第4話 戦禍(後編)
今回はようやく友好的なコミュニティと接触できたようで。
ところがぎっちょん。
第4話 戦禍 後編
「結論から申し上げると、巨神とあなたに我々の守護者となって欲しいのです」
互いに名乗ったあと、《ラムシェハイダ》の首領は結論から本題に入った。
それに対して、崎は応とも否とも言えなかった。平和を願うのには賛成だが、そもそも自分はこの世界のことを何も知らない。
それに、心の底ではまだ疑ってもいた──彼らが自分と巨神を利用しようとする、エルフ側かヒト側の工作員なのではないかと。
「いきなりこのような話をされて、驚かれるのもしかたありません」
そんな崎の迷いを読んだかのように、首領は話を続けた。
「ご承知の通り、ヒトとエルフの戦争はすでに百年にわたって続き、大地と人心の荒廃に反して、戦いは激化する一方です」
「あの、口を挟んですみません」
「はい、なんでしょう?」
「ボクは……実はこの世界のことを何も分かってないんです。状勢とか、戦争とか。気が付いたら巨神の前にいて、自分がなんでこの世界にいるのかも分かってないんです」
崎の告白に、首領も案内人も心底から驚いたようだった。
エオルが声を取り戻してからは、世界のことについて少しは教わることが出来た。だが、なかば兵器として利用されているに過ぎなかったエオルの知識といえば、一部のエルフ文化や、軍部末端の情報に限られる。この戦争がなんのために、いつから続いているのかは知らなかった。
「記憶がないのですか?」
「……はい」
話がこじれそうなので、別の世界から来たことは言わなかった。エオルにも教えたことがない。
「では、このカレンタを中心にした世界の現状について、簡単にご説明いたしましょう」
カレンタ……聞き覚えがある。最初に会ったヒト軍の男が、そう言っていた。たしか、この大陸の名前だ。
「最初、ヒトとエルフは大きな争いもなく、〝棲み分ける〟という形で、世界のなかで共存していました」
首領が語ったのは、次のような話だった。
ヒトは平原に町を、エルフは森に集落を作り、両者の関係は不干渉と、わずかな交流と、個人同士のごく小さな諍いのなかでバランスを保っていた。
あるとき、ヒトのなかに予言者が現れた。はじめ、腕の良い占い師だったその者は、評判から名声を得てゆき、やがては国政や人心を左右するまでになった。
だが、予言者はその死の間際に、恐るべき未来を告げた。
──巨神と、ヒトでもエルフでもない者が、世界を滅ぼす──
謎めいたこの予言は人々の間に不安をもたらした。そして、エルフ達に〝巨神様〟と呼ばれている神像が存在することがヒトのあいだでも知られるようになると、彼らの不安はエルフに対する恐怖へと変わった。
ヒトは恐怖から、エルフに巨神の在処と破壊を迫り、エルフ達は自分達の神像を守るために頑なに要求を拒んだ。
やがて、両者の対立は小競り合いを生み、大きな争いへと発展していった。
集落や国の王にも、恐怖と憎しみを募らせる民衆を抑えることはできず、ヒト・エルフともに、反戦派の権力者は各地で徐々に排斥され、主戦派が台頭していった。
村単位での独立性と排他性が強いエルフでさえ、ヒトの脅威に対抗するために他集落と手を取り、エルフ同盟軍となっていった。
神像を破壊したいヒトが〝世界を救う〟ためにエルフを殺し、神像を守りたいエルフが〝同胞を殺させぬ〟ためにヒトを殺すようになるのは必然だった。
「それで……そんなことで、百年も戦争し続けてるんですか?」
「いくつかの停戦期はありましたが、それもすべて、次の攻勢のための準備期間に過ぎませんでした」
首領は続けた。発端を知れば馬鹿馬鹿しい話だが、そのために少量でも血が流されたなら、人間というのはその贖いのために、さらなる血を欲する。自分が傷つけられた以上の傷を相手に返さねば気が済まないものなのだ、と。
そうして戦いは大きくなり、気が付けば誰にも止められない規模にまで広がっていた。今では多くの者が、戦いが始まった意味を考えず、〝殺さなければ殺される〟という、恐怖と怒りから戦っている。
双方の為政者もそれを分かっていて、民衆にはあえて戦禍の原因を告げない。敵側がいかに残虐で非人間的であるか、負ければどうなるかをしきりに風潮する。
「でも巨神は結局、存在しました。あいつは、世界を滅ぼすんでしょうか?」
「それは、私達の心がけ次第だと思っています」
「心がけ?」
「私は、ミサキさんと巨神に、私達の守護神になって欲しいとお願いしました。この町を見ていただければお分かりと思いますが、私達は人の手が届かぬ地に隠れ住んでいる身です。軍隊と呼べる組織はなく、武器さえほとんど持っておりません。ここ以外にもいくつかの拠点がありますが、どこも同じです」
崎には合点がいった。
「あなたは……巨神を抑止力にしたいんですね。ヒトの軍も、エルフの軍も、自分達に手出し出来なくさせるために……」
「仰るとおりです」
「そもそも、巨神ってなんなんですか。誰が造って、一体、いつからあの場所に眠っていたんですか?」
「それは、わかりません。何百年と生きたエルフの長老や賢者達が伝えるところでは、あの聖なる山のなかに、遙か昔から存在したそうです。エルフとヒトの歴史が綴られる、ずっと前から」
有史以前からいたというのか。
なんのために?
