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第1話 人間(後編)

 前回、エルフによって人身御供にされかけたところからです。

 今部分が、本作の作風を体現しています。


 第1話 人間(後編)



 ──グオオオォォォォ!


 大音声が街を震わせた。

 巨神像が唸りを上げているのだ。

 だが、地鳴りとどう違うのだ。その声だけで、本当に大地が揺れている。

 街のそこかしこから悲鳴が聞こえる。家屋のガラスが割れ、家畜が暴れ、石壁の足場が崩落した。

 つづいて、像の石の肌がボロボロと剥がれはじめた。

 その裏から、鈍色に輝く別の肌が現れる。


(ロボット!? ……わああっ!)


 バラバラと落ちてくる石片。

 だが、それらはことごとく、崎を押し潰す直前で破裂した。

 まるで、見えない壁に護られているかのように…………


(バリア──!?)


 周囲にいた司祭や執行者達は悲鳴を上げながら、次々に石の雨のなかへと消えてゆく。

 バリアは間違いなく、崎だけを護っていた。

 やがて巨神は、その全容を人々の前にあらわした。


「巨神様のお姿が……」


「これが巨人様の正体……?」


「何が起こっているのだ……」


 街全体がざわついている。


(ロボット……なのか? でも、なんで……?)


 岩の衣を解いた巨神は、機械的な質感と、人間のようなシルエットを合わせ持っていた。

 エルフの耳と思えたのは、角のような突起だ。

 ファンタジックに見えるこの世界だが、ロボットは珍しくないのだろうか。

 崎のいた世界では、巨大ロボットは展示物にこそなっても、まだ実用化はされていない。

 村人の様子からするに、彼らもこの正体を知らなかったらしい。


 すると、さらに信じられないことが起こった。

 巨神がその場にひざまづき、眼から細い光線を放って、崎の体を縛る縄を切り払った。

 そして自由になった崎に、手を差し伸べてきたのだ。


(え? ボク?)


 思わず辺りを見回す。祭壇のうえで、崎以外に生きている者はいない。

 あたりに散らばるのは、石と血と、動かなくなったエルフ。


(死んでる……みんな……)


 その光景に頬を引きつらせ、吐き気をこらえる。辺りに流れる白い液体が、この世界のエルフの血だろうか。

 崎は巨神を見上げた。

 やはり自分の方をまっすぐ見下ろしている。


(さっきの光線で焼かれない、よね?)


 恐る恐る、手のひらに載ってみた。

 ゆっくりと持ち上げられ、地面が離れてゆく。


「待て! ヒトの分際で!」


 祭壇の下で、エルフの戦士が弓を構えた。

 崎に向かって矢をつがえ、放つ。

 そして────

 ジュッ──矢もろとも、ロボットが目から放ったビームによって蒸発した。


「おのれ! 巨神様をたぶらかしたか!」


 そこかしこで弓が構えられる。

 だが次の瞬間には、そのすべてが、ことごとく灼かれて、消えた。


「あ……うあ……ッ!」


 一瞬の死。あまりの威力と容赦のなさに、守られた崎でさえ戦慄する。


「はは! すげぇ、すげぇぞ兄ちゃん!」


 一緒に連れてこられた髭面が歓声を上げた。さきほどの石の雨は、どこかでやり過ごしていたらしい。

 だが、彼が生きていたことを、崎は素直に喜べなかった。


(すごい……? こんな……やりすぎだ……!)


 とはいえ、その〝やりすぎ〟によって自分は命を救われたのだ。どうして文句を言えようか。

 その時だった。

 

 ガラン! ガラン! ガラン!


 鐘の音が街に響き渡った。


「警報だー!」


 たちまち、街はパニックに陥った。

 急いで穴蔵へ隠れる者、どこかへと走り去る者、誰かを探して叫ぶ者。

 みなが巨神の存在を忘れていた。それだけの何かが起こったのだ。


「来たか」


 髭面がニヤリと笑って天を仰ぐ。

 崎も、上に目をやった。

 そして、彼の言葉の意味を悟った。

 集落の空が、黒い雲で覆われた。

 違った。それは、生物の大群だった。

 虫……ではない…………

 翼を持つ、巨大な生物────


(ドラゴン!?)


