188.おせち作り<1>
「どうもー、21世紀おじさん少女だよー。今日はお料理配信だ!」
『わこつ』『わこっつ』『来たか、試練の時が!』『いい加減、刃物にも火にも慣れてきた。画面を通して見るのはだけど』『今日もヨシちゃん可愛いね(はぁと)』
今日のライブ配信はリアルからのお届け。もう何度目かになるお料理回である。
「似合うだろー。ハートのワンポイントつきのフリフリエプロンで、21世紀の新妻スタイルをイメージしたぞ!」
『新妻!』『なにその響き素敵』『ヨシちゃんもすっかり女子に染まっちゃって』『毎回どんなコスプレするか楽しみです』
コスプレかぁ……。まあ、配信時の格好は、ファッションというよりコスプレ衣装と言った方がいいような服が多いけどさ。
「今日はいつもより人数多めでお送りするぞ。さ、それぞれ自己紹介を」
「はい。いつもの私、助手のヒスイです。今日は私もフリフリのエプロンです」
いつもの行政区の制服の上にエプロンを着けたヒスイさんが、カメラ役のキューブくんに手を振った。
そして、次だ。
「こんにちは! ヨコハマ・アーコロジー観光局所属のハマコちゃんです! 今日はお料理頑張ります!」
ご存じ、ヨコハマ観光大使のハマコちゃん。ハロウィン放送以来の登場だ。
「皆様、ごきげんよう。ヨシムネお姉様唯一の妹、サナエです。そう、唯一の妹です。ポッと出の従妹なんかに妹キャラの座は渡しませんよ!」
「なに言ってんの、サナエ……」
妙なことを言いだしたミドリシリーズのガイノイド、サナエに、思わず突っ込みを入れる俺。
『従妹とな』『何? そんなのいるの?』『えっ、でもヨシちゃんってタイムスリッパーだよね?』『まさか二人目の21世紀人が?』
「いやいや、それはない。ただ単にこの前、ミドリシリーズの人に、俺の家族の話をしただけだ。その中に、年下の従妹がいただけって話」
「お姉様、明らかにその子を妹として扱っていましたよね!」
「えー、どうだろ。まあ、ヨシ兄さんとは言われていたけど」
「やっぱり! そしてお姉様は、その子に自分が愛されていたと妄想するくらい、従妹さんを気に入っていたご様子。さらに、お姉様は妹属性のキャラが好き! 由々しき事態ですよ!」
「妄想言うなや」
いや、確かに結婚相手として狙われていたというのは、俺の願望がちょっと入っていたかもしれないが!
いいじゃん、女子高生に結婚を望まれていたとか考えるくらい、いいじゃん!
「なので、改めて主張しておきます。ヨシムネお姉様の妹は、私だけです」
「今はフローライトも居ますが」
サナエの主張に被せるように、ヒスイさんが横からそう突っ込みを入れた。
ああ、うん。俺がこのボディにソウルインストールされた後に製造されたミドリシリーズの子、サナエ以外にもフローライトさんがいたよな。
「あの子はミドリシリーズのネットワークに全然姿を見せないので、ノーカンですよ」
機密性の高い異星人との交流事業を担当しているから、仕方がないんじゃないかなぁ……。配信中なのでそこは言えないけど。
「まあ、サナエの主張はその辺にしてくれ。今日のゲストはもう一人いるからな。さっきから画面端で見切れてニヤニヤ笑っている人どうぞ」
「ひどい扱いだなぁ。いや、ミドリシリーズの新しい子が楽しくやっているようで、嬉しくてね。あ、どうも。僕は、たまたまヨコハマに来ていたらここに連れてこられた、ニホンタナカインダストリ所属のタナカ・ゲンゴロウだよ。配信に映るのは久しぶりかな?」
俺も会うのは芋煮会ぶりのタナカさんだ。ミドリシリーズを製造している第一アンドロイド開発室の室長をしている。
今日はいつもの白衣姿の上に、フリフリのエプロンを着けている。これしかなかったんだ、仕方がない。
「以上の五人で本日はお送りするぞ!」
俺はそうまとめて、キューブくんにキメ顔を向けた。
『多いな!』『わちゃわちゃしそう』『料理で五人って多くない?』『何作るんだ?』『それより、タナカ室長は生身の人間だけど、ヨシちゃん流の料理とか大丈夫?』
