208.バーチャルインディーズマーケット冬
12月も残すところわずか数日となり、人類基地では宇宙暦300年記念祭のリハーサルであちらこちらがドタバタとしていた。
ノブちゃんのバックバンドの練習も、ここらで切り上げようということになり、俺とヒスイさんは周囲の邪魔をしないよう、宿泊施設に引きこもることを選択した。
そして今、俺とヒスイさんは宿泊施設の談話室で、のんびりとおやつタイムを満喫していた。
今日のおやつはイチゴのショートケーキ。いつも食べているショートケーキと違って、生地がサクサクとしているのが新鮮な感覚だ。
ショートケーキを一口食べ、コーヒーを飲む。うーん、優雅な一時だ。
そう思っていると、談話室に誰かが入室してきたのが見えた。
リハーサルを終えた人が帰って来たのだろうか。
と、入ってきた人の顔を見ると、ここ十数日顔を合わせている出場者の人ではなかった。だが、見覚えはある顔だ。
「あ、ヨシムネ。いたいた」
見覚えのある顔。その人物は、ミドリシリーズのガイノイド、ミドリさんであった。
「やほー、久しぶり!」
ミドリさんはそう言いながら、こちらに手を振り近づいてくる。そして、テーブル席の椅子を引き、勢いよく座った。
「やあミドリさん。ミドリさんも出場者の手伝いをしにきたのか?」
俺がそう言うと、ミドリさんはキョトンとした顔をする。
「え? 手伝い? 違うよ?」
「ん? じゃあ、なんでわざわざこの惑星に?」
「そりゃあ、記念祭に出場するためだよ」
「えっ、AIは歌を歌わないんじゃなかったのか?」
俺の言葉に、ミドリさんは「ああ、なるほど」と言い、なにやら納得したようだ。
「ヨシムネ。記念祭では、歌謡ショー以外のステージイベントもやるんだよ」
「えっ、そうだったのか」
「うん、だから、芸能人の私が呼ばれているの。ギルバデラルーシのゲストと一緒に、リアルでできる体感型ゲームとかやるよ!」
うーん、そうだったのか。俺が歌手と思い込んでいる出場者の中にも、芸人さんが混ざっていたのかね。
「でも、体感型ゲームとか、それこそゲーム配信者の俺達の出番じゃないのか」
「いやいやー、ステージを盛り上げるなら、私みたいなプロの芸能人か芸人でしょ! ただ単純にカメラに映るのと、ステージの上で芸をやるのとじゃ、間が違うよ」
「そういうもんか」
記念祭では舞台と観客席が用意されており、俺達は舞台の上で歌を披露することになっている。観客席には、ギルバデラルーシの者達が座るらしい。記念祭は十時間以上続く催し物なので、観客も入れ替え制だ。
「私が出演するところのプログラム渡しておくから、ちゃんと見てね」
「おう、見る見る」
「よろしい。それで、明日なんだけど、ヨシムネ、一日暇でしょう?」
「ん? ああ、リハーサルも入っていないし、記念祭が近いので配信ももうやる予定はないよ」
「じゃあ、明日一日、付き合ってもらっていい?」
「いいけど、何するんだ?」
「ふっふーん。ヨシムネ、明日がなんの日か、忘れちゃったのかなー?」
「んん?」
明日は12月29日。大晦日も近いが、特にこれといったことはなかったはずだが……。
「明日は、そう、冬のインケット一日目! 未知のゲームが私達を待っている!」
「あー……」
そういえば、もうそんな時期か。
インケット。バーチャルインディーズマーケットのことで、インディーズのゲームや執筆した本を頒布するアマチュア達の祭典だ。
「夏は運よくヨシムネに会えたけど、ブースを一緒に回れた時間は、そんなに長くなかったからね。今回は、最初から一緒に回ろうよ」
「そうだな。前回もいろいろ教えてもらったし、今回もよろしくたのむよ」
というわけで、インディーズゲーム製作サークルの参加がメインの日である、インケット一日目をミドリさんと一緒に回ることになった。
「あ、ヒスイはこなくていいよ」
「は? 行きますが?」
おう、あんたら、隙あらば喧嘩しようとするのやめーや。
◆◇◆◇◆
「いやー、配信に使えそうなゲーム結構あるなー」
「ふふん。ミドリちゃんさんのアンテナの高さに、感謝するといいよ」
「うん。まさか、前回よさげなゲーム出してたサークルの大半が、新作出していないとは思わなかったから、助かったよ」
夏冬のインケットで連続して新作ゲームを出すケースは、どうやら少ないようだ。
この時代のゲーム製作事情には詳しくないのだが、無職の二級市民でも、ゲームを半年で簡単に作れるわけではないみたいだな。
