第4話 戦禍(前編)
久々の投降となります。
ラストへの持って生き方と、文字数への収め方で少々なやんでおりました…
第4話 戦禍 前編
空も、大地も、真っ赤に染まっていた。
雨のように降り注ぐ火球、雷撃、正体不明の破壊光線。
「ナリッィガ、ミナナウア、マォフィ、ヴァーダァヂ」
巨神内部のモニターに映る巨大な生物達を指差しながら、少女──エオル──はそれらの名を崎に教えてくれる。
聞き慣れない名前を憶える暇もなく、それらは次々に塵と化し、あるいは炎に包まれ、またあるいは引き裂かれてゆく。
それら──否、彼らは、人間が魔術によって肉体を変異させられた姿なのだという。
機械の力によってドラゴンやゴーレムを支配するようになったヒトに対抗するため、エルフ達が生み出した技術なのだ。
ゆえにエオルが教えてくれる名も、もちろん被検体となったエルフの名前ではなく、生物兵器としての型名である。
廃墟で大規模な襲撃を受け、崎達が初めて巨神の内部に入ってから、一週間が経っていた。
その七日のあいだだけで、崎達は大小あわせて十回を越える攻撃に見舞われていた。
そしてついに、ヒトの軍だけでなく、エルフ軍もまた巨神の討伐を開始したのだ。
(なんで……なんでみんなそうまでして……)
攻めてくる連中の心が、崎には分からない。
彼らが崎を傷つけようとしない限り、巨神が彼らを攻撃することはない。
(襲ってこなけりゃ、巨神だって暴れたりしないのに……)
巨神がなにもので、自分がなぜこの世界に来たのか、知りたいことは山ほどある。
が、今はただ「ボク達を放っておいてくれ」と強く願う。
自分を殺しに来た敵とはいえ、人間や竜達が死んでゆくのを見て平穏でいられる神経を、崎は持ち合わせていない。
何度か巨神を操作して止めようと試みたが、内部に操作系らしきものは見当たらなかった。操縦席のようなシートが、いくつかならんでいるだけだ。
戦闘中はただ座って、殺戮ショーを眺めていろということか。
──『MEGAーNOAH』──
モニターが始動する時に浮かぶアルファベットはなにを意味するのか。その手がかりすら掴めていない。
「くそっ」
崎はモニターに拳を打ち付けた。画面の向こうに、生きているものはもう、誰もいない。
今回も戦闘中に、壁や床を丹念に探ってみたが、秘密の扉やスイッチらしきものはついに発見できなかった。
「ミサキ……」
横から、エオルの手が崎の拳を包む。
「ミサキ、悲しい……?」
不安げに眉をひそめる反面、その瞳の奥は活き活きと輝いている。
エオルが言葉を取り戻したことで、二人の関係は、コミュニケーションのうえでは前よりも深まっていた。
ただし、二人の心を別つ深い溝もまた、浮き彫りになっていた。巨神が戦い、敵を殲滅するたび、それは顕著に現れた。
エオルは巨神の強大な力に歓喜し、崎は容赦ない殺戮に心を痛めた。
しかしエオルの生い立ちを思えば、その歓びを諫めることなど出来ない。
そうして恋人に対する共感と、己の良心とのはざまで崎が塞ぎこむのを察してか、エオルも段々と、素直に感情を表さなくなってきた。
「エオル、ミサキのこと好き。けれど、ほかのみんな、嫌い」
真っ赤に燃えるモニターの向こうに眼を向け、呟く。
「みんな戦争してる。ミサキのほかのみんな、死んでほしい」
崎にはどう答えたらいいか分からない。
戦争をする者など、みんな死んでしまえばいい──もとの世界にいた頃には、そう思ったこともあった。
現に、この世界に来てからも憎悪と怒りを爆発させたことはあった。その結果が、エオルと出逢った、あの陣営での虐殺だ。
確証はないが、あれは「こいつらを殺したい」という自分の殺意を巨神が受け取り、実行したのだ。
