197.al-hadara(文明シミュレーション)<1>
パズルゲームによるゲルグゼトルマ族との融和は成り、ゲーム振興は次の段階へと進むことになった。
次の段階。それは、人類が普段どのようにして、ゲームを遊んで過ごしているか。
すなわち、MMORPGの紹介だった。
SCホームにて、俺はゼバ様と次のゲームの打ち合わせを行なう。
次は、他の部族も入れて『Stella』を配信する予定になっている。その『Stella』がどのようなゲームか、俺はゼバ様に一つずつ語っていた。
「というわけで、MMOは、一対一で対戦ができたパズルゲームをより大人数に広げたゲームで、何万人、何億人という人が、ネットワークを通じて同じ世界を共有するわけだ」
「なるほど。スケールが大きいな」
「その中でも『Stella』は、複数の世界を内包していることが特徴だ。とてもせまい世界や、一面が砂に覆われた世界、強者が支配する世界、魔法が発展している世界、科学技術が発展している世界、超能力を研究している世界って具合にな」
「魔法とはなんだ?」
「はえ?」
ゼバ様の疑問の声に、俺は思わずマヌケな声を出してしまった。
「魔法、知らない?」
「聞いたことのない単語だ」
オイオイ、自動翻訳機能、抜けがあるんじゃないか。
「魔法ってあれだぞ。不可思議な力で、何もないところから火をおこしたり、氷を作ったり、空を飛んだりするやつだぞ」
「それは超能力ではないのか」
「ええっ……それは魂由来の力だろう? 魔法はこう、魔力だとか、大地の力だとか、精霊の力だとかを使ってだな……」
「魔力とはなんだ? 大地から得られるエネルギーなどあるのか? 精霊とは架空の存在ではないのか?」
「そう、架空の、空想上の、ありえない不思議な力を言うんだよ!」
「神の奇跡のことか?」
「微妙に違う!」
俺は、なんとかゼバ様に魔法がどんなものなのか、とぼしい語彙を駆使して説明した。
「ふうむ、時に技術であり、時に荒唐無稽な力である、架空の技か。そのような空想は、私達の文学には登場しなかったな。現実にありえない、架空の超能力は夢想するのだが」
「超能力でなんでもできた弊害かなぁ……? 俺達人類って、超能力が使えるようになったのって、かなり科学技術が発展した後なんだよ。だから文明が未熟なころに、こんなことできたらいいなという妄想で魔法の概念が生まれた。それと、人類が未熟だったころは、何もないところで雷が落ちたり、発火したり、地震が起きたりしたら、魔法の存在を仮定するしかなかったんだ。魔法使いが何かをしたんだ、とか、魔法を使える不思議な生物が何かをしたんだ、とかな」
「なるほど。興味深い。だが、いまいち魔法の実例を見ないことには想像がつかないな」
「『Stella』で実際に魔法を見てみるか? あのゲームの魔法ってシステマチックだから、超能力との区別が難しいかもしれないが……」
俺は、腕を組んでむむむと頭を悩ませる。
すると、ヒスイさんが横から会話に割って入ってきた。
「魔法を主題に扱う、簡単なゲームをプレイしてみてはいかがでしょうか」
「むむ、それはいいかもしれないが……」
ヒスイさんの提案に、俺は少し考える。フローライトさんから頼まれた『Stella』のプレイ日程を考えたら、そのゲームに割ける時間は二日か三日ほどだが……。
「大丈夫です。以前、ヨシムネ様の配信用に選定したゲームがありまして、それほどプレイ時間は長くありません」
「行政府の推薦ゲーム?」
「いえ、そのような大層なゲームではありません。販売額も非常に安価で、外でジュースを一杯飲むのに必要な程度のクレジットしかかかりません」
「やっす。ワンコインじゃん」
それなら、ちょっとやってみるのもありかもしれない。
「なんてゲーム?」
俺はヒスイさんにそう尋ねると、彼女はすぐさま答える。
「『al-hadara』。神様になり、支配下の種族を世界の覇者に育てあげる、魔法文明発展シミュレーションです」
◆◇◆◇◆
いにしえの時代、無の世界に二柱の神が生まれた。
光を司る白の神と、闇を司る黒の神である。