「インディーズ活動している人も、ゲーム製作だけやっているわけじゃないからね。ネタのインプットのために、普段からゲームをやって生活しているものだよ」
「そういうもんか」
「ゲーム製作だけやって生きるような活力があれば、それこそ企業所属のゲーム開発者を目指すもの」
「でも、一級市民って、なろうと思ってなれるものでもないんだろう?」
「そりゃあ、そうだけどね。でも、ゲーム開発者は結構、人間の募集枠多いよ」
「そうなんだ」
というわけで、ミドリさんお勧めのサークル巡りは終了。
俺達はゲーム製作サークルが集まる会場から移動し、ゲーム関連書籍を頒布している会場へとやってきた。
まず向かうのは、前回『宇宙暦299年上半期 ゲーム配信大百科』を頒布していたサークルだ。
「新刊20部くださーい」
見覚えのある売り子さんにそう告げると、相手は驚いた顔をした。
「ヨシムネさんじゃないか。今回は、ずいぶんな数を持っていってくれるんだね」
「大量に増えた知り合いに渡す数を考えますとね。それより、今回も俺達、載っていますか?」
「もちろん載っているとも。君の知り合いのヨシノブさんも載せたよ」
「おおー。喜ぶと思うので、ノブちゃんにも贈っておきますね」
「そりゃ、ありがたい」
そう言って、仮想の本を20部手渡してきたので、受け取る。
『宇宙暦299年下半期 ゲーム配信大百科』。ぐふふ、また俺が載っているとは、嬉しいかぎりだな。
俺はお礼を言ってブースを出ると、今度はこの半年でプレイしたゲームの解説本を探して回った。
どこに何があるかは、あらかじめヒスイさんがチェックしてくれているので、無駄足を踏むことはない。
お目当ての品を一通り手に入れてホクホクしていると、ミドリさんが俺に向けて言う。
「じゃあ、次はコスプレ会場行こうよ!」
「あー、前回ミドリさんがいたところか」
「うん、今回はコスプレしないけど、眺めて楽しむくらいはしたいかなって」
「じゃあ、行こうか」
ここから歩きでは遠いので、会場MAPから選択して瞬間移動をする。コスプレ会場に到着すると、広い空間に思い思いのコスプレをした人達が、様々なポーズを決めているのが見えた。
うーん、この独特な空間は、何度見ても慣れそうにはないぞ。
「あはは、あれウケるー」
ミドリさんが早速何か面白いコスプレを見つけたのか、指さして笑っている。
俺もそちらを見てみたが、メカメカしいサイボーグがいるだけで、何が面白いのかは解らなかった。
まあ、それよりもだ。
「なんか、会場MAPにハマコちゃんの反応があるな」
俺とハマコちゃんは、VRのシステム上でフレンド登録をしているので、システムと連動している会場MAPに現在位置が表示されるようになっている。ハマコちゃんの反応があるってことは、彼女がこのコスプレ会場にやってきているってことだ。
ハマコちゃんがインケットのコスプレに参加しているとか、衝撃の新事実なんだけど……。
いや、インディーズゲームを手に入れに来たついでに、コスプレ会場を見に来ただけかもしれない。ハマコちゃん、あんまりゲームとかやるイメージないけど。
「ハマコちゃんって、ヨコハマの観光局の?」
ミドリさんがそう尋ねてきたので、俺は「ああ」と答えた。
ミドリさんとハマコちゃんは、海水浴で一緒したし、芋煮会にも参加していたので、お互い面識がある。
「じゃあ、そっちに向かってみようか」
「ああ、さっきから位置が変わらないみたいだし、コスプレしているのかもな」
俺はそう言って、MAPを見ながらハマコちゃんのもとへと向かう。
瞬間移動を一回はさんでから、歩くことしばし。遠くに、ハマコちゃんの姿が見えた。
ハマコちゃんの格好は、いつもの行政区の制服だ。コスプレしている様子はない。
俺はちょっと残念に思いながら、ハマコちゃんに近づいていく。
すると、ハマコちゃんが、なにやらパワードスーツを着こんだ人と話している様子がうかがえた。
話しているというか、揉めている?
うーん、今ハマコちゃんに話しかけるのは、はばかられるな。
そう思っていたのだが、ミドリさんが唐突にハマコちゃんへと言葉を放った。
「おーい、ハマコちゃん!」
「ん? ああ、ミドリさんにヨシムネさん、ヒスイさんもいらっしゃいますね。こんにちは!」
「宗一郎にからんで、痴話喧嘩か何か?」
ん? 宗一郎?
