第1話 人間(前編)
新たなロボットものをやってみようと思って書き始めました。
今回はリアルタイム執筆&更新となり、完結までにはやや時間を要するかも知れませんが、気長にお付き合いいただけると幸いです。
第1話 人間(前編)
(案外、空は広くないんだな)
輪野崎は繁華街のベンチから摩天楼の頭を見上げ、そう思った。これじゃ、東京とたいして変わらないんじゃないだろうか。
違うのは、匂いだけか。
けれど同じような繁雑ぶりでも、崎の両親にとっては〝ニューヨーク!〟というだけで大きな価値があるらしい。今日は朝からあっちの店にこっちの店にと忙しく飛び回り、崎を引っ張り回している。
いまも老舗の高級服飾店だかなんだかで、セレブを気取って店内観光中だ。買う気など最初からあるまい。
(じゃぁ、ボクは何なんだろう?)
そんな彼らに連れられて、結局は軒先のベンチで独り、時間を潰している。
この旅行自体、着いてきてもしょうがないという気はしていた。それでも「お前も来るか?」と訊かれれば、断るのは勿体ない気がした。それだけの理由だった。今は後悔している。
ここでやりたいことなんて何もないし、自分一人でどこかへ出かけるのも怖い。地理も分からないし、英語だってまともに喋れない。
こんなのだから、父親に「二十歳になっても意気地がない」と嫌みを言われても、言い返すことが出来ない。
ふと、隣に座っていた男がベンチから立ち上がり、歩き去った。
崎は違和感を覚えた。
あの人、座ったときにはアタッシェ・ケースを持ってたはずだ。
ベンチの上にはない。下を覗き込むと(いつの間にそうしたのだろう)用心深く隠すように、奥に押し込められている。
ぞく……崎の心が一気に冷え、頭がホワイトアウトした。
「すみません! 鞄を忘れてますよ!」
それは、ただパニックからの行動だった。
ベンチ下からアタッシェケースを取り出すと、全力で男を追いかけた。
気付いた男は一目散に逃げる。その走りは、崎よりも早かった。
──どうしよう。どうしよう……?!
崎は焦った。じっとりと汗ばむ手は、ケースを握りしめ続けている。
そして、その時が来た。
瞬きする間の閃光と激痛のあと、崎の意識は光と炎のなかに消えた。
***
硬い床と風を感じる。ガタガタと揺れていて、まるで車の荷台にでも寝かされているようだ。
「起きたか、ボウズ」
太い声に、崎は目を開ける。
髭面の男が木の床の上に座り込み、こちらを見下ろしていた。
布切れを縫い合わせたような黄土色の服は、まるでファンタジー映画に出てくる農民のようだ。
「えッ?!」
上半身を起こした崎は、思わず声を上げていた。
あまりにも多くの情報が一度に入って来きて、意識がフリーズを起こす。
縛られた手足──目の前の男もそうだ。
着ているのは服ではなく、ただ巻き付けられた大きなボロ布。否応なく中に入り込んでくる風で、際どい部分が縮み上がる。
乗せられているのは馬車に引かれた荷車の上で、あたりは草原、草原、草原……遠くに連なる山々…………
「おとなしくしてろ!」
「あッ!」
辺りを見ようと膝立ちになった途端、崎は長い棒に突かれて尻餅をついた。
「つ……なにを────」
抗議の声が呑み込まれる。
崎を突いたのは、荷台の端に座った別の男だった。こちらは手足を縛られておらず、軽めの鎧を着ている。
手にしているのは、槍だ。
だが崎が驚いたのは武器ではなく、男の耳だった。
横に長く、尖っているのだ。
(エルフ?!)
コスプレ用の付け耳だろうか。いや、そもそもここはどこで、どうしてこんなことになっているのだ。
自分はたしかニューヨークにいたはずだ。そこで……忘れられた鞄を…………
そこまで思い出して、崎は目眩と息苦しさに襲われた。ガタガタと揺れる床に突っ伏し「嘘だ……嘘だ……」と繰り返し呟く。
死んだ……自分は死んだ。間違いない。じゃあ、ここはなんなんだ? どうして…………
「おい? おいボウズ大丈夫か?」
髭面が心配そうに声をかけてくる。
「あ、あのッ、ここはどこですか?!」
思い切って顔を上げ、訊ねた。英語なら尻込みしただろうが、相手は間違いなく日本語を喋っていた。
「ここ? ここはカレンタの西南部だが?」
「カレンタ? それはアメリカですか? それともヨーロッパ?」
髭面の太い眉毛の間にウニッと皺が寄る。
「ああ? ボウズ、お前こそ何処から──」
「おとなしくしろと言っている!」
エルフの槍の柄が、崎と髭面を立て続けに突いた。
(くそ……どうなってんだ……)
「おい。俺はともかく、このボウズは逃がしてやったらどうなんだ」
髭面がエルフに抗議する。
「どう見ても非戦闘員だぞ」
「黙れ。兵士だろうとなかろうと、ヒトはすべて敵だ」
エルフが、今度は槍の穂先を髭面に向ける。
崎は震え上がった。人間とエルフが戦争でもしているのだろうか。これは何かの冗談か、それとも悪い夢か。
ふと、磨かれた槍穂の表面に、どこかで見たことのある少年の顔が映り込んでいるのに気付いた。
(え──?)