それが、なぜ目覚めたのだ?
「私からも、ミサキさん、あなたに訊ねたいことがあります」
「なんでしょう?」
「予言者の言葉を真に受けるわけではありませんが、彼は世界を滅ぼすのが『巨神と、ヒトでもエルフでもない者』と言い残しました。そのことについて、なにかご存知ではありませんか?」
暗に「あなたが〝ヒトでもエルフでもない者〟なのでは?」と問いつめられている気がして、崎はひそかに唇を噛む。
「……わかりません」
「そうですか。やはり、巨神とはまた別な存在が、まだこの世界に隠れているのかもしれませんね」
そう言って、首領は空なき空を仰いだ。
そして思い出したかのように、崎へと顔を向け直す。
「それで、いかがでしょう。我々に加わっていただくというお話は」
崎は答えに窮した。戦わなくて済むならそうしたいが、まるで自分をもとの世界の核兵器のように扱われるのはいい気がしない。
「失礼、こちらが性急でした。旅のお疲れもあるでしょうし、まずはお休みになってください。お部屋を用意しております。彼女に案内させますので」
首領が立ち上がって、案内人にうなづく。
「お疲れ様です。それでは、私の馬へどうぞ」
崎は安堵の溜め息を吐く。不安はまだ残るが、とにかく休むことは出来そうだ。
そのときだった。
ズゥゥン──地鳴りのような低い音とともに、世界が揺れた。
遅れて、パラパラと岩肌から砂礫が落ちる。
(地震……? 違う──!)
この揺れには覚えがある。
「たいへんです!」
組織の一員と思われる男が、馬を駆って岡を登ってきた。
「渓谷に、帝国軍の大部隊が侵入! 空から一斉攻撃を行っており……その……巨神がこれと、交戦中です」
「なにッ?!」
首領が驚いて飛び出してくる。
「民達をここへ集めなさい! 脱出用水路の準備をします!」
「首領、それが──!」
どうした、という首領の言葉が飲み込まれた。
伝令の男のあとを追うように、人の群れがぞろぞろと岡を登ってくる。
近づくにつれて、彼らが手にしているものが崎にも見えた。
鎌、鍬、鋤、鎚……あるいは崎にも見たことのない道具…………
「みなさん、どうしたのですか、その出で立ちは?!」
案内人の女が、異様な雰囲気を察して群衆の前に立ち塞がった。
「どいてくれ」
先頭のひとりが言った。中年(に見える)エルフの男だ。
「そいつだ。その災いのもとが、戦禍を呼んでいるんだ」
男の指先と、全員の眼がエオルに集中した。
「そんなものは迷信です! 恐怖に惑わされてはいけません!」
首領が前に出て叫ぶ。
「うそだ! ここには今まで帝国も同盟も来なかった。それが、宵の子が来た途端にこれだ!」「消せ!」「戦禍を殺せ!」
殺気が押し寄せてくる。
群衆の中にはヒトの姿もあった。
「違う、彼女のせいじゃない!」
崎は小さな背後に、恋人を隠す。
ズゥン──世界が揺れるたびに、人々の間から悲鳴が上がる。
「ボクと巨神が、ここに来てしまったからだ。ボクらがあとを着けられたせいだ。エオルじゃない!」
「だまれ! 予言者の言うとおりだ。ヒトでもエルフでもない者……ヒトでなく、エルフですらない宵の子……そいつが世界を滅ぼす災厄だ!」
誰かの言葉が人々の恐怖を煽り、燃え上がった恐怖の火が、さらなる言葉を生んで油を注ぐ。そうやって、狂乱の火は無限に大きくなる。
だが、押しかけた民衆はまだギリギリで躊躇っている。いまエオルを攻撃すれば、崎がかばい、巨神が反撃して、自分達は全滅すると知っているからだ。
ズンッ──ひときわ大きな揺れが来た。
「わっ?!」
