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第5話 世界(後編)

第5話 世界(後編)


 空の旅が半日続いていた。いくつもの村落や小都市が、巨神の足下を通り過ぎていった(そのうちの半分以上は、すでに廃墟と化していた)。

 ふたりを手に乗せた巨神は、先行するドラゴンをぴったりと追尾していた。平和組織の案内人を乗せた時とは比べものにならない速度だ。

 否、その気になれば、簡単に追い抜けるようにも思えた。

 それでも、風圧はまったく感じない。

 エオルも同じらしい。

 やはり、彼女もまた巨神の加護を受けているのだ。


「エオル、大事な話があるんだ」


 隣に座ったエオルに身体ごと向き直り、真正面から見つめる。

 キョトンとした顔が見つめ返す。

 気恥ずかしさで視線を逸らしそうになるが、意地で押し留める。


「きみに、話しておかなきゃいけない。ヒトとエルフが本当に和解するのか、この世界が平和になるか判らないから……」


 崎は、巨神に見せられた真実をエオルに伝えた──無論、自分が何ものであるのかも。


 エオルのことは心から愛おしい。

 だからこそ、話すかどうか、今まで迷い続けていたのだ。

 ふたりの関係が壊れるかもしれない。彼女も怖がらせ、悲しませることになるかもしれない。

 それでも話すことに決めたのは、エオルの強さを信じ、優しさにすがりたかったからだ。

 ひとりで抱え込むには重すぎる宿命と、いつ壊れるかも分からない脆い心を、共に支えて欲しいと願ってしまったからだ。


「──だからボクは、この世界の人間じゃない。予言にある、ヒトでもエルフでもない者は、ボクなんだ」


 理解しているのか否か、崎の話を聞くエオルの表情は乏しい。まるで出逢った頃に戻ったかのようだ。


「予言の通りに世界が滅ぶかどうか、ボクには分からない。けど、世界やボクらがどうなったとしても、ボクはきみと一緒にいたい」


 腕を伸ばし、エオルの手を握った。

 温かい──〝宵の子〟などいう呼び名を付けた者達は、なぜこのぬくもりを無視したのだろう。


「ボクは、きみが好きだ。もしボクから巨神がいなくなっても、一緒にいてくれる?」


 それが、崎にとっての最大の不安だった。

 この闘争と残虐さにまみれた世界で、非力な崎が今日まで生きてこられたのは、ひとえに巨神の加護あってこそだった。

 そしてエオルが自分と一緒にいるのも、その加護あればこそだというのも気付いていた。

 だがもし、ヒトとエルフのあいだに和平が結ばれ、世界から破滅の危機が除かれたら?

 戦う必要のなくなった巨神が、また石像となって、自分から離れてしまったら?

