201.al-hadara(文明シミュレーション)<5>
魔法の蒸気機関で動く印刷機が完成した。
エルフ達はこれを用い、様々な本を作った。その中でも一番刷られたのが、モノリスを神とする宗教の聖典だ。
「惑星テラの歴史でも、活版印刷が発明されて最初に刷られたのが、聖書っていう聖典だったって聞いたことあるな」
俺がそんなうんちくを語ると、ゼバ様が興味深げに聞いてくる。
「人間の宗教か。どのようなものなのだ?」
「地域によって違ったけど、だいたいは神を崇める宗教だったな。一神教のこともあれば、多神教のこともあるけど。まあ、今の人間は宗教離れしているから、何も崇めていないんだけど」
あえて言うなら、マザー・スフィア信仰だ。
「そうか。私達も昔は神を崇めていたらしい。だが、神の奇跡が観測されないことから神の存在は否定され、祖霊信仰に変わった」
「祖霊も奇跡を起こさないことには変わりはないんじゃ……?」
「だが、『魂の柱』に眠る祖霊は、確かにそこにいる。そして、今回、人間の技術で私が実際に蘇ったことで、私達の信仰はより深くなった」
「もしかしてゼバ様って、信仰の対象……?」
「そうだな。だが、祖霊が蘇って実際に交流ができるようになってから、生きている者達の信仰心がどう変わっていくかは、私にも予想がつかない」
「そっか。信仰対象が想像上の崇高な存在ではなく普通の人として蘇るんだから、神格化が崩れる可能性があるんだな」
「そういうことだ」
と、会話をしているうちにもゲームは進行し、遠征先に海岸が新たに追加された。
エルフを海岸に遠征させ、それを俺達は追っていく。
やがて、エルフ達は海岸に到着した。目の前に、青い海が広がっている。
「これは……陸上の湖にも驚いたが、海というものは一面の水なのか……」
ゼバ様が驚きの声を上げたので、俺が補足を入れる。
「水……というか、塩水だね」
「塩化ナトリウム水溶液か」
「塩化マグネシウムも含まれていたかな?」
『他にも硫酸マグネシウムと硫酸カルシウム、塩化カリウムが含まれます』
俺のあやふやな言葉に、さらにヒスイさんが補足を重ねた。
「湖畔には貝や魚という生物がいたが、塩水に生物ははたして存在しているのか……」
「むしろ、海の方が、生物が豊富だぞ。惑星テラの原初の生命は、海から生まれたんだ」
「そうなのか。地下の泥から生まれた私達の祖先とは、少し違うのだな」
ふむふむ、惑星ガルンガトトル・ララーシの生命の起源もちゃんと解き明かされているのか。
ギルバデラルーシは知的活動に強そうだから、そういう学問も発達しているよな。
さて、エルフ達は海岸を探索するが、彼らは驚くべき存在を発見した。
それは、人魚。エルフ以外のヒト種族を発見したのだ。
それを見て、ゼバ様は言う。
「これは……上半身は人間で下半身は魚の生物か? 両者はずいぶんと遠い生物のように思っていたのだが、このような生物が存在するのか?」
「大昔の人が妄想した架空の生物だね。もちろん、惑星テラには、こんな生き物はいないぞ」
「ああ、想像上の生き物か。私達のファンタジー文学におけるギラのようなものか」
『ギラか』『あれは面白い』『八本足の生き物とは、よく考えたものだ』『それだけ足があるのに、空を飛ぶのがおかしくてな』
どんな生き物なのさ、ギラ。
と、驚いている間にもエルフは人魚と交流に成功していた。
どうやら言葉は通じないようだが、身振り手振りや絵でコミュニケーションを取り、物々交換に成功していた。
エルフから渡したのは、チタン合金の道具。人魚からは美しいサンゴだ。
そのサンゴを見て、またゼバ様が質問をしてくる。
「あの赤い鉱物はなんだ? 宝飾品に加工されているようだが」
「サンゴって言う海洋生物の死骸だね。惑星テラでも宝飾品に使われるよ」
「ああ、死骸か。私達も、美しい結晶生物の死骸を宝飾品に加工することがある。宝石と違って、簡単に建材へ混ぜられるのもよい」
「ゲルグゼトルマ族の都市、めっちゃキラキラ輝いていたもんなぁ」
『サンゴ、欲しいな』『言えば手に入るだろうか』『宗一郎に頼むか』『フローライトに頼む』『では、こちらからは大粒のルビーでも出すか』『あれか』『宝石はあまりがちだが、人間にとって天然の宝石は稀少価値が高いのだったな』
