EX15.食品生産工場シミュレーター300 牧畜編
急にネタが降ってきたので、工場シミュのおまけを一話だけ掲載しておきます。
行政府からの案件を無事に終えて数日後。俺は、友人であるグリーンウッド閣下と一緒に、『食品生産工場シミュレーター300』を遊んでいた。
ライブ配信ではなく、プライベートでのプレイである。
ただし、面白いシーンが撮れるかもしれないので、一応録画はしている。撮れ高がありそうなら、ヒスイさんに編集してもらって動画を配信するつもりだ。
そんなプライベートでのゲームプレイ。俺は閣下と協力して事業を拡大し、工場を複数箇所建て、資金を稼ぎに稼いだ。
そして、導入が高価すぎてエンドコンテンツの域にある、オーガニックな家畜の飼育まで辿り付いた。
企業名である『ミスト牧場』の名に恥じぬ、牧場経営。
広大な牧草地では、牛肉用の黒毛和牛と、牛乳用のホルスタインが放牧されている。
その様子を腕組みで満足げに眺める閣下と俺。
うん、やりきったな。
もうゲームクリアでいいかもしれない。厳密にはゲームではなくシミュレーターなので、明確なエンディングは存在しないようなのだが。
そんな感じで達成感に浸っていると、不意に閣下が口を開いた。
「のう、馬を育ててみぬか?」
おっと、閣下はまだゲーム続行をお望みのようだ。
「馬肉かー。馬刺し美味しいよね」
「いやいや、そうではなくての……」
おや、違った? 馬肉以外で馬を育てる理由とは?
もしや、馬乳酒を造ろうとでも言うのだろうか。
「家畜を放牧して育てられるなら、もしかすると馬に乗って走らせられるのではと思うてな」
「走らせる!? えっ、乗馬?」
思わぬ閣下の言葉に、驚きでいっぱいになる俺。
「うむ。どこまで馬体が再現されているかは分からぬが、牛にも直接触れるのだから、乗ることもできるじゃろう?」
そう言えば、閣下は馬牧場と競馬場を所有していたな。ブリタニア国区にあるウェンブリー・グリーンパークというアミューズメントパークにある施設だ。
しかし、乗馬か。もしできるなら面白そうだ。無理だろうけど。これ、食品生産工場シミュレーターぞ?
というわけで、試験管ベビーとしてサラブレッドを二頭、産みだした俺と閣下。
時間を進め、三歳馬になるまで育ててみた。
するとなんと……普通に乗馬を楽しむことができた。
それどころか、鞍とかハミとかあぶみとかまで、こちらで自作をすることなく実装されていた。
乗馬用に馬を調教するお世話ロボットまでいた。
馬はロボットではなくリアルな馬を再現しているから、調教する者がいなくては乗馬には耐えられないとは閣下の言葉。いやいや、リアルな馬って……これ、食品生産工場シミュレーターぞ?
「ここまで無駄に再現しているのか。無料ゲームなのに」
俺が馬上で呆れながらそう言うと、閣下の方も驚きが隠せない様子。
「うーむ、私から提案をしておいてこう言うのもなんじゃが、作り込みが過剰すぎないかのう……」
「こうなったら、どこまで作り込まれているか試したくなってきた」
「ほう? 何をするつもりじゃ?」
「それはな……」
俺は、閣下に頭に浮かんだ企てを話すことにした。
◆◇◆◇◆
「完成! 名付けて『ウリバタケ競馬場』!」
「うむ、できたのう。感無量じゃ」
俺の企て。それは、ゲーム内に21世紀風の競馬場を再現することだった。
もちろん、ゲームシステムとして競馬場をそのまま建てる機能は、実装されていなかった。
だが、このゲームの工場は形状に自由がかなり利く。工場は環境さえ整えれば惑星内のどこにでも建てられるし、天井だってなくてもいい。
工場だけでなく農場や牧場だって作れるので、馬を走らせる芝を工場の敷地内に生やすことも簡単だった。
そんなこんなで出来上がった、ウリバタケ競馬場。
コースは野芝とダート(砂)の二種類をしっかり用意した。観客席もバッチリ建てているし、巨大モニターも場内にある。
馬の調子を客に見せるためのパドックも完備。
競馬を開催しようと思えば、いつでもできる状態となっていた。
「でも、二頭での出走だと、本格的な競走にならないよなぁ」
そうなのだ。馬を調教するロボットは実装されていたが、競馬用の騎手ロボットは実装されていなかったんだよな。
そのため、競技として複数の馬を走らせることは難しい。
まあ、俺としては、この建物を作りきったところで、サンドボックスゲーム的な満足感は十分あった。
そのはずだった。
しかしだ。この競馬場を作り上げたのは俺一人じゃない。グリーンウッド閣下もいたのだ。
そんな閣下は、どうしてもこの競馬場でレースを開催したいと主張し始めた。
「ここまで作って、何も開催しないのは無しであろう!? 建てた苦労的にも、動画的にもじゃ!」
それもそうか……。じゃあ、開催しちゃいますか、ゲーム内競馬!
