77.ダンジョン前の雑貨屋さん(RPG・経営シミュレーション)<3>
雑貨屋前に立つダンジョンの扉を開くと、その先は洞窟ではなくエントランスホールとなっていた。
広く開けたスペース。石造りの床に、照明のついた天井。壁際には、開け放たれた両開きの扉と、閉じた扉が一つずつ存在している。それぞれ、プレートが上に掲げられており、開いた扉には『初心者の一本道』、閉じた扉には『初級の草原』と文字が書かれていた。
『とうとうこの村のダンジョンも等級別に戻ったのじゃ。懐かしい光景だのう……』
テストプレイに同行してきたメケポンが、感慨深そうにそう言った。
ふーむ、新規にダンジョンを拡張しても、元あったエリアは消えないというわけね。
俺はとりあえず、閉じた扉に近づいていった。扉を開けようと取っ手に手を触れるが、どうやら鍵がかかっているようだ。だが、扉に鍵穴は存在しない。代わりに、鍵穴の部分に羽根のマークが刻印されていた。
『これはあれやな』『そう、あれあれ』『あー、あれね!』『早くあれするんだ!』
「……ボケた方がいいか?」
『いいから早く帰還の羽根を掲げるんだ!』『帰還の羽根が扉の鍵に違いない!』『帰還の羽根が女神様の許可証になっているんだ!』『テストプレイの領域に他の人が迷い込まないよう、帰還の羽根が鍵になっているんだよ!』
「ええー、何このノリ。前から思っていたけど、コメント抽出機能壊れてない?」
視聴者の総意的なコメントをピックアップしてくれる機能のはずなんだがなぁ。
『ほれ、ヨシムネ。女神様から頂いた羽根をかざすのじゃ』
「はいはい、解ってますよー」
俺はアイテムボックスから帰還の羽根を取り出すと、扉の前に掲げた。すると、扉の羽根の刻印が光を帯びる。ふむ、これで開いたのか?
取っ手を掴むと、扉はちゃんと開いてくれた。扉の向こうは、石造りの建物の内部になっているようだった。足を踏み出し、扉の向こうへと移動する。
「……パルテノン神殿みたいな場所だな」
扉をくぐると、開放感のある建物に出た。建物から見える外側には、一面の草原が広がっている。ふーむ、草原ダンジョンね。
建物から移動し、草原に足を踏み入れる。草原の所々には、石で出来たモニュメントのような物が建っている。メケポンに聞くと、あれはダンジョンのどの位置にいるか示すための目印だという。なるほど、広いと迷うだろうからな。
『ここに出るモンスターはグラスウルフとアルミラージ、それとゴブリンなのじゃ』
グラスウルフは狼、アルミラージは角の生えたウサギだ。どちらも動きは素早いので、弱攻撃が有効とのこと。
俺は銃を抜き、草原を進んでいく。生えている草はほとんどが雑草とのことだが、所々にいやし草などの薬草の群生地があるようだ。メケポンが先導していやし草の位置を知らせてくれるので、それを採取していく。
『おぬしのレベルが上がれば、薬草の位置を探知するアビリティを習得するはずじゃ』
「レベルか。チュートリアルでは上がらなかったな」
『『初心者の一本道』のことか? おぬしのレベルは5。『初心者の一本道』ではそうそう上がらぬレベルじゃな。レベルを上げるには、グラスウルフを積極的に狙うのじゃ』
「了解」
とは言っても、敵の位置を察知するアビリティなどは習得していないので、MAP機能を埋めるためにしらみつぶしに草原を移動していく。道中、ゴブリンが数多く出現し、さらにはアルミラージが草の陰から飛び出してくる。それらを魔法銃で撃ち倒していくと、レベルが一つ上がった。
レベルアップで覚えたのは、ヒールの魔法だ。
「ポーション作りの雑貨屋さんなのに、いきなりポーションいらずの魔法を覚えたぞ!」
『まあその辺のゲームバランスはインディーズだしね?』『ゴブリンの出現数多いから、ゴブリン素材でできるマジックポーション使わせまくる仕様なのかもしれん』『作者さんそこまで深く考えているかな?』『ゲームバランスはまともなはずです! 多分!』
そうしてさらにグラスウルフも倒し、レベルが上がっていく。採取ポイント察知のアビリティを覚え、魔法銃で散弾を撃つ技も覚えた。
歩いておかしなところがないかのチェックも行ない、MAPは順調に埋まっていった。
ちなみに草原の外周は、半透明の壁がありそれ以上先に進めないようになっていた。
