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3.-TOUMA-(剣豪アクション・生活シミュレーション)<1>

 VR接続スタート!


「皆様初めまして。惑星テラ第五十八国区ニホンの国区産有機ガイノイド、ミドリシリーズのヒスイと申します」


「あ、もう撮影も開始してんの?」


 VR機器のホーム画面である白い空間で、俺は現実と同じ姿のアバターでたたずんでいた。いつもと違い、ヒスイさんの姿も見える。そして、そのヒスイさんが唐突に自己紹介を始めたのだ。

 先を越されてしまった。これはいけない。俺は、予め考えていた前口上を述べることにした。


「どうもー、21世紀おじさん少女だよー。……時空観測実験事故で21世紀からタイムスリップしてきた元おじさん、現ガイノイド少女のヨシムネだ。そういう設定とかじゃないぞ! 三ヶ月前にニュースになっているから、気になる人は調べてみてくれ」


 敬語を使うかは迷っていたのだが、長く続けるとボロが出そうなので敬語は使わないことにした。


「この動画は、ソウルコネクトゲーム初心者のヨシムネ様が、ゲーム習熟のために時間加速を使い、初心者を脱却するまでとことんゲームを遊ぶ内容となっています」


「21世紀のVRゲームは、当然ソウルコネクトなんかじゃなくて、ヘッドマウントディスプレイを頭に装着するというアナログ極まりないものだったからな。ゲームの中での身体の動かし方なんてものは、当然知らないわけだ」


「VR草創期の機器は稀少で、歴史的価値が高いので、個人がクレジットで取引するのはなかなか難しいでしょうね」


「そんなに」


 21世紀では骨董品を鑑定するテレビ番組とかあったけれど、骨董品みたいに今に残ってないのか600年前の機器。確かに壺とかより劣化が早そうだ。


「実は、壊れていないVR機器は、ヨシムネ様を次元の狭間からサルベージする際に、そばにあったものが回収されています。新品同然で動作もするので、価値は計り知れないですね。博物館行きです」


「回収されてたの!? 俺んちのだよね? 知らなかったんだけど」


 よくねじ切れてなかったなぁ。俺の死体はぎちぎちだったのに。


「次元の狭間に落ちた時点で、ヨシムネ様の持ち物扱いではなくなっていますね。次元の狭間の中身は、公共の資源という扱いです」


 俺の死体は俺の持ち物として、その扱いを選択させてくれたけどな。まあ、それは特殊ケースか。


「そっかー、価値がすごいなら、売って億万長者にとか、一瞬考えたんだけど」


「そんな膨大なクレジットを手に入れても、使い道なんてありませんよ」


「それもそうか……」


 一級市民に配給されるひと月あたりのクレジットというのが、これまた多い。

 本来は研究者などの人達が、プライベートで研究機材を買うためのクレジットなのだ。ゲームだけしかしていない俺に、使い切れるものではなかった。


「さて、では、今回プレイしていくゲームを紹介いたしましょう。こちらです」


 ヒスイさんがそう言うと、ゲームが起動し、ホーム画面がゲームのタイトル画面に変わる。

 頭上にででーんと、タイトルロゴが表示されている。


「『-TOUMA-』は妖怪退治を生業とする侍となり、旧日本国の江戸時代を過ごす剣豪アクション・生活シミュレーションゲームです。妖怪とはニホン国区に古くから伝わる架空のクリーチャーのことで、実在はしていません。このゲームでは、その妖怪が日常的に出没するという設定になっています」


 日本が舞台の妖怪退治か。刀とか使うんだろうな。燃えてくる。


「生活シミュレーションですが、今回はゲームの習熟が目的なので簡易モードです。プレイヤーキャラクターにレベル等の概念はなく、呪術の類は存在しますが超人化はしません。日々の鍛錬で肉体性能が、常人の範囲で上がっていきます。また、珍しく常時かかるタイプのシステムアシストの類はありません。まさに、ソウルコネクト内で身体を動かすのに慣れるためのゲームと言えるでしょう」


