8.-TOUMA-(剣豪アクション・生活シミュレーション)<5>
野外フィールドの海岸エリアで、水泳の鍛錬を続ける。
着衣状態だとまともに戦えるほど泳げないので、服を脱いでサラシにふんどし姿である。和風ゲームだからか、水着がなくこういう格好をするしかなかった。
動画に初めてこの格好が登場したときは、男性視聴者のコメントが稼げたものである。ちなみにヒスイさんは普通に着衣水泳だ。
しかしこの鍛錬、ゲームなのに息切れの苦しさが結構再現されていて、苦行である。ヒスイさん、痛覚関連の設定きつめにいじってないよね?
「ミドリシリーズって、水中で活動できないのか?」
俺は泳ぎながら、ふと疑問に思ったことをヒスイさんに尋ねた。
「当然できますよ。内蔵動力の動作に大気中の成分を必要としていないので、呼吸をしなくても何の問題もありません。呼吸をする機能はありますが、特に意味はないフレーバー的機能ですね」
「じゃあ、こうして息の切れる水泳の訓練なんて、しなくていいんじゃあ……」
「何を言っているのですか。ヨシムネ様がしているのは、現実の身体の動かし方練習などではなく、ゲームのための特訓ですよ。ゲームのプレイヤーキャラクターは人類の身体であることが多いのですから、呼吸を必要としないロボット的な水中行動などを習得しても、役には立ちません」
「厳しいなぁ……」
そうして俺は、ゲーム上の暦で二ヶ月間みっちりと水泳を鍛え、ミズチに挑むこととなった。
膝丈までの水が場を満たす前半戦は、もはや楽勝だった。
「よし来るぞ、来るぞ、来るぞ……来た! 行くぞ、ヒスイ流水泳殺法!」
水に満たされた戦闘ステージを勢いよく潜り、後半モードになった水中のミズチに再接近。
俺の武器の種類は相変わらず打刀だが、斬りつけるのは水の抵抗が大きいので突きを数発おみまいする。
まだ行けそうだが、焦りは禁物だ。素早く上昇し水面から顔を出し、息を吸う。
そこで、ミズチが体当たりをしてきたので、身体をずらし、さらにカウンターで斬りつける。
戦闘は順調だった。
ヒット&アウェイで息継ぎをこまめに行ない、巨体から繰り出される攻撃は、今まで敗北戦の中で散々見てきたモーションを見切って回避する。
やがて……。
「ぎゃー! ミズチが発狂した!」
瀕死のミズチが狂ったように動き回ると、水面が渦を巻き水中ステージは激流となった。
「あと少しです、頑張ってください!」
「ヒスイさん、なんで激流に飲まれてないの!?」
ヒスイさんが渦巻く水面を平然と立ち泳ぎしていた。
むむむ。俺もヒスイさんの真似をすれば、ああやって安定するのでは?
「ゆくぞ、ヒスイ流水泳術……できねぇー!」
俺は渦に飲まれ、ミズチの体当たりを食らった。
その後、ぐだぐだになりながらミズチに一撃を与え、なんとかミズチ退治を成功させることができたのだった。
「勝った! 『-TOUMA-』完!」
戦いを振り返ってみると、ミズチは生命力がかなり低かったな。足場が不安定な分、簡単な攻撃で倒せるようにしてあるのだろう。
「では、戻ったら魔王戦用に対人稽古ですね」
「俺達の戦いはこれからだ!」
本当にこれからだよ。ラスボスがミズチより弱いなんてことはあるまい。
◆◇◆◇◆
魔王の登場で失った屋敷の代わりに新たに割り当てられた道場で、俺はヒスイさんを相手に稽古を続ける。
今回のヒスイさんはサポートに気合いが入っており、新たにインストールしたという様々な流派の剣術プログラムで俺と立ち合っている。ラスボスの剣がどんな太刀筋でも対応できるようにとの配慮だ。
しかも、キャラエディット機能でわざわざヒスイさんは身長を魔王に合わせ、稽古の間だけ身長二メートルほどの巨女となっている。動画視聴者の皆様、ここ突っ込みどころですよ!