二柱の神は無の世界を支配しようと、光と闇それぞれの領域を広げていく。
やがて無の世界は、光と闇に満ちた。
無が消え去り、新たに支配できる無の領域がなくなった二柱の神は、それぞれの支配領域を互いに奪い合うようになった。光と闇は相容れなかったのだ。
領域の奪い合いを繰り返した二柱の神は、世界の中心でとうとう相まみえ、互いにぶつかり合い相打ちとなった。
世界の支配者たらんとした神は二柱とも死に絶え、白の神の遺骸はバラバラになって無数の星々となり、黒の神の遺骸は世界の中心に横たわり巨大な大地となった。
白い星々は光を発し世界の隅々を照らし、黒い大地からは怪物が湧きだし世界をうろつくようになった。
大地と星が生まれてから長い月日が経った。
ある日、大地にいくつかの星々が引き寄せられ、墜落した。
闇の大地に光の星が混ざり合い、世界に不思議な力が満ちた。それは、火、水、風、土の四つのエレメント。
闇の大地の上に熱が満ち、大地のくぼみに海が湧き、大地の周囲に空気が流れ、大地の表面を土石が覆った。
さらに、大地の上にいた怪物達がエレメントによって変質し、新たに植物や動物へと生まれ変わった。
そして、一際大きな星が大地に大きく突き立ち、エレメントを生み出す灰色の物体となった。
神の残滓とも言えるわずかな意思が、その物体には宿っていた。
その意思は一つの目的を持っていた。それは、世界に自らの領域を広げること。
だが、灰色の物体は神の遺骸の成れの果て。領域を広げるために自ら動くことはできない。
ゆえに、灰色の物体は考えた。己の領域を自発的に広げる生物、すなわちヒトを作り出そうと……。
≪あなたは灰色の物体モノリスです!≫
≪あなたの支配領域を世界中に広げるため、ヒトを生み出し文明を発展させましょう!≫
壮大なオープニングが終わり、俺とゼバ様は幽霊のような存在になり、大地に突き立つ灰色のモノリスの上に浮遊する。
目の前には、ゲームのメニューが開かれており、『種族創造』という文字と、『実行』というボタンが表示されていた。
「じゃ、オープニングも終わったみたいなので、ゼバ様の操作で進行していこうか」
「うむ。任せるのだ」
「文字は読める?」
「すでに習得してある」
『さすが』『よきかな』『数字は優先して覚えた』『物語を物理的に残せる技術は素晴らしい』
あ、視聴者コメントがあるので解るとおり、今回もゲルグゼトルマ族に配信を行なっている。今度『Stella』の配信も行なうので、少しでも多くの者達に魔法という概念に触れてもらおうという試みだ。
「どれ、この『実行』を押すのだな。宗一郎がよく機械のパネルにあるボタンを押していたので、馴染みがある」
≪ヒトが創造されました! 寿命がなく、とても賢く、手先が器用で、勤勉で、雌雄が存在しない生物です! このヒト種族をエルフと名づけます!≫
モノリスの前に、貫頭衣を着た金髪白肌長耳の人間が三人出現した。まさしくエルフである。
ゼバ様は、そのエルフ三人を興味深そうに眺めた。
「人間とは、少し頭部の造形が違うか?」
「おお、耳しか違わないのに、よく判ったな。エルフって言う架空の人型種族だ。魔法に秀でているとされることが多い、ファンタジー世界の住人だな」
「エルフか。覚えておこう」
エルフ達は、その場をキョロキョロと見回している。
それを眺めていると、システムメッセージが追加で流れた。
≪エルフが生きるには食事が必要です! エルフに指示を出して、食料を確保しましょう!≫
すると、目の前にまたメニューが開き、『採集指示』という画面になった。
それを見て、ゼバ様が言う。
「採集か。原始的だな。農業はできないのか?」
すると、この場にはいないヒスイさんの声が響く。
『農業などの知的な行動を新たにさせるには、エルフ達に研究をさせる必要があります』
「……ええと、メニューの中にそれらしい項目がないけど、研究ってどうやったらできるの?」
ヒスイさんの解説に、俺はさらに質問を重ねた。
