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祝辞の牢獄

 ノイングラート帝国皇立学園。


 その最高学府、ベルンカイト校では本日、中等部の終業パーティが開かれていた。

 パーティはダンスホールを使った立食形式で、終業する3年生と多くの来賓が、豪華な食事を楽しみながら歓談を続ける。


 同盟国であるランドハウゼン皇国の第二皇女、アリア・リアナ・ランドハウゼンも、終業生の一人として、このパーティに参加していた。


 アリアは本年度終業生の主席。彼女の元には、ひっきりなしに祝辞の声がかけられる。


 途切れることのない話し相手に笑顔で応え続けるアリア。


 だがよく見ると、こめかみに一筋の汗が滴り、笑顔もどこか引き攣っている。

 腰も僅かに落ち、膝上まで露出した脚は時たまブルっと震えて見せる。


(早くっ……早く終わって……!)


 アリアは代謝が良く、毒物全般の分解が早い。それはアルコールに対しても同様で、こういった場で酒に飲まれにくいのは大きな強みだ。


 だが、分解されたアルコールは無くなるわけではない。血流として全身を巡り、やがて体外に排出されるのだ。


(このままじゃ……私……!)


 汗や息、そして――尿として。


(こ、ここで、漏らしちゃう……っ!)


 歓談と演奏に賑わう会場の中、アリアは耐え難い尿意に襲われていた。


――――――――――――――――


 最初に尿意を感じたのは、パーティの開始から30分程過ぎた頃。

 開始と同時に、祝辞とともに殺到したアルコールが、早くも膀胱に雪崩れ込んだのだ。


 アリアが普通に酔うタイプなら、こうはならなかった。


 貴族達とて周りは見える。

 散々飲まされ、真っ赤になった少女に更に酒を勧める行為は、酔わせて良からぬことを考える不埒者の様で外聞が悪い。


 それに酩酊状態では、自身と話したことを覚えているかすら怪しいのだ。

 アリアは早々に、壁際の椅子での休憩を促されていただろう。


 だが、アリアは酔わなかった。


 顔色が変わらず、振る舞いにも乱れのないアリアは、気遣われることなく水分とアルコールを促される。

 彼女の体はそれを急速に分解し、過剰な水分と共に尿として膀胱に送り込んでいった。


 警鐘を鳴らす膀胱。アリアは急ぎトイレに向かおうとしたが、その足は遅々として進まない。

 祝辞の声が途切れないのだ。


――この話が終わったら


――今度こそトイレに


 何度そう思ったことだろう。

 だが話が終わり、会場を出ようと一歩踏み出すと、間髪入れずに別の誰かに声をかけられる。


 アリアはメリットの塊だ。

 この会場にいる殆どの来賓が、彼女との実りある会話を求めている。


 アリアの前には、牽制し合う来賓達が作り上げた、目に見えない長蛇の列が出来上がっていたのだ。


 尿意を感じてから1時間。アリアの膀胱は、限界近くまで膨れ上がってしまっていた。


 冒頭の男性との会話が漸く終わり、優雅に一礼して歩き出す。

 一目散にトイレに駆け出そうとする足は、理性を総動員して押しとどめた。


 自分はランドハウゼンの皇女。そして、この場の全ての学生の代表と言っても過言でない立場なのだ。


 会場中の注目が集まっているのも承知している。

 無様にトイレに駆け出す姿など、見せるわけにはいかないのだ。


 だが、これ以上引き止められれば、本当の本当に、最悪の事態になりかねない。

 アリアは平静を装いながらも、他の学生や、既に挨拶を終えた来賓を隠れ蓑に、品格の保たれるギリギリの急ぎ足で会場の出口を目指した。








 だが――



「プリンセス。私と一曲踊っていただけませんか?」



(あぁぁ……っ……もう許して……っ!)



 捕まってしまった。しかも、よりにもよってダンスの誘いだ。


 アリアが得意とするのはフェアリア――神代でいうところの『新体操』だが、社交ダンスも相当な腕前である。

 普段ならば、気分転換に丁度いいと快く引き受けただろう。


 だが、僅かな刺激でも決壊しかねない今のアリアにとって、それは地獄の呼び声でしかない。

 男の全力で決めたであろう煌めく笑顔が、獲物を絡め取る悪魔の笑みに見えた。


――――――――――――――――


 ジョッ「んっ」

 ジョロッ「くぅっ」

 ジョジョッ「あぁっ」


 足元からの振動が膀胱を揺らす。

 その度に、中の液体はちゃぷちゃぷと波打ち、生み出された圧力は唯一の、決して開けてはいけない出口に殺到する。


(あぁ……っ! 出る……っ、出ちゃう……っ!)


 その衝撃は、固く閉ざされた水門を穿つ破城槌のよう。


 ステップを一つ踏む度に、アリアは死ぬ思いで括約筋を締め上げ、それでも堪え切れず、小さな悲鳴と共に僅かな尿が溢れ出す。

 アリアの下着には、既に大きな染みが広がっていた。


 ジョッ「んっ」

 ジョロロッ「んくぁぁっ……!」


(や、やめてぇ……っ……そんなに……っ……振り回されたら…っ!)


 更に今回は、ダンスの相手も悪かった。

 余程腕に覚えがあるのだろう。楽団にアップテンポな曲を要求し、右へ左へ、激しい動きでアリアを振り回す。


 普段のアリアなら、この挑戦を不敵に笑って受け止めていただろう。

 だが、今のアリアにそんな余裕はない。


(お腹がぁ……っ……お腹がっ、揺れて……っ!)