 崎の知っているものとはやや姿が異なるが、そう呼んで間違いあるまい。それが群れをなし、螺旋を描きながら街に突入してきたのだ。


 たちまち、ドラゴンの背中から火柱が上がった。背中に取り付けられたやぐらと火砲──なかで人が操作しているのだろうか。さながら飛行戦車だ。

 エルフ達も、地上や壁面に設けられた矢座間やざまから射かけるが、力の差は歴然だ。

 岩壁が吹き飛び、巣穴が粉砕され、放り出された住民がひとり、またひとりと落ちてゆく。


「あ、あ……」


 崎は絶句する。目の前で繰り広げられているのは、紛れもない戦争──それも一方的な殺戮に近いものだった。


 ウオオオオオ────


 さらに、崎達が連れてこられた岩場の隘路から、ヒトの群れが濁流のように、鬨の声を上げて雪崩れ込んでくる。

 地上と空から──エルフの聖地は、ヒトの軍隊による両面攻撃に曝されていた。


「おおいボウズ! 俺も乗せてくれ!」


 下から髭面の声がした。

 いつの間にやら祭壇を登って、巨人の足もと来ている。


「何が起こってるんですか?! どうして!」


 どうして──なんだろう。なんと言えばいいのか、分からない。


「大丈夫、あれは俺達の味方だ! 俺はもともと、ここを突き止めるために、わざととっ捕まってたってワケさ」


「なんで……なんで、そんなことを?!」


「ああ? そりゃおめぇ、ここがエルフどもにとって大事な場所だからだろうが。その巨神像はよく分からねぇが、お前さんを守ってるってことは、どうやらそいつも俺達に味方──」


 そこまで言った髭面の腹を、一本の矢が貫いた。


「な……ああ……?」


 口から血を噴きだし、髭面は振り向く。

 祭壇の下で、ひとりのエルフが弓を構え直していた。

 今の崎よりもずっと幼く見える。弓を持つ手も震えている。


「ちくしょ……なんで……」


 混乱と怒りを抱えながら、髭面は階段を転げ落ちていった。

 何度も段に打ち付けられた頭はやがてタマゴのように割れ、中身を地面にぶちまけた。

 髭面の死を見届けたエルフの少年は、二本目の矢を崎に向けた。


「やめ──!」


 それは、どっちに叫んだのだろう。

 少年か、ロボットか。

 いずれにせよ、その言葉が終わる前に、エルフの少年はロボットの光線によって焼滅していた。


(なんで……なんで……)


 思考が停止する崎。

 いまやエルフの聖地は上からの爆撃と、下からの蹂躙を受けて、壊滅しつつあった。

 防衛部隊が徹底抗戦しているようだが、全滅は時間の問題だ。


 オオオオオ────


 ふたたび、巨神が唸った。

 いま一度、その目が光を放つ。

 街の空に、ビームのシャワーが振りまかれた。


 崎はもう、自分が何を見ているのか、理解しきれなかった。

 十秒間の照射。それだけで、街は地獄と化した──ただし、侵略者にとっての地獄である。

 竜は炎に包まれ、悲鳴を上げながら、火の玉となって地面に落下した。

 使役していた兵士達は壊れた櫓から投げ出されたり、火から逃れようと飛び降りたりしたが、結局は竜と運命を共にした。


 オオオオオオ────


 巨神は、今度は地上に向けて光を照射する。

 街のメインストリートを進撃していた軍団の半数が、一挙に火の中へと消えた。

 捕らえた女のエルフを早くも手籠めにしようとしていた者達もいたが、それらは虜囚もとろともに灼け消えた。


 巨神の光が、再度、空と地上を襲う。

 ヒトの軍勢はもはや総崩れだ。浮き足だち、我先にと撤退を開始している。


「巨人様が護ってくださったぞー!」


 どこからか響いた声が、人々を一気に活気づかせた。

 たった数十秒前に起こったことを、もう忘れたのか。


「ヒトを一匹も生かして帰すな! 追撃する者は、我に続け!」


 将校と思しきエルフが声高らかに大通りを突き進んでゆく。そこに次々に他の戦士たちが合流する。


「巨神様の加護があれば、我らはむて──」


 その瞬間、追撃隊は炎を上げて、この世から消えた。

 巨神のビームだった。


(なんで──?!)


