96.ギャラクシーレーシング(宇宙船レース)
「ずるい! ミドリとサナエだけずるい!」
オリーブさんの声がSCホームに響きわたる。
実は今、ミドリシリーズ達が揉めに揉めていた。
「私も芋煮会行きたい!」
そう、芋煮会の参加者決めである。
「オリーブ、あなたその日、銀河アスレチックの本戦あるよね?」
勝ち誇った顔をしながら、ミドリさんがオリーブさんにそう言った。
自分は芋煮会に参加できるとあって、ミドリさんはずいぶん余裕のようだ。
「サボる!」
「絶対によしなさいよ。それ、ヨシムネが怒られるやつ」
オリーブさんのサボり宣言に、今度は呆れたような顔になるミドリさん。
対するオリーブさんは、ギリギリと歯を食いしばっている。怖ぇー。
「ねえ、ヨシムネさん。私も参加というわけにはいきませんか? 私なら、歌で場を盛り上げられると思うのですが……」
と、俺の隣に惑星マルスで歌手をやっているヤナギさんがやってきて、そんなことを言った。
正直、彼女も芋煮会に呼んであげたいが、答えはノーである。
「駄目だ。当日来られそうなミドリシリーズを全員呼んだら、さすがに数が多すぎて場が混乱する」
誕生日会といっても、野外で俺を囲んで芋煮会をするのだ。100人も来られると、俺が対応しきれない。
「それでなんで、ミドリとサナエだけなんだよー! ヒスイは百歩譲って許すとしてもだ!」
向こうからオリーブさんの嘆きの声が聞こえる。
それに対し、俺は素直に答える。
「ミドリさんは全ミドリシリーズの代表枠、サナエは同じアーコロジーのよしみだな」
争いが起きるのもなんなので、そう決めたのだ。クジ引きも何か違うなと思ったので、主催者特権で決めさせてもらった。
ミドリさんもサナエも、その日は予定を空けていたらしい。
「私もヨコハマに住むー!」
オリーブさんがそんなわがままを言い始めた。
「ヨコハマのスタジアムが大盛況になりそうだなそれ……。まあ、そう言わずに、銀河アスレチック頑張ってくれよ。応援しているぞ」
「芋煮会に夢中で見てくれないんだー!」
今日のオリーブさん面倒くせえな!
「誕生日プレゼントとして、優勝を俺に贈ってくれ」
「た、誕生日プレゼント……。ヨシは優勝を喜んでくれるか?」
「おう、めっちゃ喜ぶぞ。視聴者に姉自慢してやる」
「解った! 参加者全員吹き飛ばして優勝する!」
ふう、なんとかなった。
だが、まだ一人を納得させただけだ。隣でヤナギさんが不満顔をしているし、300人弱もいるミドリシリーズ一人一人をどうにかしなくちゃいけないのか……。
やってらんねえな!
