211.21世紀TS少女が送る宇宙暦300年記念祭<1>
「どうもー、21世紀おじさん少女だよー」
『わこつ?』『わこつ!』『マジかよ』『マジで記念祭中に配信始めやがった!』『宇宙人とかいったいどうなっているの』
宇宙暦300年1月1日、正月。俺は、今年最初の配信を行なっていた。
配信の相手は、ギルバデラルーシではない。人類に向けての新年初配信だ。
「今日俺は、ヨコハマ・アーコロジーを離れ、惑星ガルンガトトル・ララーシから配信をお送りしているぞ」
『宇宙人に歌を披露とか、とんでもないことになってんな』『ヤックデカルチャー』『それより、出番あるのに配信していていいの?』『サボりか?』
いやいや、この状況まで来てサボるなんてことはしないぞ。
「マザー・スフィアから許可をもらったので、今日の配信では、ステージの上から歌う様子も流していこうと思う」
『本気か』『えっ、歌っている最中も配信?』『前代未聞過ぎる』『すげーことやるね』
「ところで、誰か足りないと思わないか? そう、ヒスイさんがおらん。でも、大丈夫、ヒスイさんはそこにいるよ」
『急にポエムが来た』『俺達の心の中にとか言い出すなよ』『今居る場所、控え室っぽいからヒスイさん入れないのか?』『ヒスイさんに会いたい』
すると、俺の対面に座っていたヒスイさんが、視聴者に向けて言った。
「どうも、助手のヒスイです。この惑星にカメラ役のキューブくんを連れてきていないので、カメラ役は私が担当させていただきます」
「うん、ヒスイさんはいるよ。俺の正面に。はい、皆が見ている映像は、ヒスイさんの瞳に映った光景でした」
『そうきたかー』『ガイノイドトリック』『そんな……今日はヒスイさんの顔が見られない?』『たまにはこういうのもいいよね』
「なお、ヨシムネ様の本番歌唱時は、私がステージの上に立てないため、まことに残念ながらカメラ役を他の器材に任せたいと思います」
というわけで、配信が始まった。
ちなみに、現在位置は視聴者のコメントにもあるとおり、記念祭の出場者控え室だ。個人用の楽屋がわざわざ用意されており、まわりには誰もいない。まあ、有名歌手とか呼んでいるんだから、楽屋くらいあるよね。
その楽屋の中は、人類基地と同じ環境が整えられており、飲み食いも可能だ。
なので……。
「新年ということで、ヨコハマで作ってきたおせちを食べていきたいと思う!」
俺がそう宣言すると、視聴者達が一斉に盛り上がった。
「というわけで、一緒におせちを食べてくれるゲストの登場ー。グリーンウッド閣下とラットリーさん、ノブちゃんの三人だ」
俺がそう言うと、ヒスイさんの背後で待機していた三人が、ぐるっと移動してヒスイさんの視界の中に入ってきた。
「うむ。ヨシムネの民どもよ、息災か? ウィリアム・グリーンウッドじゃ」
「グリーンウッド家メイド長、ラットリーでーす」
「ヨシノブです! ノブちゃんって、呼んでください!」
うんうん、場が一気に華やかになったな。
というわけで、用意してもらったテーブル席に三段おせちどーん!
