26.Stella(MMORPG)<4>
視聴者のPC達に案内されて、俺とヒスイさんは戦士ギルドに辿り着く。
ギルドとは、職業別に作られた組合的な組織のことだ。同業者を集めて、その仕事のサポート等を行なう。ここでは、戦士、つまり戦うことを仕事にする人の組合だな。戦士ギルドは、テーブルトークRPGでよく登場するギルドらしく、また洋ゲー……海外製のビデオゲームでも登場していたのを見たことがある。
そんな戦士ギルド。大人気狩猟ゲームみたいに、さぞや美人の受付嬢が待っていることだろうと期待していたのだが、受付に座っていたのは傷痕のついたいかつい顔面をした、スキンヘッドのむさ苦しい大男だった。
「なんだぁ、てめえら。そんな大人数で、やんのかおい」
俺とヒスイさんを先頭にした集団に、大男は受付に座ったままそう吐き捨て、睨み付けてくる。
そんな大男に対し、ミズキさんの構ってアタックから抜け出したチャンプが、まあまあと落ち着かせるようにして言った。
「新しく生まれた渡り人二人ですよ。登録したいそうです。期待の新人ですよ」
「ああん? これだけ雁首揃えて登録だぁ? って、お前、クルマエビじゃねえか! 久しぶりだな!」
「どうも。グラディウスで闘技皇帝をしていて忙しかったので、こちらはお久しぶりです」
「なんだ、お前、グラディウスのチャンピオンなのか! こりゃあ失礼したな、チャンプ!」
闘技皇帝とか、またチャンプの新しい肩書きが出てきたぞ。
グラディウスとは闘技場のある『星』で、強ければ強いほど偉いという世界だ。
そこで皇帝をしているということは……まあそういうことなのだろう。
「今回の主役は俺じゃなくて、彼女達ですよ。きっと活躍してくれると思うので、優しく扱ってあげてください」
そう言って、チャンプはあっさりと引き下がった。ここからは、俺達でやれってことだろう。
俺は一歩前に出て、大男に話しかけた。
「どうも。俺はヨシムネ。こっちはヒスイさん。登録よろしく」
「おう。これだけの面子を引き連れているんだから、どんなやつかと思ったが……本当に生まれたてのようだな」
なんらかのスキルが発動しているのか、何かを覗き込まれるような感覚に陥った。
「NPC限定スキルの看破ですか」
ヒスイさんが何か知っているのか、そんなことを言った。
「おう、お前らの持つスキルの成長度をなんとなくだが把握できるスキルだ。この看破スキルでお前達の強さに応じた免許を発行する。お前達は、大剣ランク1と弓ランク1からだな」
そう言って大男はペンを取り、インク壺にペン先を突っ込んでから、手元でなにかを書き始めた。
そして、俺にカードのような物を手渡してきた。
「ほらよ、免許証だ。渡り人ならインベントリがあんだろ。そこに突っ込んでおけ。失くすなよ」
「免許制度か……」
「スキルレベルを見ることができないゲームですから、PTを組みたい場合に相手の実力を測る時は、各種ギルド発行の免許を確認するようですよ」
PTとは、プレイヤー同士が集まって仲間として行動する小規模の集団のことだ。MMORPGではシステム側でPTを組む機能が用意されているのが普通で、PTを組むことになんらかの恩恵が用意されている。たとえば、PT全員に効果を発揮する回復魔法があったりだな。
「看破でランクを決めるなら、実質スキルレベルが見えているのと同じだな」
そう俺が呟くと、大男はにやりと笑って言った。
「そうはいかねえ。中位ランクからは試験も行なっていてな。スキルレベルが高いだけじゃ駄目で、それを使いこなす腕も伴っていなきゃ免許を発行しねえのさ」
「プレイヤースキル込みでの評価かぁ。適切なPTは組みやすくなるだろうけど、戦闘苦手な人はいつまで経ってもランク上がらなさそうだな。背伸びしたクエストに挑戦したくても、PT組む段階で足切りくらいそう」
「苦手なもんを無理に続ける方が悪いぜ。この『星』にあるギルドは戦士ギルドだけじゃねえんだ。一つの物に拘らず、得意な物を見つけるべきだ」
「ごもっともな意見だが、これ、俺達渡り人にとってはゲーム……遊びなんだよな。好きなことを続けられるなら続けたいもんだ。でも、オンラインゲームだから、それで他人には迷惑をかけられないのも事実だな……」