うねる大地に、崎とエオルはバランスを崩し、別々の方向へと蹈鞴を踏んだ。
そして崎は地面に倒れこみ、なだらかな斜面を転がってしまった。
「いまだ!」
その隙をついて、人々は一斉にエオルへと襲いかかった。
首領や案内者の制止も、あっという間に飲み込まれる。
「やめろ! ヒトでもエルフでもないのは、ボクだ!」
群衆を止める切り札とばかりに、崎は胸につかえていた思いを叫んだ。
「ボクはこの世界の人間じゃない! 別の世界から来た! だからボクは、ヒトじゃないんだ!!」
だが、何もかもが遅かった。
たちまち、真っ赤な光のシャワーがあたり一面に降り注いだ。
悲鳴──騒音──土煙──
閃光のなかに消えてゆく命と、降り注ぐ瓦礫に押し潰されてゆく命。
崩壊に崩壊が連鎖し、天井からも巨大な岩が次々に落下してくる。
穏やかな地下世界は、またたく間に阿鼻叫喚の地獄と化した。
それが、突如として君臨した巨神による、平和を求めた民達への答えだった。
「エオル!」
砂塵のなかに恋人の姿を求めて崎は走る。
光の玉が身体を包んだ。
巨神が、自分を匿おうとしている。
「待ってくれ、エオルも! お願いだ!」
崎が懇願する間にも、周囲の景色は無機質なコクピットへと変わる。
「くっそぉぉぉ!!」
崎はその場に崩れ落ちる。
その目の前に、深い青色の脚が現れた。
驚いて仰ぎ見る崎の眼と、同じ表情で見下ろすエオルの眼が交わる。
何が起きたのか解らないままに、二人はかたく抱き合った。
なぜ巨神はエオルを守ったのか。
それとも、もとから守るように出来ていたのか。
いまは理由などどうでもよかった。
モニターにはいつものように『MEGA-NOAH』の文字が浮かび、次いで外の情景に切り替わる。
いつのまにか、地上に戻っていた。霧を吹き飛ばす龍や魔物の羽ばたき。その大風に乗って、山も焼き払わんばかりの火焔が四方から浴びせられる。
だが、巨神の反撃によって、それらが瞬時に抹殺されたのは言うまでもなかった。
*
山の裏側に、地下水の出口があった。
そこから続く川の岸辺に、彼らは身を横たえていた。
何人かの民衆と、組織の首領。
皆傷ついた身体を応急的に処置し、休んでいる様子だ。
誰の顔からも深い絶望と落胆が見える。巨神の姿を目にしても、絞り出すだけの怒りすらないらしい。
エオルを巨神の手に残し、崎は首領のもとへ駆けていった。
「すみません。ボクが来たせいで」
「あなたのせいでは、ありません」
身を起こして、首領は言った。片目に包帯を巻いている。その奥の眼球はもう失われているようだった。
「ミサキさん、あなたは別の世界から来たと、そう仰っていましたか?」
「ええ。すみません黙っていて」
「いいのです。今度のことで分かりました。もし予言が正しかったとしても、それは私達が、滅ぶべくして滅ぶ存在だからです。私は、ただ運命を受け入れようと思います」
「そんなことは──」
「平和を掲げながら、我々は自分達の内側に、争いの種を抱えていたのです。そんなものは既にないと、欺瞞で覆い隠して」
崎には返す言葉もない。
「私達のことは大丈夫。さぁ、行ってください。あなた方の旅路に、幸運があらんことを」
「……分かりました。あなた達もどうか、ご無事で」
そう言い残すと、崎は巨神とエオルのもとへ駆け戻った。
お読みくださりありがとうございます。
この話をもって序破急の、破の部分が終了したことになります。
結末に向けて、最終部をじっくり考えつつ、あまりお待たせせずに更新できるよう努めたいと思います。