おおよそ全ての場所を見て回り、足を踏み入れていないのは一箇所だけ。石のモニュメントに囲まれた、円形の怪しいステージが残っている。
『あそこはダンジョンボスが登場する場所じゃな。おぬしの今のレベルは10。初級のボスを倒すのにちょうどいいレベルじゃ。テストプレイならば、今のおぬしがちゃんと倒せるか調べるべきじゃな』
それまでそこに入ろうとするとメケポンに止められていたが、レベル10を超えたことで入場の許可が出た。
ボスか。ゲームにはボスキャラクターという概念がある。ゲームの進行の節目で、プレイヤーに立ちふさがる関門として用意されている、強力な敵である。
このダンジョンでは、ボスを倒すことで初めてフロアを制覇したと言えるようになるらしい。ちなみに『初心者の一本道』にはボスはいない。
「じゃ、ボス戦行くかー」
円形ステージに足を踏み入れると、狼の遠吠えが聞こえてきて、四匹の緑色の狼、グラスウルフが飛び込んできた。
「ありゃ、グラスウルフだけか?」
俺は銃を構え、散弾でまとめてグラスウルフを狙っていく。接近されることもなく、四匹全て撃ち倒した。
楽勝、そう思った瞬間、さらに狼の遠吠えが聞こえ、一匹の獣がステージに乱入してくる。虎ほどの大きさがあるグラスウルフだ。
『グラスウルフの上位種、グリーンウルフじゃ! 気をつけい! 組み付かれるとやっかいじゃぞ!』
「おう、こいつが本当のボスか。でもな、残念ながら大型肉食獣は超電脳空手で対処法を特訓してあるんだ」
グリーンウルフが飛びかかってくるが、俺はシステムアシストを駆使して横にかわし、すれ違い様に強攻撃を叩きつける。
このゲーム、銃弾以外に攻撃判定がない。だが、俺がチャンプから学んだ肉食獣との戦い方は素手を用いた格闘術だ。ではどうするか?
「答えは、強攻撃を至近距離から撃ってパンチの代わりにする、だ!」
こちらからグリーンウルフに近づき、強攻撃を連続で叩き込む俺。
『なんという脳筋』『銃とはなんだったのか』『ゲームコンセプト的にこれはいいのだろうか』『ヨシちゃんさあ……銃に馴染みがないからって』『でも強攻撃連続で当てられるのは強いだろうなー』
そうして、グリーンウルフは見事倒れた。
『うむ、よくやったのじゃ。一撃ももらわなかったのは、はたして適正なレベルだったのかと言いたいが、そこはおぬしが上手だっただけじゃの』
「大勝利! おっ、宝箱出てきた」
『ボス撃破の報酬宝箱は罠が仕掛けられておらぬので、安心して開けるとよい』
「逆に言うと、罠が仕掛けられた宝箱がダンジョンにはあるってことだな」
『そうじゃな』
「それじゃ開けるぞ。ごまだれー」
宝箱の中に入っていたのは、革の鞘に入った剣だ。
『鉄の剣+1じゃな。安い青銅で武具を揃えているであろう、駆け出しどもがほしがる一品じゃ』
「おー。これで俺も剣士に」
『残念ながらおぬしには使えぬ。おぬしの武器は魔法銃だけじゃ』
「くっ! ここでゲームシステムが立ちふさがってくるか……!」
『剣は雑貨屋に並べるとよかろう』
見事に落ちも付いて、『初級の草原』テストプレイは無事に終わった。
◆◇◆◇◆
「ただいまー。おーい、メケリン。草原は問題なかったから、次は森林設置してくれー」
雑貨屋に帰還すると、俺はバックヤードでごろごろしていた女神メケリンにそう話しかけた。
『何を言っているのですか? 今のダンジョンでは、そう次から次へと拡張などできませんよ』
「あれ? ヒスイさんが言うには簡単に拡張が進むって感じだったけど……」
ヒスイさんは現在店番中なので、話を聞くのにもちょっと場所が離れているな。ふーむ。
『テストプレイは上手くいきました?』
「ああ、問題なかったぞ」
『じゃあ、草原は一般開放しておきますね』
メケリンはその場で指をくるりと回した。うーん、相変わらず演出が少ないゲームだ。
『ほれ、ヨシムネ。集めてきた素材で商品を作るのじゃ』
と、メケリンを眺めていたら、足元からメケポンにそううながされた。
「あーそうだ。これ、RPGってだけじゃなくて経営シミュレーションでもあったんだったっけ」
『んもー、ヨシちゃんったら蛮族なんだから戦闘したらすぐ大事なこと忘れるー』『マジックウォーリアーヨシムネ』『とんだ魔法少女だぜ……』『俺は経営パートの方が気になっているよ』
視聴者達、最近俺の扱いちょっとひどい気がするぞ!
