99.21世紀TS少女による未来世紀芋煮会実況配信!<3>
「さて、芋煮を作っていくぞ。全員分作るから、仕込みに時間がかかるな。おーい、手伝えそうな人はこっちに来て手伝ってくれー!」
俺は仮設キッチンに来て手をナノマシン洗浄で洗うと、助っ人を集めるため周囲にそう呼びかけた。
すると、ちらほらとアンドロイド達が集まってきた。人間はいないな。料理できそうな来馬流の人達は、焼き鳥とチーズフォンデュの仕込みを始めているし。
「ほれ、ラットリーも行くがよい」
キッチン近くに寄ってきた閣下が、部下のメイド長であるラットリーさんをこちらに派遣してきてくれた。
閣下自身は先にワインを開けて一杯やるつもりらしい。あの元公爵、自由すぎる。
「ラットリーさん、よろしく。稼働年数長いガイノイドだけあって、料理上手そうだな」
俺がそう言うと、VR内と同じメイド服姿のラットリーさんは口元に手を持ってきて笑った。
「ほほほ、料理はメイドのたしなみですー」
「そうなのか? 貴族の家は料理長とかいそうだけど」
「いますよー。ブリタニア製AKS-2627が」
「料理人のアンドロイドか?」
「いえ、自動調理器です」
「それ料理長扱いしていいのか……?」
「業務用の大型ですよー。お高い料理長です。部下に、料理長を使用して配膳を行なうロボット料理人が二台います」
貴族の家だけあって、自動調理器に食材を投入するのもロボットの仕事らしい。うちは全部ヒスイさんに任せているな。
「そういえば、自動調理器って、機械じゃなくて器具なんだよな」
『うん……?』『ごめん、どういうこと?』『日本語の話やね』『ジドウチョウリキのキという言葉は、二つの意味があるってことだね』
「あー、そう、調理器の器って部分の話ね」
俺がそう言うと、ラットリーさんが「それはですねー」と語り始めた。
「自動調理器は、自動で肉を焼いてくれるフライパンなどから発展した調理器具なのですよー。その一方で、家庭用料理ロボットなどの調理機械が、その昔持てはやされました。ただ、料理ロボットはお値段が高いので、時代を経ると、ゲームにお金を使いたがる二級市民がロボットを求めなくなりました。代わりに安価な自動調理器が進化を続けているわけですねー」
「なるほどなー」
俺がそう納得していると、ヒスイさんが横からコメントをした。
「私が製造された頃はすでに料理ロボットは廃れていましたね」
「ヒスイさんが製造されたのって、いつ頃だっけ?」
「80年ほど前ですね」
なるほど、ハマコちゃんよりずっと若い。ミドリシリーズってニホンタナカインダストリの歴史から考えると、そこまで古いシリーズじゃないんだな。いや、80年って21世紀人の寿命くらいあるけどさ。
「私が作られた300年ほど前は、料理人ロボット全盛期でしたよ!」
と、自前のエプロンを着けたハマコちゃんがそう言った。
その言葉を聞いて「おや」とラットリーさんが片眉を上げた。
「あなたも300年前に製造ですかー。実はこれは内緒なのですが、私もそれくらいの時期に製造されたのですよ」
「わー、そうなんですか! 久しぶりに同年代に出会いましたよ!」
「内緒って、視聴者バッチリ聞いているからな」
『いやあ、閣下の配信見てたらラットリーの年齢はお馴染みだし』『それよりさっきは普通に流されたけどハマコちゃんだよ!』『28年前の『アイドルスター伝説』に出てきて結構長いこと観光大使しているなーと思ったら、それどころじゃなかった』『観光大使って言っているけど、実は観光局で一番偉かったりしない?』
彼女の謎は深まるばかりである。
「それよりもヨシムネ様、料理を開始しませんと」
おっと、ヒスイさんの注意を受けてしまった。急がないとな。
「ではまずは、食材の皮むきをやっていくぞー。まずはこれ、里芋!」
作業ロボットに運ばせて、箱一杯の里芋を用意させる。前もってタナカさんから聞いた限りでは、食品生産工場で作られた里芋らしい。今時、畑で作られる食材はほとんど存在しないらしかった。
「芋煮は地方によって千差万別。里芋を使う芋煮があれば、ジャガイモを使う芋煮もある。里芋が商業的に栽培できる北限による影響とか聞いたことがあるな」
里芋はジャガイモとは違い、寒い地方では育ちにくい芋なのだ。
ちなみに俺はジャガイモの芋煮も嫌いじゃないぞ! 味付けだって、味噌と醤油どちらでもいける! まあ、今回作るのは俺の地元の芋煮だが。
「あっ、ヒスイさんは皮むきしている間に、鍋で出し汁を作ってくれるか?」
「かしこまりました」
ヒスイさんは昆布と鰹節を持ってコンロの方へと移動する。
「さあ、みんなで里芋の皮むきだ! ぬめりのある芋だから大変だぞー」
俺は、包丁を手に持って、お手伝いのみんなにそう宣言した。
『包丁来たわ』『この場にはアンドロイドしかいない。安心安全』『背後でチャンプが鶏をさばいているが気にしない』『チャンプ本当になんなん……?』
お手伝いの皆と一緒に、皮むきをしていく。
すると、アンドロイド達の手つきが速いのなんの。さすが料理プログラムをインストールできる人達は格が違った。俺はぬめぬめする里芋に苦戦気味だ。
「じゃあ、芋はこちらの寸胴鍋で先に煮ていくぞ。その間に、野菜を切る!」
寸胴に水と里芋、そしてヒスイさんが取った出し汁を入れて加熱する。
そして野菜だ。人参は皮をむき、いちょう切りに。長ネギも切り、ゴボウはささがきに。キノコはシメジをチョイス。他には油揚げとこんにゃくを適度な大きさに切って、と。
「さて、野菜類は準備が整ったので、寸胴にそおい!」
ドバドバとネギ以外の食材を寸胴鍋に投入していく。里芋は一度別に煮てから流水で洗ってぬめりを取るという人もいるようだが、野外料理にそのような細かい手順など不要!
