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7.-TOUMA-(剣豪アクション・生活シミュレーション)<4>

「いよいよ最終日かぁ。長かったな……」


 リアルの私室で朝食を食べながら、俺はそうヒスイさんに話題を振った。

 今日の朝食には、日本の食卓らしく焼き鮭が用意されていた。これ、好きなんだよな。ゲーム中の雑談で焼き鮭が好きだとぽろっとこぼしたことがあるが、ヒスイさんは覚えていてくれたらしい。

 ちなみに、うちの食卓にあがる魚は、全て地球の海で育った養殖物だ。最高級らしい。一級市民の配給クレジットでないと、とても日常的には食べられないとか。

 これがスペースコロニーに在住する二級市民だと、そもそも養殖魚は手に入らない。培養ポットで育てた『培養魚肉』だとか、タンパク質成分を合成した『合成魚肉』だとかになるらしい。それもSFっぽくて憧れるが、毎日食べたいとは思わないな。


「視聴者の方も、最終回の動画を楽しみにしているようですよ」


 ヒスイさんがそう言いながら、空間投影画面をこちらに表示させてくる。視聴者コメントだ。なになに。


『失踪しなかったえらい!』『俺もワカバシリーズ買って、ヨシちゃんになりたい……』『ミズチから逃げるな』『(ネタバレ)ラスボスはヒスイさん』『ミズチから逃げるな』『ラスボスどんなのか気になったから他に動画探したけど、このゲームの動画少ないな!』『エンディングはヒスイさんと結婚』『もう事実婚しているんだよなぁ』『ミズチから逃げるな』


 ヒスイさんと事実婚した覚えはないぞ……。ヒスイさんは可愛いが、俺も同じボディなので、彼女の見た目に惚れるとかいうナルシスト的なことは起きないのだ。ゲーム内で13870時間、約577日間一緒に過ごしているので、仲は深まったと思うが。

 ちなみにヒスイさんと俺は見た目がうり二つなので、髪型で差別化を行なったうえで、声質も俺の物は低めに機体調整している。


「ミズチも倒しましょうね」


 ミズチは……ゲーム内の現地時間でいう二年前から、未だ倒せていない大妖怪だ。水上ステージで戦うのだが、俺は長時間泳げないから、ステージが水で満たされる戦闘後半で敵に手も足も出ない。今のところ出てきた大物はミズチ以外全て倒したから、ヒスイさんによる水泳特訓が待っているだろうなぁ。

 何かが上達する過程も配信のネタになるとのことで、動作プログラムのインストールは許してくれないんだよな、ヒスイさん。

 今や世の中のスポーツは生身の人間の競技よりも、スポーツ動作プログラムをインストールしたサイボーグやアンドロイドによる、プログラム&機体の優劣競争的な物が人気だと聞くのに。


「逃げたい……逃げたいが……」


「視聴者は許してくれないでしょうね」


「くそっ、やってやるさ!」


「最終回は15分の動画四本にするつもりですので、尺はたっぷりありますよ」


 にこりと笑うヒスイさんに恐怖を覚えつつ、俺は食事を終えた。

 そして軽く口をゆすぐと、ソウルコネクトチェアへと向かう。口の中には洗浄ナノマシンが入っているので、歯を磨く必要はない。


「じゃ、中でもまた720時間よろしく」


「はい」


 視界が暗転する。そして、VRのホーム画面が目に映った。


「21世紀TSおじさん少女だよー。ただの元一般人がガイノイドになって、武術面でも人類をやめさせられそうな修練動画の最終回、はじまりだー!」


「いよいよ最後の二十年目ですね」


「思えば遠くに来たもんだ……動画の初投稿からこれまでが、視聴者にとってはたったの十九日間でも、俺達にとっては13870時間だからな!」


「ヨシムネ様は、鍛えがいがありました」


「飴と鞭の差が激しすぎて、ヒスイさんに依存してしまいそうだよ。……さて、ではゲームスタート」


 ゲームが起動し、タイトルロゴが表示される。そこでいつも通り『続きから』を選び、物語を再開する。

 リアルでの昨日は、一九年目の就寝時にタイマーを使うことで、二十年目の朝から再開できるようにゲームを終わらせている。


 視界がゲーム内の屋敷にある寝室に変わる。


「おはようございます。二十年目の始まりですね。頑張ってミズチを倒しましょう」


「ラスボスを倒すのが最終目標なんだがな……震えてきた」


 そんな軽口を交わしていると、寝室のふすまが唐突に開いた。


『ヨシムネ、ヒスイ。用件がある』


 NPCでプレイヤーの教導役である養父である。


「この養父、義娘の部屋にノックなしで入りやがった」


「ふすまはノックしませんよ」


『今すぐ胴着に着替えて、道場に来い。待っているぞ』


 そう言って養父は部屋を退室していった。


「これ、イベント進行するまで、いつまでも待ってるやつかな?」


「時限イベントだったら困るので、向かった方がよさそうですよ」


「まあ、そうなるか。二十年目の初日の朝にイベントとか、すごく重要そうだし。行くか……」


 思考操作で装備を初期装備の胴着に替え、道場へと向かう。


「どんなイベントだろうな。免許皆伝を与えるとか?」


「ラスボスの討伐依頼ではないでしょうか」


 免許皆伝などありえないって顔しないで!

