと伝え、今直ぐに城へ連れて行く事も告げるとさすがに両親に同情する。


「ミルカ嬢。こんな人攫いみたいな事になってしまって申し訳ない。お披露目が終わったらご両親ともきちんと時間を設けるから…」


「お気遣い有難うございます」


ミルカの心はすでにヒューイだけに向かっていた。

(お父さん、お母さんごめんなさい。私、ヒューイ王子に一目惚れなのです。こんな素敵な王子様に選んで貰えて天にも昇る思いなのです)





そんな浮かれた気分はすぐに萎んだ。

隣国から戻られた王と王妃に紹介され、長兄のジーク第一王子がすぐにスタンス侯爵家の養女という立場を下さった。


そこからは怒涛の毎日。

スタンス家に足を運んだり、マナーやダンスの授業など目まぐるしい日々だった。


ダンスは一緒にヒューイも参加してくれるが正に言葉通りの「踏んだり蹴ったり」。

しかし、どんなに踏まれても蹴っ飛ばされてもヒューイは笑顔で「大丈夫だよ」と言ってくれる。マナーの授業で習ったことも一緒に復讐する時間を設けてくれた。


忙しい中、ヒューイはルールを決めていた。

どんなに時間が無くても一日に一回は絶対にミルカに会いに来る。

その約束は破られていない。


「ミルカ。 食後に少し庭を散歩しないか?」


「はい!ヒューイ様」


ヒューイが手を出すとそっと自身の手を重ねる。

二人は夜の庭園をゆっくり歩いた。


「薔薇の良い香りがします」


ミルカは大きく息を吸って吐き出す。


(いや、君の香りの方が柔らかくて優しい良い香りがするから…)


ヒューイは城に連れ帰ってから、日々ミルカへの想いを募らせていった。


始めの頃は運命の人だから間違いなく僕の伴侶だ。という直感に頼った部分もあった。

だが一緒に過ごすうちに、彼女ならどんな反応を示すだろう?とわくわくしたり、自分が面白いと感じた事を共感して貰えた時の喜びを知ってしまって、もっと色々な事を彼女と共有したいと思った。


(この先、どんな事も彼女と二人で過ごしたい。

色々な彼女の表情を見逃したくない。これが独占欲という感情なのだろうか…)


自分を見上げうっとりとした顔で見つめられると、堪らなく愛おしい。

絡まる視線をふいに外したのはミルカだった。


「ヒューイ様、私の頬っぺたをつねって貰えますか? こんな幸せな事が自分に起こるなんて信じられません。綺麗なドレスを着て、素敵なメイクで自分ではないように美しく仕上げて貰って、そばかすだって分かりません。 一番信じられないのはこんなに素敵な王子様に愛して頂いて…。すべて私の妄想なんじゃないかって…。 私、怖いです」


