加護鑑定再び
神官長代理の案内で、俺は神殿内の最奥にある部屋に通された。
水の張った床の真ん中に道が一本通っていて、その中央部分に祭壇がある。
前回鑑定してもらったときに通された部屋とは、スケールが違う。
どうやらここは高位の神官しか入ることのできない場所のようだ。
丈の長い裾をするすると引きずりながら歩く神官長代理の後に従い、祭壇まで向かっていると――。
「ひゃんっ!?」
ローブを踏みつけた神官長代理が、ずいぶんと可愛い声を上げて転んだ。
「大丈夫ですか?」
声を掛けながら傍らに屈み込む。
「ううっ……」
大の字にべたんと倒れた神官長代理は、うめき声を上げながら顔を上げた。
その拍子に彼女の顔を隠していたローブが後ろに落ちた。
サラサラの銀髪と、透き通るような青色の瞳。
どことなく冷たさを感じさせる整い過ぎた顔立ちは、精巧な人形を思わせる。
もし無表情でじっと見つめられでもしたら、本当に血の通った人間なのか疑いたくなっただろう。
でも今彼女は、したたかに打ちつけた鼻の頭とおでこを赤くしている。
完璧な美貌とは相反する、ものすごく人間らしい状態。
「し、失礼いたしました。今見たものについてはどうか忘れてくださ……ひゃあ!?」
慌てて立ち上がろうとしたせいで、再度裾を踏んでバランスを崩す。
「おっと」
今度は転ぶ前に支えることができた。
「す、すみません……。私としたことが……。恥ずかしすぎて消えてしまいたいです……」
意外とおっちょこちょいらしい一面を見た結果、権威ある者特有の近寄りがたい印象が薄れ、年相応の少女らしさが垣間見えた。
俺は苦笑しながら、彼女を励ますように声をかけた。
「神官様たちの服装は、日常生活を送るのにあまり向いていなさそうですね」
「本当にその通りです……。特にこの階級の服には慣れていないので……」
彼女は相当恥ずかしいらしく、そわそわとしながら俺に礼を伝えてきた。
階級に慣れていないということは、まだ神官長代理になって日が浅いのだろうか?
「今度は転ばぬよう気をつけます」
神官長代理はそう言うと、ローブの裾を両手でむんずと掴んでから祭壇の前に立った。
「さて、気を取り直して、こほん。――まず、あなたの名前を教えてください」
「ディオ・ブライスです」
「では、ディオさん。さっそくあなたの再鑑定を行わせていただきましょう」
少女が杖を振りながら呪文を詠唱すると、ぽおっと音を立てて杖が神々しく光った。
「……ふむ、これは」
光は虹色になってひときわ激しく輝いた後、ゆっくりと消えた。
「ふふっ、面白い」
神官長代理が意味ありげに目を細めて呟く。
「ディオさん。あなたに与えられた加護は『悪喰』。非常に珍しいSSSランクの加護です」
「SSS? いや、それより悪喰ってまさか……」
「ええ、あなたもご存じでしょう。あの大英雄オレアンの加護と同じ力をあなたは授かったのです」
「英雄オレアンと同じ加護……」
信じられない気持ちで呟く。
英雄オレアンは誰もが存在を知っている大英雄だ。
世界を救うための旅、彼が倒した数多の敵、無敗の伝説。
そして悲劇的な最期。
その流れで子供の頃に読んだオレアン伝説の挿絵を思い出した俺は、無意識に息を呑んだ。
力を使う代償として闇に飲み込まれていったオレアンは、最終的に暗黒の淵に落ちてしまう。
挿絵に描かれていたオレアンの皮膚は、どす黒い色に変化し、闇と見分けがつかなくなっていた。
オレアンがなぜ闇に飲み込まれたのか。
物語では彼の心の問題のように描かれていたが……。
俺は微かに視線を落として、自分の手首を見た。
初めて悪喰を発動させたときにできた黒くて小さい痣。
もしかしてこれは……。
「悪喰について具体的な情報がほしいのですが」
「加護辞典を見てみましょう」
神官長代理が杖を振ると、空中に分厚い辞典が現れた。
触れられていないのに、パラパラと辞典のページがめくられていく。
「ありました。『悪喰――対象物を吸収し、その者の持つ能力、知識、経験を自らの力に変える加護のこと。際限なく吸収できることと、吸収の仕方が捕食行為を連想させることから、悪喰の名がつけられた。五百年前に現れた伝説の英雄オレアン以降、悪喰の加護を手にした者は一人も現れていない――』。残念ながら現状閲覧可能な情報はこれだけのようです。有名な英雄の加護がこの情報量というのは明らかに不自然なので、加護の詳細は国家機密扱いになっているのだと思われます」
「そうですか……」
となると痣のことは他の方法で調べるしかなさそうだ。
にしても対象物を吸収か。
「だからイエティを取り込むことができたのか……」
「すでに加護を試してみたのですか?」
「ああ、はい。実は――」
