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第2話 忌子(後編)

 何気に、この世界に来てからようやく初日がおわります。

 ここまでが、序破急でいうところの序です。

 第2話 忌子(後編)



 眼を開けて、崎は周囲を見渡した。

 そして、あらためて巨神の力を思い知った。

 幕屋(テント)はほとんどが崩れ落ちていた。横転した戦車(チャリオット)と、武器がそこらじゅうに散乱している。手つかずの大砲も見えたが、使う間もなかっただろう。

 生きているものは誰ひとり、死体すら残らなかったのだ。


(これでよかったのか? これで……)


 ここの兵士達のことは、確かに許せなかった。

 だからといって、これはやり過ぎではないか。さっき見た死の町と、どう違う。

 ──いや、今はそれよりも。


「この子は、絶対に傷つけるなよ!」


 背後にたたずむ巨神に命令し、残った幕屋をひとつひとつ覗いてゆく。

 四つめで倉庫のような場所を見つけた。まだ使われていない綺麗なシーツを見つけると、脇に抱え、もとの場所へ戻った。


「あ……」


 思わず声が出た。

 少女は起き上がって、巨神を見上げていた。

 崎の足音に気付いたのか、顔をこちらに向ける。

 その眼には、なんの感情も浮かんでいない。

 よく見ると、少女の年齢は今の自分と同じくらいだ。

 痩せているだけの自分とは違う、しっかりと引き締まったその肢体に見とれそうになって、崎は眼を地面に落とす。


「あの……これ……」


 手探りで歩くように舞台へ近づき、少女のそばにシーツを置いた。


 少女はそれを手に取ると、舞台から飛び降り、走った。

 裸体がすぐ隣をすり抜け、崎は反射的に眼を(つむ)る。

 少しして、恐る恐るまぶたを開けると、宵色の背中が湖に消えるのが見えた。


 入水──?! 咄嗟に駆け寄るが、崎の足は陣営から出たところで止まった。

 少女は、湖水で身体を洗っていた。


 遠目と夕暮れではっきりとは見えなくとも、崎はその光景に見とれた。

 そして、罪悪感から背を向け、陣営に帰った。


 食糧が残っていないか探していると、少女が戻ってきた。

 鮮やかな栗色の短髪。その毛先からは雫がしたたって、身体に巻いたシーツの肩を濡らしている。


 それから、二人はほとんど無言のまま過ごした。食料庫は無事だったが、崎も少女も口にしたのは水だけだった。

 たがいにボロマントとシーツという格好なので、ほかに着られるものがないかも探したが、使えそうなものは兵士用のサンダルくらいだった。


 少女は終始無言で、崎が名乗っても、名乗り返してはくれなかった。

 崎の提案には協力してくれたので、言葉は分かるらしい。

 喋れないのだろうか。

 あるいは喋れなくなったのか。あれだけ酷い目にあったのだから、無理もない。


 意外だったのは、崎が別々の幕屋で寝ようとしたのに、少女が崎のそばを離れようとしなかったことだ。

 しかたなく、倉庫のなかに兵士用の簡易ベッドをふたつ並べて眠った(兵舎もあったが、匂いがキツくて耐えられなかった)。

 信用されていると思っていいのだろうか。不安と同時に、下劣な期待もまた自分のなかに生まれているのを崎は感じた。


 朝になって眼を覚ますと、少女は先に起きて、食糧袋から干し肉を取って食べていた。

 少し元気になったらしい。それを見て、崎もようやく食欲がよみがった。


「かた……ッ、から……?!」


 干し肉は堅く、塩辛かった。

 塩漬けだ。こういうのは水か湯で戻してから食べるんじゃないかと思ったが、少女のほうは平然と口に入れている。

 この世界ではこれが普通なのだろうか?

