出会い(何だ、こいつ!?)
「えっ、ちょっと! お、おい!」
声からして恐らく女子だと思われる彼女は、俺の背中に顔を埋めて放してくれない。
「死なないで下さい……! お願いですから! 少なくとも、私の夫になるまでは!」
「は!? いや、死なないから。とりあえず放せよっ」
「嫌です! さっき、飛び降りようとしてたじゃないですか!」
何を言ってるんだ、こいつ。
「俺はただ、外を見てただけだ。早とちるなって……!」
「へ? そうなんですか?」
彼女が一瞬力を抜いた隙に、俺は身体をくるりと回転させて言った。
「お前、何なんだよ! いきなり」
振り向いた先にいたのは――
天宮……?
隣のクラスで噂の美少女だった。
「……って、何で泣いてるんだよ」
彼女の瞳からすうっと流れる涙。春の光に反射する雫はぽたりと零れ落ちて、消えた。
「だ、だってえ~!」
「え!?お、おい。何だよ」
――いきなり大声で泣き始める天宮に戸惑うこと1時間。
「私、1年A組の天宮です。あなたのお名前も教えて下さい!」
何だ?この切り替えの早さは……。さっきまで泣きじゃくってた奴だとは思えない。
「……。1年B組、長谷部」
「わあ! 同い年だったんですね! 先輩かと思ってました」
――そうかよ。俺のことを怖がらずに話すと思ってたこいつだって、どうせ……。
「そんなに、いかついか?」
「え?違いますよ。大人っぽくてかっこいいなって」
……大人っぽい? かっこいい? 初めて言われた。いやいや、惑わされるな、俺。どうせ誰にでも言ってんだろ。
「私、髪の毛真っ黒だから。長谷部くんみたいな、明るい髪色に憧れているんです」
ふふっと微笑む彼女は、とても嘘を付いているようには見えない。
「……」
黙り込む俺に、「あれ? もしかして照れてます?」とからかう天宮。
「うるせえ!そんなんじゃねえ」
「ちょ、ちょっと怒らないで」
「あ~、俺、そろそろ戻るから。お前は? まだサボるつもり?」
どう考えても授業を真面目に受けそうな天宮がサボるというのは意外だったが、俺も人のことは言えないから黙っておく。
「……はい! まだここにいます」
「分かった。じゃーな」
俺がドアノブを回そうとした瞬間、天宮が叫んだ。
「あ! 明日も……! 明日も、来てくれますか!?」
振り向かなくても分かる、あいつも表情。
「……考えとく」
「き、来て下さい!」
駆け出してきた天宮は、強引に俺の腕を引っ張った。
「おい……」
俺の肩くらいまでしかない天宮は、真っ直ぐに俺を捉えている。
「……ダメ、ですか?」
俺を見上げる、潤んだ瞳。そんな顔されたら、断れるワケないだろ……。
仕方ねえな、と言おうとしたその時。
「だって私達、結婚しますもんね?」
「は!?」
こ、こいつ、まだそんなこと言ってたのか!?
「おい、あれは俺が自殺するって勘違いしたお前が咄嗟に思いついた口実だろ!?」
「まあ、最初はそうでした。ですが、今は本気です!」
満面の笑みと弾んだ声で訴えてくる天宮。
「お前……怖いよ」
正直引くぞ。
「えっ……」
コロコロと変わる彼女の表情は、今度は眉毛が思い切り八の字になる。
「うう……」
あ、これはやばい。また泣く。
「あ~、分かった分かった!考えとくから」
つい言ってしまった後、しまった、と思った。だが、時すでに遅し。
「ほんとですか!?」
ぱあっと笑顔の花が咲く。こいつッ……!
「じゃあ、明日も来てくださいね?」
――何で俺が。
「分かったよ」
何で俺が、こんな奴に振り回されなきゃならねえんだよ!
「わあい! ありがとうございますっ!」
――あれから三か月、7月現在。
「長谷部くん!」
俺は何故か、今でもこいつに懐かれている……。