顔に手を当てて確かめ、それが誰かを理解した瞬間、崎は頭が真っ白になった。
自分だった。たぶん、中学生くらいの時の自分自身の顔だ。
どうりで、身体つきが覚えている自分よりも華奢で(もとからそう太くはないが)、体毛も無いに等しいわけだ。
マントのようなボロ布の下で、恐る恐る股間に触れてみると、やはりというか、ツルンとしている。陰毛の生え始めは遅い方だった。
(身体が若返ってる? なんで?)
幼い頃についた膝の一生傷も残っているので、おそらくそういうことだろう。なぜそうなったかなど分かるわけもないが…………
「チッ……ボウズ、不運だったな。夜盗に襲われたうえに、エルフの虜囚になるなんてなぁ」
崎の様子に気付かぬまま、エルフに黙れと言われても、髭面は気丈に喋り続ける。
とうのエルフの兵士は、呆れたとばかりに槍を納め、何かの葉をかじりはじめた。
「夜盗に? ボクが?」
「違うのか? 道のド真ん中に、素っ裸で転がってたんだ。身包み剥がれたんじゃねぇのか?」
髭面の言った自分の姿を想像して、崎は恥ずかしさから、思わず顔を熱くした。
「分からない……憶えてないんです……」
「そうか。まぁ思い出さんほうが良いこともある」
髭面は可哀相な表情で崎を見つめる。いったい何を想像しているのやら。
道はいつの間にか、岩間の隘路へと変わっていた。いま崩落でも起きれば、一発で生き埋めだ。
「さっき、聞いたことのない土地の名前を言ってたな。見たところ、十三か四ってとこだが、遠くから一人で旅をしてきたのか?」
両親と一緒に、と言おうとして言葉に詰まった。ニューヨークにいたと言って話が通じるのか。アメリカすら知らなかったのだ。
いま自分が置かれている状況は、何かが根本的におかしい。
これではまるで、別世界に迷い込んだようだ。
(これが、まさか異世界転生?)
ちょっと違う気もするが、そういう話が流行っていたな、と思い出す。よもやそれがフィクションではなく、自分の身に起こるなどと思いもしていなかったし、いまだに信じられないが、そう考えた方が理解できてしまう。
「この世か……この国では、人間とエルフが戦ってるんですか?」
「お前さん、本当に遠くから来たようだな。国どころじゃねぇ、世界中がそうだと聞いてる。もうかれこれ百年近くは続いてる」
「そんなに……あなたも兵隊だったんです?」
「まぁな。しかし連中、殺す殺すと言いながら、俺達をどこかへ連れていくつもりらしい。一体、どこでナニをされるのやら」
「着いたぞ」
エルフが言った。
岩間が開け、広大な空間が姿を現した。
(うわぁ……!)