困ったときの万能AI頼み。俺は、リアルで猫ロボットのイノウエさんとたわむれているであろう、ヒスイさんに相談した。すると、彼女は、こんなことを言い出した。
「騎手がゲーム内に存在しないのならば、ゲーム外から連れてきましょう」
そうして、ヒスイさんの号令で、ミドリシリーズのAI達が続々とゲーム内に集まってきた。
喜々としてサラブレッドを生産し始める彼女達。
そんなこんなで、いつでも競馬を開催できる環境が整った。整ってしまった。
『本日のレースの時間がやってまいりました。ウェンブリー・グリーンパーク協賛、ミスト牧場賞、ウリバタケカップ、いよいよ開催です。実況はわたくし、ミドリシリーズガイノイドのヒスイ。解説に、ウィリアム・グリーンウッド様をお迎えしています』
『よろしく。皆の者、よいレースを期待しておるのじゃ!』
いやあ、ここまで本格的になるとはなぁ。これ、食品生産工場シミュレーターぞ?
ヒスイさんと閣下は、張り切って実況と解説なんてやっているし。
しかし、ミドリシリーズの参加からレースの実施まで、リアルの時間でたった四日の出来事だったな。参加者に生身の人間がいないことを良いことに、時間加速機能まで使っていたし。
みんながノリノリすぎて、そのテンションの高さに、正直なところ俺はちょっとだけ引いてしまった。
企画はもう完全に俺の手を離れている。馬と競馬に一家言ある閣下が、どうせなら21世紀の日本風の重賞レースを再現しようなんて言い出して、俺にはもう何が何やらである。
そうそう、以前俺とヒスイさんで行ったブリタニア旅行では、閣下が運営するウェンブリー・グリーンパークの競馬場で競馬観戦を楽しんだんだよな。
そのとき、出走直前のファンファーレが文化的に存在しなかったことが、今でも思い出せる。そんなファンファーレ、今回はちゃんと演奏の用意がある。
ミドリシリーズの歌手であるヤナギさんが指揮者を買って出て、そのヤナギさんがどこからか演奏者を連れてきたのだ。演奏者はいずれも男性アンドロイド。アオシリーズの人達だとかなんとか。
彼らが演奏する曲は、俺がもといた21世紀の東京都の府中市にあった競馬場で使われていた、GⅠレース用のファンファーレらしい。作曲者は、国民的RPGのBGMを担当していた有名音楽家。
俺は競馬に詳しくないが、リハーサル時に聞いたときは、聞き覚えがある曲だと驚いた。
実は、俺の実家には馬のぬいぐるみがあって、腹部を押し込むとファンファーレが鳴る機能が付いていた。
ヤナギさんが演奏したファンファーレは、そのぬいぐるみと同じ曲だったのだ。
ちなみにぬいぐるみも、俺と一緒に実家の建物ごと次元の狭間に取り込まれた。なので、現在は多分、歴史研究のサンプルとして回収されていると思う。
あと、広く作った観客席は、ほとんど埋まっていない。
運営スタッフではなく重要な業務が入っていないミドリシリーズと、閣下が呼んだグリーンウッド家関連の人と、RTAのテストランを中断してやってきたノブちゃんくらいしかいない。
そんな観客の彼ら。場内販売として食品生産工場で作った加工料理があるため、料理を手に持っている者もいる。まあ、場内販売というのはそれっぽく言っただけのただのフレーバー。実際は、工場の試食機能を流用しているので、無料での提供だ。
さて、実況、解説、演奏者、観客と見てきたが、肝心の馬と騎手も見ていこうか。
『本日は、18頭のフルゲートでの出走となります』
『うむ、いずれも劣らぬ優駿じゃの』
出走する競走馬は、時間加速機能と早送り機能を駆使して、なんとゲーム内の暦で50年をかけた末に産まれている。交配を繰り返し、厳選に厳選を重ねたサラブレッドだ。
ゲーム的には馬はオーガニックな食肉確保のための存在だと言うのに、個体ごとに走りの性能が異なっていた。
しかも、その走りの特性は、ある程度遺伝する。閣下曰く、競馬はブラッドスポーツだそうだ。
50年かけた厳選をした者は、俺でない。それでいて、閣下でもない。
ヒスイさんの呼びかけで集まりに集まったミドリシリーズ。彼女達がチームをいくつか作り、チームリーダーが馬主となり、馬を育て始めたのだ。その様子はまさにリアルにした競馬ゲーム。いや、ゲーム内だから全くリアルではないが。
そんな遊びの集大成が、本日のレース。名付けて、ウリバタケカップだ。
『芝2000メートル、本日の天候は晴れ。馬場状態は良です』