「さて、次は肉だ! 用意したのはー、こちら、豚肉!」
まな板の上に、勢いよく肉を載せた。豚の薄切り肉である。
「牛ではなく豚! 俺の地元では豚だったぞ」
『肉は牛の方が好きだ』『味付けしだいかなぁ』『肉と言えばウェヌス産の鶏かなー。オーガニックのやつ』『美味しければなんでもいいです!』
「うん、今いいこと言った。美味しければなんでもいい。芋煮は地域によって種別はあれど、その違いで喧嘩するのはよくないのだ。美味しければいい」
さて、豚肉を切っていくぞ。
ヒスイさんと隣同士で並んで、包丁を使っていく。もはや、ヒスイさんが俺の包丁使いを怖がることはない。
「食べやすいサイズに適当に。……よし、終わり!」
これで包丁を使った作業は全部終わりだ。
俺は、寸胴を見てもらっていたラットリーさんと交代して、灰汁取り作業をしばらく続けた。
そして、里芋に火が通ったところで、豚肉とネギを寸胴にイン! ついでに料理酒をいくらか投入!
「豚肉からも灰汁が出るので、丁寧にすくっていくぞー」
俺はおたまを片手に、そう視聴者に説明をした。
『なんだか見てて楽しい』『うちのMMO、料理していても灰汁って出ないわ』『そりゃまた本格的じゃないやつだな』『まあ面倒だろうからね』
灰汁が出ないに越したことはないからな。
でも、未来の品種改良されているであろう野菜や肉からも、普通に灰汁って出るんだな。
そうして豚肉に火が通り、灰汁を取りきったところで、いよいよ味付けをしていくぞ。
「まずは料理酒をおたまで一杯分入れる」
この分量が正しいか判らないが、入れすぎよりは少なめになるくらいでいいだろう。
さて、次だ。
「日本には料理のさしすせそっていう言葉があってな。調味料は砂糖、塩、酢、醤油、味噌の順番に入れるといいとされている。実際に効果あるかは知らんが、それにならって砂糖をまず入れる」
お玉でひとすくい砂糖を投入。
『えっ、甘くするの?』『思っていた料理と違う』『いや、塩味に合わせて適量なら、甘くならずに味に深みが出る』『はー、料理って奥が深い』
「次に味噌! 以前料理配信したときに味噌汁ってスープの味付けに使った調味料だな。芋煮と言えば味噌味か醤油味かの二つに分かれるが、俺の実家では味噌味だ」
お玉に味噌をすくい、箸を使って寸胴の中で溶いていく。それを二回。
「と、ここで嗅覚共有機能をオンだ!」
『うおー、腹が減る匂い!』『嗅いだことない香りがする』『変わった匂いだなぁ』『味が気になるわ』『味見! 味見!』『味噌汁の時も思ったけど、色は微妙だよなぁ』
そして寸胴をかき混ぜて、小皿に汁を注いで味を見てみる。
すると――
「うっす! 味うっす! そうか、味噌はもっと豪快に入れていいんだな」
今回は数十人分の寸胴鍋だ。お玉で二杯の味噌で足りるはずがなかった。
俺は、おそるおそる、ひとすくいずつ味噌を溶いて味見をしていく。砂糖も後から少し足して、料理のさしすせそを台無しにしたりもしていき、やがて……。
「……うん、この味だ! 完成! 山形県俺んち流、豚肉味噌芋煮だ!」
俺がそう宣言すると、周囲から盛大な拍手が送られた。
「おお、こりゃどうもどうも」
俺は周囲にぺこぺことお辞儀をして返した。
とりあえず、これで芋煮の完成である。俺の地元は豚肉を使って味噌で味付けするのが多数派だった。実家から東にしばらく進むと、牛肉の醤油味になるんだがな。
さて、懐かしい俺んちの芋煮は、はたしてみんなに受け入れられるだろうか。