『そんなあなたに固定PT』『野良PTの要求が厳しいのはどのMMOでも一緒だから』『ヨシちゃん縛りプレイなんだから、そこは気にしなくていいんじゃない?』『腕前に応じた肩書き付く制度ええな。俺のゲームでも導入してほしい』
まあ、確かにかたつむり観光客プレイをすると決めた時点で、野良PT、すなわち見知らぬ他人と臨時で仲間になることは考えから捨てている。せいぜい、物好きな視聴者の人と臨時のPTを組めたらいいなって程度だ。
ちなみに今、俺はヒスイさんとPTを組んでいる。知人同士で集まってPTを組み続けることを固定PTという。
「お前さんらがランクを駆け上っていくことを期待してるよ。しかし、そっちの大剣の嬢ちゃんはいいが、弓のお前……」
「俺が何か?」
大男が、俺の方を見て目を細めてくる。またもや何かを覗かれているような感覚。
「その恥ずかしいアバター装備の下、何も着けてねえじゃねえか。弓で遠くから射貫くとしても、近づかれたらすぐにおっちぬぞ」
「かたつむり観光客だからな」
「なんだそりゃ」
というかNPCに恥ずかしい装備とか言われたぞ、ビキニアーマー。公式の用意した装備なのに……。
俺が内心で悶えていると、大男は眉をひそめて言った。
「しかもお前、天の民だろ。戦士ギルドじゃなくて従魔ギルドに行った方がいいんじゃねえか?」
「ペット複数持つとヌルゲー化するから、その方向はなしで」
「……相変わらず渡り人は訳が解んねえこと言い出すな。ま、お前らなら死んでも死なないんだから、適当に頑張れや」
『NPC相手にもゲーム用語全開なヨシちゃん』『マイペースすぎる』『ロールプレイ勢が見たら憤死しそう』『たまにリアルの事情に精通しまくってるNPCいるよね』『NPC視点だと、PCは変人集団だろうな……』
人間そっくりの思考をするNPCというのも、ある意味で厄介だなぁ。
まあ、プレイヤーが異世界から遊びにやってきているという程度の知識は、NPCも持っているようなのだが。
ちなみに死んでも死なないとか言われたが、このゲームではPCだけでなくNPCも死んだ後に一定時間で復活するらしい。チャンネル制なので、一つのチャンネルで死んでも他のチャンネルでは生きているという状態になるため、復活させないとチャンネル間の整合性が取れなくなるからだ。
「で、ちょっとお金稼ぎたいんだけど。日帰りでできるやつ」
そう俺は大男に相談する。今回、戦士ギルドにわざわざ来たのは、仕事を斡旋してもらえるからだ。クエストってやつだな。
「ランク1なら、町から出て西にある森に入って、肉になりそうな動物かモンスターでも狩ってきな。ここは猟師ギルドも兼ねているんだ。肉はいつでも歓迎だぜ」
「ほーん、お肉ね」
「だが、そんだけ雁首揃えてるなら、北の山でも……」
「あ、後ろの彼らはただの見学」
「お、おう? そうか……」
そういうわけで、俺達は戦士ギルドを後にして、町の外へと向かうことになった。
町はとても広いので、町中にはテレポート装置が至る所に設置されている。それの位置をMAP機能で確認して、一気に町の西門へと辿り着く。
門は巨大で開け放たれたままになっており、門番もいるが特に通行人の行く手を遮ることもしていないようだ。町に入るだけで税金を取られたりはしないらしい。
町の外に出たところで、俺は付いてきた視聴者PC達に尋ねた。
「みんな、騎乗ペットとかの高速移動手段持ってる? 持ってない人ー!」
PC達は互いの顔を見ているが、特に持っていない人はいないようだ。
と、そこでチャンプの手が上がる。
「すみません、ミズキさんが持っていないようです」
「ミズキさんかぁ。そもそも、視聴者なのか? 配信じゃなくてチャンプが目的なら、置いていってよくない?」
そう俺がチャンプに向けて言ったのだが。
「ここまで来て置いていかれるのはちょっと……」
そうミズキさんが答えた。うーむ、いつの間にか配信参加者に混じっている感じだぞ。
『ヨシちゃんハブらないであげて』『ミズキ可哀想』『ヨシちゃんの愉快な仲間達に加えてあげて!』『ミズキ同行とか眼福だなぁ』
「しょうがないにゃあ……いいよ」
