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第2話 忌子(前編)

 巨神の手に連れられて、崎はどこへ行き着くのか。

 今回からヒロインが登場します。

 第2話 忌子(前編)



「最初は馬車で、次はお前の手のひらか。たまには自分の足で歩きたいよ」


 巨大な顔を仰ぎ見て、崎は皮肉る。

 返事が返ってくるはずもない。


(こいつ、僕を何処に連れて行く気なんだ?)


 その手に乗ってから、かなりの時間が経っていた。

 緑の平野はどこまでも広がっている。地平線の彼方に、ようやく山や森が見える程度だ。

 最初に崎が目を醒ました場所も、すでに通り過ぎたはずだ。

 太陽はかなり動いたが、まだ空は青い。この世界の一日も二十四時間だろうか。

 直射日光に曝されっぱなしだが、不思議と肌が焼かれている気はしないし、暑くもない。巨神のバリアが守ってくれているのだろうか。


(UVカット付きのバリアなんてあるのか?)


 そもそもバリアなどという存在自体、崎のいた世界ではフィクションの産物だが。


(あの街の人達、大丈夫かな……)


 街とは、エルフの聖地のことだ。

 崩落した岩壁に閉じ込められたままだろうか。出口は他にもあるだろうか。

 そもそも、なぜ巨神は自分を守ろうとして、そのために何人ものヒトやエルフを抹殺したのだろう。


 この世界のことは分からないが、もし自分がいわゆる転生者だとしたら、この巨神は転生者に反応して生命を守るようにできているのだろうか。


(さすがに、都合がよすぎる……)


 自説を否定する。

 それに、そんな理由で──否、どんな理由があっても──あんなふうに人を殺して言い訳がない。


(とにかく、この世界のことを、もっとよく知らないと)


 話の出来そうな行商人や旅人でも通らないかと期待しているのだが、ヒトはおろか、エルフにすら出くわさない。

 聖地を襲った部隊はどこへ行ったのだろう。巨神のビームで、全員消されてしまったのだろうか。


(まいったなぁ……)


 悩ましいことだらけだが、まず急を要する問題がひとつあった。

 飢えと渇きが、じわじわと強まっていた。

 思えば、この世界で目覚めてから何も口にしていない。


「ねえ、僕をどっかに連れていきたいのは分かったけどさ、このままだったら、着く前に餓死しちゃうぞ?」


 やけっぱちになって詰め寄っても、巨神は何も言わない。


(くそっ! もうどうにしろ……あれ?)


 ふと、向かう先にキラキラと光るものが見えた。

 視力があまり高くない崎にも、それが何かは想像が付く──水面の光だ。


(海?)


 それは次第に、地平線から視界の中に広がってくる。


(湖だ……!)


 人工物らしき陰が密集しているのも見える。

 湖畔沿いの町だ。

 あそこなら、食べ物や飲み物もあるだろう。


(あ……けどボク、お金……)


 それに、巨神と一緒に乗り込んでいって、パニックにならないだろうか。エルフの聖地を荒らしたことが伝わっていたら、たいへんだ。

 そんな崎の不安をよそに、巨神は行進を続ける。


(ああ、もう。なるようになれよ)


 巨神の手に座り込み、町に到達するのを待った。

 しかし、金の心配は杞憂に終わった。

 輝く湖面が近づいてくる一方で、崎の心は暗く、沈んでゆく。


(そんな……)


 黒く焼け落ちた家。穴の空いた道。折れた木々。そこかしこに散乱する家財道具や、馬車らしきものの残骸。


「う……ぐ」


 町に入った崎は、悪臭と光景に吐き気をもよおした。

 そこらじゅうに、死体が散らばっていた。

 この街に住んでいた人達だろう。死んで何日か経っているのは、素人の崎にも見て取れる。

 どれも腐食が進み、獣に食い散らかされて、肉片を散乱させている。


 災害? 違う。これは戦争の痕だ。遺体のいくつかには、何かで身体を切り裂かれた痕や、刺さった矢が残されている。

 戦争で崩壊した町の姿など、ニュースの向こうでしか知らない。

 死体の写真を見たこともあるが、実際に目にするものが、こうも酷いものだとは(とくに匂いは……)。


 遺体はほとんどがヒトだ。エルフも何人か亡くなっているが、服装からして、どうやら軍人らしい。

 なら、ここはエルフに攻め込まれた人の町ということか。死者のなかには、幼い子供の姿もある。


(酷すぎる。こんなの……)


