76.ダンジョン前の雑貨屋さん(RPG・経営シミュレーション)<2>
ダンジョンの中は、岩の洞窟だった。岩肌には発光する苔が生えており、その光のおかげで先をしっかりと見通せている。
『いやし草はダンジョンの奥の広間に生えておる。一本道なので迷うことはないが、モンスターが出るからの。油断するでないぞ』
しゃべる猫メケポンが俺の足元からそんな助言をしてくる。一本道か。それでゴブリンとスライムしか出現しないというなら、本当に初心者向けの小さなダンジョンだな。
俺は前に視線を向けながら、洞窟を進んでいく。歩くこと少し、前方に青肌をした小さな人型の生物が立ちふさがっているのが見えた。
『ゴブリンじゃ! 落ち着いて銃を抜くのじゃ』
「あいよー」
腰のホルスターから魔法銃を抜き、安全装置を外して引き金を引く。すると、銃口から光の弾が飛び出しゴブリンの胴体に命中した。
『ギャギィ!』
ゴブリンの胸に穴が空き、ゴブリンはその場に仰向けになって倒れた。
すると、倒れたゴブリンは光の粒子になって分解され、消え去った。ゴブリンが消えたその場所には、こぶし大の石が一個だけぽつんと残されていた。
『見事じゃ。倒したモンスターの死骸はダンジョンに取り込まれ、ドロップアイテムを残すのじゃ。ほれ、拾うのじゃ』
メケポンにうながされた俺は石に近づき、腰をかがめてそれを拾った。
『妖魔の小魔石じゃな。魔力が宿っておるので、マジックポーションの材料になるのじゃ』
ほーん、マジックポーション。MP回復的な。ということは、ただのガンアクションだけじゃなく魔法とかもありそうだな。
俺は一通り魔石を眺めると、アイテムボックス機能で魔石を収納した。アイテムボックスには他にも初心者ポーションを入れている。
『むっ、ヨシムネ、今度はスライムがやってきたのじゃ』
「おっ! そいつも銃の錆にしてやんよ」
『銃は敵を殺しても錆にはならねーんじゃねーかな』『はりきりヨシちゃん』『初心者用モンスター相手に強がるヨシちゃん』『ここでスライムがめちゃ強い世界観だったら笑う』『スライムに丸呑みにされるのか……』
やめて! 丸呑み系の性癖は俺にはないぞ!
洞窟の向こう側からやってきたのは、バスケットボール大の球体だった。身体が少し透けていてぼやけた水色をしている。そいつが、ぽよんぽよんと跳ねながら近づいてくるのだ。
「よっしゃ死ねえ! ってあれ、外れた!」
スライムはその場で跳ね回っており、直進した魔法の弾は跳ねるスライムの下を通過していった。
続けて二発、三発と撃つが、どれも当たらない。
うぬぬぬ、跳ねる動きがやっかいだ。上下移動を当てるのに慣れていないからか、難しいな。
というか自動照準機能の類が働いていないぞ。今までプレイしたガンシューティング系VRゲームはある程度自動で当たるようになっていたのに、これじゃあ素の射撃能力を求められている感じだ。
うーん、弓ならシステムアシストなしで当てられる自信があるのになぁ。『-TOUMA-』で散々修行したからな。
『どうした? 敵に攻撃が当たらぬのか?』
背後からメケポンが話しかけてくる。
「当たりませんキリークさん」
『誰じゃそれは……儂はメケポンじゃ』
「キリークさんは心の師匠です」
『いや、知らぬが』
『ヨシちゃん、誰も解らないネタを唐突に使って人を突き放すのやめよ?』『また? またなの?』『元ネタを調べる俺らの身にもなってくれ!』『いちいち元ネタ調べてる人いたんだ……』
いやでも、今の台詞は反応しない方が失礼というか……。
『おぬしが撃っている弾は、強攻撃なのじゃ。強攻撃は強力な代わり、自動で相手を狙う機能が働かぬ。正確に当てたいなら弱攻撃で撃つのじゃ』
「へえ、どうやって撃つの?」
『弱攻撃をしたいと思いながら撃てばいいのじゃ』
「どれどれ……」
助言通り銃口をスライムに向けながら念じると、すっと頭の中で照準が定まったような感覚になった。スライムの上下移動のどのタイミングで撃てば攻撃が当たるか、自然と理解できる。その感覚に従い、俺は引き金を引いた。
『ピキー!』
小さな魔法弾がスライムに命中。すると、スライムは奇妙な鳴き声を上げながらその場に転がった。
『今じゃ! 隙を見せたところで強攻撃じゃ!』
「あいよ!」
ぶちかます、と念じながら引き金を引くと、大きな魔法弾が銃口から発射され、スライムに命中した。スライムは潰れ、光の粒子になって分解されていく。
その場には、立方体をした水色の塊が残された。俺は近づき、それを拾う。
『スライムゼリーじゃな。食材になったり、軟膏の材料になったりするのじゃ』
手の上でぷるぷるしたその触感を楽しんだ後、アイテムボックスに収納する。
『戦闘は大丈夫そうじゃな。このダンジョンはゴブリンとスライムしか出ぬから、油断をしなければ奥の広間まで行けるじゃろう』
「おっけー、チュートリアル戦闘は終わりだな。進もう」
