最終話 終末(前編)
今年まるまる使って連載してきたこの話も、今前後編をもって完結となります。
畳めるのか。畳みます。
最終話 終末(前編)
「ボク、輪野崎は、何億年も過去の、宇宙の遙か彼方からやって来た、こことは別の星の人類なんです」
それがメガノアの告げた、恐怖の核心だった。
時間にして約二五五億年前、距離にして約三〇京光年──そこに、崎の死んだ時と場所がある。
そして、崎が短い生涯を送ったその青い星はもはや、宇宙の塵となって久しい。
ニューヨークで日本人青年が犠牲となった爆破事件は犯人不明のまま、国家間の緊張と猜疑を煽った。
それを皮切りに、世界各地で同様の爆破や、銃撃、暴動が頻発した。不満や思想を暴力という形で社会に向けて発散する者はあとを絶たず、それを抑制しようとする政策や活動は無関係の人々からの、抑圧への反発を招いて、事態を悪化させた。
崎の生まれた日本でさえ、何十人という死傷者を出す放火や毒ガス散布が全国でいくつも起こった。
大規模破壊や通り魔的な大量殺人にいつ巻き込まれるかも分からない不安は、人々に相互不信を植え付け、排他性と、さらなる暴力性の温床となった。
かつての魔女狩り、赤狩りのごとく、人々は不安と狭量を独善で覆い隠して、他人を監視し、疑わしい者を引きずり出し、吊しあげ、ときに抹殺した。
こうした、恐怖を祓うための暴力が、世界各地で独裁的な統一思想国家の成立を後押しした。
こうして、のちに『テロの時代』と呼ばれた一世紀が過ぎ、人々の猜疑心と排他性が世界の大半を占めたころ、人間への恐怖と憎悪は、他国へのそれとなって、ついに未曾有の大戦争が起こった。
火薬、衛星、無人機、粒子加速器、コンピューター、ロボット、細菌、毒、核──古の戦争条約など、人々がたぎらせる憎しみの前では、何の抑止力にもならななった。
ありとあらゆる技術が兵器となって、大地と空と、海の底までをも覆い尽くした。
だが、人類は破滅の瀬戸際で、戦争を止めることに成功した。
人の命が紙のように燃えてゆくのと同じく、自然もまた、空前の速度で破壊されていった。
枯れた土、濁った空、泥のような海。それらを目の当たりにしたとき、人類はようやく、自分達が〝やりすぎた〟ことを認めたのだ。
そして、総人口が一世紀余前の一〇分の一にも満たなくなってしまったことに、人々はようやく気付き、愕然とした。
疲弊した人類は自分達の行いを悔い、二度と過ちを繰り返さないための方策を編みだした。
それは条約という理性に訴えるものでも、核保有という相互監視でもなく、直接的かつ物理的な抑止だった。
〝戦争の破壊者〟の創造である。
その破壊者は、一体の巨大なロボットとして生み出された。
それは皮肉にも、長き大戦のなかで飛躍的に高まった人類の科学技術の総決算であった。
人類を災厄と悪行から救うことを期待され、『創世記』に説かれる聖者にちなんで名付けられたそのロボットこそ、《大いなるノア》であった。
メガノアには〝あらゆる暴力と、暴力に使用される武力を破壊〟し、〝人類を護る〟使命が与えられ、その電子頭脳には、過去の戦争、紛争、テロから、殺人、暴行事件にいたるまでありとあらゆる〝暴力の記録〟が、反面教材としてインプットされた。
その結果、旧約聖書の人物の名を冠しながらも、あらゆる宗教的イデオロギーは〝争いの火種になる〟として、国家的・民族的なそれらもまた、メガノアの倫理基準から排斥された。
最期に残ったのは、それが〝他者を傷つける行為か否か〟だけだった。
それ以降、メガノアは大戦後にも散発的に起こった武力衝突に介入し、その力を行使した。