俺は、パワードスーツを着た人物をまじまじと見つめる。うん、装甲におおわれていて顔は判らないね。
「おう、瓜畑じゃねえか。息抜きか?」
パワードスーツの人がそう言うと、急にエアーが抜けるような音がして、顔部分の装甲がパカッと開いた。
中に見えたのは、惑星ガルンガトトル・ララーシで出会った技術者である、田中宗一郎さんの顔だ。
「こんにちは。リハーサルの予定がないので、遊びに来ました。田中さんはコスプレですか?」
「おう、この間やったスチームパンクゲームが面白くてな。それに出てきたスチームスーツのコスプレだ」
田中さんも、ゲームとかやる人なんだな。
そういえば、『MARS』のNPCとして出てきたときも、スーパーロボットがどうこう言っていた。ロボットをスーパーロボットとリアルロボットに分けるのは、とあるロボット系クロスオーバーゲームでの考え方だ。
「田中様、こんにちは。なにやらハマコ様と揉めていたようですが」
ヒスイさんが田中さんにそう尋ねると、田中さんはパワードスーツの手で器用に鼻先をかきながら答える。
「いや、なに。ハマコの奴が、日本に帰ってこいってうるさくてなぁ……」
「田中さんって、ハマコちゃんの知り合いなんですか?」
今度は俺がそう尋ねる。すると、田中さんはちょっと驚いた顔をした。
「なんでえ。ハマコと知り合いなのに、知らないのか? ハマコは俺が作ったマシンだぞ」
「えっ、そうだったんですか!? ヒスイさん、知ってた?」
「いいえ。ハマコ様の製造年自体、以前の芋煮会で初めて知りましたから」
「だよね……」
俺がそうつぶやくと、ミドリさんと話しこんでいたハマコちゃんが、こちらを向いて言った。
「私は太陽系統一戦争中に作られた、宗一郎さんとアルフレッド・サンダーバードさんの合作アンドロイドなんです! マザー・スフィアさんのAIプログラムを流用した汎用AIを実現するために、最初の試験機として生まれました!」
「それはなんとも……もしかして、今のAI達って、ハマコちゃんがもとになっているのか?」
俺がそう聞くと、ハマコちゃんは笑顔で答える。
「スフィアさんをもとにして私が生まれて、私をもとにして多くの初期型AIが生まれましたから、そうとも言えますね!」
それはなんとも。知らなかったとはいえ、全AIの母的存在に、今まで気安く接しすぎたかもしれん。
まあ、ハマコちゃんなら多少の無礼も許してくれるだろうから、態度は変えないけど。
「で、そんなハマコちゃんのお父様が、田中さんだと」
「お父様言うなや! 俺っちが担当していたのはボディだけで、AIはノータッチだぞ」
「ハマコちゃんは、そんなお父様に日本へ帰ってきてもらいたいわけだ」
「だから、お父様言うなや! ぶん殴るぞてめえ!」
いや、ごめんごめん。ちょっとだけからかってみただけだから。
「今のお仕事が、人類にとってとても重要なことなのは解るのですが……そのお仕事が終わった後はフリーになるはずなので、帰ってきてもらおうと思ったんですよ」
ハマコちゃんがそう言ったので、俺は田中さんの方をじっと見た。
「いや、今更、俺が日本に戻っても、何もやることねえだろ。日本田中工業は後続に任せたし」
「ただの帰省と思えばいいんじゃないですか?」
俺がそう言うと、田中さんはキョトンとした顔で目をしばたたかせた。
「帰省? この歳でか?」
「実家に帰るのに、歳は関係ないですよ。帰る場所があるなら、顔を出してあげてください。ハマコちゃんという帰りを待つ人が、しっかりいるんですから。俺なんか、実家に帰りたくても、もう帰れないんですよ」
「急に重いこと言うなや……」
おっと、ブラックジョークは外したか。
「はあ、解ったよ。今の仕事が終わったら、横浜に帰るぞ」
「本当ですか!? わあ、ヨシムネさん、説得ありがとうございました!」
「うんうん、家族水入らずで過ごしてくれ」
そうして、俺達三人は田中さん達のもとを離れた。そのままコスプレを眺めながら、会場をしばらくうろつく。
笑ったり、感心したりしながら、俺達は様々なコスプレを見て回った。
「それにしても、ヨシムネ」
と、ミドリさんが歩きながら話しかけてくる。
「ん?」
「やっぱり実家のこと、気になるの? 21世紀に戻りたい?」
「あー、あれね。帰れるものなら一度帰りたいけど、両親のその後が気になるだけで、今更21世紀で生活したいわけじゃないぞ。それこそ、一時的な帰省をしてみたいってだけだ」
「なるほど。私からも、ヨシムネの家がその後どうなったのか時空観測で見てもらえるよう、働きかけてみるよ」
「あんま大がかりにならないようにな」
そんな会話をはさみつつ、俺達は三人でコスプレ会場を巡回した。
その後、再びゲーム製作サークルが集まる会場に戻り、行き当たりばったりでよさげな作品を探してみたり、配信に使ったゲームを作ったサークルに挨拶して回ったりしながら、時間いっぱいまでインケットを楽しんだ。
今回も多くのインディーズゲームを手に入れられた。
このうちどれだけ配信に使えるかは判らないが、プレイ時間が短いインディーズゲームは地味に配信向きなので、プレイするまで楽しみにしておくとしよう。