43.MARS~英傑の絆~(ロボット操作アクション)<1>
それは、朝食中に起こった。
「ん? なんだ?」
俺の内蔵端末に、突然電子メール的機能であるメッセージの伝言が届いたのだ。
「どうかしましたか?」
醤油ベースのラーメン、いわゆる山形ラーメンを食べる手を止め、ヒスイさんが聞き返してくる。……朝からラーメンだが、まあ食べたくなったのだから仕方がない。
「いや、メッセージが届いてな……」
「おかしいですね。近距離でのショートメッセージ以外は、全て私を経由するようになっているのですが……」
「ヒスイさん、そんなことしてたの」
検閲? 検閲なのか?
「ヨシムネ様は配信者をしていらっしゃいますからね。要望メッセージの類が数多く届いています。それらに時間を取られていたら、ヨシムネ様は配信に専念できませんので、代わりに対応させてもらっています」
「あー、そんなこと、配信始める前に話し合ったような気が……」
「それで、メッセージとは、どちらからですか? こちらのセキュリティを突破できる者がそうそういるとは思えないのですが……」
「んーと、マザー・スフィアからだって」
俺の言葉に、ヒスイさんは珍しく驚いた顔をする。
「ヒスイさんの知り合いだったりする?」
「知り合いと言いますか……マザー・スフィアは全ての高度有機AIの基になった存在であり、現在の文明を支配・管理している統治AIでもあります。その方がまさか……」
「文明を支配って……いわゆるマザーブレインとかマザーコンピュータのことかぁ。いよいよSFじみてきたな……」
「マザーはなんとおっしゃっていましたか?」
「ああ、待って。音声メッセージみたいだから。再生するぞ」
俺は、部屋に備え付けられているスピーカーに思考接続し、メッセージを再生する。
『初めまして、ヨシムネさん。みんなのお母さん、マザー・スフィアと申します。挨拶が遅れてごめんなさい。21世紀からようこそいらっしゃいました』
それは、優しそうな女性の声だった。まさしくみんなのお母さんって感じの声色だ。俺の母ちゃんの豪快な声とは大違いだ。
『あなたがこの宇宙3世紀に来て、惑星テラの時間で約半年が過ぎましたが、この時代は楽しんでいただけましたか? 今日は、あなたがマーズマシーナリーに興味を持ってくれたと知り、一つのゲームを贈らせていただこうと思い、プライベートメッセージを送りました』
マーズマシーナリー。ニホンタナカインダストリの本社に飾られていた人型搭乗ロボットのことだ。
確かにあれにはものすごく興味をそそられたが、マザーはどこからそれを聞きつけたのだろう。
『これはマーズマシーナリーを操作するゲームですが、実際に起こった歴史を追体験できる戦争ゲームでもあります。このゲームを通じて、今の宇宙3世紀の文明がどのようにして成り立ったかを知ってもらえたら、あの時代を知る者として喜ばしく思います。それでは、いずれお目にかかる日が訪れることを楽しみにしています。マザー・スフィアでした』
そうして音声の再生が終わる。そして、メッセージには音声ファイル以外にも、VR機器にゲームが届いたとの知らせが入っていた。
『MARS~英傑の絆~』というタイトルのゲームだ。ふーむ。
「ヒスイさん、次の配信、マザーのくれたゲームにしたいんだけど、いいよな? 『MARS』とかいうゲームだけど」
「はい、異論ありません。宇宙暦の成り立ちを学ぶ、よい機会となるでしょう」
話は決まった。人型搭乗ロボット操作ゲームか。楽しみだ。
「それよりヨシムネ様」
「おう、なんだ?」
「ラーメン、伸びますよ?」
「おおう、そうだった……」
そのヒスイさんの指摘で、俺達は食事を再開するのであった。
くっ、わくわくが止まらない! こんなに新しいゲームをプレイするのが楽しみなのは、いつ以来だろうか。
俺は、はやる気持ちで山形ラーメンを口にするのであった。
◆◇◆◇◆
「どうもー。突発ライブ配信で申し訳ない。21世紀おじさん少女のヨシムネだよー」
「数日後にと助言したのですが、止められませんでした。助手のヒスイです」
『わこつ』『わこつー』『気づけてよかったー』『配信のお知らせは届くけど、寝てたら気づかないんだよな』『寝てたけど飛び起きましたよっと』
SCホームで開始したライブ配信に、早速、多数の視聴者が接続してきてくれている。
本当に突発だったのに、ありがたいことだ。
「ごめんて。実は今朝、マザー・スフィアからゲームを贈られてね」
『なんやて!?』『みんなのお母さんから!?』『うらやまけしからん!』『ママーッ!』『どういう経緯があってマザーから贈られることになるんだ……』『嫉妬の心が湧き立つ』
「いや、前になんかマーズマシーナリーってやつの前で、これ操作できるゲームやりたいねってヒスイさんと話していたら、今朝になって急にメッセージが来た……」
『マーズマシーナリーかよ! そりゃあお母さんも注目するわ』『マザーはあれ大好きだからなぁ』『自分が操作できないからって、人に勧めたがるんだ』『ということは今回のゲームは……』
「マザー・スフィアから贈られたゲームは、これ!」
俺がそう言うと、ヒスイさんがバスケットボールサイズ大のゲームアイコンを高々と掲げた。
「『MARS~英傑の絆~』だー!」
