88.初めてのゲスト出演<1>
「私の下僕どもー、配信の時間じゃぞー」
『わーい』『わこつ』『わこつー』『うおー、閣下! 閣下!』『すごくわこつ』『あなたにわこつと伝えたかった』
閣下のSCホーム、グリーンウッド家の屋敷内にある談話室で配信は始まった。
長テーブルの前に閣下、俺、ヒスイさんと並んで座り、閣下の後ろに家令のトーマスさんが立っている。今、カメラは閣下だけを映している。
「うむうむ、今日も元気なわこつじゃな。今日もウィリアム・グリーンウッドによるゲーム配信を始めていくぞい。ところで下僕ども。わこつという言葉を広めたのは誰か、知っておるか?」
『えっ、誰?』『火付け役とかいるのか? いるか……』『気がついたら広まってた』『最近だよね』『ヨシちゃん!』
閣下の配信でも、どうやらコメントを一部抽出する機能が使われているようだ。大人気配信者だっていうからな。全部のコメントを表示していたら、とても追いきれないだろう。
「そう、ヨシムネじゃな。というわけで、21世紀の言葉、『わこつ』を伝えた者をゲストとして呼んでおる。ゲーム配信者のヨシムネと、助手のヒスイじゃ」
カメラを担当するロボットアバターが、こちらを向く。
俺は、気合いを入れて最初の台詞を放った。
「どうもー。21世紀おじさん少女だよー。21世紀からやってきた、ヨシムネだ! よろしく!」
「ミドリシリーズのガイノイド、ヒスイです。ヨシムネ様の助手をしております」
今日の俺の格好は、白のワンピースである。ベタな格好だが、ヒスイさんはこれを選ぶまでずいぶんと悩んでいた。そのヒスイさんの格好はというと、いつも通りの行政区の制服である。
『うおー、ヨシちゃん! ヨシちゃん!』『ヒスイさんだー!』『おじさん少女?』『噂の21世紀人かぁ』『えっ、21世紀人?』
そんな視聴者のコメントを受け、閣下が俺の説明を入れてくれる。
時空観測実験の失敗で21世紀からやってきた、元おじさんの現少女だと。
「ヨシムネが21世紀おじさん少女ならば、私は24世紀おじさま少女じゃな」
『閣下はジジィじゃねーか』『300歳越えていてよくおじさま言いますね』『生前の写真と今の姿のギャップすごい』『厳つい中将閣下が、こんなかわかわロリロリに……』
「あっ、閣下も元男だったんだな。知らなかった」
視聴者コメントで初めて知る事実に、俺は驚いてそう口に出した。
「そうじゃ。なかなかの男前じゃったぞ?」
「それがなんで今はこんな姿に……」
「おじさん少女に『こんな』とか言われたくないのじゃが……250年以上前に生身の肉体を離れ、ずっとソウルコネクトして生きておったら、自分の性別などどうでもよくなってくるのじゃ。ヨシムネもそのうちそうなるぞい」
「ええ……。でもなんで、そんなに幼い姿に?」
閣下の見た目は、十歳ほどの幼い少女の姿だ。ブロンドヘアーの白人で、服装は女児服。
「配信者をやるなら、愛くるしい方がいいじゃろう? 幼い頃に生き別れた妹の姿を元にしているんじゃよ」
「急にヘビーな設定ぶちこんでくるのやめて!?」
「冗談じゃよ。私は一人っ子じゃからな」
よかった、不幸な女の子は存在しなかったんだ……。ちょっと本気にしかけてたぞ、この野郎。
「それで、そなたらは共に、ニホン国区製のガイノイドをボディにしているのじゃったな?」
「はい、ニホンタナカインダストリのミドリシリーズです」
今度は、ヒスイさんが閣下の言葉に答える。
「ミドリシリーズは世界中で活躍しておるな。同じ惑星テラ出身として誇らしいのじゃ。私も次にボディを替えるときはミドリシリーズにしようかのー」
「グリーンウッドでミドリシリーズということは、緑色繋がりでしっくりきますね」
ヒスイさんがそう言うと、閣下がすかさず言葉を返す。
「うむ。日本語で言うならグリーンウッドは緑森さんじゃな。グリーンウッドではなくグリーンという苗字の場合、緑さんじゃなくて草原さんじゃがな」
「これ、視聴者に混乱して聞こえていないか?」
俺のその疑問に、ヒスイさんが答える。
「自動翻訳ですと名前は音そのままで聞こえますから、問題ありませんよ」
『グリーンとかミドリとか意味知らないから、それはそれでなんのこっちゃだけどな!』『なんだか高尚な会話をしているのは解る』『グリーンって名前のミドリシリーズいなかったっけ』『居た気がするなぁ』『呼びました?』
ひえっ、閣下の配信視聴者にもミドリシリーズの影が。
「さて、前説はこんなところで、早速ゲーム配信をしていくのじゃ。と、その前にぃー」
閣下がその場で柏手を打つと、目の前のテーブルが消え周囲の背景が崩れていく。
その最中に、耳元で『ご起立下さい』とトーマスさんの声が聞こえたので立つと、周囲がコンサートホールのステージに変わっていた。客席には、クラシカルな格好をした客が詰めている。格好からして、おそらく客は視聴者ではないのだろうが……。
「ヨシムネと私で、下僕どもに歌を披露するのじゃー!」
『えええええ』『本気?』『閣下ってちゃんと歌えるの?』『鼻歌ときどき歌っているけど、音痴だったような』『システムアシストで誤魔化すんじゃないだろうね』『ヨシちゃんはアシスト使わないガチ勢だけれど、まさか中将閣下はアシストに頼るとか言うまいね?』
下僕どもとか言われているのに、この視聴者達、閣下に対して普通に厳しいな!
