198.al-hadara(文明シミュレーション)<2>
≪地面の上に溜めていたドングリから芽が出ました! ドングリがいくつかロストします!≫
採集を進めていたら、そんなシステムメッセージが流れた。
「おおう、地面の上に放置していたのかよ……」
「なるほど。植物の子はこうやって増えるのか」
感心しているところ悪いけれど、食糧減ったからね? 火が使えないから、どのみち食べられなかったけど。
「あれ、でも、これってドングリの植林ができるんじゃね?」
「植林……人間の農業か。どれ、伝えてみるか」
ゼバ様がメニューをなにやら操作する。
≪農業の概念をエルフは理解できませんでした! 研究が必要です!≫
「んー、とりあえず、研究所というか、家屋から建てさせないとなぁ……」
俺がそういうと、ゼバ様がさらに操作をした。
≪エルフは寝る場所を囲む必要性を感じていません!≫
「おおーい、原始人!」
「さすがにどうなのだ、エルフ達よ」
俺とゼバ様は同時に、野生に生きるエルフ達へ突っ込みを入れた。
『キュイキュイ』『私達も昔はこうだったのだろうか』『それはさすがにないだろう』『巣を持たない動物などいるのか?』『せめて洞穴くらいは必要だ』
視聴者達もエルフに呆れている。
≪エルフを増やして、羞恥心を芽生えさせてみましょう! 彼らにはプライベートの概念が必要です!≫
「お、おう……。しかし、増やすのか。オスメスいるわけじゃないから、手動で増やすのか?」
俺がそう言うと、ヒスイさんがコメントを飛ばしてくる。
『はい、このゲームの人口は完全に手動で増えます。ですので、勝手に増えて勝手に飢えるという事態は避けられます』
「んじゃあ、草原と湖畔と林にそれぞれ一人ずつ採集をさせるってことで、二人増やすことを目標にするか?」
「そうしよう」
俺とゼバ様はそう言葉を交わし、次の方針を固めた。そして時間スキップを活用して一分後、食糧が十分に溜まった。
早速、ゼバ様がメニューを操作し、新たなエルフが誕生する。
「うむ。いつみても命の誕生は尊いものだ」
「モノリス頼りじゃなきゃ増えないって、生物として致命的な弱点がある気するけどな……」
「モノリスがエルフ族の長老のようなものなのだろう。ギルバデラルーシは長老個体がまとめて一族の子を産むのだ」
「なるほどなー。ナメック星人みたいだ」
「ナメック星人とは?」
「漫画に出てくる架空の宇宙人だな。ちなみに漫画は、絵と文字を合わせた文学だ」
「おお、絵か……。私達の絵の文化もなかなかのものだぞ」
テレパシーで見たままを全部伝えられるのに、絵は発達しているんだなぁ。文字がないのに絵は発達しているのか。
「私達は家に籠もる時間が長いので、身の回りの物に手を加え、芸術品にして楽しむのだ」
「ああ、俺もゲルグゼトルマ族の家を見たけど、彫刻とかすごかったな」
「今の時代は、テーブルゲームの装飾を凝ることが流行りのようだ。私が生きていた時代は、家の門を飾ることに皆、躍起になっていたな」
500年の年代差があると、同じ種族でも文化の違いという物はあるんだな。
「そういえば、私達には文字の文化がないと人間に説明されているようだが、この時代のテーブルゲームでは簡易な絵を文字のように使用しているようだ。初めて見たときは、少し驚いたぞ」
「あー、それ、あと何十年か経っていたら、独自の文字が誕生していたんじゃないか? 象形文字ってやつだ」
「そのような未来もあったかもしれないな」
象形文字が生まれる前に、俺達人類文明が介入しちゃったってことか。
「それと、私の世代に限った話なのだが、数を色で捉えている」
ゼバ様の言葉に、俺は一瞬、理解が及ばずに首をかしげてしまった。
「色? そりゃまたなんで」
「テーブルゲームに使う、ランダムで数を表示するサイコロという道具があるのだが……」
「ああ、サイコロね。それ、俺達の文化にもあるよ」
独自の固有名詞があるのだろうが、『サイコロ』と自動翻訳されて聞こえた。
「そのサイコロの数を表わすのに、数字を使うのではなく色を塗り分けていたのだ」
「へえ、特定の数に対応した色があるわけか」
「うむ。だが、今の時代だと、色での塗り分けでなく、対応した数だけ小さな模様を彫りこんでいた」
模様の数を数字の代用とする。まさしく俺が知っている六面のサイコロだ。