『競走馬と騎手の純粋な力量が試されるのう。はたしてどんな駆け引きが繰り広げられるか、楽しみじゃの』
さて、俺も仕事をしなくちゃな。俺に割り振られたのは、スターターなる役割だ。
馬がパドックでの周回を終え、コースへと足を踏み入れる本馬場入場が進む。スタート地点であるスターティングゲートへ馬が入る時間が、少しずつ近づいてくる。
本日の俺の服装は「スターターならこちらを」と言われて、ヒスイさんに着せられた白いジャケットに白い帽子姿。さらにネクタイまで巻いている。
今となっては珍しい男物の服に違和感を覚えながら、俺はコースの内側に用意されたスターター台へと歩いていく。
スターター台は、ピックアップトラックの荷台に取り付けられているゴンドラである。その台に上り、レース開催の合図とゲートの開閉をするのが、俺に割り振られている役割だ。
大事な役割と皆に言い含められているので胸を張って堂々と歩き、スターター台へと足を踏み出す。
そして、台へと身体を収めたところで、ヒスイさんの声が響く。
『スターターがゴンドラ内に収まりました。ゴンドラが上がります』
その言葉の通り、台が上へとせり上がっていく。だがそれもすぐに止まり、高すぎない位置から俺はコースを見下ろした。そして、俺はすぐさま用意していた赤いフラッグを力強く振った。
それと同時、指揮者であるヤナギさんが腕を振るい、ファンファーレが高らかに鳴り響いた。
『このウリバタケ競馬場、初めてのレースが始まります。青々とした野芝のコースに響くファンファーレ』
『うむ、音楽を鳴らす文化も、気合いが入って良いものじゃの』
『いよいよゲートインです』
俺達の全力のおうまさんごっこ、ウリバタケカップが、今、スタートする……!
◆◇◆◇◆
「いえーい、みんな見てるー? 勝ったのは私、ミドリとミストマキバオーだ!」
手に汗握るレースが終わり、1頭の勝者と17頭の敗者に分かれたその後。
勝利した馬であるミストマキバオー号と、その騎手であるミドリシリーズのサナエが、ウイナーズサークルなる場所で記念撮影を行うこととなった。口取り式という恒例行事らしい。
口取り式には、サナエだけでなく彼女が所属するチーム全員が集まっている。そのチームの代表である馬主は、ミドリシリーズ一号機のミドリさんである。
口取り式は馬主の晴れの舞台であるらしいが……馬主と言っても、別にリアルの競馬のようにお金を出して馬の所有権を買ったわけではない。あくまでチームの代表というだけ。
なので、ミドリさんが「勝ったのは私」とか言っているのは世迷い言。正しくは「勝ったのは私達」である。
「お姉様ー! 私、勝ちましたよ!」
勝負服なる騎手特有のピッチリした服に身を包んだサナエが、口取り式を見守る俺へと手を振ってきた。
ああうん、サナエは騎手だから、「勝ったのは私」と主張してもいいかもね。
「でも、面白かったね。また開催してほしいなー」
「そうですね。これだけ頑張って育てたこの子と、これっきりでお別れするのは悲しいですし」
「なにより、別の距離用に育てた子に、活躍の場を持たせたいよね!」
「分かります!」
ミドリさんとサナエがそんな会話を交わし、同チームのミドリシリーズもキャイキャイと話し始めた。
おおっと、次回レースの開催はかまわないが、お馬さんの近くで騒ぐのはよろしくないな。ミストマキバオー号が耳を絞っているぞ。
馬という生物はとても繊細で、しかも聴力に優れている。だからこうして隣り合ったまま大声で騒がれると、不快感をあらわにして耳を後ろに倒すのだ。
そのことに気づいたミドリシリーズが一人いたようで、すぐさま彼女達は静かになり、そのまま写真撮影に移った。
こうして第一回ウリバタケ競馬場レース、ウリバタケカップ優勝は、『チーム・ペガサスファンタジー』率いる『ミストマキバオー号』、鞍上『サナエ騎手』となった。
と、そんな一連のおうまさんごっこを編集して、動画にしたヒスイさん。
閣下との競馬場の建築から始まり、口取り式での締めまで複数回に分かれて配信されたその動画は、すぐさま馴染みのユーザに視聴されていった。
閣下も自身の配信チャンネルやSNSアカウントで宣伝してくれ、そこ経由でウェンブリー・グリーンパークの競馬場常連客が飛びついた。
その結果、動画にはコアなファンが付き、俺は定期的にゲーム内で競馬を開催することになったのだった。
あらためて言うが……これ、食品生産工場シミュレーターぞ?