『これだよこれ』『この味を知りたかった!』『味覚共有機能確認!』『色鮮やかだなぁ』
視聴者も、おせちを楽しみにしていてくれたようだ。作った甲斐があるな。
「グリーンウッド家からもお土産を持参しておるぞ。芋煮会でも出した、当家自慢の生ハムの原木じゃ」
「うわー、明らかに五人で食べるには過剰な量!」
「あの、私も旧フランス圏の、新年の料理を持ってきました。鴨の内臓煮こみ、です」
ノブちゃんが、四角い容器に入った緑色の料理を出してきた。
「へー、フランスって新年に鴨食うんだ」
「えっと、200年程前から、食べる風習が、できたそうで」
「ああ、21世紀にはまだなかった料理だと」
「はい! 21世紀のフランス料理より、洗練された味に、仕上がっているはずです」
「ありがたくいただくよ」
俺はそう言って、ノブちゃんの料理を重箱の横に並べた。
うーん、美味しそう。生ハムは……どうすんだ、このでかさ。
「まあ、生ハムは、あまった分を閣下に持ち帰ってもらうとして」
「あまらんぞ」
「絶対あまる……! それはそれとして、いただこうか」
と、手を合わせようとした瞬間、部屋にノックの音が響いた。
「あれ、出番はまだ先のはずだけどな。お客さんかな? 配信中って張り紙しておいたんだけどなぁ」
出鼻をくじかれた俺は、テーブルから移動して、楽屋の扉を開けた。
すると、扉の向こうには、なんと、記念祭の出場者の方々がそろっていた。
「おう、ヨシムネ、邪魔するぞ」
「えっ、ちょ、ちょっとー。どういうこと!?」
ぞろぞろと集団で楽屋に入ってくる出場者の皆さん。
そして、楽屋の中央に置かれているテーブル席を見た歌謡界の女王と言われている有名歌手の人が、ぽつりと言った。
「テーブルちっちぇえな」
すると、出場者の皆さんが、「さすがにここでは無理」だの「場所借りる?」だの「もっと人呼ぼう」だの騒ぎ始めた。
すると、生ハムの原木をなぜかしまい出していた閣下が、彼らに向けて言った。
「広間を予約しておるから、皆でそちらに移動じゃ」
「おっ、さすが公爵様。準備がいいな」
歌謡界の女王は、楽しそうに指を弾いた。
そして、ヒスイさんがテーブルの上の重箱を重ね直し、紐でしばりだした。
「えーと、どういうこと?」
完全に状況に置いていかれている俺が、誰に向けたのか判らないそんな疑問を投げかけた。
すると、歌謡界の女王が、俺の方を向いていった。
「たった五人で新年会なんて楽しそうなこと、するんじゃないよ。私達も混ぜな! みんな、閣下に言われて、新年料理を持ち寄っているよ!」
「え、ええー。いつの間にそんな企画を?」
「うむ、サプライズ成功じゃな!」
閣下が、心底おかしいと言った様子で、笑い出した。
「おおう、俺がおせちを作ったの、この星への出発の二日前だぞ。よく企画が間に合ったもんだ」
『みんなが楽しそうで何よりです』『なんというか、すげえ顔ぶれだな!』『それよりも、おせちの味が気になるんですけど!』『おせち以外の味も楽しめそうだな』
裏では記念祭が進行しているのに、なぜだか出場者一同で新年会をやることになりました。
◆◇◆◇◆
「惑星マルスの新年と言ったらこれ! マルス豚のスペアリブだ!」
歌謡界の女王が用意した新年料理は、なんとも美味しそうなスペアリブ料理だった。
その他にも、出場者の皆さんが、思い思いの料理を持ち寄って、広間での立食パーティーになっている。
閣下の生ハムの原木も人気だが、ナイフでカットする必要があるため、刃物が怖い人達は自分の分が切られるまで遠巻きに見守っている。
「はー、ここまで料理がそろうと、酒がないのが残念だな」
俺がそう言うと、歌謡界の女王が苦笑いしながら言葉を返してきた。
「いくらアンドロイドボディで酔いをコントロールできるからって、本番前に酒を飲むわけにはいかんさ」
「そうだね。酒は、記念祭が終わってから改めて打ち上げで飲むとしようか」
俺がそう言うと、女王は面白そうに笑う。
「今から打ち上げの話かい? それより、本番が上手くいくか、考えた方がいいんじゃないか?」
「大丈夫大丈夫、俺には視聴者がついているからね」
『ヨシちゃん……』『応援しているよ!』『正直、何かしでかさないかなと思っている』『さすがにこの大舞台でやらかすのはまずい』
「この大舞台で、配信しながら出演することが前代未聞だよ」
サーセン、非常識で。でも、配信中ならいつも通りの精神でいられるので、緊張も和らぐと思うんだ。
「ウィリアム・グリーンウッド様ー。本番20分前です!」
おっと、閣下が呼ばれた。生ハムの原木を得意げにカットしていた閣下が、手をナノマシン洗浄で洗い、呼びに来た係員のもとへと向かう。
「閣下、頑張れよー」
と、俺が声をかけると、閣下は「安心して見ておるがよいぞ」と言って広間を去っていった。
記念祭のステージの様子は、壁に映し出された映像で見ることができる。ちょうどゼバ様とマザー・スフィアのトークショーが終わって、歌謡ショーに移行したところだ。
すでに幾人か歌手が係員に呼ばれており、名残惜しそうにこの場を離れていた。歌い終わったら、またここに戻ってくるのだろう。
閣下の出番を待つ間、俺は料理をつまむことにした。
うん、これ美味え。美味えんだけど、さっきから歌謡界の女王が俺についてきているのが気になるな。
「俺に、何か?」
配信中は敬語を使わない主義なので、タメ口で問う。
すると、女王は「ちょっと言いたいことがあってな」と、俺の正面に立った。俺達の様子をヒスイさんがじっと見つめているので、視聴者にも見守られている形だ。
「正直なところ、最初、私達は、あんたのことを気にくわないと思っていた」
「……えっ」
私達? 私、ではなく?