「それもあと何年か経っていたら数字が生まれていたかもなぁ……」
「私もそう思う」
そのような会話を進めるうちに、エルフの人口は増えていった。
ちなみに草原には小動物が多くいたが、素手のエルフには捕まえられなかったようだ。
湖畔には貝が大量に転がっていたようだが、エルフは食べなかった。おそらく、火を通さないと貝毒があるので食べられないのだろう。
結局、エルフの全人員を林に放って食糧を溜め、エルフの数を増やした。
そして、いよいよ魔法をエルフに伝える時が来た。
≪支配地域にエレメントが満ちました! エルフに火の魔法を伝えてみましょう!≫
「火の技術を我が子に伝える。私は魔法を知らぬが、使いこなしてみせるのだ」
そう言ってゼバ様がメニューを操作すると、灰色のモノリスに三角形の図形が浮かび上がった。
図形は煌々と光り輝き、エルフ達の注目を集めた。
それからしばらくして、図形の中心から火が噴き出す。
その様子をエルフ達は驚きの表情で見つめていた。
『火の発見! バッヂ[プロメテウスの火]獲得!』
おや、今までのとは様子の違うシステムメッセージが表示されたぞ。
なんだろうか。俺は、虚空にいるヒスイさんに今のバッヂについて尋ねた。
『ヨシムネ様に解りやすく言うと、バッヂは実績解除、トロフィーに相当します。特定のゲーム進行を成し遂げた証です。今後、ゲーム中で特定の行動を取るたび、成果を評してバッヂが進呈されます』
「トロフィーかぁ」
「ふむ。勲章のようなものか」
この要素はちょっと予想外だったぞ。
21世紀の一部ゲームハードでは、ゲームごとに定められた目標を達成することで、達成の証が貰え、その証をコレクションすることができた。実績解除、トロフィーなどと呼ばれていた要素だ。
証をコンプリートすることで、コンプリートを証明する最高評価の証を貰えることもよくあった。そのコンプリートの証が、最後までゲームをプレイするモチベーションになっていた。
だが、ゲームをプレイしていて、ゲームそのものを楽しむことが目的なのか、それとも証を集めることが目的なのか、解らなくなってしまうこともあった。
証を集めるために、興味のないプレイ方法を試すということも日常茶飯事。ゲームを味わいつくすための指標にはなってくれるが、何も全てを味わいつくすだけがゲームの楽しみ方ではない。
楽しめるところだけをさらっと触るという遊び方も、悪くはないのだ。
だが、コンプリートの証のために無理に本腰入れてプレイしてしまい、無駄に疲れてしまうということは、21世紀にいたころによく経験したものだ。
しかし、この宇宙3世紀のゲーム事情は21世紀とは違う。
実績解除もトロフィーも基本的に存在していないのだ。
人類の大多数がVRゲームになんらかの形で触れるこの時代、プレイヤーに対してプレイ方法を強要する可能性のあるこの要素は、あえて排除されているらしい。
幅広い層に気軽にゲームへ触れてもらうために、人のプレイ方針を誘導する要素はいらないということだ。
と、そのようなことを語った俺だが、ヒスイさんの答えは……。
『このゲームはプレイヤーのプレイ方法で文明が分岐するといった要素はありません。ゲームクリアするためには、用意された要素に全て触れる必要があります。ですので、このバッヂは特殊なプレイ内容をたたえる証の類ではなく、順調にゲームが進行している証明としての証となっています。ゲームクリア時に手に入るバッヂが、すなわちヨシムネ様が言っていた全ての要素に触れたことを示すコンプリートの証となります』
「おおう、分岐とかないのか」
『はい。世界の住人も複雑なAIを積んでいませんし、何度プレイをし直しても、文明は必ず同じ発展をします。研究する項目の前後程度はありますが』
「本格派のゲームではないんだな」
『なにせ、このゲームの販売価格は、ジュース一杯程度ですから』
「やっすいよなぁ……」
『クレジットを使いこみすぎて、次のクレジット配布までどう過ごそうかと困っている方でも、気軽に買えるゲームです』
「インディーズゲームってわけでもないよね?」
『そうですね。行政府に認可されている正式なゲームメーカーが開発した、商業ゲームです』
「作りこみが少ないとしても、その価格で採算取れるのかなぁ……」
そんな俺の素朴な疑問にも、ヒスイさんは明確な答えを用意していた。