義憤だった、と言うのはしょせん正当化に過ぎない。強い力と怒りさえあれば、人は簡単に戦争を──殺戮を──引き起こせる。
いっそエオルのように、巨神の力に酔ってしまえたらどんなに楽だろう。だが、それを恐ろしいと感じている今、「死んでほしい」という願望を肯定することは出来ない。
しかし一方で、エオルの言葉を真っ向から否定することも出来ないでいる。
これまで出遭ってきた者達は誰しもが、殺し、欺き、奪い、犯し、支配することしか考えていなかった。
好感の持てる者や、品位を感じさせる者、筋の通った者でも、最後には残虐な本性を現した。ヒトはエルフに、エルフはヒトに、強者は弱者に、何をしても構わないし、むしろ虐げることが規範であるかのようだ。
この地獄のような世界のなかで、エオルは自分よりもずっと、ずっと長い時を生きてきたのだ──それはひょっとしたら、〝死んだほうがマシだ〟と思うような人生だったかもしれない。
それでも、崎は信じたかった。
エオル以外にもきっと、心を通わせられる相手が、どこかにいるはずだと。
二人はそのままの姿勢で、巨神の掌の上にワープする。
戦いが終わったことで、強制排出されたのだ。
「う……」
エオルの手を振りほどき、崎は目を背けて口を覆った。
辺りは巨大生物の血と、肉体の焼ける匂いに満ちていた。
最近では、巨神が自分達を内部に格納する条件も分かってきた。
戦闘の規模──敵軍の勢力にあわせて、戦い方を変えているのだ。
相手が人間だけだったり、小型モンスターを用いた集団なら、前のように崎達を遠隔バリアで包みながら、ほとんどビームだけで反撃をする。
だが、大型モンスターを複数要した大部隊で攻めてきたときには、二人を内部にワープさせた上で、大出力のビームや、ときに格闘も用いる。
そして戦いが終われば、二人は巨神の掌や足元に自動的に戻される。なかに居続けることも出来ないらしい。
食糧やその他の日用品も、戦闘のたびに失われる。バリアと同じで、崎が触れていないと保護して貰えないのだ。
だから、エオルとは常に一緒にいるようにしている。
「ミサキ、あれ」
エオルが手の縁に立って、地面を指差す。
崎も隣に並んで、その方向に眼を凝らした。
キーン──木々の間から、鉦のような音が聞こえた。生き物の声ではなさそうだ。
最初は微かだったそれが、巨神のほうに向かって、ゆっくりと近づいてくる。
「あの音のこと?」
エオルはうなづく。
「なんの音?」
「ラムシュラの鉦。戦いをとめる。話し合うとき、使う」
和平交渉の意志を示すものだろうか、と崎は考えた。
投降者だろうか。とにかく、新たな戦いのゴングでなかったことに安堵する。
見守っているうちに、音の主が木の間を抜けて、巨神の足元に現れた。
エルフの女性だった。馬に乗って、手にはエオルの言った鉦と槌を握っている。武器は持っていないようだった。
「あの人と話してみる。地面に降ろして」
崎の指示で巨神は膝を折り、手を下げてゆく。
罠かもしれない、という不安はあった。
だが前述のとおり、崎は話し合いで解決できるなら、そうしたかった。
その一方で、その願望の通りに動けるのが、巨神という絶対的な力を盾にしているからだという自覚もあった。
「ラムシュラの音に応えてくださり感謝いたします」
崎が巨神の手から降りると、エルフの方も下馬して諸手を上げた──この世界での礼の仕草だろうか。
エオルの存在に気付いても、とくに嫌そうな顔はしなかった。
「私は《ラムシェハイダ》という組織の一員です。組織の名は、ご存知ですか?」
崎には、当然、ない。
エオルのほうを見ると、小さくうなづいた。
「噂、知ってる。戦争しない人達」
「お嬢さんの仰るとおり、私達は戦争を嫌い、ヒトとのエルフとの共存を含めた、平和を願う人々の集まりです」