「安心するのじゃ。私もこの三日間、歌唱訓練ゲームでシステムアシストを使わず、時間加速してみっちり歌の特訓をしてきたのじゃ。『アイドルスター伝説』というゲームをヨシムネに紹介してもらってのう」
『何そのゲーム知らない』『あれかー』『ヨシちゃんも辿った道』『ということは歌姫ルートか』
「十一人のメンバーを率いて、リーダーとしてアイドル界の星になったのじゃよ。後日、編集した動画を配信するので楽しみにしておくがよい」
「俺のやったシナリオとは違うルートに入ったのか」
「〝受け継がれるアイドルグループ〟ルートは全シナリオの中で、一番歌唱力を必要としないルートですね。代わりにダンスの力量を求められますが」
俺とヒスイさんがそう言うと、視聴者達が『駄目じゃん』とか『大丈夫なの?』とか言い出す。下僕に心配されているぞ閣下。
「ふふん、東京の武道館を満席にした私の歌を聴いて驚くがよい。それでは、ヨシムネ、準備はよいな?」
「ああ、いつでも」
「みなのもの、静聴せよとは言わぬ。大いに盛り上がるがよい」
閣下がそう言うと、今度はトーマスさんが前に出て言った。
「それでは歌っていただきます。『MARS~英傑の絆~』から主題歌、『英傑の絆』」
イントロが流れると、音声から文字に変わった視聴者コメントが、一斉に『心臓が熱くなってきた』と述べてくる。訓練されているなぁ。
そして、まずは最初に閣下が出だしを歌い出すと、しっかり音程の取れたその美声に、視聴者達は驚きのコメントを流す。
俺も負けじと続きを歌い、コメントは盛り上がっていく。
そして――
「心臓を熱くしろおおおッ!」
『熱くしろおおお!』『うおー、あっちぃー!』『胸から火が飛び出しそう!』『心臓燃えてる!』『グリーンウッド家炎上!』『胸にサラマンダー宿ってるよ!』
閣下の下僕達も、ノリがいいようでなによりである。
◆◇◆◇◆
歌は大盛り上がりで終わり、その勢いのままゲーム配信へと移った。
プレイするのはもちろん、『MARS~英傑の絆~』である。
「それではヨシムネ、ヒスイと共にオンラインモードをプレイしていくわけじゃが、ここで一人、私のメンバーを紹介するのじゃ」
閣下がそう言うと、後ろで控えていたトーマスさんが指パッチンをする。次の瞬間、閣下の隣に一人の女性が出現した。黒髪に褐色肌をした、メイド服のガイノイドである。先日、グリーンウッド家の屋敷に来たときに、最初に出迎えてくれたメイドさんだ。
「グリーンウッド家のメイド長、ラットリーじゃ。私のオペレーターを長年勤めておるな」
「ラットリーでっす! 下僕のみなさま、こうしてお話しするのはお久しぶりですねー。ヨシちゃんの視聴者ともども、よろしくお願いしまーす」
軽い感じで、ガイノイドのメイド長、ラットリーさんが挨拶をした。
「こんな感じじゃが、こう見えてラットリーは、300年近く稼働をしている古い高度有機AIじゃ。なかなか頼りになるぞい」
「あー、閣下! 稼働年数のことは言いっこなしですよ! ご自身が年齢に無頓着だからって、まったくもうー!」
300歳のAIかー。ヒスイさんもだいぶ昔から稼働しているっぽいけど、比じゃないな。
俺がヒスイさんの顔をじっと見ていると、ヒスイさんがジト目で返してきた。いやいや、年寄りとは思っていないぞ。むしろ若いなあってね……。
「ヨシムネ達の方は、ヨシムネが搭乗者、ヒスイがオペレーターじゃな」
おっと、こっちに話題が移ってきたぞ。
俺は、咄嗟に答える。
「ああ。オンラインモードを始めて一週間も経っていない初心者だが、頑張るぞ」
「私もまだ若いAIですが、全力でサポートいたします」
『300歳と比べたら誰でも若いわ』『ヒスイさんもそれなりに稼働年数あるってミドリさんがSNSで……』『よせ、消されるぞ』『ひっ!』
「いえ、稼働年数の長さはそれだけAIにとっては経験となり、己を高めることとなります。先達であるラットリー様のことは、素直に尊敬しております」
「あっ、閣下! ヒスイさんめっちゃいい子ですよ!」
ヒスイさんの言葉に、ラットリーさんが嬉しがっている。
ううん、稼働年数の長さが誇りなら、さっきのジト目はなんだったのかな? 俺、テレパシー適性低いからヒスイさんとは、無言で解り合えない……!