「システムアシストがないって、本当に珍しいな。俺、未だにあれ上手く使えないんだが……」


「アクションゲームの上手さは、システムアシストの使い方の上手さとほぼイコールですからね。それもまた別の機会に練習するとしましょう」


 うへえ。ゲーム配信者になるには、やるべきことが多いな。

 学生時代演劇部だったから、喋るための滑舌の類を猛特訓しなくていいことだけが救いか。


「ゲーム内時間は二十年設定でいきます。やり込み勢のための設定ですね。シミュレーション設定が簡易モードのため、ゲームの暦上の一日は、ゲーム内の実時間で二時間です。そこに時間加速機能を使い、ゲーム内の一年……730時間を現実での半日にします」


 オプションをいじりながら、ヒスイさんが解説する。


「ゲーム速度十倍以上はサーバへの負荷が増大するので、高度有機AIサーバへは接続できません。加速すればするほど、処理は加速度的に増大しますからね」


「サーバの負荷か。通信速度の問題じゃあないのか」


「ええ、宇宙3世紀の現在、テレポーテーション通信の実現により、通信の速度や帯域の太さがボトルネックになることはほぼないと言っていいでしょう」


「21世紀の頃に聞いたことがあるな。なんか、量子テレポーテーションだかいう……」


「いえ、それとは違う、超能力と呼ばれているテレポーテーションです」


「マジで!? なんでもありだな、未来の超科学」


 未来の技術がすごすぎて、完全に浦島太郎状態だよ。


「ですので、高度有機AIは採用できません。AIと接する21世紀人というのも皆様にお見せしたかったところですが……」


「えっ、俺AI相手に何か変なことしてたか?」


「いいえ。ですが、古代人と言えばAIを人とも思わぬ野蛮人と、皆様思っていることでしょう」


 古代人言うな。さすがにそこまで昔の人間じゃない。


「そもそも俺のいた時代には、人とまともに会話できるAIというものがなかったからな……AIに対するスタンスというのが元々存在しないんだよ、俺には」


「なるほど、高度有機AIに人権があると予め聞くことで、最初から人として見ているわけですね。よい姿勢です」


 AI差別主義者とか、この時代に存在するのかねぇ。AIやロボットの存在なしに、もはや人は生きていけないだろうけど。


「オプション設定が終わりました」


「はいよ。では本編スタートだ!」


 タイトルロゴが消え、空間が切り替わる。

 屋敷。それも、和風のもの。その縁側に俺は立っていた。縁側からは、見事な日本庭園が見える。

 ゲーム制作者の本格的なこだわりが垣間見える。そこで、唐突に声が響きわたる。


『操作人物を作成してください』


「おっ、キャラメイクか」


 目の前に、キャラ作成のための編集画面が浮かび上がる。直感的に理解できるUIだ。

 俺は早速、キャラの作り込みに入ることにした。

 まずは男を選択。江戸時代の侍だというから、背は高くしすぎない方がいいか……? いや、でも妖怪退治するんだから、体格は大きめのほうが格好いいか。


「お待ちください。ヨシムネ様、なにゆえ男性を選択しているのですか」


「え?」


「いけません。現実準拠を選択しましょう」


「ええー、せっかくのキャラメイクなのに、なんでだ」


「これから配信者になるというのに、自分の顔を売らずにどうするのですか。アバターは極力、常に同じ姿で。そして、私達ミドリシリーズは、皆様に長年親しまれてきたガイノイド。その外見を有効活用しましょう」


「なるほど。言いたいことは解る。でも、ゲームの中でくらい男に戻りたいな……」


「21世紀おじさん少女なのですよね? もうあなたは少女なのです」


「むう。一理ある……」


 そういうわけで、俺は現実準拠の容姿を選択して、ゲームを開始することにした。

 ゲームのキャラメイクって、動画の最初の見所だと思うんだけどなぁ。21世紀にいたころはこれでも結構、動画サイトで人工音声が声を当てたゲーム動画を見てきたんだ。いや、受け狙いで視聴者を笑わせるとかは、俺にはできないけどな。


