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4/8

秘密

「長谷部くん! 今度の土曜日、一緒に海でも行きませんか?」



夏真っただ中の、屋上での昼飯。カンカンに照りつける太陽に若干イラつく。そんないつもの日常。



「……。いきなりどうしたんだよ」



今まで、そこまで深い要求はしてこなかったのに。



「だって、私達って少しも夏らしいことしてないじゃないですか! ……それに、思い出作りとかしたいし……」



「何だよそれ。別に思い出なんていらねえだろ」



「……そうですよね……」



そう言った彼女は、今まで見た事もない顔をしていた。淋しくて、切なくて、だけど真っ直ぐな。そんな瞳は、太陽に照らされて――光っているように、見えた。



「――天宮……?」



「あ……ごめんなさい。何でもないですっ!」



何でもないワケない。直感でそう思った。



「あ……俺」



海行ってやってもいいよ、そう言おうとしたその時だった。



「長谷部くん。来世では結婚しましょうね!」



「……は?」



何を言ってるんだ。結婚の話ですら意味が分からなかったのに、来世って何だよ。「来世」って。



「じゃあ、今日は失礼します!」



「……お、おう……」



妙に変な感じだ。どうしたんだと引き留めようとしたけれど、初めて見る天宮の表情が、俺の足を動かさなかった。どこか冷たくて、話しかけられる雰囲気。今までは天宮が壊していた、見えない2人の壁が出来たような、そんな時間だった。




翌日。俺は移動教室の時に、A組の教室をさりげなく覗いてみた。昨日の天宮の様子が、どうも気になる。天宮は教室にいるだろうか。……いなさそうだな……。そう思って、教室を後にしようとしたその時――



信じられない言葉と、そして信じられない光景が目と耳を支配した。



「あー、これは天宮ちゃん泣いちゃうね~!」



「うわっ汚い」



「はは、大丈夫だよ。だって天宮自体が汚いもん」



「あはは、お前、それは言いすぎ~!」



そんな会話と共に、誰かの机の上にゴミ箱の中身が乗せられていく。誰かが飲んだ牛乳パックのゴミ。使い古された雑巾。ぐしゃぐしゃになった紙のクズ。


――え?



今、“天宮”って言ったよな。そうよくある名字じゃない。まさか……。

 


「てか最近さー、あの子どこ行ってるの? 全然教室いないじゃん」

 


「逃げてるだけだろ」



「自殺する場所でも探してんじゃないのー?」



「ははっ、言えてる」



意地の汚い笑顔で笑う連中は、天宮が使っていると思われる机を更に汚していく。



ちょっと待てよ。



「おい、お前ら何やってんの?」



考えるより先に、口が動いていた。



「は? 誰? お前」



ゴミ箱を使っていた、いかにもガラの悪そうな男がこちらを向いた。鋭い目つきで俺を睨む。



「何やってんのかって聞いてんだよ!!」



人生でこんなに大声を出したのは初めてだ、というくらい、俺は怒鳴り散らかした。



「……は? な、何なんだよ」



「お前ら……、天宮のこと、いじめてんの?」



「……そうだよ。見りゃ分かんだろ。馬鹿じゃねえの?」



ピキっと、俺の中で何かが切れた。――こいつら全員殺してやる。俺は、ゴミ箱を持っていた男の胸倉を勢いよく掴んだ。ゴミ箱がガコンッと床に落ちる。こいつとさっきまで一緒に騒いでいた連中も、クラスメイトも遠巻きに見ているだけ。――所詮、そんなもんだよ。



“長谷部くん!”

 


その時だった。天宮の声が聞こえたような気がしたのは。



教室を見渡してもあいつの姿はない。――天宮……。

 


――そうだ。俺は、こいつらを殴ったところで、天宮を救うことなんて出来ない。今は、こんなことをするべきじゃない。



俺は男の胸倉を掴んだ手を、そっと離した。さっきまであんなにイキっていたこいつも、涙目になりながら俺を見上げた。



「――もしも、またあいつをいじめたら容赦しねえぞ」



脅しの文句を言い残して、俺は勢いよく駆け出した。生きてきた中で、一番風を切ったと思う。体が痛いほど。きっとこれからも、これ以上速く走ることは出来ないだろう。



俺は、馬鹿だ。

――どうして気付かなかったんだろう。いかにも友達の多そうなあいつが、いつも俺と昼飯を食う理由。あいつが“思い出を作りたい”と言った理由。そして、“来世”と意味深な言葉を使った理由。


あの日、本当に死のうとしていたのは――天宮の方だったんじゃないのか。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで読ませていただきました! 長谷部くんは男らしい子ですねぇ。 それにしても、うわぁ……こういう展開ですか(´;ω;`) 私はキャラに深く感情移入しすぎるタイプなので、イジメとか出て…
2021/10/16 03:02 退会済み
管理
[良い点] おおう。 天宮ちゃんにそんな事実が。 長谷部、やっちゃってもええんやで!
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