ともあれ、商品作成だ。
『戦闘レベルとは別に、生産レベルがあり、商品を作ることで生産レベルは上がっていくのじゃ。まずは初心者ポーションと初級ポーションを調合するのがよかろう』
俺は調合室に入り、『初級の草原』で手に入ったアイテムを作業台の上に並べていく。
『薬草類と妖魔の魔石はポーションに。グラスウルフの毛皮は防具や服に。アルミラージの肉は携帯食に。アルミラージの角は槍と装飾品に。アルミラージの毛皮は小物入れに……といったところかのう』
「ちょっとはりきりすぎて、グラスウルフの毛皮がだぶついているな」
『そのままでも敷物になるでの。余ったら店頭で売れば誰かしら買っていくじゃろう』
「んじゃまー、生産レベル上げ頑張りますかね」
そうして俺はポーションを作成する作業に入った。いやし草をすりつぶし、水を沸かし、煮出す。初心者ポーションと初級ポーションの製作手順は同じだが、使用するいやし草の量が違う。
生産レベルを上げるための経験値の量は初級ポーションの方が倍近い数値だが、メケポンが言うには、『初心者の一本道』に挑む初心者のために、初心者ポーションの販売はやめるべきではないとのことだ。
ポーションを作り続け、十分弱が経過。生産レベルはめきめきと上がった。だが……。
『地味……! 圧倒的地味……!』『これ放送事故じゃないですか? ヨシムネさん』『ヨシちゃんがただひたすらポーションを作り続けるだけの絵面』『経営パートまだー?』
「レベル上がってポーション作成時間短縮アビリティ覚えたから、我慢してくれ……!」
とりあえず、まとまった本数が出来上がったので、俺はポーションを持って店舗の方へと移動した。
「ヒスイさーん、ポーションできたから頑張って売ってね」
「はい、おまかせください」
俺は店のカウンターにポーションを並べていき、ヒスイさんがそれを棚に配置していく。
そんな作業をしていたときのこと。店の扉の開閉を知らせるドアベルの音が、高らかに響きわたった。
「おっ、いらっしゃーい」
「いらっしゃいませ」
店に入ってきたのは……なんと、直立歩行する猫の集団だった。
『なにこれ可愛い』『獣人か?』『しゃべる猫の次は歩く猫かよ!』『ヒスイさん大歓喜』『ケット・シー族ですね』
なるほど、ケット・シー。
『にゃあ。ここは『初心者の一本道』があるダンジョン村でよかったかな?』
鎧を着たケット・シーの一人が前に出て、そう尋ねてきた。
俺が応対しようとするその前に、ヒスイさんが即座に答える。
「はい、その通りです。そして、当店はダンジョン前の雑貨屋さんです」
『にゃあ。ダンジョン用の雑貨を取り扱っているのかな?』
「はい。ちょうど今、初心者ポーションと初級ポーションを補充しているところです」
『にゃあ。それは助かるよ。ケット・シー族はポーション作りが下手でねー』
「他にも役立つ商品を取りそろえておりますので、ぜひ見ていってくださいませ」
『にゃあ。しばらくこの村にやっかいになるよ。あちし達は、冒険者クラン『まだら尻尾団』の初心者PTだよ。あちしは引率の上級冒険者ハニー』
「よろしくお願いします」
そんな会話をケット・シーとヒスイさんが繰り広げていた。その最中にも、俺はアイテムボックスから商品を取り出してカウンターに置いている。
「あっ、ヒスイさん。この剣も並べてよ」
「剣ですか。ボスの討伐報酬ですか?」
「そうだね」
『にゃあ? 『初心者の一本道』にボスはいないはずじゃあ?』
俺達のやりとりに、ケット・シーのハニーがそう疑問を投げかけてくる。
「実は先日、ダンジョンが拡張されまして。『初心者の一本道』に加えて、『初級の草原』が追加されました」
『にゃあ! 初級ダンジョン! それはいいことを聞いた! 初心者PTを鍛えるのにぴったりだよ!』
ケット・シー族の表情はいまいち解りにくいが、多分ハニーはとても喜んでいるのだろう。
『にゃあ。あとでダンジョンの様子を見にいって、よさそうなら団の初級冒険者もつれてくるよ』
「ふむ、初級ダンジョンに挑むとなると、それ用の商品も揃える必要がありそうですね」
『にゃあ。武器防具があると嬉しい』
「どうですか、ヨシムネ様」
ヒスイさんにそう話を振られた。武器防具か。
「グラスウルフの毛皮から革防具が作れるぞ。武器はアルミラージの角から槍くらいかな。剣は現状、そのボス宝箱からの鉄の剣+1しかない。グリーンウルフの牙も何かの武器になりそうだけど」
『にゃあ。十分だよ。ここの草原にはアルミラージがでるのかい。肉には困らなさそうでいいねー』