俺は奈落の谷の中で起こったことを話して聞かせた。
「魔獣の魂を取り込めたなんて……」
神官長代理はよほど衝撃を受けたのか、瞳を大きく見開いている。
「……たしかに悪喰の加護であれば、理論上はそういったことも可能でしょう。ですが魔獣の魂ごと能力や知識を手に入れるなど前代未聞です……」
神官長代理から信じられないものを見るような視線を向けられて、反応に困ってしまう。
「さっきの説明だと、吸収できるのは魔獣だけじゃないってことになりますか?」
「そのようですね。たとえば能力を奪いたい人間がいるのならば、加護を使って相手を食べてしまえばいいわけです」
「……さすがにそれはちょっと」
人間を吸収するのは共食いみたいで気持ち悪いから、極力避けたい。
「――それにしても不死化の魔獣と偶然遭遇するとは、やはりすべては予言通りに……」
俯いた神官長代理が、口の中だけで何かを呟いた。
「え?」
「あっ、いえ……実は病に犯された魔獣について、少し心当たりがあるのです」
まだ一般には公表されていない情報のため、他言しないでほしいと念を押してから、神官長代理は続けた。
「神殿跡地や地下洞窟などの探索を行う冒険者の間で、ディオさんが見たような魔獣を目撃したという声が上がっており、国家保安部が秘密裏に調査を行っているようなのです。――殺してもしなない魔獣がいる。その魔獣は非常に凶暴で、通常のランク以上の攻撃力を発揮する。あなたが見た魔獣と一致してしますか?」
俺が頷くと、神官長代理は重い溜息を吐いた。
「魔獣たちは何らかの感染症にかかっている可能性があると考えられています。もし本当にそのような感染症が発生しているのなら、大変な混乱が巻き起こるでしょう。すでに一部では、魔獣の殲滅を促す声も上がっています。もっとも魔獣が不死化しているのであれば、魔獣を倒すどころか、滅ばされるのは人の側になりそうですが」
そんなことは人間側の身勝手な言い分だ。
「不死化の病が感染型のものであったとしても、病にかかっていない魔獣にはなんの罪もないはずだ。それを全滅させるなんてどうかしている」
「不死化した魔獣に対して、人類が対抗手段を持たないのなら、不死化して手に負えなくなる前に、魔獣の数をできるだけ減らそうとするのは、ごく自然な流れともいえます」
「それは人間のことしか考えていない意見だ。自分たち種族の利だけを求める生物は、やがて滅びの道を辿る。人は人だけで生きていけるわけじゃないんだから」
「それでは不死化する魔獣に対して、何か他の対策があると思われますか?」
なぜ自分がSSSランクのとんでもない加護を授かれたのか不思議だったが、その理由が分かった気がする。
「魔獣たちを全滅させるなんて見過ごせない。そんな暴挙が企てられる前に、悪喰の力で俺がなんとかします」
「あなたがたった一人でこの問題を解決するというのですか? 現実的ではありませんね。すでに不死化している魔獣がどれほどの数存在しているかもわからないですし」
「多いかもしれないし、少ないかもしれない。でも答えのわからない問題について言い合っていても仕方ない。国が問題解決のために、魔獣を全滅させようなんて考えているのなら、俺はそれを阻止するために、不死化したすべての魔獣を自分の中に飲み込んで、彼らを守ってみせる」
「……」
神官長代理は黙り込んだまま、じっと俺を見つめてきた。
「今のあなたは、冒険者ですらありません。あなたを国家保安部の代表たちと会わせたところで、悪喰を発動させる前に魔獣に殺されるのがオチだと思われるでしょう。もしも意思が堅いのであれば、まずは冒険者の資格を取得してください。幹部と会うには、最低でも冒険者ランクA以上でなければいけません」
「Aランク以上になったら、説得の機会をもらえるんですね?」
「はい、お約束します」
「あなたにはどうやってコンタクトをとったらいいんですか?」
「そちらから連絡をいただく必要はありません」
そう言うと、神官長代理は俺の頭上に杖をかざしてきた。
杖の先端が、加護鑑定をしたときとは別の色の光を放つ。
「これでどれだけ離れていても、必要なとき、あなたの気配を読み取ることができます。こちらの求める条件を満たしたと判断したときには、私のほうから会いにいきます。ディオさんが強くなるのが先か、魔獣全滅思想に国威が染まるのが先か。あなたが口先だけの人ではないことを期待しています」
彼女の言葉は冷ややかでどこまでもわりきったものだった。
ところがなぜなのか俺を見つめ続ける瞳の奥には、何か切実な想いのようなものが宿っている。
まさか彼女も魔獣殲滅反対派で、俺の熱意を煽るためにわざと相対するような意見をぶつけてきたのか?
