184.宇宙暦300年記念祭事前説明会<2>
俺が驚きの事実に固まっている間にも、サンダーバード博士の話は続く。
「わざわざ今回、皆にこの仕事を受けるかの最終確認をしているのも、これが理由だ。異星人の住む惑星に向かい、異星人に向けて歌を歌うということを了承してもらえるか、確認が必要だというわけだ」
「なお、今回の仕事を受けるにしても受けないにしても、惑星ガルンガトトル・ララーシが記念祭の舞台となることと、異星人ギルバデラルーシと人類との間で既に交流が成立していることについては、外には漏らさないでいただくようお願いします。事前にお知らせしたとおり皆様には守秘義務があります」
サンダーバード博士に続くように、フローライトさんが言った。
守秘義務とか知らんぞ。ああでも、以前、ヒスイさんに小難しい文章を見せられたような……。守秘義務が生じるとか言われたような……。ゲームで遊んでいて、すっかり記憶から抜け落ちていたが。
く、機械の身体なのに記憶力は特に高まっていないの、本当にどうかと思う! 計測能力とかはばっちりついているのに!
「さて、そこまで了承してもらったところで、皆には異星人であるギルバデラルーシについて説明しよう」
サンダーバード博士はそう言って立ち上がると、背後にある壁に手を触れる。
すると、白かった壁に画像が浮かんできた。壁はモニターだったようだ。
そこに映っていたのは、灰色をした岩人形とでもいうべき生命体だった。
ゴツゴツとした外殻を持ち、四肢が存在し、二本足で立っている。その傍らにはサンダーバード博士が立っている様子が映っており、身長を対比すると、異星人の体高はサンダーバード博士の二倍以上ある。
岩でできたような外殻だが、顔はつるんとしており、銀色に光っている。
「これがギルバデラルーシだ。銀色で光沢のある身体をしている。外側にまとっている物体は彼らの正装で、岩の鎧だな。人類と同じく直立二足歩行で、手の指は八本ずつある器用な種族だ」
八本指! そりゃまた器用そうだ。
「体高は3メートルから6メートルほどまで。身体能力は、腕力は強いが動き自体は人類よりやや遅めだな。だが、彼らには一つ特長がある。それは、超能力が使えるということだ」
その言葉に、周囲から「おおっ」と声が上がる。
超能力が使える生物。それは、惑星テラにおいて人類以外には存在しない。
人類が宇宙進出した先には、植物に覆われた星、惑星ヘルバなども存在した。だが、そこでも超能力が使える生物は発見されなかったと、いつだったか食事時にヒスイさんから聞いた。
「彼らと意思のやりとりが成立したのも、テレパシーでイメージの交換ができたおかげだ。ちなみに、超能力が発達しているということは、魂への造詣も深い。彼らの生活圏には死後の魂を収める『魂の柱』という物体が存在している」
サンダーバード博士が手をかざすと、壁に黒い柱が映し出される。
「『魂の柱』には、ソウルサーバのように死後の魂が自発的活動を行なえるような機能はなく、魂に安息を与え眠らせるための機能しかない。言ってしまえば、手製の死後の世界だな。彼らは、この宇宙から消滅した魂が辿り着く別次元の存在を信じていない」
この宇宙3世紀では、魂の研究も進んでいる。
その研究で、人が死んだ後に長時間経つと、魂が消滅することが確認されている。だが、現在の技術では、その消滅した魂がいったいどこへ行っているのかが解明できていないらしい。
完全に消滅してしまうのか、死後の世界、いわゆる冥界や天国や地獄が別宇宙にあってそこへ行くのかどうか、確認できないのだ。
「彼らと我々の文明が接触してから、彼らに最初に求められたのは、彼ら向けのソウルサーバの開発だった。どうやら、彼らも肉体的な死後も活動できることは、魅力的に映るらしい。現在、ギルバデラルーシ用のソウルインストール可能なアンドロイドの開発も進められている」
そう言って彼が壁面に映したのは、全身銀色の人型生命体。これが、岩の鎧という正装を装着していない彼らの姿なのだろう。
横に書いてある文字を読むに、これはアンドロイドらしい。ケイ素生物用アンドロイドか。
「アンドロイドのボディはできたのだが、頭脳部がな。現状の有機コンピュータに替わる、有機ケイ素化合物で構築した高度コンピュータの開発が難航している。これの完成度が上がれば、AI達は炭素のくびきから解き放たれ、より高度でメンテナンスフリーな存在に近づくのだが……」
ケイ素コンピュータかぁ。それって普通の集積回路じゃないですかねって突っ込みたくなるけど、きっと違うんだろうなぁ。
そして、歌とか記念祭とかに縁がなさそうなAI研究者のサンダーバード博士がここにいるのも、異星人と交流してケイ素コンピュータの技術を確立するためなのだと察せられた。
「さて、身体は見たので、次は精神面の話をしよう」
サンダーバード博士が、壁面にまた新しい画像を表示させる。
それは、都市らしきもの。それは、人類の物とは全く様相が違う、独特な建築様式をしていた。
その建物のどれもが一階建て。異星人の身長は3メートルから6メートルと、非常に幅があるため、6メートルの者に合わせて二階建てにすると3メートルの者が使いにくい、とかがあるのかもしれないな。
「彼らは非常に高度な精神文明を築いている」
サンダーバード博士が、都市内部の建物内を表示させながら言う。
そこには、リクライニングチェアのような物に座る異星人の姿が写し出されていた。
「彼らは、普段ほとんど建物の外を出歩くことがなく、じっと動かず過ごしている。必要な物は、透視能力で外を見て、サイコキネシスで物を動かして近くまで持ってくる。今の人類に負けないくらい出不精で引きこもりだな」