『今の時代におけるゲームとは、日常生活を送るために必要不可欠な福祉、すなわちインフラの一種です。たとえ採算が取れなくても、ニッチな内容を好む層や、ゲームにクレジットをかけたくない層でも、ゲームを楽しめるように配慮する必要があります』
「ゲームがインフラ扱いとか笑えてくるな……。てか、採算取れなくていいのかよ」
『これまで何度もご説明してきたとおり、企業は大元を辿ると、全て行政府に繋がっていますからね。たとえ業績は赤字でも、活動内容が社会の役に立っていると判断されれば、その企業が潰れることはありません』
「なるほどなー」
「ふむ。話は半分ほどしか理解が及ばないが、このバッヂという物はヨシムネの主張と違って、害がないのだな?」
「ああうん。そういうことらしいね」
『遊戯に害か』『遊戯に本腰を入れすぎることが害になるという理屈が、理解できない』『遊びすぎると睡眠をおこたるのは解る』『そういう話ではなかっただろう?』
トロフィーの弊害は、実際に経験してみないと理解しきれないところがあるかもなぁ。別にトロフィーを埋める義務はどこにもないのに、どこかゲーム側に遊び方を強要される感覚が付きまとうというか、なんというか。まあ、今の時代に存在しないなら、理解してもらう必要もないか。
さて、火の技術を魔法という形で手に入れたエルフ達。
どうやら地面に木の枝で三角形を描き、気合いをこめると火が出現するようだ。
そんな新技術に沸くエルフ達だが、ふと神であるモノリスへ火に関係ない要求を出してきた。
≪人口密度が増えたので、エルフがプライベート空間を欲しがっています≫
「おお、とうとう家を建てられるのか」
ゼバ様が嬉しそうな声音でそんなことを言った。地べたで過ごす野生の生活を送るエルフ達が、よほど気にくわなかったらしい。
メニューを操作したゼバ様は、エルフ達に林へと採集へ行かせ木の枝を集めさせる。そして、すぐさま家の建築を指示した。
すると、家というかサバイバルで建てそうな、木と葉っぱのテントとでも言うべき物体が複数作られた。
「これが人間の都市風景……」
「なわけないでしょ。この前、マンハッタン・アーコロジーのストリートを見たじゃないか」
「冗談だ」
そのゼバ様の冗談に、視聴者達は馬鹿受け。たいがいにせーよ、お前ら。
「さて、風が吹けば飛んでいきそうな建物だが、研究所も建てるとしようか」
ゼバ様がメニューを操作すると、とりわけ大きな木のテントが立つ。
≪研究所が完成しました! エルフに新たな技術を研究させましょう!≫
「まずは何から研究するか」
メニューに表示された研究項目は、土器、狩猟道具、衣服の三つ。
その中から、ゼバ様が注目したものは……。
「ふむ、狩猟道具からだな」
「いや、待つんだ。ここは土器からがいいと思うぞ」
俺はゼバ様の決定に異を唱えた。
「なぜだ。食糧を確保しなければエルフを増やせない」
「ヒトは動物の生肉をそのままでは食えないんだ。火を通す必要がある。そして、火を通す必要がある食糧は、他にも貝とドングリがある」
「ふむ」
「そこで、土器だ。水を土器の中に入れて、火にくべると水の温度が上がってお湯になる。そのお湯に肉や貝、ドングリを入れると、食べられるようになるんだ」
「なるほど、水が液体のまま存在する環境なのだったな」
『まるで地底湖のようだ』『ああ、あの美しい場所か』『あそこは寒くて長居ができないことが残念だ』『道具人形の身体なら滞在できるのでは』『ゲームの湖畔も美しい』
へえ、地底湖なんてあるのか。惑星ガルンガトトル・ララーシの観光スポット巡りも時間があったらしてみたいなぁ。
「水を温めて食材を浸す、か。それが人間の原始的な料理方法なのか」
「ああ。生肉程度なら枝に刺して火にくべてもいいんだが、ドングリまで考えると土器がいいと思うぞ」
そうして、ゼバ様はエルフの研究者に土器を開発させ、エルフがまた一歩文明的になった。
エルフが作り出した土器は、シンプルな形。その飾りっ気のなさに、視聴者達から不満が漏れるが、ゼバ様がさらに研究所で土器の装飾を研究させることで、コメントは大盛り上がりになった。
ギルバデラルーシにとっては、未知なるヒト種族の文化だ。その発展が興味深いのだろう。
改めて、このゲームを選んでくれたヒスイさんに、俺は心の中で感謝を述べることにした。