そんな考えが過ぎったが、彼女はこれ以上話すことはないというようにふいっと背を向けてしまった。
まあ、彼女が同じ思いを抱いているかどうかは関係ない。
俺はとにかく国家機密機関だというかふざけた連中に対し、自分が魔獣を守れる人間だと証明するのみだ。
とにかくまずは冒険者登録をするため、ギルドへ向かわなければならない。
しかし家を継いで当主になっている場合を除き、未成年がギルドに職業登録を行うには、保護者か後継人の承諾が必須だ。
「義父さんと話し合う必要があるな」
もともとルーシーを連れていくため、家には戻るつもりだった。
それに俺の死を望んだ義兄にも、挨拶をしておきたい。
◇◇◇
「レイティア司教様……!!」
ディオを送り出した後。
物思いに耽っていた少女は、背後からそう呼びかけられた。
振り返れば血相を変えて駆け寄ってくる高齢男性の姿がある。
彼はここアッカルド神殿における最高責任者であるラグラス神官長だ。
「ああ、レイティア司教様、誠に申し訳ありませぬ……!! なにやら神官の一人が貴女様の前でひどい醜態を晒したと伺い、急ぎ駆けつけて参りました。経った三十分席を外していただけで、このようなことになるとは……。やはり司教様がいらしている間は、朝の祈りは別の者に任せておくべきでした……」
実を言えば、ディオの鑑定を行うため、神官長が不在になるよう意図的に行動を誘導したのだが、この神官長がそういったことを詳しく知る必要はない。少女はそう思った。
「と、ともかく本当に申し訳ありませんでした……! どうやらその馬鹿者、なぜか司教様のことを新米の神官長代理と勘違いしていたらしく……!」
ラグラス神官長は、こちらの機嫌を損ねてしまったのではないか不安がっている様子だ。
それも当然のことだった。
神官たちの階級は上から順に、大司教、司教、教区長、神官長、神官長代理、神官となっている。
司教である少女は神官長より立場が上な挙げ句、司教には神官長を更迭する権限が与えられている。
ラグラス神官長が少女の不興を買ったのではないかと案じたのもそういったことを恐れてのことだろう。
正直なところ、ずっと年上の老人からこのように接せられるのはいつまで経っても慣れない。
しかし少女がどう感じようが、聖職者の世界では階級がすべてなのである。
とはいえ彼女は権力を笠に着て、横暴な振る舞いをするような人間ではなかった。
「ラグラス神官長、どうか落ち着いて下さい。先ほどの神官は、金銭によって買収され、偽の鑑定結果を伝えたため、私の権限を持って神官の資格を剥奪いたしました」
「んなっ!?」
「それからその者が私を神官長代理だと勘違いしていたという件のほうは、私が自らの立場を偽ったからなので、お気になさらないでください」
「……!? なぜそのような……?」
「不自然ではない方法である方に近づきたかったのです」
ラグラス神官長はぽかんとした顔で首を傾げている。
本来、司教が田舎町の神殿を訪れることなどありえない。
もし本当の身分を名乗っていたら、彼――ディオ・ブライスも、きっとあの出会いが偶然などではないと気づいてしまったはずだ。
それは少女にとってあまり望ましい状況ではなかった。
「……あの方が運命に選ばれし者に値するのかどうか、まずは見極めなければいけないのです」
独り言のようにそう呟くと、少女は微かな笑みを浮かべた。
本日、あと1話更新します。
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