なんかすごい会話が、抽出コメントでなされている気がする。
さて、エルフ達はサンゴを手に入れ、さらに海で採れる食料も人魚から受け取って、ホクホク顔で拠点へと帰還した。
すると、ゲームのメニューに交易という項目が新たに追加された。
「交易か。私達ギルバデラルーシは惑星全体で一つの群れなので、等価交換で成り立つ交易らしい交易は今までしたことがなかった。人間との技術交換が初めての交易になるだろう」
ゼバ様が、メニューを見てそんなことを言った。
「私達からは超能力の技術を教える。その対価として人間からはソウルコネクトチェアとゲームを受け取る。まさしく交易だな」
「ギルバデラルーシって、そんなに超能力に優れているんだ」
「うむ。私達は文明を最初に築いた当初から、超能力を使えていたからな」
ふーむ、それほどか。人類より明確に優れた点として超能力技術があるんだな。一方的に人類側が与えてばかりではなかったらしい。
「たとえば、どんな超能力技術を人間側に教えたんだ?」
俺はそんな質問をゼバ様に投げかけていた。
「そうだな、時間改変を引き起こさない過去干渉の仕方などだな」
おおう、思ったよりも繊細な技術がきた……。
「過去に生きたヨシムネが、今の時代に来た経緯は聞いた。ずさんな過去視による、超能力干渉が原因だと聞く。それに関する対策も伝えたようだな」
ああ、時空観測実験で使われた過去視が、俺の強すぎる超能力特性と反応して、事故につながったってやつか。
「それと、交流初期に次元の狭間への干渉方法も伝えたようだ」
「えっ、俺が死体で漂っていたっていう場所じゃん」
「うむ。私達が次元の狭間の開け方を伝えたことで、ヨシムネが発見されたそうだな」
「ギルバデラルーシ、俺の恩人じゃん!」
「よいのだ。その代わりに、私達はヨシムネから様々なことを伝えられた」
俺がしたことなんて、ゼバ様と一緒にゲームをやったくらいなんだけどな。異文化交流は、俺がいなくても他の人が十分勤め上げられただろうし。
でも、感謝の心は、しっかりと受け取っておこう。
「む。どうやら、これ以上、支配領域を広げられないようだ。なぜだ?」
「ん? んー……」
ゼバ様の言葉を受け、俺はメニューを操作して原因らしきものを探す。
支配地域、遠征可能地域……うーむ。
「地図を作らせてみようか」
「なるほど。測量だな。研究させよう」
研究所はすぐさま成果を出し、エルフ達が支配地域の測量を始めた。
そして、みるみるうちに完成していく地図。それを見て、ゼバ様が言う。
「ふむ。どうやら、周囲を海に囲まれてしまっているようだ」
「あー、島か大陸かは判らないけど、陸地を制覇してしまったわけね」
「海の中を移動できないのか?」
「人間は呼吸が必要だから、水の中では活動できないんだ。だから、海を渡るには、船っていう乗り物が必要だ」
「船か。湖畔で漁をするのに使っているが」
「あれ、手こぎの小舟だろ? そんなんじゃ、海を渡る手段としては甘い甘い。外燃機関を載せるなり、帆を張って風で進むなりしないと、とてもじゃないが遠くの陸地まで辿り着けないよ」
「なるほど。研究させよう」
ゼバ様がメニューを操作すると、エルフの研究者がモノリスまでやってきて、何かを訴えだした。
どうやら、風の魔法が初歩的な船に必要だと告げているようだ。
「では、風の魔法を授けよう。これで、開幕に語られていた四つのエレメントがそろうな」
『風の継承! バッヂ[悠久の風]獲得!』
≪支配地域に四種のエレメントが満ちました! これより、支配地域に季節が実装されます!≫
風の魔法を解放したら、そんなシステムメッセージが流れた。
「む! 季節だと。この大地の地軸は傾いているのか」
そのようなことをゼバ様が言うが、俺はちょっと違うんじゃないかと思ってゼバ様に語る。
「そもそも、この大地は球形なのかね。神の死骸だぞ。季節が変わるのは、エレメントの仕業なんじゃないか」
「確かにそうか。魔法の世界は、恒星の運行以外で季節が変わることがありえるのだな……空想の世界か……」
『興味深い』『文学に取り入れたいな』『架空の元素による架空の法則か』『キュイキュイ』『よきよき』『よきかな』