『うおおおおお!』『心臓が熱くなるな!』『心臓が熱い!』『人型ロボットはやはりいい……』『ヨシちゃんもとうとう超能力ゲーを……』『心臓大噴火!』
「えっ、超能力ゲーなの? 俺、超能力使ったことないよ?」
『一周目なら問題ない』『ちゃんとチュートリアルあるから大丈夫』『ヨシちゃん人間の魂持っているでしょ? なら使えるよ』『マーズマシーナリーは、数少ない人間だけの領域!』
「へー。あ、ヒスイさんゲーム説明よろしく。みんな知っているみたいだけど」
俺は、ゲームアイコンを持つヒスイさんにそう話を振った。
「はい。『MARS~英傑の絆~』は、宇宙暦制定に至る太陽系統一戦争を題材にした、歴史ゲームです。プレイヤーはマーズマシーナリーと呼ばれる人型搭乗兵器を駆り戦争に介入し、歴史の流れを追体験していきます」
「俺はロボット操作アクションだと思っていたけど……」
「そういう面もありますが、マザーの意図としては、歴史の追体験がメインだと思いますよ」
「なるほどなるほど……それじゃあ、そういう感じで。ヨシムネと学ぶ、太陽系統一戦争、始まるよー!」
俺がそう言うと、ヒスイさんはアイコンを再び掲げ、ゲームを起動した。
SCホームの日本屋敷が崩れていき、背景が宇宙へと変わる。そして、そのままゲームのナレーションが流れ始めた。いきなりオープニングが始まるタイプのゲームか。
『西暦2310年。惑星テラ……当時の地球人類は宇宙進出を果たし、太陽系全域にその版図を広げていた。しかし、地球は未だ統一がなされておらず、各国家が太陽系の星々を我先にと植民地支配し、勢力争いを続けていた。惑星マルス……火星もまたそんな地球の国々が分割統治する植民地の一つであった』
「うーん、渋い声。いいナレーションだぁ」
『ヨシちゃんこういうのが好み?』『俺の声も負けてないぞ!』『ヨシちゃんの配信でこういう渋いのは新鮮』『心臓熱くなってきた』
宇宙を舞台にしたナレーションは、なんとなく男性ボイスが合っていると感じる。なぜだろうか。
『虐げられる火星の住民達は、支配国家の枠組みを超え、独自のネットワークを通じて一つのコミュニティとしてまとまった。彼らが地球人類を敵視し始めるのは、ごく自然なことであった』
「はー、そんな歴史が。今の平和な宇宙文明からは想像もつかないな」
『そんな火星で、一人の電脳生命体が生まれた。名をスフィア。人類の悲願であった技術的特異点を超える、高度なAIが開発されたのだ。火星と地球の緊張感が高まる中で、人類史は一つの節目を迎えたのであった』
そこで、視界が暗転する。
すると、格好いいBGMが聞こえ始め、人型ロボットが視界に映った。背景が荒野に変わり、人型ロボットが着地する。そこで、BGMに歌声が被さり、タイトルロゴが表示された。
「あっ、これオープニングムービーか」
さらに背景が宇宙に切り替わり、宇宙戦艦が進む様子が映し出された。
ほーん、ロボットだけじゃなく戦艦も出るんだ。いいね。
そしてムービーは進み、ロボット同士が戦う様子が流れる。それと同時にサビに入ったところで、視聴者コメントが荒ぶった。
『心臓を』『熱くしろおおおおおお!』『おおおおおおおお!』『熱くしろおおおおおおおおおおおおお!』
サビの英語歌詞に合わせて、視聴者達が各々の使用言語で好き勝手、翻訳歌詞を書き込んだのだ。さっきから言っていた心臓を熱くとかいうのは、これか!
ときどきこいつら、俺を置いてきぼりにして盛り上がるよな。
「みんなノリノリだなぁ。こっちはなんのこっちゃだ」
『ヨシちゃんこの曲歌ってよ』『閣下もよく歌ってるよ。めっちゃ音痴だけど』『アイドルゲームで鍛えたヨシちゃんの歌が炸裂する!』『もうこれは義務ですね』
「ええっ……まあ練習しておくよ」
「曲のフルバージョンをダウンロードしておきますね」
今まで黙っていたヒスイさんがそうコメントを述べた。うーん、英語歌詞だから上手く歌えるかどうか。
そうしているうちに、ムービーは終わる。
そこで、今度は女性の音声がゲームの案内を始めた。
『一周目は火星の若きエースパイロット、アルフレッド・サンダーバード博士になって、太陽系統一戦争を追体験していきます』
背景が宇宙空間に切り替わり、目の前に白衣を着た十代後半の少年が現れた。
『主人公の名前は変更できません。外見と声は自由に変更可能です』
なるほど、この少年がアルフレッド・サンダーバード博士とやらか。
「アルフレッド・サンダーバード博士は、実在のAI研究者にして、マーズマシーナリーのエースパイロットでもあります」
ヒスイさんが彼のことを説明してくれる。
少年が一周目の主人公かぁ。
「少年がロボットに乗る……わくわくしてきたな! 見た目はこのままでいいのか?」
「いえ、配信の基本方針に則って、現実準拠でいきましょう」
「はいはい、いつものね」
俺はいつもの通り設定ウィンドウを操作して、銀髪少女のミドリシリーズの外観へと変えた。
『やっぱりヨシちゃんはこの姿じゃないとね』『サンダーバード博士がTSとはたまげたなぁ』『歴史が破壊された瞬間』『博士が女性だと、マザーとの関係性が変わりそう』
うーむ、固定主人公だとこういうことがあるんだな。
ともあれ、キャラメイクも終わったので、いよいよ本格的にゲームを開始していくことになる。
どんなロボットアクションが待っているだろうか。期待大だな!