「よし、誕生日当日は会えない代わりに、今日はみんなで一日中一緒に遊ぶぞー!」
俺がそう宣言すると、SCホームの宴会場に、次々とミドリシリーズがログインしてきた。
100人、200人をすぐに超え、ミドリシリーズ全員がこの場に揃った。
そして、キャーキャーと、大いにはしゃぎ回っている。
「そんなにみんな俺と遊びたかったのか……こりゃ、大人数で遊べるパーティーゲームが必要だな。ヒスイさーん」
俺は、芋煮会への参加が確定しているので、我関せずとイノウエさんに構っていたヒスイさんを呼ぶ。
「はい、289人全員でプレイできるゲームですね」
「あれ、ミドリシリーズって、俺も入れて288人じゃなかったっけ」
「先日新たに一人ロールアウトしました。名前はフローライト。配属先は極秘だそうです」
「そっか。人間じゃなくて業務用の商品だものな。日数が経てば増えるか」
俺達がそう言葉を交わしていると、隣のヤナギさんが口を開いた。
「ねえ、ヨシムネさん。ヒスイとミドリとサナエは芋煮会に行けるのだから、今日のゲームには不参加でいいのではないですか?」
おっと、ヤナギさん、発想が意外とねちっこいな。
「ヤナギさん、そういうのはよくないと思う」
「うっ、ごめんなさい」
うん、素直に謝ってくれて嬉しいぞ。
「では、一つ目のゲームはこちらでどうでしょうか」
ヒスイさんがそう言って俺の目の前に投影画面で提示されたのは、『ギャラクシーレーシング』というゲームだった。
「最大一万人が同時プレイできるレースゲームです。配信視聴者参加型の企画に使えないかと、選別してあったのですが……」
「一万人って、すげーな」
もうそれ、普通のネットゲームじゃないのかと思いながら、俺はそうつぶやいた。
「ゲームメーカーの提供するサーバを借りることができ、主催者がゲームを所持してさえいれば、参加プレイヤーは新たにゲームを購入することなくプレイできます」
「おおー、パーティーゲームには必要な条件だな」
「それでは、サーバを借りてまいりますね」
「頼むなー」
「借りてきました」
「早いな!」
というわけで、ミドリシリーズ全員でレースゲームを楽しむことになった。
◆◇◆◇◆
「第一回ミドリシリーズゲーム大会、やっていくぞー!」
「わー!」
俺の宣言に、ミドリシリーズ達が一斉に盛り上がった。うんうん、元気でよろしい。
俺のSCホームに存在する面積無限の宴会場、その一番前に俺とヒスイさんが立って司会進行をする。
「ちなみにこの様子は撮影して、後日配信するので、顔出しNGの子がいたら言ってくれ」
俺がそう言うと、場がシーンと静まる。うん、返事がないってことは、全員配信に出て問題なしってことだな。
「では、最初のゲームはこれだ!」
俺の言葉に、ヒスイさんが手に持ったゲームアイコンを掲げる。
「『ギャラクシーレーシング』!」
「わー!」
「ヒスイさん、説明お願い」
「はい。このゲームは、宇宙船を操縦し所定のコースで走らせ、互いの順位を競い合うオーソドックスなレースゲームです。宇宙に進出した人類が、ある星系にて謎の宇宙文明の跡地を発見します。それは、星系を丸ごと宇宙船レース会場にした荒唐無稽な跡地でした。娯楽に飢えていた人類は、その星系を占拠し娯楽目的で宇宙船レースを始めた……という設定です」
ふむ。宇宙でレースするために、わざわざそんな設定を用意してあるのか。
俺は、ヒスイさんから説明を引き継いでミドリシリーズ達に呼びかけた。
「全員同時プレイ可能なレースゲームだから、安心して参加してくれ」
「ミドリシリーズの中での序列が決まりますね」
「今日はそういうのなしで! 平和に、平和に楽しもう!」
いきなりぶっ込んでくるなぁ、ヒスイさん。
「それじゃあ、ゲームスタートだ」
そう宣言すると、宴会場が崩れていって、代わりに場が草原に変わる。上空にはタイトルが表示されており、さらには無数の宇宙船らしき物が大量に浮いていた。
俺はそれを眺めつつ、メニューから対戦モードを選ぶ。
『参加者はエントリーしてねっ!』
そんな音声が流れると共に、俺の目の前にレースへのエントリーの確認画面が現れた。エントリーを申請すると、現在の参加者という画面が表示され、289人とあった。
俺は目の前の画面から『レースを開始する』を選ぶと、レースに使う宇宙船の選択画面へと背景が移った。
そこは、宇宙船のドック。周囲からミドリシリーズの姿が消えており、俺一人となっている。
目の前に選択できる宇宙船の一覧が表示されたので、俺は小回りが利くタイプを選択した。
ここまでスムーズに進行している。なにせ、事前に説明書を読んでおいたからな。
他のミドリシリーズは今頃、説明書を熟読することから始めていることだろう。彼女達のスペックを考えるとそんな物すぐに読み終わってもおかしくない。つまり、事前に俺が説明書を読んでおかないと、盛大に出遅れてみんなの出足をくじくことになりかねないのだ。
『主催者はコースを選んでねっ!』
さて、第一レースのコースはどうするかな。
目の前に展開するコース一覧を眺める。すると、コースの説明にコースレコードという項目があり、全てのコースにヒスイさんの記録が登録されていた。
「ヒスイさん、このゲームやりこんでいるな」
返答はない。今、他の参加者とは隔絶されているからな。今回、ヒスイさんもレースには参加だ。
妙に張り切っているように見えたのだが、全コース制覇したゲームを勧めてきたあたり、勝つ気が満々だな……。
「コースはこれにするか。アステロイドベルト」
無数の微惑星や岩石が密集するコースで、それらの間をぬって進まなければならない、直線加速が難しいコースらしい。
そのコースの性質上、小回りが利く俺の機体は断然有利だろう。卑怯? まあ、主催者特権だし、俺も勝つ気が満々なのだ。序列決めとかは駄目だが、勝てるなら勝ちたい!