 迷っていると、外で大きな音がした。


 幕屋から出ると、巨神がひざまづいて、昨日の果実でいっぱいにした荷車を差し出してきた。

 溜め息をつきながらも、崎は今度こそ、その贈り物を受け取った。

 あの村の人達が天国で見ていたら、どう思うだろうか。


     *


 太陽が昇りきったころ、崎と少女は大きな掌の上で、湖の風を身体じゅうに感じていた。

 乗り手が二人になり、食べ物と水を詰めた袋を並べても、まったく狭く感じない。

 小屋をひとつ載せてきてもよかったんじゃないかと、崎は冗談のように考えた。


 巨神の足は大地を離れていた。下半身を水のなかに沈めたまま、ゆうゆうと湖を渡っている。

 底を歩いているようには見えない。脚にスクリューでも付いているのだろうか。


 目指すは対岸。そこに少女の故郷があるらしい。

 なぜヒトの軍隊に捕まったのかは分からないが、まず家に帰してあげるべきだと崎は思った。それを少女に伝えると、彼女は湖の反対側を指差した。

 そして、そこへ向かうよう巨神に命じたところ、まさかの直線コースを選択されたというわけだ。


 少女は巨神の指の間から、まだ遠い湖岸を眺めている。故郷に想いを馳せているのだろうか。

 無口なのは相変わらずで、そのために崎も声を掛けることが出来なかった。

 波と風と、鳥の声だけが二人の間を通り過ぎてゆく(そもそも女の子と二人きりというのが、崎にとっては黙り込むに充分な状況なのだが)。


 湖は広かったが、積み込んだ食糧と水にさして手もつけないうちに、巨神の足は再び土を踏んだ。

 そこからは深い緑が、彼方の稜線にまで続いている。

 ふと、少女がその緑の一ヶ所を指差した。

 よく見ると、そこの木々が他所より少しまばらになっているのが崎にも分かった。集落があるのだろう。


「あそこがきみの故郷?」


 少女はうなづく。この世界でも、肯定のジェスチャーは同じらしい。

 崎は巨神に、そこへ向かうよう指示した。

 森から上半身が出るほどの巨体が木々をなぎ倒して行かないか気になったが、それも杞憂に終わった。


 巨神は直立姿勢のまま浮き上がり、飛行を始めたのだ。足から風が出ている様子もないので、ホバークラフトではない。まったくどういう原理なのだろう。


 巨神の性能に驚きつつも、崎は少女の集落が(対岸とはいえ)さっきまでいた陣営から近いことに不安を覚える。

 ひょっとしたら、あの町のように、すでに戦禍で…………


 結果的に、その不安も外れた。

 だが、事態は崎の思わぬ形で悪化することとなった。


 平地を見つけた巨神が地上に降りた。

 そこから先が、エルフ達の集落だった。

 映画やゲームでたびたび見かける〝樹上の村〟だ。ウッドハウス同士が、足場や吊り橋で繋がれている。


 とくに大きく作られた、広場のような足場に、成人男性と見えるエルフが三人いた。左右の二人は腰に剣を帯びている。

 真ん中にいるのが、代表者だろうか。

 少女と違って、彼らの肌は茶褐色だ。


「この村の人ですか?!」


 思い切って崎は訊ねる。


「そうだ!」


 真ん中のエルフが答えた。

 崎はとりあえず、彼のことを心中で「村長(むらおさ)」と呼ぶことにした。


「お前が巨神様を動かしているのか?!」


「そうです!」


 彼は巨神様(・・・)と言った。聖地での話が伝わっているのだろうか。


「ここでいいんだね?」


 あらためて少女に問うと、少女はうなづいて肯定した。

 崎は巨神に命じ、船を桟橋に着けるように、その手を広場に並べさせた。

 少女は振り向きもせず、手の平から降りて男達のほうへと歩み寄った。


「──あ!」


 崎は思わず声を上げた。

 帯刀していた男のひとりが露骨に顔をしかめ、少女からシーツを剥ぎ取ったのだ。