自らのジョークに、小さく「ふふっ」と笑いながら、サンダーバード博士は続ける。
「彼らは記憶力が高く、テレパシーで高度な情報のやりとりが可能なため、文字の概念がない。だが、文字はなくともテレパシーでやりとりする文学は発展している。文字がないからといって、文明レベルが低いなどと侮ってはいけないぞ」
おおう、文字がないのか。めっちゃ不便そうだけど……。
「彼らは互いにテレパシーでやりとりして、情報を補完し合っている。そして、誰かが欠けてもその情報が失われることはない。各人の脳に当たる器官で、分散型ネットワークを構築しているわけだ」
そりゃすげえ。人力でそこまでできるなら、確かに文字も必要なさそうだ。
「生物である以上、彼らもエネルギー補給は必要だ。食性は結晶食で、ケイ素化合物の鉱脈をサイコキネシスで掘り、パイロキネシスやエレクトロキネシスで結晶に精製する他、知性を持たない他生物を捕食することもある。惑星上に水分は存在するが、直接水は飲まない」
彼らの食糧なのか、青いペレットらしきものが壁面に表示される。これをボリボリ食うわけか。
消化はどうしているのかね。水は飲まないらしいけど、食道で結晶を溶かすための触媒は必要だよな。
「捕食の習性を持つということは、彼ら以外の生物もこの惑星上に存在する。いずれもケイ素生物だ。かつては、惑星の支配権を巡って彼らと対立していた、知的生命体が存在したらしい。その種族は超能力が使えなかったため、彼らギルバデラルーシに滅ぼされたらしいが」
滅ぼされた、といったところで、周囲がざわめく。
「ああ、安心してほしい。ギルバデラルーシは極めて温厚な種族だ。敵対種族があまりにも獰猛すぎて、根絶やしにするしか安全を確保できなかったらしい。我々人類やAIに対しては、最初のコンタクトから一貫して紳士的だ」
その言葉を聞いて、俺の隣でノブちゃんがほっとした表情を浮かべていた。
ああ、相手が野蛮な種族だったら、ノブちゃんなんかは確実に記念祭に出場しないって言っていただろうな。
「彼らは文字を持たないだけでなく、計算機も持たない。暗算能力が高すぎて、機械に頼る必要性を感じていなかったのだろう。だから、コンピュータも未開発で、デジタルゲーム文化もない。今回惑星に同行してもらう者の一部には、彼らにゲーム文化を紹介する役割を割り振る予定だ。彼らは娯楽に飢えているからな」
それは、俺達ゲーム配信者へのお仕事かな?
俺、閣下、ノブちゃんの三人で、ゲームを教えることになるかもしれないな。
「さて、デジタルゲームの文化はないと言ったが、音楽文化はある。彼らは一歩も動かずに超能力で生きていくことができるので、暇を持てあましている。なので、普段は楽器を打ち鳴らし、歌を歌って過ごしている。そこで、今回の記念祭だ」
壁面の画像を消して、サンダーバード博士が正面を向く。
「君達には、ギルバデラルーシへ、人類の持つ音楽文化を伝える役割を担ってもらう。異文化交流だ」
その言葉を聞いて、周囲にいる人達の雰囲気が変わった。
覇気が出たというか、真面目なお仕事モードになった感じがする。ううむ、みんなプロだな。
「彼らの音楽は素晴らしいものだが、人類が育んできた文化も負けていないということを、彼らに示してほしい。そうすることで、私達人類は、本当の意味で彼らに認められることだろう。私からは、以上だ」
サンダーバード博士が着席し、どこからともなく拍手が送られる。
俺も、場の雰囲気に合わせて拍手を送っておいた。
そして、拍手が止み、フローライトさんから詳しい日程が説明される。
どうやら、来週には向こうの惑星入りをするらしい。むむ、忙しくなるな。
そして、確認が済み、48時間以内に記念祭へ出場するかの決定をしてほしい旨を伝えられ、この場は解散となった。
サンダーバード博士とフローライトさんが退出し、周囲の空気が弛緩する。
「ふいー、驚きの事実だったな」
俺は横にいるノブちゃん達にそう話しかけた。
「あわわ……どうしましょう……」
「おっ、ノブちゃん、出場迷っている感じ?」
「えっ……いえ、そうではなく……」
むむ? では、いったいどうしたというのか。
「歌う曲は、出場者側が決めるようにと……出場確認書の要項に書いてありまして……」
「マジか。俺、持ち歌なんてないぞ」
「私もです……。しかも、異文化を持つ異星人にも……伝わるような歌詞の曲が推奨らしいです。恋愛ソングは……まず意味が伝わらないそうで……」
「うわあ。それで持ち歌潰される出場者は、相当いるんじゃないか」
そこまでノブちゃんと会話を交わしたところで、閣下が横から言った。
「ヨシムネは適当に21世紀の歌を歌えばよかろう」
「適当すぎる……! でも、俺に求められているのってその路線だよな!」
「あっ、それなら……私も21世紀か、20世紀の歌を……選びたいです……」
「おお、ノブちゃん、それならいい歌あるぞ。俺には尊すぎて合わなそうな歌だ」
「なんでしょう……?」
「『We Are The World』っていう、20世紀のチャリティーソングだな。世界を一つにまとめて仲良くしようって曲だ」
「いいですね……!」
おお、ノブちゃん乗り気。
「むむ、よさげな曲を紹介してもらうとは、ヨシノブずるいのう。私もその方向で、300年前の流行歌から選曲しようかの」
その後、俺達はどんな歌がいいのか、みんなでキャッキャウフフと話し合った。
そのやりとりは長く続き、いつまでもVRルームを退出しないでいたら、部屋を削除できないとフローライトさんに叱られることになってしまった。
なお、閣下が歌う曲は、最後まで決まらなかった。