現れたのは……
グレンデルたちとの戦いから二時間。
谷合の道を昇っていくと、目的地である丘に辿り着いた。
小さな小屋が、丘の上にぽつんと建っている。
家の隣には大きな木があって、爽やかな風が吹くたび葉が揺れた。
畑は植え替えの時期なのか、なんの芽も出ていない。
「みなさん、連れてきてくださってありがとうございました! 父さん、元気かな……!」
ウォーレンがうれしそうに小屋へと駆けていく。
親子の再会を邪魔しては悪いので、俺たちは遠目から見守った。
話に聞いていたとおり、ウォーレンとトーマスが扉越しにやりとりを交わす。
俺たちのところにも微かに会話が聞こえてきた。
「父さん、絵の進み具合はどうですか? そろそろ目途が経つ頃ですか? 俺のほうは一応頑張っているのですが、まだまだ全然で……。って、俺ばかり喋ってしまってすみません……。いつも俺、こうですね。なにせ一年ぶりなので、話したいことが山ほどあって……」
『ウォーレン、おまえが心配だ』
「ふふ、父さんは相変わらずですね……。父さんがいなくてすごく寂しいですが、なんとかやってますよ……」
『一人でも頑張るんだぞ』
「ええ、わかっています……。でも、もし父さんが嫌じゃなければ、俺もこの丘に……いえ、なんでもありません……。すみません、父さんの仕事を邪魔するつもりはないんです……。ただ一年に一度、こうやって扉越しに言葉をかわすしかできないなんて……」
そこで例の絵が扉の下の隙間から差し出されたらしく、ウォーレンが屈みこんだ。
書き込まれたメッセージを読んだのか、ウォーレンの肩が揺れる。
「ううっ……。父さん……。俺、ちゃんと頑張ります。二十一にもなって、親離れできないなんて恥ずかしいですからね……」
俺は温かい気持ちで彼らのやり取りを見守った。
やっぱり家族仲は、良いにこしたことはない。
そんなふうに考えた直後、不意に風向きが変わった。
『――主、おかしい』
フェンが体を低くして警戒の体勢を取る。
俺はすぐさま嗅覚強化を発動させ、風の匂いをかいだ。
妙だ。
あの小屋の中から、人間の匂いがしてこない。
漂ってくるのは――魔獣の匂いと……。
「ウォーレン! 今すぐその扉から離れてください!」
「ディオさん……? 突然どうしたんですか?」
ぽかんとした顔で、ウォーレンがこちらを見ている。
「フェン……!」
『了解だ!』
最後まで言葉にしなくても俺のしてほしいことを理解したフェンが、ウォーレンの服を引っ張って扉から引きはがす。
「わあああ!?」
「風魔法、発動」
ウォーレンが離れたところで、すぐさま扉に向かって風魔法を放つ。
掛けられていた鍵を壊し、扉を勢いよく開く。
両開きの扉の先、部屋の中に立っていたのは、真っ黒い毛並みをした巨大な魔獣猫キャスパリーグだ。
普通の猫とは違い、耳と尻尾がギザギザとしているし、背中には黒い羽根がはえている。
「SSランクの魔獣……! ディオさん、どいてください!」
後ろから走ってきたルカ試験官が、俺とキャスパリーグの間に立ち、勢いのまま魔法攻撃を放つ。
さすがに神官長代理を務める試験官だけあって、魔法の威力が桁外れに強力だ。
しかしキャスパリーグもSSランクの魔獣。
ルカ試験官の強烈な攻撃を平然と避けてみせた。
「俊敏な魔獣ですね……。ですがなんとかしてみます。ディオさん、今回こそ私に任せてください」
突然攻撃を受けたキャスパリーグは不機嫌な唸り声を上げながら、小屋の中から飛び出してきた。
そのまま鋭い牙をむいて、反撃を仕掛けてくる。
ルカ試験官は長いローブを翻して宙を舞い、キャスパリーグの攻撃をかわした。
『なによ、この女! 突然攻撃してきて、ただじゃおかにゃいわよ』
キャスパリーグが尻尾をパシパシと動かしながら、ルカ試験官に文句を言う。
もちろんルカ試験官には、獣の唸り声にしか聞こえていないだろうが。
「次の攻撃で必ず仕留めます」
「ルカ試験官、ちょっと待ってくれ!」
制止するのがわずかに遅く、ルカ試験官は攻撃を放ってしまった。
仕方ない。
俺は横から追いかけるように風魔法を放ち、ルカ試験官の攻撃魔法にぶち当てた。
俺の魔法に弾き飛ばされ、ルカ試験官の魔法が空の上で爆発を起こす。
「……ディオさん、なぜ邪魔をするのです?」
ルカ試験官が怪訝そうに俺を振り返る。
「ちょっとそのキャスパリーグと話をさせてください」
「話す……?」
言っていることの意味がわからないというように、ルカ試験官の眉間に皺が寄る。
説明は後回しにして、俺はキャスパリーグに呼びかけた。
「ねえきみ、どうしてトーマスさんの声色を真似たりしたんだ?」
『にゃ……!? ……おまえ、なぜ魔獣語をしゃべれるのにゃ!?』
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