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最終話 終末(後編)

これにて、一環の終わりです。

最終話 終末(後編)



 腹の底で何かが蠢く。

 いまの酒ではない。

 怒りだ。

 エオルを抱いたまま立ち上がり、部屋にいる全員を睨みつける。


「ソクデスの葉汁は、たしかに入れたのか?!」


「当たり前だ! 現に宵の子は死したではないか! あれに耐えられる者がいるものか!」


 ヒトの将校とエルフ長のひとりが言い合いを始める。


「今さら子供ひとり殺すのに臆したか?! それともこの期に及んで破壊の神を拝すと言うか!」


「臆したのはどちらだ?! 我らが信じられぬのならば、はなから自分達で手を下せばよかろうに!」


 たちまち、テーブルを挟んで双方の勢力が一触即発の状況に陥る。


「どうして?! 和平を結ぶって言ったじゃないですか!」


 その乱を貫くように、崎の叫びが盤上を渡った。


「ヒトとエルフの和平に偽りはない」


 静まりかえった室内に、皇帝の返答が重々しく響く。


「しかし、巨神とまで和平を結ぶと、誰が言った」


 崎は言葉を失った。


「おまけに──」


 別の男が声を上げる。


「過去から来ただの、他の星からだのとワケの判らぬ御託を並べおって」


「仮に真実だったとしても、貴様らが創った巨神のおかげで、我らの戦いは始まったのだ」


「戦を見てきたような口ぶりで、青二才が私達に説教を垂れるなど片腹痛いわ」


「先代の爺婆どもでもあるまいに、予言など端からあてにするものか」


 テーブルを挟んで飛び交っていた憎しみが、いまは崎ひとりへと向かっていた。

 否──本当は、最初からそうだったのだ。

 自分を(自分とエオルを)毒殺する、ただその瞬間のために、誰もかれもが和やかなフリをしていたのだ。


(誰も、ボクの話なんか聞いてなかった)


 彼らの毒がなんであるかは知らない。だが、それが効かなかったのは、この肉体が、この世界の者とは違うからだということを、なぜ認められないのか。


(エオル……)


 結局、彼女もこの世界の人間だった。

 それが巨神の加護を得ていられたのは、自分が彼女を大切に思っていたからだ。巨神はその心を汲んで、自分のために彼女を護ってくれていたのだ。

 だが、今度ばかりはその加護も発揮されなかった。巨神に分かるわけがない──地球人の自分にとっては無害な物質だったのだろう。


(ボクのせいで……)


 死んでしまった。自分が連れてきたせいで。

 自分より戦争の終わりを望んでいただろうに。一時は誰もかれもを憎みながら、最後には二人で静かに暮らすことを選んでくれた。


「なんで……そっとしておいてくれなかったんですか」


「なに? 聞こえぬ」


 皇帝が耳を澄ます。


「さっさとぬがいい小僧」

「汚らわしい小娘も連れて行け」

「おい衛兵、こいつらを叩き出せ!」


 両席からの野次が部屋に満ちあふれる。


「お前達は黙ってろ!」


 崎が叫んだ。

 四方の壁を貫いて細いビームが部屋を走り抜け、野次を飛ばした者達を消し去った。


「お……あ……!」


 残った者達が身を震わせて後退る。


「なんでボク達をそっとしておいてくれなかったんですか?! あなた達が何もしなければ、巨神だって暴れなかった! エオルだって死ななかった!」


「黙れ!」


 皆と同様に顔を強張らせながらも、皇帝は決然と言い放った。


「貴様と巨神が異星の産物というのなら、我らの世界に介入したこと自体、侵略ではないか!」


「ボクは、この星を侵略する気なんてなかった!」


「もはや遅い! 貴様らのような異形どもに蹂躙されるくらいなら、我らは名誉ある死を選ぶ! さもなくば、貴様がこの世界から消えるがいい!」


「メガノア!」


 巨神と出逢ってから初めて、崎はその名を口にした。

 ドォン──部屋全体が真下からの突き上げを喰らって、砕け散った。

 床の下から、巨大な頭部が現れる

 いくつもの人影と悲鳴が、瓦礫とともに城の底へと消えてゆく。

 自由落下を感じた直後には、崎はエオルを抱いたまま、メガノアの体内にいた。 

 皇城の破壊に怒り狂うかのように、帝都全体が唸りを上げた。

 そこかしこから突き出た虫の足のような建造物の間に、一斉に光が走り、やがて都市の一点に向かって収束した。

 地面が盛り上がり、巨大な影が姿を現した。


(デカい……!)


