39.アイドルスター伝説(女性アイドルシミュレーション)<6>
無事に〝平成の歌姫〟ルートに入ったのだが、ここでライバルキャラが登場する。
前に登場した大物作曲家さんにプロデュースされた、小里谷音楽Pの妹である。
歌劇団のスターだった姉に憧れて音楽の道を志した小里谷妹だが、姉の小里谷音楽Pが古くさい歌謡曲を作っていることに反発。姉と袂を分かって、スターオオタケ芸能プロダクションには所属しなかったらしい。
それでも、小里谷妹は姉の影響を受けたのか、他の事務所所属で歌手ではなくアイドルをしている。この時代に相応しい、J-POP系アイドルだが……。
そんな彼女から、俺は音楽番組の収録中に堂々とライバル宣言を受けた。大胆すぎないか、この子。
でも、ライバル、ライバルかぁ。
「アイドルって、売上を競うことはあっても、直接対決ってしないよな。ピアノやヴァイオリンみたいに、コンテストがあるわけではないし」
主人公の自宅で、俺はヒスイさんにそんな話題を振った。そんなヒスイさんは、膝の上にイノウエさんを抱えている。とうとう、ゲーム中に存在しないペットキャラを実装しだしたぞ、この人。
「一応、年間の音楽大賞の類を受賞するかで優劣はつけられるのではないでしょうか」
「ああ、それがあったかぁ」
まあ、全てはCDが売れてからだな。
そう思っていたのだが、小里谷音楽Pが渾身の出来と言っていた曲を収録した俺の三枚目のシングルCDが発売すると、それが大ブレイク。なんと百万枚の売上を達成した。
それを知って「ぐぬぬ」と悔しがる小里谷妹。しかし、彼女が新しく出したCDも百万枚を達成。
ライバルしているなーと思っていたら、小里谷音楽Pが音楽を担当する、小百合の十一人アイドルグループのCDも売上百万枚を超えた。
今の小里谷音楽Pの曲は、J-POPのテイストを取り入れたアイドル曲。小里谷妹が古くさいと見放した曲調ではなかった。
それに怒りを爆発させ、小里谷音楽Pに詰め寄る小里谷妹。自分の曲も作れと言うが、それでは大物作曲家への不義理になるだろうと小里谷音楽Pは断り、共に音楽界の頂点を競い合おうという話になった。
うーん、王道展開。だが、今は歌が上達さえすればいい。キャラクター同士のイベントは楽しいが、正直フレーバー要素でしかない。
だから今日も俺はボーカルトレーニングをこなし、アイドルとして歌の仕事をこなす。
そんな歌の仕事の中に、横浜の市民大会で『横浜市歌』を歌ってくれという変わった仕事があった。
『どうもー、横浜市観光大使の神奈川浜子です!』
明らかにハマコちゃんがモデルのキャラクターが登場。視界に表示される情報も、ヨコハマ・アーコロジーの観光大使ハマコちゃんを元にしていると書いてある。
ハマコちゃんって、このゲームが発売した二十八年前から観光大使やっていたんだな……。生々しい数字にちょっと引いたりした。
『横浜市歌、練習してきてくれましたか?』
「ああ、完璧だよ。ダンスはないがな」
『あはは、それは残念ですね!』
そんな会話を神奈川浜子ちゃんと交わし、俺は『横浜市歌』を歌いきった。
この展開、リアルのハマコちゃんが動画で見たらどんな反応をするだろうか……。
「しかし、ヒスイさん。もしかしてこのゲームのメーカー、ヨコハマ・アーコロジーにある企業だったりする?」
俺は仕事を終えて、ヒスイさんにそう話しかけていた。
「はい、その通りです。ゲームの舞台も実は20世紀末の横浜ですよ」
マジかよ。気づかなかった。
「『ヨコハマ・サンポ』もこのメーカーが作ったゲームです」
「このメーカー、どんだけハマコちゃんが好きなの!?」
ううむ、他にもハマコちゃんのバリエーションが存在していそうだな。
そんな感じで、トレーニングと仕事の日々を過ごしていたある日のこと。プロダクションのアイドル課でアイドルNPC達と会話していると、大竹芸能Pが外から部屋に駆け込んできた。
『みんな、聞いてくれ! 年末の歌合戦に出場が決まったぞ!』
その言葉を聞いて、わっとアイドルNPC達が沸き上がった。
年末の歌合戦か。国民的テレビ番組だ。それに彼女達アイドルグループが出場するのか。めでたい。
「小百合、おめでとう」
『ありがとうー。私、とうとうあの場所に立てるのね……!』
小百合は、嬉しさのあまりぽろぽろと涙を流していた。
「小百合が大物になって、俺も鼻が高いよ……」
『ヨシムネさん、何を他人事のように言っているんだい? 君も出場だよ』
そんなことを大竹芸能Pが言ってくる。
え、マジで。俺も歌合戦出場かよ。
「これは大舞台になるな……!」
それから曲の再練習、構成の確認、舞台に合わせたダンスの練習、リハーサルと慌ただしく日々は過ぎていき、本番当日。
毎年、リアルの両親と共に見ていた番組に、ゲームの中といえど出場できることに、俺は興奮を隠せなかった。なにせこのゲーム、時代考証が完璧で、本格的なのだ。あの歌手やあのバンドも、完全再現されている。
なんでこんなに考証が完璧なんだろう。
『ヨコハマ・アーコロジーは時空観測実験用の設備が整っていますから、歴史学・考古学研究として過去を観察しやすいのです。アーコロジー傘下の企業も、その恩恵を受けています』
ヒスイさん、解説サンキュー!