 そして道場へ着くと、養父が正座をして待っていた。その横の床上には、木刀が置かれている。


『来たか』


 養父が木刀を手に持ち、立ち上がる。


『ヨシムネ、ヒスイ。木刀を持て。勝負だ』


「あれ、本格的に免許皆伝じゃね。勝ったら与えるとか」


「そうかもしれませんね。達人にはまだまだ遠いのですが」


 ヒスイさんの要求レベルが高い! 俺をどんな領域に連れていこうとしているの!?


「まあ戦うか……順番とか言われてないけど、二人がかりでこいってことかな?」


 そう言ってヒスイさんの方を見るが、ただ無言の笑顔が返ってくるだけだった。

 一人でやれってことですね。


「ふう、では、ヨシムネ行きます!」


 木刀を持ち、養父と向かい合って構える。


『ゆくぞ!』


 そうして五分にもおよぶ激しい打ち合いが続き、なんとか一本取ることに成功した。

 力戦したが、動画の尺的にカットされるんだろうなあ!


『よくぞ私を破った……』


「免許皆伝ください」


『くくく……人間の姿ではかなわぬ者か……思わぬ拾い物をした!』


「ん?」


『かぁっ!』


 そう養父が気合いを入れると、彼の着ていた胴着がはじけ飛び、中から身の丈二メートルほどの赤黒い肌色をした妖怪が出現する。筋骨隆々でいかにも強そうだ。

 そして、彼の足元から凶悪な妖怪の特徴である瘴気が吹き出してくる。


『我こそ魔王山本五郎左衛門なり。我が好敵手となる者を求めて幾星霜……この時代にはもう敵はおらぬと思っていたが、よい巡り合わせもあったものだ……!』


「な、なんだってー」


 明かされるラスボスの正体!


「NPCとの交流をしてないから、これがどれくらいの驚愕の真実なのか判らねえ!」


「師弟愛的なものが育まれて、それを裏切る展開とかになっていたのでしょうか?」


「うちの師匠はヒスイさんだからな! つまりヒスイさんの正体は……?」


「私がラスボスだとかいう動画コメントは、まことに遺憾です」


『さあ、仕合おうぞ!』


 そう言ってラスボス化した養父……魔王はまがまがしい刀を構えながら、こちらに一歩踏み出してくる。


「ちょっ、こっち木刀なんですけど!?」


「屋敷で敵に負けたら、どこに身体を運び込まれるのでしょうね……」


 システム表示はすでに戦闘中に切り替わっている。戦闘中になると、アイテム欄から武器を自在に取り出せなくなる。そして今の装備は木刀である。

 どうしようもないので、逃げる準備をする。そのときだ。


『おのれ、やはりおぬしが魔王であったか!』


 道場に、闖入者が一人。屋敷の近所に住むイケメン侍のNPCである。交流を一切していないから、名前は覚えていない。


『うおお!』


 イケメン侍は魔王に斬りかかり、まがまがしい刀とつばぜり合いをする。

 ラスボスと戦って無事とか、こいつ強いなぁ。


『ヨシムネ! ヒスイ! 今のうちに逃げるのだ! 拙者が時間を稼ぐ! 急げ、瘴気で屋敷が異界化するぞ!』


「名前覚えられてる……いや、それよりも今のうちに木刀で魔王をボコれば……」


『ここは拙者に任せて、そなた達は逃げろ!』


「げえっ、このイケメン侍、周囲に結界張ってやがる! 近寄れねえ! 木刀でラスボスを倒すチャンスが!」


「……あの魔王の肉体に叩きつけても、木刀が先に折れそうですね」


「仕方ない、逃げるか。いや待て。こいつらの戦い、眺め続けてたらどうなるんだ?」


「試しますか?」


「いや、なんか変なルートに入るかもしれないから、やめておこう……。極力、真っ当なルートでエンディングに、が目標!」


 そうして俺達は屋敷から逃げ出した。

 すると、屋敷は瘴気に飲まれ、不気味な外観へと変わった。異界化ってやつをしたのだ。中では雑魚妖怪がさまよい歩いていることだろう。


 その後、異変を察知して駆けつけた妖怪退治の同業達が次々と集まってきた。

 そこへ、屋敷から声が響く。


『我こそは魔王山本五郎左衛門。魔王を倒さんとするもののふ達よ。我はここで待つ。いつでもかかってくるがよい』


 そんなこんなでイベントは進行し、町中に妖怪退治の同業達による魔王対策本部のようなものが設置され、俺はそこで寝泊まりするようNPCに言われた。そして、緊急依頼も申しつけられる。

 内容は、魔王山本五郎左衛門の討伐。期限は一年間。町中を異界化されて一年は悠長すぎると思うが、相手が相手なので今すぐの討伐は期待していないとのこと。時間が進むにつれて、斥候が屋敷に侵入して情報を集めてきてくれるとも言われた。


 そして魔王討伐に関する強制イベントが終了し、行動の自由が与えられた。

 ラスボスの登場か。これで、本格的に二十年目が始まったと言える。


 ラスボスは最近の大物妖怪の傾向に反し、身体が大きくない武器持ちの敵だった。剣豪としての力量が試されることだろう。

 魔王対策本部には道場もある。ここで鍛錬もできるはずだ。


 急ぎ戦う敵もいないので、俺はとりあえず鍛錬を選択することにした。


「……よし、じゃあ水泳特訓すっか!」


 ラスボスは後回しである。

 ミズチから逃げるな。


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