 そして、作成されたアバターに意識が移る。画面が暗転し、立体ムービーが流れナレーションが入った。

 少し長いナレーションだったので要約する。


 時は江戸。戦国の世が終わり平和な時代になり、侍達の持つ武力が失われつつあった。そこに、魔王山本五郎左衛門率いる妖怪集団が現れ、人々の生活を脅かすようになった。

 そんな激動の中で、主人公はごく普通の町人として生きてきたが、ある日優れた退魔の力を見いだされ、武家の養子になった。


 ナレーションが終わり、視界が開ける。広い室内だ。


「ここは……道場だな」


「これが、江戸時代の訓練ルームというわけですね」


 隣にヒスイさんの姿が見える。なるほど、一緒に道場稽古から始まるのか。


『まずは剣の持ち方から始める! 木刀を持つがよい』


 そう声を掛けてくるのは、先ほどのナレーションの最中の映像にも登場した、俺の養父という設定の侍さんだ。NPCである。

 人間らしい流暢な話し方をしているが、高度有機AIではない。AIは積まれているだろうが、人格の類は存在しない。こういうNPCは、一定の入力に決められた反応を返すというAIが積まれているらしい。


「チュートリアルってところかな?」


 俺は、そうヒスイさんに問いかけてみた。すると。


『うむ、最初の修練である! 剣を握り、正しく振り下ろすところまでを本日の修練とする!』


 あ、NPCは俺の声を拾うのね。参ったな、実況コメントがしにくいぞ。


「少々お待ちを」


 ヒスイさんはオプションを開くと、NPCとの会話の項目をいじった。


「侍としての日常を過ごすことが今回の目的ではないので、NPCとの会話は必要ありませんよね? 訓練漬けにして、頑張って肉体操作に慣れましょうね」


「ほどほどでお願いします……」


 俺はこれから続く、ゲーム上の暦にして二十年間に渡る鍛錬の日々に戦慄を覚えながら、養父から木刀を受け取った。

 視界に表示されるガイドに従って、木刀を握る。ちなみに、俺は武術の経験は一切ない。この未来に来てからの三ヶ月間のVRゲーム生活が、唯一の身体を動かす武術らしき経験だ。だがそれも、斬る、突くなどの所定の動作を自動で行なってくれるシステムアシストありきのものだった。


『剣を振るってみせよ』


 言われるままに俺は、その場で木刀を振るった。へろへろとした上段からの振り降ろしだ。

 そして俺の隣では、ヒスイさんが勢いよく木刀を振り下ろしていた。するどい一撃である。


「ヒスイさん……剣使えるの?」


「ミドリシリーズには、エナジーブレードの取り扱い方法がインストールされていますので」


「ええっ、俺もミドリシリーズのボディなのに、ずっこい」


『ヨシムネは武に関しては素人のようであるな。どれ、一時的に達人の動きができる術をかけてやろう』


 養父がそう言って、顔の前で右手の指を二本立てた。そして、『はっ!』と気合いを入れた。

 すると、俺の身体が何かに導かれるような感覚に襲われる。システムアシストがかかったのだ。


『達人を模倣した動きと、己の力のみでの動きを交互に行なってみるがよい』


 そう促され、俺はシステムアシストが効いたままで木刀を振り下ろしてみる。すると、システムアシストが解けたので、今度は自力で木刀を振り下ろす。すると、また身体にシステムアシストが入る。

 なるほど、システムアシストと同じ動きをできるようになれということか。達人の促成栽培か……。


『三日以内にその動きを物にするがよい。それが終わったら、早速の妖怪退治だ』


「なるほど、そこまでがチュートリアルってことだな」


「そのようですね」


「一日が二時間だから、六時間かかるチュートリアルかぁ……」


「一日の鍛錬は一時間までにして、他は休憩と睡眠に使いましょう」


「ゲームの中で眠るって、未だに不思議なんだよなぁ……」


「魂にも休息は必要ですから」


 そういうわけで、俺はとりあえずの一年目、一日二時間×365日の間、ゲームの中に閉じ込められる生活を始めるのであった。


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