 それは、いまだ下半身を地面に隠してなおメガノアを見下ろすほどの、巨大な人間型の怪物だった。

 最終兵器だ、と崎は思った。

 メガノアを倒すために、ヒトとエルフはこの都市ひとつをまるまる犠牲にして、あれを生み出したのだ。


「そんなもの……そんなものを造って、どうするんだ?!」


 崎の叫びに応えるように、怪物の胸がふたつに開いた。

 どくん──心臓のように脈打つ、果実のような器官が露わになる。

 それらから、何条もの光線が一斉に照射された。


「うわ!」


 崎の視界が真っ白に染まる。

 が、それは直撃ではなく、メガノアのバリアが怪物の攻撃を弾いた閃光だった。

 光の粒が帝都じゅうに飛散し、そこかしこで爆発と火の手が上がった。


 それでもなお怪物は光線を放ち、メガノアは弾き返す。そのたびに炎が街を染めてゆく。

 人々が火に呑まれ、崩れる建物につぶされ、光に焼き尽くされてゆく姿が、崎にも見えた。転んだ子供が、気付かずに逃げ惑う群衆に踏みにじられ、押し潰される。


「やめろ! なんでそうまでして戦うんだ! 街だって人だって、みんな──!」


 崎の怒りが、怪物を貫いた。


 ──グォオオオ!


 バリアを纏ったメガノアの突進が、文字通り、この世界の最終兵器を貫通したのだ。

 それは、あまりに呆気ない決着だった。

 怪物のなかで行き場を失ったエネルギーが逆流し、巨体の至るところで噴火のような爆発が起こった。

 そして、崩壊は怪物の体に留まらなかった。

 帝都のそこかしこからも、光を含んだ火柱が上がったのだ。


「どうして──うわッ?!」


 ドォン──考える間もなく、メガノアの体内をも揺るがす地響きと衝撃が崎を襲った。


     *


(ここは……)


 と問うた瞬間には、すべてを理解していた。

 崎はいま、煮えたぎる赤い海に浮かび、黒い空を眺めていた。

 地表を覆う溶岩流──マグマオーシャン。原始の地球と同じだ。

 あの最終兵器は帝都と一体化していただけでなく、魔術によって大地の奥底(つまり星の核)とも繋がってエネルギーを吸収していた。

 メガノアがそれを破壊したために、逆流したエネルギーをぶつけられた核は星のなかで弾け、マントルも地殻も突き破り、地表のすべてを灼熱の濁流で飲み込んでしまったのだ。


 なぜそんなことが分かるのか。

 それは、崎の意識がいま、メガノアと一体になっているからだ。

 だが、なぜそんなことが起こっているのか。その理由も、崎の脳裏に浮かぶ。

 崎の体は、メガノアの体内で、歳を取らぬまま保存されていた。

 コールドスリープではなく、あの部屋のなかの時間が止められているのだ。

 そして、最後の戦いが終わってから、すでに五千年が経っていた。


(ボクが、この星を……)


 崎は泣いた。体はメガノアだったが、心のなかでは涙がとめどなく溢れ出た。

 予言は果たされ、自分以外の者はみんな死んでしまった。地球と同じように、この世界も滅んだのだ。


 このうえ自分ひとりがメガノアのなかに生き残って、何の意味があるのだ。


(エオル……エオル………)


 ただ、彼女が恋しい。


 ──なぜだ。


 ふと、崎の意図せぬ自問が、意識に入り込んでくる。

 崎と一体化している、メガノアの問いだ。

 巨神が自分に問うてくる事実に、最初も崎は驚いた。

 だが、もとはといえば、メガノアは高度な認識が可能な人工知能を持って生み出されたのだ。

 そしてその知性は、人間からすれば無限のような時の流れと、崎自身との交流によって、いま新たな段階へ、進化を遂げようとしていた。


 ──なぜエオルを欲する。子孫を残せぬものを、なぜつがいに望むのだ?