「それじゃあ、売れるというなら武器と防具は作っておくよ。ヒスイさん、店番よろしく」
「はい、おまかせください」
そうして俺はバックヤードに引っ込み、生産活動を再開させた。
革鎧に、毛皮のコート、角の槍にポーションベルト、さらにはマジックポーションも作り、今度は視聴者達が飽きないように品を次々と変えて商品を用意していった。
そんな作業が二十分ほど続いた時のことだ。
『来た! 来た来た来た来ましたよ! ダンジョンが拡張できるようになりました!』
俺の生産作業をぼんやりと横で眺めていたメケリンが、突如興奮して騒ぎ出した。
「ん? どうしてだ? さっきは無理だって言ってたじゃないか」
『ダンジョンに訪れる人が増えたんですよ! それでダンジョンが活性化したんです!』
「あー、ケット・シー族か。じゃあ、もう追加人員が来てるってことかもな。商品補充してこよう」
『私もダンジョンの訪問者を見にいきます!』
調合室を出て、バックヤードから店内に。すると、そこにはケット・シー族の群れが。
「ああ、ヨシムネ様。ちょうどいいところに。ケット・シー族が追加で到着したようです。商品の補充をお願いします」
「あいよー」
俺はアイテムボックスから商品を取り出し、カウンターに載せていった。
すると、一人のケット・シー族が前に出てきた。上級冒険者のハニーだ。
『にゃあ。早速商品を作ってくれたようだね』
「そっちも早速仲間を呼んでダンジョンに挑んでくれたようだな」
『にゃあ。挑んでいることまで解るのかい?』
「ああ、ダンジョンが拡張できるようになったからな」
『にゃあ? 拡張?』
『そうです! 今こそダンジョン拡張の時! 我が家主よ、拡張するエリアを選ぶのです』
女神が告げると、前のように目の前に画面が開いた。どうやら森林、湖畔、洞窟の中からエリアを選択できるようだ。
「じゃ、森林で」
『はい、『初級の森林+1』が設置されました。早速テストプレイお願いします!』
『……にゃあ? どういうことだい? 『初級+1』のダンジョンが今、設置された?』
「おう、この人はダンジョンの女神だからな。えいや! ってやれば、ダンジョンが拡張されるんだ」
『にゃあ!? なんだって!』
『会話の前にいちいちにゃあって言うの可愛い』『猫かわゆし』『クー・シー族はいないんですか!』『犬派にも人権を!』『犬もいいけど狐もね』
うちにヒスイさんが居るかぎり犬派が栄えることはないかな……。
『ふふーん、我が名はダンジョンの女神メケリンです。三食昼寝付きの生活を目指して、この村のダンジョンを拡張しています』
『にゃあ……。ダンジョンの女神様が運営するダンジョンだってえ……』
「女神がこの村に来たのはつい先日だけどな」
このゲームでは経営ゲームのくせに日数経過という概念がないから、つい先日という言い方でいいのかは解らんが。
『にゃあ。じゃあ、このダンジョンがいずれ上級ダンジョンに育つなんてことは……』
『順調に冒険者の人がこのダンジョンに集まれば、すぐに拡張できるようになりますよ! このダンジョンは素養ありです!』
『にゃあ! なんてこった! 団長に知らせてこないと!』
そう言って、ハニーは駆け足で退店していった。何やら騒がしいことだな。
『ふっふっふ、私の偉大さを理解している信徒がいて、嬉しい限りですね』
「それはいいが、すぐダンジョンが育つなんていっても、テストプレイはどうするんだ?」
『当然、我が家主にテストプレイしてもらいますよ!』
「それが上級だとかいうダンジョンであっても?」
『もちろんです!』
「…………」
『レベル上げ頑張れ、ヨシちゃん!』『猫さんの上級冒険者とかすごそうな肩書きだけど、ダンジョンの等級と関係あるのかね』『上級冒険者が挑むダンジョンに一人でテストプレイさせられるヨシちゃんか……』『大丈夫、主人公補正があればどうとでもなる!』『きっとレベルアップ速度が人並みじゃないとかだな』
「このゲームの流れは大体解ったな……」
「いえいえヨシムネ様。ダンジョンの拡張だけでなく、人が集まることによる村の拡張といった要素もありますよ」
独りごちた俺に、ヒスイさんがそう横から言ってきた。
「村の拡張って、俺達、別に村長でもなんでもないだろ?」
「そこはほら、女神様がいらっしゃいますし」
ちょっとインディーズゲームだと思ってゲーム規模を舐めてたかも。五、六時間程度でクリアとか考えていたんだが、そうでもなさそうである。
俺は商品をカウンターに載せながら、配信が何日続くか頭の中で考えるのであった。ヒスイさんに聞けばいい? それはネタバレ食らうみたいでちょっとな……。