そっかぁ。過去を覗けるのか。歴史事実を直接観測できるなら、21世紀とは歴史の教科書の類が随所で違っていたりしそうだな。
そういうわけで、俺は本格的に再現された年末の歌合戦で、三枚目のシングル曲『レジェンド』を最後まで歌いきったのだった。
主人公の身分は中学生であり、義務教育中の子供だ。だから、仕事は夜八時までとされており、歌合戦の出番も前の方だった。
俺の舞台は、バックダンサーが多数使われた派手な物で、お茶の間をずいぶんと明るくしたらしい。
そこで注目され、さらにCDが追加で売れて……俺は、完全にスターの座を駆け上がっていた。さすがゲーム。トントン拍子である。
だが、トレーニングの成果で、俺の歌が上手くなったのは確かだ。
リアルでプロの歌手になれるとは言えないが、配信者として視聴者に歌を披露するのに恥ずかしくないだけの力量は、身についたと言っていいだろう。
その自信を持ったまま、ゲームは進行していき、さらに追加でシングルCDやCDアルバムを収録・発売し、その年の音楽大賞を獲得してライバルとの決着もすんなりとつき……。
まあ、裏では小里谷姉妹が完全に仲直りするというイベントも挟んだのだが、それは省略するとして。
俺はとうとうゲームの最終イベント、音楽ライブに挑むことになった。
『私達は武道館ライブなのに、ヨシムネはドームだなんて、規模の違いを見せつけられちゃったわ!』
そんなことを小百合に言われたりした、最後のライブ。
東京のドーム球場ライブである。
歌手にとって一度は経験しておきたい夢のライブ舞台であろう東京の武道館より、さらに観客のキャパシティが大きい東京のドーム球場。そこで、俺はこれから歌うのだ。
最後のライブとは言っても、引退するわけではない。
この後も主人公は歌手を続け、平成の歌姫として語り継がれることだろう。
ただ、アイドルとして曲のジャンルを縛られたまま歌うのは、これで最後にするのだ。
小里谷音楽Pはさらに音楽の勉強を進め、様々なジャンルの曲を作れるようになっている。その様々な曲を俺がアイドルを超えた歌姫として、歌い続けていくのだ。
このゲームは女性アイドルシミュレーション。アイドルを超えた存在になるということは、ゲームの範囲はここで終わりというわけだ。
まあ、他のルートでも引退だけでエンディングを迎えるわけではないだろうから、適当な節目でゲームが終了するのは納得できるな。
時間が余ったら、他のルートを遊んでみるのも一興かもしれない。
ともあれ、ドーム球場である。その威容を前にして、俺は同行していた小里谷音楽Pと大竹芸能Pに振り返った。
これはアイドルゲーム。ならば、あの台詞を言っておかなければならないだろう。
「プロデューサーさんっ! ドームですよっ! ドームっっ!」
うむ、余は満足じゃ。
『ははっ、そうだな。大きいな』
『緊張はないようだね。頼もしいなぁ』
俺の突然の言動に、二人は笑って返してくれる。
二人との会話も、これで最後になるのか。高度有機AIが接続されていないとはいっても、その反応は普通の人間と遜色ないものであった。だから、ゲームの終了を少し寂しくも思う。
だからなのかどうなのか、俺はこんなことを口にしていた。
「約束通り、音楽界のてっぺん、取ってくるよ」
『……小娘め。ここで満足なんてするんじゃないぞ』
小里谷音楽Pがそう返してくるが、口に浮かぶ笑みは隠しきれていなかった。
その様子を大竹芸能Pがほがらかに見守っている。まさに大団円だ。ライブが成功すればだけれどな。
さあ、行こうか。最後の大舞台だ。
◆◇◆◇◆
無事にゲームをクリアし、気が抜けた状態で俺はリアルに戻ってきた。
達成感と喪失感でぐんにょりしたままヒスイさんの編集した最後の動画を確認する。問題はなかったのでそのまま動画を投稿してもらった。
はー、なんか、新しいゲームに手をつけるという気分でもないな。
なので、俺はチェックしていなかった『アイドルスター伝説』の動画コメントを確認することにした。
どれどれ……。
『音痴』『めっちゃずれてる』『ミドリシリーズのボディでも音痴は直らんの?』『音痴には肉体由来の物と魂由来の物がある』『ゲームクリアできずに失踪待ったなし』『アイドルシミュレーションと聞いてヨシちゃんの勇姿が拝めるかと思ったら……』『まーた時間加速してスパルタマゾゲー特訓か。茨の道やな』『ヒスイさんなら直してくれるよ』
めっちゃ音痴言われてますやん。これは最初のカラオケと学園祭についたコメントだな。