下を向いて唇を尖らせるミルカ。


「ミルカ。上を向いて」


そっと顔を上げた彼女の頬に左手を添える。

柔らかく、滑らかな肌。

を、ぎゅっと強めに握った。


「あだだだだっ。いひゃいれす」


ミルカは涙目なりながらもほっと一安心した。

痛いなら夢じゃない。

でもちょっと痛すぎない?とは言わないでおく。


「ヒューイ様…。私の大切な王子様。 まだまだ未熟者ですが、一生懸命あなたに釣り合うお嫁さんになる努力をすると誓います!!」


左頬をこすこすと擦りながら誓いを立てる。

それを受けて、すっとヒューイが跪きミルカの手を取りキスを落とす。


「ミルカ。僕は一生の愛を君に誓うよ。僕に嫁いだ事を後悔させないよう、君に愛し続けて貰えるよう、誠意を込めて君と向き合って生きたい」


立ち上がるとつねって赤くなった頬にちゅっとキスをする。

ミルカが「えっ?」と言って顔を上げるとそっと彼女の唇を塞いだ。


「ミルカ。君を愛している」


月明かりの下で小さな体を抱き寄せ、彼女の顔に影を作る。


「あ、あの。私も 愛し… んむっ」


一度キスしてしまったら我慢が出来なかった。

もう一度柔らかい唇に触れたいと、彼女の言葉を飲み込むように再び自分のそれで塞いだ。



*****************



パーティーの当日は慌ただしかった。

ヒューイが呼んでくれたメイドさん達に頭の先から足の先までピカピカに磨いて美しく着飾って貰った。


淡いピンクのドレスは肌の露出が殆どない。

胸元もオーガンジーで首元まで覆われ、肌は透けて見えるが布で覆われていた。

腕も手首まで覆われているが伸縮がある生地で動きに問題はない。

スカート部分はレースが幾重にも使用され、ふわりと広がり歩く度に揺れる。

イヤリングとネックレスは共にヒューイの瞳の色である翡翠が使われていた。


「お綺麗です。ミルカ様」


鏡に映る自分はどこかのお姫様のようだ。

後は王子様の訪れを待つばかり。

メイドの二人にお礼を言うと部屋で一人待つことにした。


「ちょっと、遅い…かな?」


ヒューイが迎えにくると言っていた時間から15分は過ぎていた。

あと少しでパーティーが始まってしまう…。

今夜はヒューイ第三王子の婚約者を発表するパーティーと説明した招待状を送っている。

二人で会場に入った後、ファーストダンスを披露する予定だ。

人生で初めて注目を浴びると思うと緊張してじっとしていられなくなった。


ミルカはちょっとだけなら。と部屋を出てヒューイを探す。

彼の顔をみて安心したい気持ちもあった。


(結構、会場の側まで出て来てしまったがヒューイ様の姿は無かったわ)


行き違いになってしまってはいけないと部屋へ戻ろうかと思った所で会場入り口に向かうヒューイを見つけた。

しかし彼の隣には豊満な胸、引き締まってくびれた腰、自分のスタイルの良さを理解し最大に生かしたドレスを纏った女性が一緒にいた。

その女性に腕を取られ、二人で会場に入ってしまう。


「えっ!?」


会場からは割れんばかりの拍手が湧き起こる。


ミルカは何が起こったのかさっぱりわからなかった。



****************



数分前…。

ミルカの支度が出来上がるのを今か、今かと待つヒューイの控室に一人の女性が現れた。


「ヒューイ王子、婚約者様の事でお話しがあるとアリエータ嬢がお見えです」


こんな時に…と若干不愉快に思いながら廊下へと出ると、美しく着飾ったマイガレ伯爵家のご令嬢、アリエータが立っていた。

「アリエータ嬢。今は時間が無いのだが…」と断るが、急いでお耳に入れたい事が…と相手は引かない様子。


仕方がないと廊下に出ると腕を引いて耳に顔を寄せて来た。


「手違いだと良いのですが、婚約者様が先に会場へ向かわれました」


アリエータがそう囁くと、ミルカに付けた案内の者が手順を間違えたかと焦る。


「アリエータ嬢、知らせてくれて助かる。有難う」


礼を告げるが、アリエータが「私も会場へ行くので一緒に向かいませんか?」と提案して来る。さすがに急いで会場へ向かいたいので一度は断ったのだが「わざわざ情報を伝えようとこちらまで向かったのに…」と嫌みったらしく言われてしまい、仕方なく二人で向かう事にする。


さすがに会場正面から二人で入るわけには行かない。

中にミルカがいないか確認すると言ってくれたアリエータにお礼を告げ、入口の脇で待っているつもりで壁に寄り掛かっていたのだが、扉が開いた瞬間にアリエータに腕を掴まれて会場へと連れ込まれた…。

その瞬間、会場から湧き上る拍手。


(やられたっ!!!)


彼女を見やれば妖艶に微笑み、腕に体を押し付けて来た。



***************



(なんで、ヒューイ様はあんなボンキュッボンの女性と一緒に会場入りしたの? 彼女は誰なの? ヒューイ様の何なの? 私は……、ヒューイ様の何なの…?)