(関係ない。ボクは彼女が好きだ。たとえボクらの間に子供が出来なかったとしても……)


 ──は汝を乗せ、汝と繁殖しうる知的生命体を求め、星間の旅に出んとしていた。汝をもって、地球人類を生きながらえさせんがために。


(無駄だよ)


 ──何故に?


(きみを生んだことで、地球人類は滅んだ。この星の人類も滅びに向かわせた。けれど、きみがいなくても、同じだったと思う。終わらないものなんかない。どこかの人類が滅んでも、ここや別の星で、いずれまた新しい人類が生まれて、それも滅んで、生まれて……その繰り返しなんだよ)


 ──だが、生物の本懐は種の存続と繁栄である。汝はそれを望まぬのか?


(わからない。でも、いまそれをやろうとしても、もうそれは望みじゃなくて、義務感でしかないと思う。子孫を残さなきゃ、っていう…………)


 ──では、何を望む?


(ボクは……ボクが生きていることを喜んでくれる誰かが欲しかった)


 ──それが、人の幸福か。


(わからない。人の幸せはそれぞれだから。でも、ボクにとってはそうだったって、いまなら解る)


 ──もし、その幸福を得られた結果、地球人類が滅ぶとしてもか?


 心のなかで、崎はうなづいた。

 地球の歴史、この星の歴史。これだけ壮大な時の流れと滅亡を見せつけられて、いまさら己の種に未練をつのらせる必要がどこにあろう。


 ──承知した。輪野崎、それが汝の望みであれば…………


(メガノア?)


 ──ありがとう、輪野崎。吾は人間の幸福と平和のために生まれた。吾は、その使命をまっとうする。


(メガノア────?!)


 その瞬間、崎の意識はブラックアウトした。


     *


 頬に風を感じる。

 うっすら目を開けてみると、蒼い空が見えた。

 高く昇った太陽を背に、鳥が飛んでゆく。

 思わず跳ね起きる。

 そこは、草原に降ろされた、メガノアの掌の上だった。

 これはどういうことだろう。

 まるで、地球が再生したかのようだ。


 ふと、隣に誰かが寝ているのに気付いた。

 エオルだった。

 宵色の肌には艶が戻り、腕に触れてみれば、温かく柔らかい。

 覆い被さって、小さな寝息を唇に受ける。

 呼気──生きている。間違いない。

 奇跡が起こったのだ。


「エオル…………ッ」


 崎の眼から落ちた涙が、エオルの頬を濡らした。


「ん……ミサキ?」


 瞼が開いてゆく。

 それにつれて、二人の顔にも、笑顔が広がってゆく。

 強く抱き合ったまま、掌の上で転げながら、笑い合う。

 やがて掌から落ちて、草原に転がった。


「エオル……どうして? 毒、飲んだ、たぶん」


 なぜ生きているのか、と問うているのだろう。


「ボクにも分からない。でもきっとメガノアが……」


 奇跡を起こしてくれたんだ、と言おうとして、崎は絶句した。


 二人を見下ろす人造の巨神は、ひざまづいた姿勢のまま、もの言わぬ鉄像と成り果てていた。


 身体じゅうにさびを浮かせ、変形して割れた関節や、装甲の隙間は、植物達の苗床となっていた。


 崎がどんなに呼びかけても、その巨躯はもう、二度と応えなかった。



  ──『巨神転生メガノア』 了──



 『巨神転生メガノア』をお読みくださり、まことにありがとうございました。

 たいへん歪で難解な(作者のひとりよがりの大きい)話になりましたが、それだけに通して読んで下さった方には大きな感謝を。


 著者雑感を、活動ノートにまとめました。興味がおありでしたら、そちらも読んでいただけると、裏話的なものが楽しめるかと思います。


 それでは、また別の作品でお逢いいたしましょう。

 (^_^)ノシ

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