この世界にも、そういう組織があったのか。崎は驚くと同時に、自分と願いを同じくする人々がいたことを嬉しく思った。
「我々の長が、是非とも、あなたと話をしたいと申しています。この近くにある我々の拠点に、私と来ていただけませんか?」
「はい。ボクは構いません。エオル、いいかな?」
「ミサキについていく」
*
この世界の人間にとっての「この近く」の距離感を、崎は甘く見ていた。
巨神の掌に案内人を乗せ、彼女の言う場所を目指すこと、まる一日。
森はますます深くなり、いつしか霧の垂れ込める山間の渓谷に入り込んでいた。
巨神は途中から木々を避けて空を飛んだが、そのスピードは歩いている時とさして変わるものではなかった。
「ここは年中、霧に覆われていて、地理上の要衝でもなければ、行軍にも向いていません。だから戦争を避けて隠れ住むには、都合が良いのです」
案内人はそう教えてくれた。
隠れ住む、という言い方で、崎は彼女達の置かれている状況を察した気がした。
「このあたりに、巨神を隠せますか?」
案内人の依頼に、崎は手頃な木の間に巨神を降ろした。身をかがませ、空から見られても分かりづらいようにする。
そこからは案内人の馬に三人乗りで、山道を進んだ。姿こそ崎のもといた世界の馬に似ているが、より力持ちで、山道にも強いらしい。
あるいは、魔術かなにかで強化されてるのかもしれないが、訊ねはしなかった。
しばらくすると、山肌に空いた洞穴が現れた。
「ここが入り口です。暗いですが、安心してください」
そう言うと、案内人は乗馬したままその穴に入った。
一寸先も見えない闇が続く。星のない夜とは違う圧迫感に、崎は息苦しさを感じた。
後ろに乗っているエオルが、ギュッと身を寄せてきた。腰に回された腕を、崎も掴み返す。
馬には見えているらしく、よろめくこともなくスイスイと歩を進めてゆく。
どれくらい経っただろう、不意に、行く手に光が見えた。
その光に向かうにつれて、岩肌の通路が広がってゆく。
やがて現れた光景に、崎はかつて目にした巨神の聖地を思い出した。
山をくり貫いたかのような街。
だが今度のは、空の見えない、完全な地下世界だった。
それでも、そこらじゅうに光が溢れていて、暗いという印象がない。
近くの光源に眼を凝らすと、どうやら植物の一種らしいことが分かった。ヒカリゴケというやつだろうか。
街の人々を見ると、ヒトとエルフがともに生活しているようだった。人種でコミュニティを別けているわけでもなく、ともに仕事をしている姿が当たり前のように目に入る。
背後のエオルを見ると、彼女もこのような街は初めてのようで、円くした目をあちらこちらに向けていた。
そのときだった。
「宵の子だ……災いのもとだぞ……」
何処かから、そう呟かれるのが聞こえた。
「今のは誰ですか」
鋭い声で訊ねたのは、案内人だった。
馬を止め、周囲を見渡す。
だが名乗り出るものはなく、誰もかれも(とくにエルフは)決まりが悪そうに眼を逸らす。
「彼らは巨神に選ばれた者達です。迷信を恐れて無礼を働いてはなりません。いいですね」
そう告げると、案内人はふたたび馬を歩かせた。
街を横切り、岡のような広い坂道を登る。
街が見渡せる頂上に、東屋のような、ほとんど天井だけの小屋が建っていた。
屋根の下に置かれているのは、簡素なテーブルと椅子。その椅子のひとつに掛けていた男が立ち上がって、諸手を挙げながら、崎達を出迎えにきた。
「首領、巨神に選ばれた少年達をお連れしました」
男(壮年のヒトだった)の前で馬をとめ、案内人は諸手を挙げた。
「ご苦労だった。ようこそ、我が街へ」
案内人をねぎらってから、男は崎達に笑顔を見せた。