ミルカはスカートを捲し上げ、どかどかと歩いて部屋へと戻ろうとする。

気持ちはどす黒く、胃がぎゅっと握られているように苦しい。


今頃は自分がヒューイの婚約者として会場入りをしていたはずだ。

やはり平民の自分が王子のお嫁さんだなんて認めて貰えなかったのだろうか?だから貴族のご令嬢と一緒に入場したのだろうか。自分はほったらかしにされて…。


ミルカはみじめな気持になった。

城に上がってからの浮ついた自分を責めた。

始めっから住む世界が違ったのだ。


自分の姿を見下ろす。

とても綺麗なドレスを身に纏って、髪だって綺麗に結って貰って…。

この姿をヒューイに見て貰いたかった。なんなら「綺麗だよ」と言って欲しかった。


ぽろり


我慢していた涙が落ちる。

こんなにも彼を好きになってしまったのに、忘れるなんて出来ない。

でも、すでに発表の場には違う女性が行っている。


彼は王子様だけど…。

だけど…、

だけど、乙女の気持ちを踏みにじったなら盛大に文句を言っても良いのではないかしら!?

彼の呪いを解いたのは間違えなく自分だ。

彼の運命の相手は間違えなく自分だ。


呪いを解いたら美女と結婚なんて…。

文句の一つでも言ってやらなきゃ気が済まない!!!


くるりと踵を返すとミルカは再び会場へと足を運ぶ。

しかしその勢いも会場の入り口付近まで来ると萎んでしまう。


(もし、文句でも言ってやろうと会場に入って二人がとても仲良くダンスしていたらどうしよう…。それを見て自分は耐えられるだろうか…)


考えた結果、仲睦まじい二人を見たくない。と思い再度くるりと来た道を戻ろうとすると会場の扉が勢い良く開いて


「ふざけるな!! 僕の婚約者はミルカ一人だ。アリエータ嬢を拘束しろ!!」


見たことも無い程の怒気を孕んだヒューイが出て来た。

頭をガリガリと掻いて、顔を上げた彼と目があう。


「…っ、ミルカっ!!!」


強く、掻き抱くように抱きしめられ

「くっ、苦しいっ。ヒューイ様」と腕を叩く。


「あ、ごめん。大丈夫?」


彼は力を緩めはしたが腕の中から離してくれない。

二人は抱き合ったまま話を続ける。


「なぜ…、なぜ迎えに来てくれなかったのですか…? あの、女性は、誰です?」


先程の場面を思い出すと喉が苦しくなり涙が込み上げる。

ヒューイは震えるミルカを抱きしめ、額にキスをする。


「申し訳ない。僕がくだらない罠に嵌ってしまった。まんまと彼女に君が会場に一人で向かったと騙され付いて行ってしまった。本当にごめん。 彼女が君を知っているわけないのに…」


するとひょいっとミルカを横抱きにしてすたすたと会場へと戻って行く。


「えっ! ちょ、待って、私、顔もボロボロで…。駄目、止まって」


ヒューイはミルカの言葉を無視して会場の中へ入ると


「みんな、今日は本当に申し訳なかった。僕の本当の婚約者はこの女性だ。ミルカ・スタンス侯爵令嬢。彼女が私の呪いを解いた。彼女こそが私の唯一無二の存在、僕の運命の人だ」


先程、ものすごい形相でアリエータ嬢を叱責したヒューイとは違い、温かい表情でミルカを見つめる様子に会場からは祝福の拍手が起こった。


その後は二人でファーストダンスを踊って、マナーの授業では違反だと聞いていた二度目のダンスもそのまま踊り、終始仲の良さを周囲に見せつけた。


後の報告でアリエータ嬢は、会場に二人で入場し婚約者だと名乗ってしまえば後には引き返せなく無くなるのではないかと、何とも浅はかな行動だった。

彼女は王族への虚偽罪と侮辱罪両方で問われる事となるだろう。





ジークはヒューイとミルカの仲睦まじい様子を見届け会場を後にする。

(これで肩の荷が下りたな。私の残りの人生はこの国に捧げよう)


一人、呪いが解けなかった王子。

子は生せずとも、この国の第一王子が結婚をしないなど有り得ない。

ジークは、隣国との政略結婚を受ける決意をした…。





次は第一王子のお話です

彼にも幸せになって貰いたいと思うのですが…



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