213.21世紀TS少女が送る宇宙暦300年記念祭<3>
記念祭は無事に終わり、人類基地で打ち上げが行なわれた。
今度こそ酒が入り、アンドロイドしかいないというのに皆が酔っ払う様子は、なかなか奇妙なものを感じさせた。
俺はというと、マザー・スフィアの許可のもと配信を未だに続けていて、珍しく酒を飲みながらカメラに映っていた。
普段、配信中は酒を飲まないようにしているのだが、今日くらいはいいだろう。
『なんか貴重な光景を見ている気がする』『有名歌手に有名芸能人が酒飲む様子とはまた……』『みんな楽しそうでいいと思います』『変な映像撮れたりしないよね?』
まあ、さすがに前後不覚になるまで飲む人はいないだろう……。ここにいるのは全員アンドロイドだから、いざとなったら機体の性能を発揮して、酔いをなかったことにすればいいんだし。あくまでアンドロイドの酔いは、エミュレートでしかないのだ。
だからこそ、芸能人が多く居る酒の席での配信が、許されているのだろう。
「なるほど、本当にアルコールを摂取するのだな」
と、一人でみんなの様子を眺めていると、意外な顔が現れた。
意外な顔というか……顔がない身長3メートルの異星人だ。ゼバ様である。
ゼバ様は、マザー・スフィアを連れて、俺の方へと近づいてくる。
歌手の方々が、興味深げにこちらを眺めてくる。歌手はギルバデラルーシとの交流、まだほとんどできていないからなぁ。
「これが酒です。美味しいですよ」
俺はそう言って、手に持ったコップをゼバ様にかかげてみせた。
「水とアルコールの混合物か。私は今、本当に液体の水が存在できる環境にいるのだな」
アンドロイドボディなので、人類が生息できる20℃前後の環境にいても、ゼバ様はなんともない。
本来なら、ギルバデラルーシにとっては凍えてしまう温度なのだと思う。
まあ、それでもアンドロイドボディの食性は生身のギルバデラルーシから変わらないので、彼がお酒を飲むことはないだろうが。
「視聴者のみんな、この人はギルバデラルーシの元大長老で、今はアンドロイドボディにソウルインストールしている、お偉いさんのゼバ様だよ」
「配信中か? 皆の者、私はゼバ・ガ・ドランギズブ・ゼ・ゲルグゼトルマ・ガルンガトトル。人類の時間でいう約512年の時を超えて蘇った者だ」
『ひゃー、これが異星人』『でかいな!』『異星人も人間みたいな服着るんだなぁ』『なんか指いっぱいある!』
うんうん、視聴者達も、少しずつギルバデラルーシに慣れていってほしい。
「さて、ヨシムネに一つ、話があるのだ」
「ん? 改まって、なんだい?」
記念祭も終わったので、惑星中を連れ回してくれるとかだろうか。それなら大歓迎なのだが。
「私はヨシムネに感謝の印を贈ると、前に言ったな」
「ああ、言ってた、言ってた。何かくれるの?」
「うむ、ヨシムネにはこれを」
そう言って手渡されたのは……二通の封筒?
「手紙だ」
「手紙。ギルバデラルーシの皆さんからの感謝状かな?」
「いや。ヨシムネ、お前の両親からの手紙だ」
「えっ!?」
『マジか』『どういうことなの』『えっ、ヨシちゃんの両親って600年前の人だよね』『もしや誰か600年前にタイムスリップして書かせたんじゃ』
いやいやいや。今の人類の生息圏には、アンチサイキックフィールドと時間移動を防ぐバリアが張られていて、過去には飛べないはずだぞ。
俺は、封筒に書かれている文字を見た。『吉宗へ』って書かれている。うーん、親父と母ちゃんの筆跡に似ている気がする。
封筒をまじまじと見ていると、ゼバ様が説明を始めた。
「どうにかしてヨシムネへの恩に報えないかと、スフィアに相談しに行ってな。ヨシムネが、600年前の家族に会いたがっていたことを告げたところ、歴史に影響を与えない形で、家族と連絡を取ってみてはどうかと提案してくれた」
「マザー……ありがとう。特例だったろうに」
俺がマザーに礼を言うと、手持ち無沙汰でお酒を飲み始めていたマザーが「いえいえー」と言って笑った。
「それで、惑星テラの過去への干渉を許してもらった私は、まず600年前の自分に連絡した。そして、過去の私に当時の惑星テラとテレパシーを繋いでもらったのだ」
「うへえ、なんかすごいことやってない?」
今の惑星テラから過去の地球の間にはバリアがあるが、過去の惑星ガルンガトトル・ララーシから過去の地球の間には、何も障害になる物はないってことか。
「私はテレパシーが得意なのだ。惑星全ての者達に一斉に指令を送る、大長老としての資質だな」
「なるほどなー。俺の時間操作能力に秀でた超能力適性みたいに、テレパシーに特化した超能力なのか」
それでも、はるか彼方にある惑星テラとテレパシーをつなぐのは、正直言ってすごすぎるけど。
「ヨシムネも私の偉大さが解ったようだな。さて、使ったテレパシーは純粋に言葉を伝えるためのものではなかった。使ったのは、夢に干渉するテレパシーで、夢の中でヨシムネの両親と交信し、夢の中で手紙を書いてもらった。目覚めたら、夢の中の出来事は忘れているようにしてな」
「あー、現実世界には影響を及ぼさない形で、連絡を取ったわけね。夢の中の出来事だから、起きた後の行動は何も変わらないと」