「うむうむ、若い者は元気があってよろしい。それで、始めてから一週間か。今のシングル対戦モードのランクはどうじゃ?」
「アマチュア1だな」
閣下の問いに、俺はそう答えた。
「ほう! その日数でアマチュア1は大したものじゃのう」
「でも、閣下には敵わないだろう? 太陽系統一戦争を経験していたなら、本物のマーズマシーナリーに乗っていてもおかしくないし……」
俺がそう言うと、閣下はいやいやと手を顔の前で振って否定した。
「私は輜重兵科を担当しておったから、戦争では乗っておらぬ。それに、公爵ということで将官待遇だったからの。さすがに中将が前線で、ロボットに乗って戦うわけにはいくまい?」
「ああ、それもそうか。中将だったから閣下って言われているんだよな」
「うむ。じゃが、私はそれなりにこのゲームをやりこんでおってな。ランクは最高のマスターエースじゃ」
「差がありすぎる……」
『シングル対戦したら一方的ないじめになりそう』『よくゲストとして来てくれたもんだ』『ヨシちゃんの対戦動画みたけど、アマチュア1にしてはなかなかのものだったよ』『あの回避能力は惚れる』
「おお……視聴者のみんなありがとう」
褒めてくれた視聴者に、俺は礼を言った。
『閣下と違って素直で可愛いなこの子』『殺伐としたロリジジィの配信に華が!』『ヨシちゃんが可愛い言われておる……』『まだバーバリアンとしての本性現してないから』『何それ、そんな子なのこの子』
「ヨシムネ、私の下僕どもに遠慮はいらないのじゃ。ジジィ、ジジィと言いつつも、私の美少女としての魅力に抗えない愚か者どもじゃよ」
「ひでえな! 視聴者の人達、よくついてきているな」
『こんなジジィでも、ゲームの腕は本物だから』『貴重なマスターエース配信』『私は閣下が男アバターの頃から配信見てますよ?』『下僕にもご老輩がいらっしゃった……』『マザー批判して炎上したこともありました……』
ひえー、昔から配信やっているのか。歴史ある配信チャンネルなんだな。よくそんなところにゲストとして呼ばれたなぁ、俺。
「マザー批判とか、いったい何百年前のことを掘り出してくるのじゃ。忘れよ忘れよ。それよりも、まずはチーム対戦モードをやっていくのじゃ。ヨシムネと私のコンビじゃな。ふふ、マスターエースとアマチュア1のコンビなど、相手はどう反応してくるか……」
そう言って、閣下はタイトル画面からオンラインモードを選び、さらにチーム対戦モードを選ぶ。
すると、背景が見慣れた格納庫に変わり、格納庫内に機体が二つ並ぶ。
片方は、俺の愛機ギンカイ。もう一つは、赤くすらりとしたラインの美しい機体だ。
「ほう、ヨシムネの機体は銀色か。見たところ軽量級の機体じゃな」
「ああ、ギンカイって名前だ。閣下の方は?」
「よくぞ聞いてくれた! これぞ、『MARS』最強と名高い私の愛機! ウェルシュ・ペンドラゴンじゃ!」
アーサー王とは、またすごい名前をつけたもんだなぁ。
だが、マスターエースランクならば、その強さは本物なのだろう。
俺は、これから待ち受ける未知の戦いに、閣下の足を引っ張ってしまわないか少し不安になるのだった。