 すると、巨神が急に身を屈め、近くの木に手を伸ばした。

 民家の庭に生えた果実の木だ。多くの家や木が戦禍に散ったなか、幸運にも難を免れたらしい。

 リンゴに似た実を大きな指で摘まみ取り、少し眺めてから、崎の前に差し出した。


「あ……え……」


 無意識に受け取ってから、崎は呆然とする。

 飢えそう、と言ったのを巨神は聞いていたのだろうか。

 そういえばエルフの聖地でも、崎が「逃げよう」と言った途端に、脱出を始めたような気がする。


 少し灰が着いているものの、手のなかの果実は甘い匂いを発していて、そのままでも食べられそうだ。

 それでも、崎は口を付ける気にはなれなかった。


(これじゃ、火事場泥棒じゃないか)


 この家の本来の持ち主だって、すぐ近くにいるかもしれないのだ(いたとしても、死体になっているだろうが)。


「あのさ」


 立ち上がり、崎は巨神に語りかける。


「気持ちは嬉しいんだけど、これはもらえないよ。食欲もなくなっちゃった。それより……」


 かつて町だったものを見回す。


「先に、この人達を埋めてあげたいんだ。手を貸してくれないか?」


 巨神は応えない。

 やはり、言葉が伝わっているわけではないのか。


「ほら、そこらじゅうに死体が……放り出されてるだろ?」


 乱暴な言い方だと思ったが、それ以外にどう言えばいいか分からなかった。


「可哀相だから。どこかに埋めてあげたいんだ」


 すると、巨神が動いた。

 町の外へ出ると、街道から外れた場所にかがみ込み、やおら手で地面を掘った。

 さすがの巨握きょあくである。あっという間に、家一軒は埋まりそうな穴ができあがった。


 その穴の近くに、巨神は崎をおろした。

 この世界に来てから初めて自分で踏む大地に、崎は不思議な気持ちを覚えた。


 崎をそこに置いて、巨神は町に戻った。

 あちらこちらでしゃがみながら、何かを拾い集めてゆく。家屋のほとんどが焼け落ちているのもあって、どこにいても巨神の姿はよく見えた。

 あとを追わずとも、崎には巨神が何をしているか分かっていた。

 遺体を集めてくれているのだ。

 しかし不思議なのは、巨神には目的のものを探している様子がないことだ。

 まるで、遺体がどこ(・・・・・)にあるのか(・・・・・)分かっている(・・・・・・)かのように、スムーズに動いている。探知センサーでもあるのだろうか。


 ほどなくして巨神が帰ってきた。

 片手には、遺体がうずたかく積まれている。町中の犠牲者を一度に運んできたのだ。

 そして大穴のなかへ、無造作に落とした。


 立ち上る死臭に、崎は眼を閉じ、鼻を覆った。

 もう少し丁寧に扱ってよと思ったが、任せている身で文句は言えないなと諦めた。


 巨神が集めてきた遺体のなかには、人間だけでなく、馬や犬もいた。

 戦争の犠牲者であることに違いはない。崎は穴のなかに向かって手を合わせる。

 とくに信仰を持っているわけではないが、それ以外に、哀悼の示し方を知らない。


「じゃぁ────」


 埋めてあげて──そう言おうとした時だった。


「待て」


 よく通る声が、背後から崎を止めた。

 振り向くと、紅くなり始めた太陽を背に浴びて、ひとりの青年がこちらに向かって歩いてくる。

 古代ギリシャやローマの漫画で見たような、軽装の鎧を着ている。ヒトの、軍人だろうか。


「きみは何者だ? ここで何をしている?」


 好意的ではないが、高圧的な感じは受けなかった。端正な面立ちが印象を和らげているのかもしれない。


「ボクは……通りすがりです。この町の人達を、埋葬しようとしていました」


 恐る恐る答える崎のそばを通り抜けて、青年は穴のなかを見下ろす。


「埋葬? 馬やエルフどもと一緒くたにしてか?」


「それは、ロボ……巨神の融通が効かなくて」


「巨神……まさか、これが噂に聞くエルフの神像か?」


 巨神を見上げた青年が、驚いたように目を円くして、今度は崎を見る。


「え? あ……はい」


「きみが、この巨神を操っているのか?」


「いえ、よく分かりません。エルフの街で、助けてはくれましたけど……」


 青年の目が、巨神と崎を往復する。

 なにかを考えているようだった。


「きみ、名前は?」


「あ……崎です。ミサキ・ワノ」


 なぜか欧米式で答えてしまった。


「ミサキくん、か。遺体を集めてもらって感謝するが、埋めるのは待ってほしい。のちほど、故人を特定する必要があるものでね」


「あ、そう……なんですか。すみません、出過ぎた真似をしたみたいで」


「私はこの近くに陣を構えている帝国第46師団の者だ。この巨神の姿が見えたので、偵察に来て、きみ達の様子を伺っていた」


「そうだったんですか。目立ちますからね、こいつ」


「詳しく話を聞きたい。是非とも私と一緒に来て欲しいのだが、その間、この巨神はここに留め置けるかね?」