そしてすまないな。今回、ヒスイさんによる特訓はなしだ。全てゲーム側に用意された訓練メニューを行なった。ゲーム代を一回払っただけであんなに歌の訓練ができるだなんて、お得すぎるよなぁ。
さて、次はプロダクションに行ってからの動画コメントだ。
『小百合ちゃん可愛い!』『盾って苗字が頼もしい。いいタンクになりそう』『ヨシちゃん、この子とユニット組んでほしい』『小動物系の見た目でツンツンしているのマジ可愛い』『ヨシちゃんには出せない可愛さ』
小百合、人気だな!? 小里谷音楽Pも大人の女性としての魅力に溢れていたし、大竹芸能Pもなかなかのイケメンだったんだけどなぁ。
小里谷音楽Pは歌劇団の現役時代の写真とか出てきたけど、それを見たら女子人気は出るだろうか。
『歌、上手くなってる?』『少しずつ上達している!』『よかった、直らない音痴はなかったんだ』『トレーニングってすごいなぁ』『だいぶスキップされているけど、画面右下に添えられた経過時間表示がえげつないんですけど……』『やっぱりマゾゲーマイスターなんやなって』『練習で何かを身につけようとする姿勢は大事』
ボーカルトレーニングをひたすらこなしているときの動画だな。
最初のCDを発売するまでの練習期間が一番長かったし、一番上達した時期でもあった。
『ええ曲やん』『実際は誰が作曲したんだろう』『時代考証もあるし、AIじゃない?』『芸術分野は人類の天才も多いけど、歴史が絡むとAIの学習性能が強いよな』『個人的には家パートで流れているBGMが好き』
最初のシングル曲、『星の海を泳いで』は視聴者に好評だったようだ。
俺としてはちょっと古いかなって感じだったのだが、視聴者からすれば作中に登場する曲全てが古典楽曲扱いだろうから、他の90年代アーティストとの違いもなかったのだろうか。
『ママーッ!』『ヒスイさんの夫になりたい』『母にして姉。属性過多すぎる』『ヒスイさんは母や姉というより、万能メイドだろ!』『意外とお茶目な面もあるメイドさん』『ご奉仕してください!』『ママメイド』『20世紀末の親子関係いいよね……』『今は生まれてすぐ施設に預ける人が大半だからな』『子育てするならリアルに時間割かないといけないからなぁ』『だからこそママに憧れる……』『ヒスイさんでいいから私の母になってほしい』
俺が寝ぼけてヒスイさんを母ちゃんと呼んだシーンも、しっかり配信されている。ヒスイさんがこの美味しいネタを逃すはずがなかった。
そこをいじられると思っていたのだが、未来の子育て事情の闇が垣間見えてしまった。
そりゃあ、みんな四六時中ゲームの世界で遊んでいるんじゃ、子育てなんてリアルの重労働やれないよな……。
この未来の時代を理想の世界と思っていたのだが、完璧はないってわけだな。いや、子は親が育てるべきっていう俺の価値観が、古いだけかもしれないが。
『ハマコちゃんやん』『こんなところにもハマコちゃんが』『『ヨコハマ・サンポ』のメーカーなのかよ!』『『横浜市歌』を歌ってくださってありがとうございます!』『うわー、ハマコちゃんだ!』『はい、ハマコちゃんです! 過去のヨコハマの世界をみなさん楽しんでくださったようで嬉しいです!』
横浜の市民大会のシーンでは、ハマコちゃん本人によるコメントがついていた。
相変わらず彼女は暇を持てあましているのだろうか。
『ドーム球場ライブで締めか』『いいゲームだった』『なんだか見ていて感動しちゃったよ』『ドームライブの無編集SC版助かる』『さすがヒスイさん』『これだけの大舞台を経験したなら、SCホームでの音楽ライブも大丈夫だな!』『ヨシちゃんのSCライブまだー?』
むむむ。VRでの音楽ライブ希望か。俺がゲーム中で歌ったオリジナル曲の権利はゲームメーカーにあるだろうし、ゲーム配信以外で曲を使うには許諾が必要かもしれないな。ヒスイさんに確認を取ってもらうことにしよう。
……って、なんで音楽ライブやること前提なんだ、俺。『アイドルスター伝説』をずっとやっていたから、思考がアイドルの物になっている。早まるな。落ち着け。『Stella』の配信中に聖歌スキルを披露するとか、その程度でいいんだよ。
「音楽ライブ、やりますか?」
いつの間にか俺の隣に来ていたヒスイさんが、イノウエさんを腕に抱えながらそう聞いてきた。
「……却下で!」
リアルではアイドルでもなんでもないのに音楽ライブなんて大がかりすぎるから、まずは配信中に一曲披露するとかその程度から始めよう。
そう俺は、ヒスイさんに言い聞かせたのだった。