そんなやりとりをしているうちに、エルフの研究者は船の設計図を完成させた。
帆船だ。風を帆に受け進む船。だが、風の魔法を解放させたということは、ただの帆船ではないだろう。自ら風を生み出し、思った通りの方向に進むくらいはやってのけるだろう。もしかしたら、蒸気機関を載せて進むより速いのかもしれない。
「よし、では船を造らせようか」
そう言ってゼバ様がメニューを操作しようとする。だが、俺にはちょっと気になることがあった。
「季節が実装されたわけだけど、冬への備えはいいのか?」
「火の魔法があるし、動物の外皮の在庫もある。十分しのげるのではないか?」
「そうだといいけど……」
そしてやってきた冬。雪が降り、モノリス周辺の拠点は一面の銀世界になった。
「なんだこれは!? 白い物はなんだ!?」
ゼバ様が、雪を見て驚きの声をあげた。
「あー、冬の風物詩、雪だね」
「雪だと?」
「氷の結晶。水を冷やしたら氷になるのはさすがに知っているだろ?」
「もちろんだ。だが……水が凍るほど冷えるなど……極点の高所でもないのにありえるのか? ありえるのか……」
『驚愕だ』『異常気象ではないのか』『それほどまで冷えてエルフは無事か?』『エルフはどれほどの気温まで耐えられるのだ』
エルフ達は家に籠もり、火の魔法で暖を取っているようだ。
すべての活動は停止し、食糧の備蓄がなくなっていく。当然、造船も休業だ。
エルフを無理に遠征させるわけもいかないし、農業もできないので、プレイヤーの俺達に何もできることはない。
仕方なしに、ゼバ様は時間の早送りをして、冬の終わりを待った。
そして、春がやってくる。
「ふう、エルフに凍死者は出なかったようだ」
ゼバ様が安心したように言った。
そんなゼバ様に向けて、俺は言う。
「次の冬に備えて、防寒着の開発と、効率的な火魔法運用の研究が必要だな」
「うむ。指示しよう」
そうして、エルフ達の文明はより洗練されていく。
それから季節が二回巡り、いよいよ海岸にある造船所でエルフ謹製の船が完成した。
「おお。これが船か」
『自動車とはずいぶん見た目が違う』『これに乗るのか』『底に穴が空いたら水に沈む?』『材料の植物は水より軽いようなので、沈まないのでは』
視聴者が何やら生ぬるいことを言っているので、俺は答えてやる。
「船の底に穴が空いたら海へ沈むぞ。当然、エルフは呼吸ができなくなって死ぬ」
『なんと』『恐ろしい』『危険ではないのか』『エルフが死んでしまう』
「ちなみに、底に穴が空くのは、海中の岩に座礁したときと、他の船にぶつかったとき、氷山にぶつかったときだな。気候によっては、巨大な氷の塊が海の上に浮いているんだ」
「なんとも興味深いことだな。雪もそうだったが、極点でもないのに氷が自然下に存在するとは」
そんなこんなで、船の進水式が近づく。ゼバ様はメニュー操作を止め、海岸へと移動して造船所を眺める。
そこではエルフ達が集まって、船を出航させようとしていた。
「沈むかもしれない船に乗りこむとは、勇敢なエルフ達だ」
「そうだな。今まで海に乗り出した実績は全くないのに、よくやれるもんだ」
ゼバ様の感嘆の声に、俺も乗ってそう言った。
やがて、式典は終わり、帆を張った船がゆっくりと海岸を離れる。
陸地のエルフ達の歓声に見送られ、船は海を悠々と進み始めた。
『海洋への進出! バッヂ[大航海時代]獲得!』
おお、バッヂだ。ゲームが大きな節目を迎えたってことだな。
と、そこでヒスイさんの声がかかる。
『配信開始から四時間が経過しています。そろそろお休みになられてはいかがでしょうか』
「む、ヒスイか。だが、これからがいいところでな……」
『処女航海では、次の陸地までは辿り着きません。なにせ、星図も海図も存在しませんから。ですので、切りがいい今が止め時ですよ』
おおう、エルフ達、星図とかなしに測量技術だけで地図を作っていたのか。
「ゼバ様、終わろう。続きは明日だ。ゲームは逃げないさ」
「そうか。そうするか」
そういうわけで、文明シミュレーション二日目は、エルフが大海原に乗りだしたところで終わったのだった。
予定では配信残り一日だけど、このゲーム、何をしたらエンディングを迎えるんだろうか。