というわけで、彼女も同行することになった。
「じゃあ、ミズキさんはクレジット払って、騎乗できる物を買ってね。馬召喚アイテムとか。俺達も今買うからさ」
俺はそう言って、ヒスイさんと一緒にクレジットショップのウィンドウを眺め始める。
騎乗動物召喚アイテムは、戦闘能力のない移動用の動物を呼び出すための課金アイテムだ。使い切りの消耗アイテムではなくて、何度も使える。馬とかロバとか、値段に応じていろいろな種類の動物が揃っているようだ。
「何がいいかな……オーソドックスに馬とか格好いいし、空を行く飛竜も絶景が拝めそうだ」
「こちらはいかがですか?」
ヒスイさんが俺に自分のウィンドウを見せてくる。ウィンドウの中身は通常、他人には見えないのだが、設定で見えるようにもできるらしかった。
「ええと、早足羊? 羊かー! さすが、『sheep and sleep』のメーカーだな!」
『羊いいよね』『いい……』『もこもこはもうヨシちゃん動画におなじみ』『これにしちゃいなよ』
「んじゃ、早足羊で」
そうして俺とヒスイさんは、羊召喚アイテムを購入。インベントリに収納されたので、早速とばかりに取り出してみる。
それは、銀色のハンドベルだった。これを鳴らせば、羊が召喚されるのであろう。
「ミズキさんは準備できたかな……と、大丈夫そうだな」
彼女はお高い飛竜召喚アイテムを購入したようで、既に飛竜が彼女の隣に呼び出されていた。
「じゃあ、こっちも羊しょうかーん!」
俺はハンドベルを右手に持って、勢いよく鳴らした。
すると、足元にもこもこした塊が突如発生。もこもこはだんだんと膨らんでいき、俺の腰くらいの高さまでになった。そして、そのもこもこの下から足が四本生えてきて、横から頭も生えてくる。
そして、羊は俺の方を向いて、「メェ」と一言鳴いた。
『可愛い』『何この可愛さ』『かわいしゅぎりゅううう』『なかなかの召喚演出だな』『俺もこれ買おうかなぁ』
視聴者の感触は良好。羊を買ってよかったようだ。
「んじゃ、しゅっぱーつ」
そうして俺達は、西にある森に向かった。PCの中には、動物ではなくバイクや車や多脚戦車に乗っている者もいた。
この『星』は剣と魔法のファンタジー世界だが、『星』によっては文明の発達した場所もあるということだろう。
森にはそう時間もかからず到着し、狩りは順調に行なわれた。
森にいる生物はノンアクティブ、すなわち相手から積極的にこちらを襲ってこない動物やモンスターしかいなかった。だが、こちらを見て逃げるということもしないので、簡単に狩ることができた。もし、相手が人を見て逃げる動物だったら、見学のPC達は解散待ったなしだったな……。
倒した動物は、死体として丸ごと残った。これに解体ナイフを当てることで、自動的に各部位に分かれるとのことだ。だが、解体スキルの低いうちはロスが多いとのことで、お金がほしい今回は死体をそのままインベントリに収納し、戦士ギルドに納品した。
そうしてお金を稼いだ俺達は、再び市場へと向かい、アイテムをいくつか購入した。
買ったのは、次回の配信に必要な物だ。
「じゃあ、今日はこれで解散。次回も来るなら、また一緒にやろう。さっき言ったアイテムは各自で用意してきてくれ。それと、結界を張れる聖魔法持ちは積極的に参加してくれると、安全が確保できて助かる」
俺はそう締めくくり、PC達と別れた。
ライブ配信も、三日後に続くと言って終了。今日はこれでゲームも終わりだ。
「それじゃ、リアルに戻ろうか」
俺は一人残ったヒスイさんに向けてそう言った。しつこく残り続けるPCはいないようで、皆マナーがよかったのは何よりだ。
「はい、明日に備えて休むとしましょう」
「ああ、次回の配信に備えて、ゲーム内マネーを貯めないとな。楽しみだな……テント泊登山!」
次回の配信は、北の山脈へその絶景を拝みに行く。このゲームの事前調査をしたときに、ヒスイさんが登山プレイヤーから初心者向きの名山と呼ばれているのを発見したのだ。
近場にいい景色があると知れば、有り金をはたいても向かうというのが観光客ってもんだ。
そのために、明日からは配信を二日間休んで、ひたすらゲーム内でお金稼ぎである。さて、どこまで道具を揃えられるかな?