 激流に翻弄され、今にも溢れそうな飛沫を押しとどめることで精一杯だ。

 そして、その精一杯すら、終わりを迎えようとしていた。


 ジョロロッ! ジョォォッ!

「あ、あぁぁぁっ!? んむうぅぅぅうぅぅっ!」


 激しいステップが、ヒビだらけの水門を踏み砕く。膀胱が揺れる度に、その隙間から小水が溢れ出した。


(い、嫌っ!? 出ちゃう!? ここで、こんな、みんなが見てる前でっ、全部出ちゃうっっ!!)


 下着は既に完全に濡れそぼり、吸い切れなかった小水が太ももを伝う。

 アリアは完全に涙目で、だがその表情が相手の男を余計に昂らせる。

 半分程正気を飛ばした男は、更にヒートアップしてアリアを振り回す。



 ジョォォォッ! ジョォォォッ!



(あぁぁ……もう……ダ……メ……)



 アリアの我慢は崩壊し、次の瞬間には最悪の痴態が周囲に晒される――筈だった。


 だが、アリアの水門が完全に陥落するその直前、その身を襲う揺れも、耳を穿つ音楽も、嘘の様にピタリと止まった。


――ダンスが、終わった。


「ああありがとうございました! あぁぁぁぁぁ……っ!」


 形だけでも礼を済ませたのは、最後の理性か。余韻に浸ろうとする相手を置き去りに、アリアは逃げる様にその場を去った。


(は、早くっ! 早くトイレにっ! もう……げん……かい……っ!)


 コツコツとヒールを鳴らし、早歩きで出口へ向かう。

 無作法などと言っている場合では無い。このままでは、こんなものとは比べ物にならない大失態を犯してしまう。


 幸い、アリアの切迫した様子が伝わったのか、声をかけようとしてくる者はいない。

 喧騒を抜けるまであと少し。あと少しで、この牢獄の様な会場から出ることができる。



――運命の女神などという者がいたなら、そいつはアリアのことが大嫌いに違いない。





「そんなに急いでどちらへ?」


「あ――え、トイ、いえ、あのっ」


 アリアの行手を阻む様に、赤ら顔の貴族が目の前に現れた。

 アリアの目が、絶望色に染まっていく。


「私にも、少しお時間をいただけますかな? レディ」


 牢獄の扉は、まだ開かない。


――――――――――――――――


「え、ええ……っ……そうっ、ですね……あぁっ」


 顔面は蒼白。目には涙、額には脂汗が浮かんでいる。

 ぎゅっと交差した足はもう震えが止まらず、内股を伝う雫は、ついにスカートの下に顔を出した。



――限界。



 近くに白面の女性がいれば、一発でアリアの窮状を見抜いたことだろう。


 ジョロッ! ジョッジョッ! ジョロロロッ!


「はいぃ……ぃっ! わ、私も……そ、そう……あぁぁっ!?」

(あぁっ、出るっ! もうっ、出るぅぅぅぅっっ!!)


 目の前の男も、アリアが、何かどうしようもなく追い詰められていることだけは分かっている。

 だが少女とは言え、顔も体も極上のアリアが喘ぎ身悶える様は、男の想像以上に、心惹かれる見世物だった。


 酒で鈍った思考に、そんな物を見せつけられれば、外聞やランドハウゼン皇国との関係など吹っ飛んでしまう。

 男はもう、少しでも長く、アリアのこの姿を見ることしか考えられなくなっていた。


 だが、そんな時間にも終わりが訪れた。



 ジョォォォォォッ!

「うああぁぁああぁっ!?」


 足を交差し、身をくねらせ、必死に閉じてきた水門が開き始めた。

 溢れ出した小水は、既にぐしょ濡れの下着を突き抜け、足を濡らし、床に数滴の雫を落とす。


「おや? どうかしま 「も、もうダメぇぇぇぇっっ!! どいてぇぇぇぇっっ!!」 ぐぎゃっ!?」


 尿道を侵す感覚に追い立てられ、アリアは悲鳴を上げて、目の前の男を突き飛ばす。


 もう、何かを取り繕う余力はない。

 アリアは、今度こそ一目散に、会場の出口へ駆け出した。


(トイレっ! 早くっ、トイレぇぇぇぇっっ!!)


 ジョォォォッ! ジョォォォォッ!

「あぁぁぁぁぁっっ!!」


 小水が吹き出す度に、全身を硬直させ、ブルッと震える。

 波の間隔は狭まり、床に落ちる水滴の量は少しずつ増えていく。


(もう少しっ、もう少しなのにっ……あぁっ!)


 あと10歩もないはずの扉との距離が、果てしなく遠い

 アリアの脳内にはもう、扉の前で、無様に果てる自身の姿しか浮かんでこない。


(嫌っ、嫌ぁぁぁっ! こんな、こんなところで……誰かっ……助けて……っ)


 あと7歩。

 あと5歩。

 あと3歩。


 内腿はびしょ濡れ、雫はその先にも何本も線を作り、既に足首まで到達していた。

 そして、扉の前にたどり着いた瞬間、アリアの体が、これまでに輪をかけて大きく震える。



「あはぁぁうあぁっ!?」



 忍耐の糸が――切れた。



 ジョォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!

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