『研究施設を建設すると可能になります。ですが、エルフはまだ野ざらしで生きる原始人です。素直に採集させましょう』
「と、いうことらしいぞ」
「ふむ。助手を名乗るだけあって、ヒスイの指示は的確だ。どれ……」
ゼバ様がメニューを操作し、『採集実行』を選ぶ。すると、支配地域一覧という画面に移り、草原、湖畔、林と、採集に行ける場所が三つ表示された。
「む。どれがどのような場所か判らぬ」
「あー、惑星テラ固有の地形だもんな」
俺は順番にそれぞれの場所の説明を入れていく。
草原は、草という背の低い植物が生い茂っている場所。食べられる物が採れるかは未知数。
湖畔は、惑星ガルンガトトル・ララーシでは水蒸気として存在する水分が液体となって、一面に広がっている場所。魚や貝類といった生き物が採取できる可能性がある。
林は、木という背の高い植物が生い茂っている場所。木の実という植物の子が実っている可能性がある。
「ふむ。動物は、産まれたばかりのエルフが狩るには厳しかろう。彼らは素手だ。そうなると、動かない植物の子を採取するのが一番だろう」
『妥当な判断』『大長老は判断を誤らぬ』『なにせ今は神』『ただの灰色の石にしか見えない』『本当に神なのか?』『神の死骸』
「神かどうかは知らぬ。私はただエルフ達を導くのみだ」
ゼバ様は視聴者コメントにそう答えながら、林での採集を実行した。
すると、エルフ達がモノリスを見上げ、しばらくじっと見つめる。それから、ゆっくりと振り返り林の方へと移動していった。
『エルフ達の行動は時間スキップすることで、結果の段階まで進めることができます』
「む。エルフの採集を見守りたいのだが……」
『じっくり見ていると、数時間採集する様子を観察することになります。それだけで配信の時間が終わってしまいますよ』
「仕方がない。時間を飛ばしてみるとしよう」
ヒスイさんとゼバ様がそんな会話を交わし、ゼバ様は素直にメニューの時間スキップを選択した。
背景が一瞬暗転し、林に向かったはずのエルフ達三人が、モノリスの前で採集の成果を広げている。
結果表示によると、採ってきた物はキイチゴ、クリ、ドングリ。エルフ達はツタを編んだカゴに入れて、それらの成果を持ち帰っていた。
賢い種族というのは本当らしい。即興でカゴを作るとは。
『興味深い』『どれがキイチゴだ?』『クリとドングリは仲間なのか?』『本当に食べられるのか?』
採集してきた木の実を見て、視聴者コメントが盛り上がっている。
そして、エルフ達がおもむろにキイチゴに手を伸ばし、素手で掴んで口に運んだ。キイチゴを食べたエルフは、笑顔を浮かべる。どうやら美味しかったらしい。
さらにエルフは、そこらに転がっていた石でクリの鬼皮を割って、中をほじくって食べ始めた。
「あれ? クリって生食できるの?」
俺がそう言うと、ヒスイさんが返してくる。
『可能だそうです。ですが、オーガニックのクリは、中に虫が住み着いている可能性が高いですね』
へー、生食できるのか。そりゃ、知らんかった。クリは栽培していなかったからなぁ、俺の実家。
エルフ達は最後にドングリを手に取るが、困ったように首をかしげた。
≪ドングリは生食できません! エルフに火の技術を伝える必要があります!≫
そんなシステムメッセージが流れ、目の前のメニューに『エルフに火の力を授ける』という項目が現れた。
「む。これが魔法の力か?」
ゼバ様が、早速、力を授けようとする。
≪支配領域に満ちるエレメントが足りません! エルフを増やす必要があります!≫
「む。では、エルフを新たに誕生させるか」
≪食糧が足りません!≫
「むう……」
『キュイキュイ』『考えが足りないな』『子を増やすのは食糧をたくわえてから』『当然のことだな』『大長老は、いくさの時代に生きていたから、後先考えぬ出産を推奨していたのではないかな』
「むう!」
視聴者達、意外とゼバ様に容赦ないな!
だが、俺は味方だぞ……。新たに採集の指示を出すゼバ様を俺は暖かく見守るのであった。
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