破壊するのはあくまで兵器や、兵器として使用された道具であり、人間は決して殺傷しなかった。それだけの力がメガノアには備えられていた。
永久駆動機関や瞬間移動装置を備え、まさに神のごとき力で世界中の戦争を封じ込めるメガノアは、まさに人類を存続させる救世主にも思えた。
だが皮肉にも、この絶対的中立性こそが人類を破滅へと突き落とす、最後の一手となった。
救世主はあまりにも使命に忠実であり、中立であり、そして強すぎた。
メガノアの誕生後、人類は二世紀にわたって戦争のない時代を送ったが、それは同時に、抑圧の時代でもあった。
武力の消滅≠平和=反勢力の消滅。
壊滅的な大戦を生き延びてなお、国家・民族・宗教などを礎とする大小のコミュニティと排他性を、人類は捨てきれなかった。
その排他性が、時を経てメガノアへと収束されつつあった。
武力を封じる人造救世主の存在は、多くの集団にとって〝自分達の動きを封じるための他勢力の策略〟として認識されてゆき、文明の再興にともなって、その〝他勢力〟の定義は〝旧世紀の遺物=メガノア〟へと変化していった。
ここにいたり、人々にとってメガノアは〝平和の象徴〟ではなく〝闘争本能という人間の普遍的な欲求を、一方的な倫理観で廃除する老害〟と成り果てていた。
それは、イデオロギーを排したはずのメガノアにして皮肉な結果であった。
そしてあるとき、人類はメガノアの破壊を目的として団結した。
使用しない限り攻撃されない。抑圧者の習性を利用して、密かに無数の兵器を造り上げ、ある日、ある瞬間をもって一斉攻撃を開始した。
メガノアが不殺の超兵器である以上、自分達は決して傷つけられない。誰もがそう思い、進んで戦列に加わった。
その予想どおり、メガノアが人間を殺害することはなかった。
人類は自らの手で、自分達にとどめを刺したのだ。
彼らにとっての大誤算は、旧時代の遺物と侮っていたロボットが、じつは〝失われた超技術の結晶〟だったことである。
敵がいかなる兵器をも受け付けないと気付いたとき、人類が取ったのは降伏ではなく、最後のあがきだった。
「こうして、ボクのいた星は宇宙の塵になりました」
室内に重い沈黙が垂れ込めていた。
「星が消えるほどの爆発が起こったというのに、巨神は無事だったというのか?」
エルフのひとりが訊ねた。
「はい。人類が死に絶えて使命を失ったメガノアは、機能を停止させたまま宇宙空間を漂いつづけたんです」
「そして、我らの星に来たと?」
「はい。何億年も経ったころに。ヒトとエルフが生まれる何千万年も昔の、この星にです」
ここまでの、気の遠くなるようなメガノアの記憶を、崎はその体内で見せられたのだった。
運命のあの日、次元の向こうに漂っていた崎を感知したメガノアは再起動し、人類の生存という使命を果たすため、この世界に──否、この時代に──引きずり込んだ。
そして〝唯一の人間〟をまもるために、崎を攻撃するすべてを破壊した。
ヒトやエルフが、崎のいた地球の人類とは相似形でありながら、遺伝子レベルではまったくの別種だったことが悲劇の原因だった。
この星の人類を、メガノアは人間ではなく、兵器や道具と見なしているのだ。
その事実を崎が伝えたとき、首脳達の落胆と沈痛は目に見えるものとなっていた
「なんということだ」
ヒトの皇帝が脱力して椅子にもたれながら言った。
「我々は異郷の神をめぐって対立し、自分達の手で、破滅の予言を現実のものにしようとしていたのか」
神──いまなおメガノアがそう呼ばれることに、崎は憤りを覚える。
たしかにメガノアの力は神がかっている。もとの自分にとって遠い未来のこととはいえ、地球で造られたとは思えないくらいだ。
だが、決して神ではない。人々の願望が創り上げたマシーンなのだ。