ああ、この時代の人達は刃物と火が駄目ってやつか。
そこは事前に確認したから問題なしだ。
「タナカさんは、火を使う鉄板焼きに近寄っても大丈夫な人だからな。あの芋煮会配信の参加者だ。焼肉だって食える」
「さらに言っておくと、仕事柄、機械加工で刃物や溶接機を扱うこともあるんだ。料理程度は問題ないよ」
俺の説明に、さらに追加でタナカさんが情報を出してくる。
うーん、この御曹司、思ったよりもしっかりした人だぞ。この時代で一級市民として働いている人なんだから、そこらの人とは色々違うってことか。
「というわけで、このメンバーで品数の多い料理を作るぞ。なので、今日は自宅のキッチンではなく、大人数で料理できるよう、ヨコハマ・アーコロジー内にある文化会館の調理室をお借りしているぞ! しかも、特別に21世紀風のガスコンロを用意してくれている……至れり尽くせりだな!」
カメラ役のキューブくんが引いていって、室内を映していく。
五人が動き回ってもまだまだ余裕のある調理室である。ガスコンロも五口用意されている。
『本格的やん』『いったい何を作るのか』『クリスマス料理か?』『冬至のお祭りか。伝統料理があるんだよね?』『七面鳥』『ブッシュ・ド・ノエル』『コーラ』『ミンスミート・ミンスパイ』『コーラは何か違くねえ?』
クリスマス料理か。それもいいんだけどな。
「ここでみんなに一つお知らせだ。明後日から、俺とヒスイさんは宇宙暦300年記念祭の現地入りをするので、今年の配信は今回が最後だ。次の配信は、記念祭が終わって帰宅した後だな」
『うわ、本当かよ』『俺の唯一の楽しみが!』『君は普通のゲームも楽しんであげて』『仕方ないけど、寂しいなぁ』
「というわけで、今日作るのは、年内に作って、新年に食べる伝統料理だ。その名も、おせち!」
俺がそう宣言すると、事前に打ち合わせていたとおり、他の四人が拍手をする。
「おせちとは! 解説のヒスイさんよろしく」
「はい。おせちとは、ニホン国区で正月に食される、伝統的な料理です。元々は正月の他にも季節の節目に食べられていた料理ですが、ヨシムネ様のいた21世紀初頭では、おせちと言えば正月料理を指したようです。正月は餅料理以外で極力火を使うことを控えるという風習が、かつてのニホン国区にあったようでして、そのためおせちは年明け前に仕込まれる保存性の高い料理だったようです」
うんうん。火を使うことを控えるとか、俺の時代ではみんなやっていなかったけどな。
それよりは、年明け前に料理を作っておいて、新年は厨房で働かなくて済むという利点の方が大きいだろうな。
「おせちを構成する料理の品数は多く、彩り豊かで華があり、まさに新年に相応しい料理と言えるでしょう」
そのヒスイさんの言葉を引き継いで、俺が言う。
「品数が多いので、今回は五人がそれぞれ別の料理を作っていくぞ。完成したものは、お重に詰めてから時間停止させ、年明けに改めて実食になる」
『今日は食べないのか』『試食は?』『うわー、味覚共有機能がオンになってない!』『せめて味見を!』
「品数が多いので味見していたらキリがないから、駄目です!」
俺は胸の前で両手をクロスさせ、×の字を作って味覚共有機能の使用を拒否した。
おせちの実食時はライブ配信するつもりなので許してほしい。なお、正月は記念祭の開催日だが、現地で配信を許可されるかは不明だ。
「それじゃあ、料理を作っていくぞ! アレ・キュイジーヌ!」
20世紀の料理対決番組の主催者を真似て言ってみたが、みんなからは見事にスルーされた。
おおう、そもそも自動翻訳機能があるから、俺がフランス語で演技して喋ったことに、そもそも気づかれていないかもしれない。
それは仕方ないとして、俺は早速、自分の担当料理に取りかかることにした。
俺の担当料理一発目は、伊達巻きだ。何気に、難易度が高い料理を割り振られている気がするぞ!