 少女は咄嗟に手で自分の身体を隠す。

 ビシッ──その頬が張られ、裸身が地面に倒れた。


「何するんですか?!」


 驚き、反射的に崎は問う。


「ああ? 何がおかしい?」


 少女をぶった男が言った。


「まったく、ヒトくさい布など巻きやがって。おまけに恥じらいまで身につけてやがる……忌み子のくせに」


「その子がなにをしたっていうんですか! 仲間じゃないんですか、あなた達は!」


「知った口を利くな、ヒトふぜいが! 巨神様を盾にして、戦禍を突き返してくる卑怯者め」


「どうやって巨神様をたぶらかしたか知らんが、どうせ汚い手を使ったのだろう!」


 左右の男達が口々に罵る。

 崎のなかで、なにかが壊れてゆく。

 なぜ……なぜ、こうも敵意に満ちているのだ、彼らは。

 自分はいい。だが、少女が帰ったことを、なぜ喜ぼうとしない。

 ヒトに助けられたから?

 違う、彼らにとって、彼女は帰ってきて(・・・・・)はいけない(・・・・・)存在だったのだ。


 忌み子──戦禍──確証はないが、崎のなかで不意に、話が繋がった。


「アンタ達……その子を、わざと敵に捕まえさせたのか…………酷いことをされるって分かってて……」


「それがなんだというのだ」


「同じだ……アンタ達も。その子に乱暴したヒト達と……!」


 少女がちらりと崎のほうを見たが、それに気付いた者はいなかった。


「言いたいことはそれだけか。去れ、ヒトの小僧。願わくば、巨神様を置いてゆくことだ」

 

 村長がきびすを返す。

 さきほど少女を叩いた男が、今度は彼女の髪を鷲掴みにして、無理やり立たせようとした。


「いいや……置いていくのは、あ……アンタ達のほうだ」


 声を震わせ、崎は男達を睨みつけた。


「なに?」


 エルフ達の動きが止まった。


「その子を置いていけ。僕が連れていく」


「貴様ァ──」


 男のひとりが剣を抜き、その直後、光線のなかに消えた。

 ガタガタッ──住居のいくつかから物音がした。


「やめろ!」


 巨神に叫んだ崎と、集落に叫んだ長の声が重なる。

 そして、ふたたび両者は睨み合った。

 どちらの瞳にも、怯えの色が浮かんでいた。


「ヒトに指図されるのは嫌だろうけど……」


 肩で息をしながら、崎が口火を切る。


「そのほうが……アンタ達にとっても、都合が、いいんじゃないか……?」


「……いいだろう」


 村長がそう言うと、少女を立たせていた男が苦々しげに彼女から手を離した。

 崎は巨神の手の平から降りて、広場の中央に進み出る。

 その距離が縮まるのを恐れるように、村長達は少女を置いて後退る。


 崎は放り出されていたシーツを拾い上げ、少女に羽織らせた。


「僕と行こう。これからどうなるか、わからないけど……キミは、ここにいちゃいけない……と思う」


 少女は応えない。拒否している、というよりは、どうすればいいか判らない様子だ。

 崎がそっと手を引くと、黙ってついてきた。


「ヒトの小僧、戦禍に呑まれて後悔するがいい」


 村長の言葉を、崎は無視した。

 もといたように、ふたりで巨神の手の上に収まる。


「行こう」


 いまいちど、巨神は静かに、空へと飛び上がった。

 しかし、何処へ行けばいいのか──崎に、それが分かるわけもなかった。

 第2話、お読みいただきありがとうございます。

 いろいろと文化的に謎な点も残しましたが、一応、作者の頭のなかで設定はあります。


 これから第3話も書いてゆきますので、引き続き読んでくださる方々におかれましては、気長にお待ちいただけると幸いです。


 お待ちいただくのは気長でも、評価感想などは気軽にどうぞ。

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