さあ、コースも決めて、目の前に表示されている準備完了のボタンを押す。
『参加者全員の準備が完了したよっ!』
視界が暗転し、俺は宇宙船のコックピットの中に移動していた。
早い。もうみんな準備が終わっていたのか。思考加速とか俺以外全員できるもんなぁ……。いや、俺も超能力を使えば加速はできるんだけど、まだ慣れていないんだ。いつかは自力で、ミドリシリーズの高速通信ネットワークに接続してみせる。
『レース開始10秒前!』
おっと! 俺は慌てて操縦桿を握り、説明書の内容を思い出しながら周囲を確認した。
「これがこっちであっちがあれで……」
『3……2……1……』
「う、うおー! ぶっつけ本番だ!」
『スタート!』
アクセル全開!
俺は最初の直線コースをただ愚直に全力疾走させた。
ただ、前方モニターから見える周囲の宇宙船を見ると、パワーのある機体には先を行かれたようだ。
だが、かまわない。すぐに岩石の海が待っているからな。
俺は、コースの順路を示す光の帯からそれないよう注意しながら、機体を右に大きく動かした。
岩石の間を機体は上下左右に動きながら駆けていく。
順路を大きく塞ぐ微惑星があったので、これを大回りで避けると、微惑星の陰から現れた岩石が目の前に。くっ、予想していなかった。減速だ。
本来なら未来視でこの程度予測がついていてもいいのだが、どうやらこのゲーム、こちらの超能力の出力を絞っているようだ。
「くそう、相手は優秀な業務用ガイノイドなのに、超能力を制限されては勝利が難しいぞ!」
そう配信用に言葉を放ちながら、俺は前方に見える半透明の四角い箱に機体を突っ込ませた。
これは、サポートボックス。機体で触れることで、レースをサポートしてくれる不思議アイテムをゲットできるのだ。
まるで21世紀にあった国民的レースゲームのような仕様だが、この不思議アイテム、ただでは使えない。
順路から少し離れたところにあるエネルギーボックスに触れないと、エネルギー不足でアイテムが使えないのだ。
「手に入れたアイテムは……ギャラクシーびっくり魚雷! 攻撃アイテムだ!」
俺は、アイテムを使用できるようにしようと、道を外れてエネルギーボックスの方へと向かった。
微惑星や岩石はどこにでもあるため、そこまでの経路も複雑な操縦が必要だ。
「エネルギーチャージ、チャージ、チャージ。よし、エネルギー充填100%!」
俺は用意の整った魚雷をぶちかまそうと、順路に戻る。すると、コックピットの計器に激しい反応があった。
高エネルギー反応。後方からだ。これは……。
「オリーブさんの機体から、ギャラクシー波動砲が来る!」
俺は咄嗟に順路から逃げて、背後からの一撃をかわした。
一瞬、コックピットのモニターの光景が全部、光で見えなくなったぞ!