その絶景に、崎は息を呑む。
そこは、四方を切り立った岩壁に囲まれた都市だった。
大地に空いた大穴のなかに栄えた地下都市である。
壁の高さはゆうに百五〇メートルはあるが、崎の眼からは想像もつかない。
壁面にいくつも穿たれている穴は、住居だろうか。何重にも張り巡らされた足場の上を、エルフ達が行き来しているのが見える。
がけの頂上からは幾本もの滝が流れ落ち、それを直接水路で受けて、各住居に行き渡らせているようだ。
(……すごい)
自分の置かれている状況も忘れて、崎は街の姿に見入っていた。
大穴の底は大小さまざまな木造建築で埋め尽くされていた。広い川の周囲には人々が集まって、縄を編んだり、槍や弓を作っている。
建造物や大人達の陰から、今の崎よりもずっと幼いエルフの子供達が顔を覗かせてこちらを伺っている。
「こいつは……」
荷車から少し顔を出した髭面が、前方を見て声を上げた。
崎も彼にならって、自分達の馬車が向かっている〝それ〟を見た。
街を貫く大通りの最奥に、巨大な石像が屹立していた。
その高さ百メートル。やはり崎からは、ただ大きいということしか分からない。
二臂二足なところは人間と同じだが、全体的にゴツゴツとしていて、どこかロボットを思わせる。顔などはとくにそうだ。
「貴様らは幸運だな。我らが巨神様をヒトの分際でお目にかかれるのだ」
巨神。エルフの神か。そう言われると、顔の真横から長い角が生えていて、エルフの耳に見えなくもない。
その巨神へと、馬車はぐんぐん近づいてゆく。
像の足下に設えられた小高い祭壇の上には、何人かの司祭風の服を着たエルフの姿が見える。
「ボクらを、どうするんです?」
「決まっている。お前達は巨神様への捧げ物としてあそこで処刑されるのだ。ヒトを殺せば、巨神様はいたく喜ばれる」
崎は絶句した。なにが「決まっている」だ。決められてたまるか。
しかし、こんな状況では逃げ出すことも出来ない。
そうこうする間に、馬車は祭壇へと辿り着いた。巨神像の圧迫感がますます強くなる。
足だけ縄を解かれ、命じられるままに荷台を降りて、長い階段を昇った。
転生したと思ったら、いきなり処刑か。ひょっとしたらここは地獄なんじゃないか?
「いやだぁ! やめ──たすけ──!」
叫び声が聞こえる。
階段を昇りきると、そこにはすでに別のヒトの兵士がいて、首切り台に身体を縛り付けられていた。
崎が何かを思う間もなく、大きな刀が振り下ろされる。
漫画で見て想像していたような大きな音は鳴らなかった。
ごどっ、と頭が床に落ちた。胴体から噴き出た血が、下に用意されていた受け鉢に溜まってゆく。
エルフ達が「おおー」と歓声をあげた。壇上だけでなく、集落の全体が共鳴していた。
「われらが巨神よ照覧あれ!」
エルフの司祭が叫んだ。
「穢らわしきヒトの血と魂をまたひとつ、御身に捧げます。我らに栄えを! ヒトに裁きの鉄槌を!」
「我らに栄光を! ヒトに裁きの鉄槌を!」
異様な一体感だった。さっきの今まで普通に作業をしていたエルフ達が、突然、スイッチが入ったかのように巨神を見上げ、司祭の言葉を復唱している。
「石の巨神像……ここがエルフどもの聖地ってわけか」
髭面が崎にしかきこえないように呟いた。
「この像は、何なんです?」
「さぁな。エルフどもが信仰してるって噂くらいしか聞いたことはないが、なんでも人類が生まれる前からあるらしい」
「なんでそんなものを……」
巨神の顔を見上げ、「え?」と声を上げる。石像のはずの巨神の眼が、赤く明滅していた。
巨神が喜ぶとはこのことなのだろうか。
「うわっ?!」
いきなり腕を引かれた。
「次はお前だ」
エルフの兵士に、処刑台の方へとひっぱられてゆく。
「いやだ! なんで、こんなこと?!」
問いは黙殺された。
崎は処刑台に寝かされ、縛り付けられる。
真下から巨神像を見上げると、今にも倒れてきそうな錯覚を覚える。
だが、その景色を楽しむ余裕などあるはずもない。
「我らが守護神よ! 今ひとたび、我らが国土を侵す忌まわしき者の血と魂を捧げます。我らに永遠の栄えを!」
「我らに栄えを!」
司祭らしきエルフが声高に祈り、村人達が復唱する。
司祭のわきに控えた執行人が、大刀を振りかざす。
(ダメだ──死ぬッ)
わけが判らぬまま、崎は二度目の死を意識した。
そのときだった。
「ぼアッ?!」
奇妙な悲鳴を上げて、執行人が炎に包まれた。
そして瞬く間に、消し炭となって風に散った。
(何が、起こって……)
崎ならずとも、その場にいた全員がそう思ったときだった。
──グオオオォォォォ!
大音声が街を震わせた。
お読みいただきありがとうございます。
本作は1話を前後編として、全6話・計12編での完結を目指しております。
また、話が進行するにつれて、様々な物語的要素が増えてゆく予定ですので、その都度、タグを増やしてゆこうと思っております。
よければブクマ。評価等、どうぞよろしくお願いします(^_^)ノ