「しかし、道場NPCの養父が敵に回るとか、普通のプレイヤーは魔王登場後の稽古の相手どうするんだろうね。俺は、ヒスイさんが居るからいいものの」
「他の剣豪系NPCと交流して、仲間にするのではないですか。NPCも鍛えたら強くなるそうですし、妖怪退治にも連れていけます」
「えっ、連れていけるの。確かに、超巨大妖怪の時は、妖怪退治屋のNPCが勝手に参戦してきたけど」
「たとえばミズチ戦は、友好的な妖怪NPCである人魚の八百比丘尼を仲間にするのが正当な攻略法のようです」
「マジかよ……俺の苦労はいったい……」
「NPCを連れていっては、鍛錬になりませんから」
「まあ、そうなるか。しかし、鍛冶師のコテツちゃんとしかまともにNPCと会話してないけど、人魚とかいるのかぁ……」
魔王戦にもNPC連れていけるのかね。剣豪系のボスを数人で囲って倒すか……絵面が酷くなるな! ゲームジャンルが剣豪アクションなんだから、一対一で格好よく勝ちたいものだ。
そんな心意気で、俺はゲーム上の暦で四ヶ月間、道場稽古を続けた。
その間、一度も異界化した屋敷には足を踏み入れていない。
ゲーム期間が暦の上でちょうど残り半年となったところで、NPCの斥候隊が屋敷の情報を入手してきた。
屋敷は長い一本道に変わっており、道の途中で人間サイズの妖怪がそれぞれ違う武器を持って道を塞いでいるのだという。
斥候の技術があれば、それらを無視して直接魔王のところに行けると言われたが、途中の妖怪を倒さず魔王と戦いを開始して、戦闘中に妖怪が集まってきたら酷いことになるのが予想できるので、無視はなしだ。
しかし、一本道のボスラッシュステージとか、子供の頃に読んだ漫画を思い出すな。星座をモチーフにした鎧を着て素手で必殺技を出し合うやつ。
まあ、俺には一緒に屋敷に突入してくれる仲間は、いないんだけどな。ヒスイさんは、どうせ見ているだけだろうし。
そして、俺は装備の総点検を終え、いよいよ屋敷に突入することにした。
半年も残っていれば、敗北後に鍛え直しとなっても鍛錬期間は十分あるとみていいだろう。
「行くぞ!」
そう気合いを入れて、屋敷に踏み込む。
背後では、侍や妖怪退治屋達が屋敷を取り囲んでいる。屋敷の内部は狭いので、彼らが一緒に突入するというわけではない。俺が屋敷を刺激することで、妖怪が中からあふれ出てこないかを彼らは警戒しているのだ。
屋敷の内部は、武家屋敷の廊下そのままといった様相だった。だが、壁や天井はところどころ朽ちており、空いた隙間から瘴気が漏れている。うーん、雰囲気あるな。ヴィジュアル面では相当気合いを入れて作られたゲームだと、改めて実感する。
そして廊下を進むと、道場の半分ほどの広さを持つ広間に出た。その広間の真ん中には、鎧武者が仁王立ちしていた。兜の下の顔は、骸骨だ。
『我が得物は大太刀。さあ、武器を取るがよい』
お、武器選択をさせてくれるようだ。
「では、こちらも大太刀、と」
システム上はまだ戦闘状態になっていないので、アイテム欄から大太刀を装着し、鞘から抜く。
『いざ尋常に勝負!』
そうして戦いは始まり、すぐに決着はついた。相手の生命力が人間並みだったのだ。武術の技量は、今までに戦ったどの妖怪よりも高かったが。
『見事なり』
鎧武者はそう言って消えた。
戦闘で昂ぶった気を静め、広間から出てまた廊下を進む。その先には、また鎧武者が待っていた。甲冑のデザインは違うので、先ほど倒したのとは別人であろう。
『我が得物は薙刀。さあ、武器を取るがよい』
こちらも薙刀を使い、間合いの取り合いを繰り広げ腰への一撃を入れることに成功した。その一撃で敵は『見事なり』の一言を残して消えた。
さらに進むと、また現れた鎧武者の武器は弓。こちらも弓を選び、広間を縦横無尽に駆け回って矢の飛ばし合いを行ない、相手の顔に矢を突き刺すことができた。またもや『見事なり』と言い残して消えた。
そしてまた廊下を進む。魔王戦前のボスラッシュは次で最後のはずだ。
待っていた鎧武者の得物は槍だった。こちらも槍を選ぶ。
薙刀のときと同じように、間合いを奪い合う。相手の技量は薙刀の奴よりも上だ。だがそれでも、ヒスイさんとの特訓で培った力で、相手を打ち倒した。
『見事なり。おぬしならば、魔王に打ち勝てるかもしれぬ……』
そう言って、鎧武者は消えていった。