 もう崎には、わけがわからない。

 生き残ったエルフ達も絶句していた。

 だが、やがて誰かが叫んだ。


「あのヒトだ! あいつが巨人様を狂わせたのだ! 殺せ!」

「そうだ! 殺せ!」

「殺せ!」「殺せ!」


 殺意が街を支配した。

 弓が、石が、そして見たこともない光の渦(これが魔法だろうか)が、崎に降り注ぐ。

 そのたびに、巨神の眼光がすべてを防ぎ、破壊し、灼き、殺し、消し去った。

 少しでも攻撃する姿勢を見せた者を、巨神は容赦なく葬り去って行く。

 男も、女も、老人も、子供も、関係なく。


「駄目だ! もうやめてくれッ。逃げるんだ!」


 巨神の指にしがみつきながら、崎は必死で訴えた。

 すると、正体を現してから始めて、巨神は足を上げた。

 ゆっくりと、だがたしかな足取りで隘路あいろへと向かう。

 その間にも、崎を狙って、あちらこちらから弓や魔法が放たれ、槍や石が投げつけられる。

 だが、怒りと憎しみは、ことごとくバリアによって防がれ、巨神の眼光によって焼き尽くされる。崎がなんど「やめてくれ」と叫んでも、それはまなかった。


 岩間が目の前に迫る。だが道幅が狭すぎて、巨神ではとうて通れそうにない。

 と思った途端、巨神は崎の身体を両手で包み、脚を拡げて腰を落とし、踏ん張るような姿勢を取った。

 その両眼から、今までとは比べものにならない巨大なビームが発射された。

 光が岩間を貫き、爆風が街を薙ぎ払った。


「あ……う……」


 この数分だけで、崎は何度そうして戦慄し、呻いただろう。

 光が消えたとき、隘路だったものは、巨神がゆうゆうと通れる道に変貌していた。


 これが巨神の本当の威力……その光線が街に向けられたら……

 崎の恐怖を、誰もが感じているのだろう。それ以上、崎を攻撃しようという者は現れなかった。

 とうの巨神は何ごともなかったかのように、みずらかがひらいた道を通って、聖地をあとにした。


(──地震?)


 出口を目前にして、崎は大地が揺れるのを感じた。

 その次に、が聞こえた。


 ──ガァン──ガガァァン──


 大きな何かが崩れる音。

 そして、轟音に掻き消されそうな、幾重もの悲鳴。

 それが何度も繰り返される。


(街から──?!)


 風が──砂と土をふんだんに含んだ猛烈な風が、崎と巨神を追い越してゆく。

 その瞬間、エルフ達の聖地で何が起こったのか、崎は理解した。


 崩落したのだ──おそらく、街を囲んでいたすべての岩壁が。

 ヒトの軍隊が攻撃したせいか、それとも巨神のビームのせいか。

 すくなくとも、いま来た道が塞がれたのは間違いないだろう。


「戻ってくれ! 助けないと!」


 ついさっきまで殺されかけたことも忘れて、崎は巨神に叫んだ。

 何人が岩の下敷きになった?

 何人が生き埋めになった?

 子供はいるのか?

 そのことを思うと、いてもたってもいられなかった。


「戻れ! 戻れよ、頼むから!」


 しかし、巨神は崎の願いに応えることなく、黙々と前に歩き続けるだけだった。


 お読みくださりありがとうございます。

 かなり陰惨な展開だったと思いますが、文字数制約(自主制約)のため、心理描写などは極力排除して書き進めておりますので、精神的にドロドロしたシーンは今後も少ないかと思います。


 今後の話の展望や設定も決定しており、あとはおおむね「書くだけ状態」なので、次作の更新までしばしお待ちくださいませ“(_ _ )

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