そして、光が晴れた光景を眺めると、順路の岩石が全て消し飛んでいる。
「オリーブさん、すげえアイテム拾ったな。撃つとき『死ねえ!』とか言ってそう」
順路に戻ると、俺の前をオリーブさんが超加速して先を行く。オリーブさん、直線加速が速いタイプの機体だったのか。このコースではさぞかし操縦しにくかっただろう。
だが、今は波動砲でコースが掃除されている。直進し放題だ。
「だがそうは問屋が卸さないっと」
俺は、計三発撃てる魚雷を三発全てオリーブさんに撃ち込んだ。
ピンボールのように弾けて、順路外の岩石群へと突っ込んでいくオリーブさんの機体。
「我ながらひどいと思うが、スポーツマンシップを理解している彼女なら許してくれるだろう……」
妨害要素のあるパーティーゲームは、プレイする相手を選ばないとリアルファイトに発展しかねないので注意だ!
そうして、多数の機体が入り乱れ、アイテムがあちこちから炸裂する混沌とした様子が続き、ようやくゴールが見えてきた。
「もうゴールしている人いるのかなー」
順位は気にしていないが、周りに居る人よりは早く着きたい!
俺は、岩石をかわしながら機体を前へ前へと進めた。すると。
「ぎゃー! スタン砲当てたの誰だ!」
ゴールまであと少しというところで、俺の機体は慣性すら失いその場に静止した。
操縦桿を動かしてもうんともすんとも言わない時間が5秒ほど。その間に、何機も先にゴールしていく。
ようやく反応があったところで、ゴール。結果は……。
「151位かぁ。まあ頑張った方じゃないの」
トップは誰だろう。どれどれ……。
「うわ、ぶっちぎりでヒスイさんの勝ちだ……どんだけ他を引き離したタイムだこれ……」
おそらく、俺の機体とコース選びすら読んだうえで、勝負に臨んだんだろうなぁ。
『レース終了! おつかれさま!』
そんな音声と共に視界が暗転し、俺は地上のレース会場らしき場所に移動していた。
周囲にはミドリシリーズ全員の姿も見える。
「やったー! 10位だー!」
「くっ、私がビリなどと……」
「おっ、ヨシー。何位だった? 私は16位!」
と、俺にオリーブさんが話しかけてきた。
「151位だね」
「おいおい、私に魚雷ぶちかました割には全然じゃないか」
「オリーブさんはあの機体でよくあそこまで順位を上げたな」
「へへ、これでも仕事でレースとかもするからな。そうそう下位にはなれないさ」
そんな会話をしていると、ヒスイさんが近づいてきて、言った。
「勝ちました」
「おめでとう、ヒスイさん。でも、一人だけゲームやりこんでいるとかずるじゃない?」
「いえ、プレイするゲームが発表された瞬間にゲームを購入し、時間加速機能を最大にして開始までにやりこむ、といったことも皆にはできたはずなのです。それをおこたった者が負けるのは当然です」
何言ってんのこのガチ勢……。
まあ、ずるとか卑怯とかは言いっこなしか。今日はそういう趣旨じゃない。
「今日は勝ち負けとかにこだわらず、楽しんでいこうか」
俺はヒスイさんにそう言った。本当は、ヒスイさんにではなく、ヒスイさんに負けて悔しがっている周囲のミドリシリーズに向けて言ったのだけどな。
「さあ、もう一レースやるぞー!」
「おー!」
俺の宣言に、隣でオリーブさんが声を張り上げて拳を天に突き出した。
そうして、俺達は10レースほど『ギャラクシーレーシング』をやり、その後もヒスイさんの用意した様々なパーティーゲームで一日中遊び倒したのだった。
これで誕生日会参加の代わりになってくれていれば嬉しいのだが、はてさて、ミドリシリーズ達は俺とのゲームを楽しんでくれたかな。