「ボクの話は以上です。信じられないことだとは思いますが……」
全員の納得が得られたとは言い難いが、崎の望み通り、各エルフ長と皇帝の前に、皮で作られた調印書が配られ、和平の締結式は始まった。
ヒト側は皇帝ひとりに対して、エルフ側は長ごとに書面を用意する念の入りようである。
双方に皮紙が交わされ、皇帝はさらに十枚ぶん、エルフ長達は一枚に十人ぶん、己の名を連ねて綴る。
すべてが終えられるまでの沈黙が、崎には途方もなく長い時間に思えた。
「最後に、運命の子らにも調印に目を通していただき、是非を問いたい」
十一枚の書面が、まとめて崎に差し出される。
「あ……すみません。ボクは、この世界の文字は読めなくて。エオルも……」
彼女も字を学んでいないのは知っていた。
村長を睨むと、バツの悪そうな顔で眼を逸らされた。
「けれど、ボクは賛成です。これでいいと思います」
そう答えると、部屋に張り詰めていた緊張がワッと解け、安堵感が満ちたのが肌で分かった。
エルフ長のひとりが号令をかけると、扉が開き、見たこともない色とりどりの料理や果実が運ばれてきた。
テーブルには金糸細工のクロスが、壁にはタペストリーが掛けられ、会議室はたちまち豪奢な晩餐会の様相を呈した。
崎達の前にも皿やスプーンが並べられ、ゴブレットにはワインのような液体が注がれた。
「失礼、貴殿は酒を飲まぬ方がよかったかな?」
そういえば、この体は十三歳のものだった、と崎は思い出す。
とはいえ、精神的には二十歳で、酒の味も覚えている──この世界のは初めてだが。
「いえ、大丈夫です。一杯だけ、いただきます」
全員の杯に酒が満たされたところで、皇帝が立ち上がった。
「道のりは長く、犠牲は大きかったが、こんにち我らは勇気を持って、互いに憎しみを捨て、長きに渡った戦を収めることに成功した。我が忠実なる帝国民はもちろん、ことエルフの長の方々には、感謝の言葉もない。皇帝の名によりて、いまこそヒトとエルフとの和平を宣言する」
各々が握ったゴブレットを高く掲げた。乾杯の仕草はこの世界も同じらしい。崎とエオルも皆に倣って杯を掲げた。
そして、一斉に祝酒を傾けた。
「おいしいッ」
おっかなびっくりで飲み干したものの、酒は予想外にも、ジュースのような甘さと清涼感に満ちていた。
もっと味わえばよかったと後悔してしまう。
エオルのほうも口に合ったらしく、眼を輝かせている。
「これだったら、何杯でもいけるね」
「ミサキ、体、子供。エオル、飲む」
「あ、ずるいや」
珍しくエオルが冗談を飛ばし、二人は笑いあった。
「──ッ?!」
次の瞬間、エオルの口が、赤黒い血を噴いた。
「エオ……?」
顔にかかったものが何なのか、咄嗟に理解できない崎の目の前で、エオルの体がゆっくりと傾いでゆく。
ゴブレットが床に落ちて砕け散った。
「エオル──ッ?!」
破片の上に倒れかかる恋人の体を、崎は抱きとめる。
その腕のなかで、二度、三度、血が噴き上がって、崎の顔に飛沫がはりつく。
「ミサ……」
瞳の濁った目には、もう何も見えていないようだった。
「エオル! エオル! どうして?! いやだ、いやだ! ボクを……独りにしないでよ!!」
呼びかけも虚しく、エオルは瞼を閉ざし、力を失った。
(なんで……?)
どうしていいか、何を思えばいいかも判らず、崎は床に膝を突き、ただただ、恋人の体を抱きしめた。
何も信じたくなかった。何も認めたくなかった。これは現実じゃない。悪い夢だ、と。
「なぜ……なぜ貴様は死なんのだ?!」
頭上から降ってきたその問いは、皇帝のものだった。
「何を言って──」
その瞬間、崎にもすべてが理解できた。
「あなた達が、毒を……!」