そうして俺は、光に照らされた岩の洞窟を進んでいった。ときおりゴブリンやスライムが待ち構えていたが、接近されることもなく銃で撃ち倒していった。
道は先ほど言われたとおりに一本道。さほど時間をかけることなく、最奥の広間に到着した。
『では、いやし草を……む、待つのじゃ。人が倒れておるぞ!』
メケポンの台詞の通り、広間の一番奥に何やら人がうつ伏せになって倒れている。
しかも、ただの人ではない。背中に翼が生えているのだ。
『翼人が迷い込んだか? いや、この方はもしや……』
俺は倒れた人に近づき、観察する。金髪の女性だ。これは、ゲームのパッケージに載っていた人物だ。たしか、その正体は……。
『女神様じゃ! ダンジョンの女神様が降臨されておるのじゃ!』
そう、女神だったはずだ。
『う、うう……』
推定女神が、何やらうめき声を上げている。
『これ、ヨシムネ! 助け起こしてやらんか!』
メケポンにせかされ、俺はうつ伏せに倒れている推定女神を助け起こしてやった。
『う、う、お……』
目を伏せていた推定女神は、俺の腕の中でぼんやりと瞳を開いた。
『大丈夫ですかな、女神様』
メケポンがそう尋ねると、推定女神はうめき声を上げるように答える。
『お、お……お腹すいた』
……女神様は食事をご所望のようです。
◆◇◆◇◆
空腹を訴えた推定女神だったが、残念ながら俺の手元にはスライムゼリーしか食べられそうな物はなかった。
スライムゼリーを食わせようとしたら、メケポンに生のまま食う物ではないと怒られたため、仕方なしに俺は推定女神を背負ってダンジョンを出ることにした。
ダンジョンのモンスターは再出現しておらず、一分程度歩いただけでダンジョンから出ることができた。
そして、店に戻りバックヤードにて、作り置きの料理を推定女神に差し出したところ、すごい勢いで料理を口にしだした。
『むぐむぐむぐ、ふがー!』
「……で、メケポン。こいつがダンジョンの女神だって?」
『うむ、この世の全てのダンジョンを支配していらっしゃるお方、女神メケリン様じゃ。遠い国のダンジョンにお住まいだったはずなのじゃが……』
『むぬぬ、ふぐー!』
「しゃべるか食うかどっちかにしろ」
俺がそう言うと、女神メケリンは食事を再開した。
『いや、食うのかよ』『何この演出……』『ドブに捨てられる配信時間』『女の子が飯食っている姿が好きな視聴者しか得しないな』『ヨシちゃんが食べているシーンは好きだけど、これ高度有機AIすら入ってないNPCだしな……』
視聴者の圧が強いので、女神のおかわりの要求は無視して話を先に進めることにした。
「で、なんであんなところで行き倒れしていたんだ」
『あっ、はい。それはですねー。お腹がすいたからです!』
「……なんでお腹がすいていたんだ?」
『誰も食事をくれないからですね!』
「…………」
その後も俺は辛抱強く女神に質問を重ねていき、なんとか事情を聞き出すことができた。
なんでも、女神は遠い大国で崇めたてまつられており、巨大なダンジョンを国に提供する見返りに、捧げ物を受け取っていたらしい。だが、知らない間に国からの使者が途絶えてしまった。捧げ物には食事も含まれていたため、夢の三食昼寝付きの生活が送れなくなってしまったという。
神は飢えても死なないが、食事に慣れすぎて食べないと力が抜けてしまう。そこで、捧げ物を捧げてくれる人を探して世界中のダンジョンを転々としていたのだとか。ダンジョンの女神なので、ダンジョンならどこでも転移ができるらしい。
『やっと食事をくれる人を見つけました! 私この家の子になります!』
「……ふーん、で、ダンジョンの女神なのにダンジョンの外で生きられるのか?」
『余裕です! 神様舐めないでください! ここのご飯は美味しいので、住むのはダンジョンの中じゃなくても構わないですよ』
『あの……女神様。ここは辺境の何もない村なので、我が家もそれほど家計に余裕があるわけではなくてですの……。あまり豪勢な食事は期待しないでほしいのじゃ』
食事に期待する女神に、世知辛い事情を伝えるメケポン。
なんだこのゲーム。会話に独特の味があって面白いぞ。
『ふむ……下々の者には富が必要ですか。見たところ、この家はダンジョン向けの雑貨屋ですね?』
「そうだな。ダンジョン前の雑貨屋さんだな」
『でしたら、ダンジョンが発展すれば客も増え、富みますね? そして三食美味しい食事が出せるようになりますね?』
「まあ、そうだな」
辺境の村だというから、ダンジョンがよくなったからといってすぐに人が集まるかは解らんが。
『では、私の力でここのダンジョンを拡張します! 見たところ、ダンジョンの持つ容量は最大級。過去に上級ダンジョンになったことがあるのでしょうかね?』
『うむ、昔は巨大なダンジョンで、人もたくさん集まっていたのじゃ』
『いいですね。拡張しがいがあります! さて、我が信徒よ』