「だって、そうだろ。ろくに歌を人前で披露した実績がない奴が、タイムスリップしたってだけで注目を浴びて、急にこんな重大な式典に呼ばれたんだ。普段、懸命に歌手活動を行なっている身からしたら、気にくわないさ。ああ、公爵様とそこのヨシノブって奴も、あんたと同じさ。ゲーム配信者がプロの現場にしゃしゃり出てくるとか、なんなんだってみんなが思った」
そういう風に見られていたのかぁ……。
「でもな。私達が人類基地でうだうだやっている間に、あんたらがギルバデラルーシにゲーム配信をして、私達は気づかされた。あんたらも、形は違えども立派なプロ意識を持っているんだって。彼らとの交流に成功して、歌を切望されている様子を見て、はっとしたね。今回の式典の招待客は、ギルバデラルーシだ。彼らが認めている奴を勝手に私達が嫉妬して認めないのは、どうなんだろうって」
えーと、何が言いたいんだろう。
「だからだね、そう、胸を張ってステージに立ちな。この星の人達は、あんたの歌を楽しみにしているんだ。今はもちろん、私達も楽しみにしているけどね」
ああ、遠回しで解りにくかったけど、激励してくれているのか。新手のツンデレか何かか。
「ありがとうございます」
俺がそう礼を言うと、「うむ」と満足して、女王はノブちゃんの方へと歩いていった。
「ヨシノブー!」
「ひいっ!」
……ノブちゃん大丈夫かなぁ。
しかし、気にくわないと思っていた相手のために、ちゃんとスペアリブとかの新年料理を用意してくれていたあたり、人はよさそうだな。だからこその大御所か。
『まさかのはげまし』『歌謡界の女王に話しかけられるとか、すげえな』『ヨシちゃん、あの人、大御所中の大御所だからね』『ヤナギさんと人気を二分するレベル』
いや、むしろミドリシリーズのヤナギさんが思ったよりも人気ありそうで、そっちに驚いたんだが。
そんなやりとりをしている間にも、催し物は進み、閣下がステージの上にやってきたのが壁の映像で見える。
ステージの中央には、グランドピアノが置かれており、その椅子にロリッ子ボディの閣下がちょこんと座る。ピアノは、100℃を超える気温の中でもちゃんとした音が出る、特別製のピアノらしい。
そして、閣下が演奏するピアノのイントロでバラード曲が始まった。
歌詞は英語で、閣下の歌は以前聞いた『MARS』の主題歌の時よりも、はるかに上手くなっている。
やがて一番のサビが終わると、アンドロイドによる楽団が静かに弦楽器を奏で始めた。
音色の追加により曲調がしんみりとした感じから、壮大な感じへと変わっていく。
そして閣下は、海の偉大さを称える歌を見事に最後まで歌いきった。
曲が終わると、拍手の代わりに観客のギルバデラルーシ達が一斉に「キュイキュイ」と歓喜の音を鳴らした。
これには視聴者も最初は驚いていたが、今ではコメントで『キュイキュイ』なんてわざわざ言うほど、彼らを受け入れているようだった。
しばらく他の出場者と今の曲の感想を言い合っていると、ステージ衣装のドレス姿のままの閣下が、広間に戻ってきた。
「いやー、大成功じゃったな!」
「おつかれー」
俺は、閣下にジュースを渡して労をねぎらった。
「正直、海の歌など伝わるのかと思っておったのだが、ヨシムネのおかげで受け入れられたようじゃな」
「ん? 俺のおかげ」
「ほれ、この間、海を船で渡るゲームを配信していたじゃろ。『al-hadara』だとかいう……」
「ああ、あれか! そうか、あれで彼らは海を知ったのかぁ」
『なにそのゲーム配信って。知らない』『異星人に配信していたってこと?』『気になるー』『編集動画は配信してくれますよね!?』
おっと、視聴者達が、この星での俺の活動内容を知りたがっているな。嬉しいもんだね。
「おう、そのうちヒスイさんがアップしてくれると思うから、楽しみに待っていろよー」
そんなこんなで、順調にプログラムが消化されていく。そして、とうとう俺達の番が来た。
「ヨシノブ様とバックバンドの皆様ー。本番20分前です!」
さあ、ノブちゃんと愉快な仲間達、出陣だ。異星の大地に、『We Are The World』を響かせてみせようじゃないか。