 そのとき、自分には何の価値があるのだろう。この厳しい世界で狩りも満足に出来ない脆弱な男を、エオルは愛してくれるのか。


 不安に目眩を覚えながら、崎は答えを待った。

 すると、エオルは優しげに微笑み、ゆっくりとうなづいた。


「どこにも行かない。ミサキ、いっぱい守ってくれた。だから、つぎはエオルが守る」


 その瞬間、崎の心に重くのしかかっていたものが砕けて消えた。


「……ありがとう……ありがとう……ッ!」


 二度目の「ありがとう」は、言葉にならなかった。

 溢れ出す涙を止めもせず、崎は恋人を強く抱きしめた。


     *


「ミサキ、あれ」


 崎の涙がようやく収まった頃、エオルが彼方を指差した。

 山脈の足下に、いくつもの塔を持つ巨大な都市が姿を現す。

 すでに多くの小都市を飛び越えてきたが、今度のは規模が違うと、ひと目でわかった。


 近づくにつれて、崎はその都市が、元の世界で思い描いてきた中世風ファンタジーの都市とは、かなり趣をことにしているのを知った。

 巨大なクレーンのようなものや煙突が並び、曲がりくねったパイプがいくつも絡み合っている。

 それでいながら、何種類もの巨大な虫を、仰向けに並べたようでもあった。


 まるで、生物で造った巨大工場。

 それが石造りの城壁の足元にまで延び、こじんまりした民家や商店を押しのけるように、都市じゅうに網を張っている。


 前を行くドラゴンの背に据えられたやぐらから、青い煙が上がった。事前に教えられた、到着を示す狼煙のろしだ。

 ついに、ヒトの国の帝都に来たのだ。


 ドラゴンは帝都の城壁を越えて、競技場のような広場の上でホバリングする。

 ここに降りろと言うことか──崎は指示に従って、巨神を着地させ、掌から降りた。


 ドラゴンは飛び去り、その場に待機していた別の兵士が、崎達を馬車に乗せて皇城へと案内してくれた。

 大通りに通行人は少なく、商いが行われている様子もない。まれに行き交う者は皆、尖った視線を崎達に向けては、すぐにうつむいて逃げるように去ってゆく。


 それだけ巨神が恐れられ、恨まれているということか。あるいは、外出禁止令でも出ているのか。

 エオルも不穏な雰囲気を感じ取っているのだろう。座席の上で繋いだ手を、二人はどちらからともなく、固く握りあった。


 第二の城壁の門をくぐると、ひときわ高くそびえ立つ皇城は目の前だった。城を囲む、長くなだらかなスロープを通って、はるか上階を目指す。

 馬車が止まった頃には、遠くの闘技場にたたずむ巨神の顔が下に見えるほどだった。

 通用口らしき門から入城して、青色の絨毯に金糸装飾の施された廊下を渡ると、衛兵に護られた大きな扉が見えた。


「巨神の少年と、お連れの方が到着しました」


 案内人が告げるよ、衛兵達が扉を開いた。


「わ……」


 崎の口から驚きが漏れる。

 頑丈そうな一枚板の長テーブルが置かれた、会議室のような大広間だった。城の最上階にしては質素な印象だ。

 だが、崎が驚いたのは部屋そのものではない。

 それぞれ十人のヒトとエルフが、テーブルを挟んで座っていたのだ。

 装束は様々だが、誰も彼もが威風堂々たる居ずまいである。和平が結ばれるというのは、嘘ではなかったらしい。

 エルフ側の列席者は、有力部族の長達だろうか。


「……!」


 そのなかに見知った顔を見つけ、崎は身構えた。

 エオルが生まれた集落の長だった。

 向こうも含みのある表情を見せたものの、お互い言葉を投げるには至らなかった。


「よくぞ来てくれた。運命の子らよ」


 ヒトの列の中央に座っていた男が立ち上がって言った。

 雰囲気で、崎は彼が何者かを悟った。

 その予想通り、彼は自分がこの国の皇帝であると名乗った。


「さぁ、どうぞこちらへ。きみ達にはその目で、歴史的瞬間の証人となってもらいたい」


 そう言って、皇帝は手で部屋の奥を示した。崎がいた世界で言うところの上座かみざだ。うながされるままに、二人は皇帝の背後を通って、ふたつ用意された椅子に掛けた。


「ではさっそく、ヒトとエルフ、両者の和平を確固たるものとする調印式を始めよう。長らく続いた、この不毛な戦争を終わらせようではないか。各々おのおのがた、よろしいか?」


 皇帝自身が進行役となって式が始まろうとしていた。


「調印に異存はないが、その前に、ひとつ明らかにしたいことがある」


 エルフのひとりが手を上げた。


「我々の争いの火種となり、また争いをやめる切っ掛けともなった巨神様が一体いかなる存在であるのか。これまでの交渉と議論のなかで、結局のところ、エルフもヒトも、誰ひとりとしてその正体を知り得ないことが明らかになった。このうえは、我々がいかなる神意のもとで互いの醜さを露呈したか、それをまず明らかにしたい。つまり、もし運命の少年が巨神の正体を知っているなら、それを我らに教授してもらいたいのだ」


 突然の指名と要求に、崎は背筋を寒くした。


「その意見には、我が方もやぶさかではない。いかがだろう運命の子よ」


 二〇人の視線が崎に集中する。

 その圧に目眩めまいを感じながらも、崎は息を整えた。

 そして、一同を真正面から見据え、真っ直ぐに声を発した。


「突拍子もない話です──ボクにも信じられなくて、今も恐ろしいくらいに。だから、先に約束してください。たとえどんなに信じられなくて、あなた達にとって嫌な話だったとしても、ヒトとエルフの和平条約を結んでくれると」


 いくつかの席から、溜め息に似た唸り声が聞こえた。


「かしこまった」


 先に発言したエルフが最初に応えた。


「さすが巨神様に選ばれただけのことはあって、堂々たる態度である。このうえ、いかなる不条理が語られようと、かの偉力の前に、なにを疑うべき知恵が我らにあろう。私はその条件を呑む。賛成の者は挙手を願う」


 二〇本の腕が天井を差した。


「……ありがとうございます。じゃぁ、まずはボク自身のことから、おはなしさせていただきます。ボク、輪野わの崎はヒトに見えるでしょうけれど、本当はヒトじゃありません。けれど、エルフでもありません」


 早くも場がざわつく。

 ヒトでもエルフでもない者──予言に説かれた存在を、誰もが意識しているのが分かった。


「エルフのあいだでは──」


 軍の高官と思しいヒトの女が発言した。


「ダークエルフこそが、予言の説く〝ヒトでもエルフでもないもの〟というのが定説だと、聞き及んでいるが?」


 エルフ達の目が尖り、彼女に集中する。


「やめよ。まずは彼の話を最後まで拝聴するのだ」


 皇帝が声を上げた。

 が、崎は奥歯を噛んで、ぎかけた水面に、あえて石を投げた。


「その話は聞いたことがあります。けれど、ダークエルフはただ肌の色が違うだけで、他のエルフと何ら変わりはありません」


 場がふたたびざわつく。


「ボクらは、旅のなかでダークエルフの盗賊団に遭いました。そのときも、巨神は彼ら──ダークエルフ達──が攻撃してきたとき、他のヒトやエルフと同じように、焼き払いました」


「では、きみは……何ものなのだ?」


 エルフのひとりが訊ねる。


「ボクは、この世界の人間じゃありません。こことは別の世界から……」


 崎は一瞬、言葉に詰まった。

 世界に向かってすべてを明かすべきか否か。

 誤魔化すための、辻褄の合う嘘も考えてきた──それこそ、真実よりもずっと信じられる虚実を。

 ひょっとしたら、真実を隠し続けることこそ、世界を破滅から救う道なのではないか。


 しばらくの逡巡。

 崎は語るべき道を決めた。


「いえ、何億年も過去の、宇宙の遙か彼方からやって来た、こことは別の星の人類なんです」

第5話、お読みくださりありがとうございます。

この物語も残すところあと1話(二部分)となります。

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