「うーん、今の奴ら、魔王に負けた戦国時代の武士とかいう背景設定でもありそうだな」
「武家出身のNPCを連れてきたら、何か反応があったかもしれませんね」
俺の漏らした考えに、ヒスイさんがそんなコメントを返してくる。まあ全ては闇の中だ。
「NPCとの交流がゼロだと、世界観の類は全く判明しないからな! 作り込んでいるであろう開発スタッフさんごめんなさい!」
「ネタバレをしない、これからプレイをしようとする視聴者に優しい動画ですね」
「肝心の登場するボスだけしっかり映ってるとか、逆にタチが悪いと思う……」
そんな雑談を交わしながら、廊下を進む。そして、到着したのは道場だった。屋敷に元々あった道場だ。
そこには、魔王が一人俺達を待ち構えていた。
……俺達を逃がしてくれたイケメン侍さんって、どうなったんだろうな。
『来たか、我が娘たちよ』
「義理の親子設定まだ有効なんだ……」
『おぬしらが果たして、我が身のうちで燃えさかる地獄の炎を鎮めてくれるのか……』
「なんか裏設定とかありそうだけど、俺は妖怪退治以外のシナリオにノータッチだから知らんぞ!」
「緊張感ないですね」
『その力、見せてみよ! さあ、武器を取るがよい!』
選択する武器は、打刀。相手の武器も打刀サイズのまがまがしい刀である。
『いざ尋常に勝負!』
魔王と切り結ぶ。相手の技量はとてつもなく高かった。
「攻撃範囲……制空圏も広いな。強敵だ。でも……ヒスイさんよりは弱い!」
俺は相手の体勢を切り崩し、一太刀、一太刀と一つずつ確実に、何度も斬りつけていく。その筋骨隆々の巨体に相応しく、生命力は高いようだ。
「実況している余裕がない!」
「頑張ってくださいね」
それでも、斬りつけるたびに相手の動きは悪くなっていく。そして、戦いが始まってしばらく、魔王はとうとうその場で膝を突いた。
『やはり、剣の腕はおぬしらの方が上か……』
「ヒスイさんが参戦していないのに、おぬしらって複数形なの、ゲーム特有の理不尽さを感じる」
「高度有機AIサーバを使っていなくても、ゲーム内蔵の汎用AIでそのあたりの状況判断はできるはずなんですけれどね。妖怪に高度な会話AIは使っていないのでしょうか」
「ラスボスなんだから、ちょっとリッチなAIにしてくれてもいいだろうに」
『だが、まだ我は負けぬ!』
「お、第二形態でも来るか?」
「ラスボスの変身は、古典ゲームから連綿と続く様式美らしいですね」
魔王は立ち上がると、骨肉がうごめくような鈍い音を立てて変形を始める。やがて三メートルほどの高さの身となった。さらには背中から二本の腕が生えてくる。そして刀を持っていないそれぞれの手の指先から黒い炎が噴き出し、刀の形を取る。
『さあ、殺し合おうぞ!』
「やってやらあ!」
俺は早速、第二形態魔王に躍りかかった。切り結ぶことしばし。俺は、一つの事実に気づいた。
「あんまり……強くない!」
「背中の腕が全く役に立っていませんね。これはおそらく……仲間NPCに囲まれた場合に本領を発揮する形態なのでしょう」
「そんなオチ!?」
俺は巨大化して隙が前より大きくなった魔王に、打刀を何度も叩きつける。
目が第一形態の太刀筋に慣れていたので、今の大雑把になった第二形態は怖くもなんともない。
「ただのカカシですな」
「余裕ができたとたん大口を叩くようになるのは、実況あるあるでいいんでしょうか……」
そして、魔王は力尽き、その巨体を道場の床に倒れ込ませた。
『見事なり……よくぞ我を打ち倒した……我が目は曇っていなかった……』
「実は自分を倒してほしかった系ラスボス? もっと純粋悪っぽい方が好みなんだけどなぁ」
「養父だった時点で妖怪退治を私達に依頼していましたし、元々妖怪退治側に理解があったのかもしれませんね」
『おぬしらが……黒き炎に打ち勝てることを……地獄から祈っておるぞ……』
「ん?」
倒れ伏した魔王の外皮がひび割れていく。すると、ひび割れの隙間から、黒い炎が吹き出してきた。
「おっおっ、第三形態?」
「ラスボスとは別の意思を持つ最終形態。これもまた古典的な様式美ですね」
ひび割れは魔王の全身に走り、炎の勢いが激しくなる。そして炎は……爆発した。
突然の爆発に、俺は全身を衝撃に打ち据えられ、激しく吹き飛ばされた。
「ぐええっ!」
あまりの衝撃に、俺の視界は暗転した。