「そういうことだ。そして、書いてもらった文字を現在の私に送ってもらい、紙に念写した物が、その手紙だ」
「つまり、直筆ではないけど、実際に書いてもらった内容をそのまま載せているって感じか」
「うむ」
俺は、封のされていない封筒を開け、まずは母ちゃんの手紙を取りだした。
母ちゃんの手紙は……うわあ、文字でびっしり。
手紙には、俺を心配する言葉から始まって、女性化した姿を見たかったという願望、孫の顔が見たかったといううらみごと、元気でやっているからこちらは心配しなくていいという安心する言葉などが書かれていた。
俺のことばかり書かれていて、俺が気になっていた、家を失った後の母ちゃん達の生活はどうなったのかが書かれていない。
それでも、大事な母ちゃんの言葉なので、俺は一言一句じっくりと読みこんだ。
さて、親父の方の手紙はというと、こちらはちゃんと向こうの近況が書かれていた。
どうやら、ゼバ様は俺が次元の狭間に飛ばされてから、ちょうど一年経った日に連絡を取ってくれたようだ。2021年の12月だな。
俺だけでなく家まで同時に失って途方にくれた。爺ちゃんの家にやっかいになりながら家を新しく建てた。今年もいろいろあったが、農作物は無事収穫できた。俺が行方不明なので、暫定的に農家の跡取りを親戚に頼んだ。元気にやっているから、お前もそちらで元気でやれ。そんなことが書かれていた。
そして、親父の手紙の最後には、追伸が書かれていた。
『俺のパソコンが未来に行っているなら、中身を他人に見られる前にハードディスクを破壊してくれ』
ごめん、親父。あんたのパソコンは、貴重な歴史的資料として、この時代の人がすでに確保しちゃっているよ。俺のパソコンと同じように、未来の人達に性的嗜好が御開帳されてしまっているはずだ。あきらめてくれ。
そんなオチがありつつも、俺は両親の手紙をかみしめるように再び読み直した。
『ヨシちゃん泣いておる』『ヨシたろうの目にも涙』『内容気になる』『さすがに私達が横から読むのは、はばかられるぞ』
な、泣いてねーし! ごめん、ちょっと泣いた。
「読んだか。それで、もう一つ手紙があってな。ビデオレターとかいうものなのだが」
「え、誰から? 爺ちゃん?」
「ヨシムネの両親と同じ家に、もう一人誰かが寝ていたらしくてな。ついでなので、ビデオレターを受け取ったそうだ」
「んー、誰だろう」
ゼバ様が人差し指くらいの大きさをした、謎の四角い物体を手渡してきた。
なんだ、これ?
「その中にビデオレターが入っているらしいのだが、私は人間の道具にうといので使い方は解らん」
「えー。ヒスイさん、お願いしていい?」
俺は、先ほどからカメラ役になってくれていたヒスイさんに、謎の物体を手渡した。
「はい、ここで再生です」
ヒスイさんは物体の側面を押す。すると、物体から立体映像が投射された。
その立体映像に映るのは……見覚えのある高校の制服に身を包んだ、従妹の愛衣ちゃんであった。
『いえーい、ヨシ兄さん見てるー?』
茶髪の可愛らしい女の子が、こちらに向けてダブルピースしてきた。
うん、これ、どこからどう見ても愛衣ちゃん本人だな。
『あなたの跡取りの立場は、私がもらいましたー。あの広大な農地は私のものでーす。ざまぁ!』
「お、おう……」
『しかも、来年度からは東京ですよー、いえーい。農大に受かればですけど! 勉強しんどいです!』
「そこは頑張れ。俺も通った道だ」
『そして私も18歳になりました。農業に必要な免許の勉強も頑張らないといけないけど……ヨシ兄さんがいないから大変です』
「うん……」
『でも、ヨシ兄さんはもういません。未来でメス堕ちTS転生しているヨシ兄さんはもういません。なので、私は一人でなんとかこの苦境を乗り切ります。こちらのことは私に任せると思って、安心して未来に生きてください。以上!』
最後にこちらに手を振って、愛衣ちゃんの映像は消え去った。
『個性的な子だった』『あれがヨシちゃんの親戚か』『少しヨシちゃんっぽさあった』『さすがに顔は今のヨシちゃんと似てないな』
うわ、視聴者にも今のを見られてしまった。いやまあ、何かが減るわけではないけど。
まあしかし、新しくなったといううちの実家で寝ていたってことは、愛衣ちゃんはうちに住みこみで生活しているってことかな。それなら、安心して両親を任せられる。愛衣ちゃん自身はちょっと安心できない存在だけど。
ともあれ、心配していた家族のその後は、これで確認できたことになる。
改めて、ゼバ様に礼を言っておこう。
「ゼバ様、ありがとう。最大の心配事が、これで解消されたよ」
「うむ、ヨシムネの役に立てたのなら、嬉しい」
ゼバ様は「キュイキュイ」と胸から音を出し、俺はそれに釣られて笑顔を浮かべた。
流れ星に願い事は托さなかったが、こうして俺の家族のその後を知りたいという願いは叶った。
もう過去を心配する必要はなくなり、俺は安心して未来のこの時代に生きることができる。
俺が今後どれだけの時間をこの時代で過ごすことになるか判らないが……今を精一杯生きよう。なんて、記念祭で誰も歌っていなかったレベルで、陳腐な歌謡曲のようなことを俺は強く心に思うのだった。
次回、エピローグです。