『ははー!』
「…………」
『我が信徒よ!』
「……え? 俺?」
『そうですよ! 私自らダンジョンの恩恵を与える信徒ですよ』
我が信徒とか言うから、ダンジョンの精霊のメケポンに話しかけているのかと思ったぞ。
「ごめん、うち宗教勧誘お断りで……」
『そんなー』
『この神様可愛いな』『ずいぶんコミカルな女神様だ』『腹ぺこキャラの神様とか……』『でも無理矢理信徒にするのは勘弁な!』
この程度なら視聴者の人も神様を受け入れられるんだなぁ。でも、信徒になって崇めたりすると拒否反応が出るんだろうな。だとしたら、方針は決まりだ。
「信徒どころか、俺は居候のお前の家主なの。家主に敬意を払え!」
『そ、そんなー。私神様ですのにー……』
「ふはははは! さて、用件を聞こうか」
『ええと、我が家主。どのようなダンジョンを設置しますか? 今のダンジョンは『初心者の一本道』。そこに初級のダンジョンを一つ追加できます』
「うん?」
目の前に、何やら画面が開いた。ダンジョン選択とな。草原、森林、湖畔、洞窟。その四つから選べるようだ。
選択画面には、それぞれのダンジョンからどのような素材が採取できるかと、どのようなモンスターが出現するかが表示されている。
『好きなものを選んでくださいね!』
『うむ、ヨシムネ。好きなものを選ぶのじゃ』
ふーむ。このゲームのことはまだよく知らないから、どこがいいか判断つかないな。よし、ここは。
「ヒスイさーん。メケポンを凝視し続けているヒスイさーん。どれがいいかヒント頂戴」
雑貨店の店員であるヒスイさんは、さっきからずっとこのバックヤードで俺達のやりとりを無言で眺め続けていたのだ。席を外していたわけではない。ただ単に、しゃべる猫メケポンを観察するのに夢中なだけである。
「……ヒントですか。そうですね。初級ダンジョンは拡張が進む速度が早いので、どれを選んでもすぐに次のダンジョンが選択できるようになります。ですので、どれを選んでも問題はありません」
「そっかー。じゃあ、視聴者アンケートを取るまでもないな。最初の草原で」
『了解! 草原ダンジョンを設置しますね』
『よい選択じゃ。いやし草を簡単に集められるようになるじゃろう』
『むむむ! はい、設置終わり!』
その場で女神が何か念じたかと思うと、突如そのように宣言をしてきた。
『えっ!』『あれ、演出とかは?』『神の権能なんだから、ダンジョンの扉の前で儀式とかさぁ』『そこはほら、インディーズゲームだから……』
まあ、少人数制作のインディーズゲームに派手な演出を求めるのが間違っているな。なくて当然、あったら制作者を全力で褒めてやる。そんな姿勢だ。
『では、我が信徒……じゃなくて、我が家主よ!』
「はいはい」
『テストプレイお願いしますね』
「テストプレイ」
えっ、なにそれ。
『作ったばかりのダンジョンがおかしな挙動をしていないか、難易度がおかしくないか。確認は必要です』
「そうなの?」
『聞いたことないのう……』
ダンジョンの精霊メケポンもこう言っているぞ!
『神の権能で作ったエリアだから、強すぎる力があふれて思わぬイレギュラーが発生している可能性があるんです。なので、テストプレイ必須です!』
「ダンジョンの女神なのにダンジョンに対して発揮する力が不安定なのかよ……」
『本来私の力はわざわざ初級ダンジョンを作るようなことに使うのではなく、大迷宮を作るのに使うんですよ!』
なるほどなー。神の作るダンジョンが初心者向けのしょぼいダンジョンとか、確かに拍子抜けだわ。
『思わぬ強敵に出会うかもしれません。ですので、我が家主にはこれを渡しておきます』
女神はそう言って、自分の背にある翼から羽根を一本むしって何やら念じると、それをこちらに手渡してきた。
『帰還の羽根というアーティファクトです。ダンジョンで命の危機に陥ると、自動で回復してダンジョンの外に転送してくれる機能があります。その他にも、任意でダンジョンの中から外へと転移することができます。アイテムボックスに入れたままでも発動するので、活用してくださいね』
「おおー。これ、作りまくって雑貨屋で売り出せば巨万の富を得られそうだな」
『えっ、ちょ、やめてください。自前の羽根なんですから、そんなにむしったら翼が剥げちゃいます!』
「ジョークジョーク」
『発想が黒いわヨシちゃん』『商機を見逃さない商売人の鑑』『でも強力なアイテムだよな。MMOであったらバランスブレイカー』『死んでも死なないってことはゲームオーバーがないゲームなのかな?』『もし雑貨屋の資金がゼロになっても、ダンジョンでいくらでもアイテムを調達できるので、経営面でもゲームオーバーはありませんねー』『ゆるい感じでプレイできるな』
よし、それじゃあテストプレイとやらをしてやろうじゃないか。
雑貨屋パートも遊びたいけど、まずはダンジョンで素材を集めて売り物を用意しないとな!