「ええ、やってみます。ねぇ! ボクはこの人と行くけど、しばらくここにいてくれないか?!」


 なるべく大きな声で、遥か高みの顔に語りかける。

 すると巨神はしゃがみ込み、片膝立ちの姿勢で動きを止めた。


「ほう、すごいな」


 青年が感心して言った。


     *


 崎がいたのとは別方向の町外れに、青年の仲間と馬が留まっていた。

 青年の後ろに乗り、彼の腰をしっかり掴んで、崎は人生で初の乗馬を経験した。


 道中、青年が話してくれたところでは、この地域では、五日前にエルフの侵攻を受けて以来、町を挟んでの睨み合いが続いているらしい。

 それを聞いて、崎は寒気を覚えた。

 つまり、町の反対側にはエルフ軍がいるのだ。そうと知っていたら、あんなにもノンビリはしなかっただろう。


 帝国何某(なにがし)師団の陣はその馬で五分ほど走ったところにあった。

 それこそ戦記モノで見るような、木組みの柵で囲われた陣営だ。

 門をくぐって馬を降り、青年に連れられるままに、師団長がいるという幕屋テントに向かう。


 が、結論から言うと、崎が師団長と言葉を交わすことはなかった。


 その途中で、事件は起こった。

 群青に染まり始めた空の下、篝火(かがりび)に照らされて、陣営の一角が騒がしい。

 大勢の兵士達が、広い演台(ステージ)のうえに群がっている。


「────ッ?!!」


 歩きながら何気なく様子を見ていた崎は、次の瞬間、足と息を止めた。


 男達の中央に、女の子が見えた。

 耳が長い。エルフのようだが、その肌は今の空のように、深い青色だ。

 彼女は、全裸だった。

 仰向けで……四肢を押さえつけられ、兵士のひとりがその上に覆い被さって…………


 自分が何を見ているのか、崎は理解したくなかった。

 死体を見るほうが、まだマシだ。


「どうした? きみもあの戦利品に興味があるのか?」


 戦利品──青年の言葉に、崎は耳を疑う。


「珍しいからなダークエルフは。私も試したが、よく鍛えられていて、いい使い心地だった」


 ざわ────

 腹の底から駆け上がったなにか(・・・)が、崎の意識に牙を突き立て、頭のなかを真っ白に染めた。


「欲しいなら、私から師団長に取り計らってみよう。さぁ、先にこち────」


 その瞬間、青年はビームのなかに消えた。


(巨神?!)


 町のほうを見るまでもなかった。

 置いてきたはずの巨神が、陣営の正面にいたのだ。

 柵が踏み潰され、物見櫓がなぎ倒される。

 たちまち陣内はパニックに陥り、演台の兵士達も散り散りに逃げ出す。


(あいつら──!)


 すると、巨神のビームが彼らの上に降り注いだ。


「あぶない!」


 殺人シャワーのなかに、さきほどの少女の姿を見つけ、崎は夢中で走った。

 台に駆け上がり、少女と巨神の間に身を躍らせた瞬間、背中でビームが弾けた。

 バリアが、巨神の攻撃にも発揮されたのだ──知っていたわけではないが。


 エルフの少女は仰向けに倒れたまま、虚ろな眼で崎を見上げていた。

 一糸まとわぬ身体を隠そうともしない。


「動かないで。絶対に」


 そう言いながら、崎は堅く眼を(つむ)った。

 兵士達の悲鳴と怒号。ビームが着弾する音。


「小僧だ! あの小僧をころ──」


 訪ねようとしていた幕屋のほうから、野太い男の叫びが聞こえて、消えた。

 何人もの足音や、矢が飛んでくるような音も聞こえてくるが、すべて途切れる。


 そのうち、陣の柵が倒壊する音が聞こえた。

 オオーっと、(とき)の声が雪崩れ込んでくる。


「エルフどもだ!」


 誰かが叫び、崎は状況を理解した。

 巨神の出現に乗じて、町の反対側にいたエルフ軍が襲撃を掛けてきたのだ。

 もとはといえば、巨神を崇めていたのは彼らなのだから、味方と思って当然だろう。

 だが…………


「な、なぜ──! ぅわぁ──」


 動揺する声がそこかしこで上がる。

 攻め込んできたエルフ達もまた、巨神の標的となっているのは間違いない。


(終われ……早く、終わってくれ……!)


 そう願いながら、うっすらと眼を開ける。

 少女がそこにいるか確認するためだ。決して裸を見たからじゃない。自分に言い聞かせる。

 少女は変わらず、崎の陰にいる。

 首を横たえ、眼を閉じていた。気を失っているようだ。


(よかった。そのまま……)


 それきり、崎も心を閉じた。

 巨神の攻撃は苛烈さを増し、数秒後には、湖を渡る風と、浜を撫でる波の音だけが残った。

 後編の原稿はできあがっているので、待たさずお届けできると思います。


 第3話は……これからプロット考えます。

 構想はあるのですが……

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