182.St-Knight ストーリーモード編<8>
寺院の炎上からゲーム内で一夜明け、朝の時間。
完全に焼け落ちた寺院の周りは兵が囲んでおり、物々しい雰囲気だ。
そして、寺院跡のすぐ近くに、金柑大臣とハオランがいた。どうやら、トウコは二人を倒して脱出とはいかなかったらしい。
そんな二人に、近づく者が一人。なんと、神聖マケドニア王国の騎士、クラウディアだ。
『よくやってくれましたー。うふふー』
心底嬉しそうに、魔法使いの女、クラウディアが言う。
『これで、王の覇道の障害となる者は、華の国の天子のみです。うふふー』
『クラウディア様、約束は守って下さるのですよね? ここまできて反故にするとはいきませんぞ』
金柑大臣が、クラウディアにそのようなことを言う。
『あらあら、大丈夫ですよ。デーモン族を悪魔扱いしない、ですよね。大丈夫、神聖マケドニア王国は、あの聖典を国教には採用しませんから』
『ならばよいのですが』
『まさか魔王さんも、腹心が密通しているとは思ってもいなかったでしょうねぇ……』
『あの方は、デーモン族の王として呼ばれながら、デーモン族を軽んじすぎたのですぞ』
『あらら。安心してください。我が王は、デーモン族の自治区を認めるとのことです』
『ええ、それがあなた達に協力する最低条件ですな』
そう言って、金柑大臣はニヤリと笑った。
「マジで裏切ったのか……」
彼らのやりとりを見て、俺は言った。まさかの明智光秀状態とは。いや、明智光秀は敵に密通したわけじゃないから、なお悪い。
『大丈夫だ。どうせトウコは復活する』『まあね……』『このままバッドエンドとは思えないから、地面から腕が生えて復活とかね!』『ゾンビトウコちゃん』
そんな視聴者のコメントを聞いている間にも、クラウディアと金柑大臣の会話は進む。
『それでですねー。魔王を殺した証明として、王に魔王の魂の武器を持ち帰りたいのですがー』
『ああ、あれですな。取ってありますぞ。おい、こちらに』
金柑大臣が兵士の一人を手招きすると、兵士が手にトウコの刀を持ちながら小走りで近寄ってくる。
『その剣をクラウディア様へ』
金柑大臣の横にやってきた兵士が、無言でススに汚れた鞘入りの刀を差し出す。
『うふふ。魔王さんも、こんな簡単に騙されるとは単純な人ですね。これで王の寵愛はわたくしの物に――』
と、次の瞬間、兵士は素早く刀を抜き、クラウディアを斬りつけた。
『ぬあっ! 何を!』
斬られたクラウディアは、とっさに兵士から距離を取ろうとする。
『おっと、逃げ場はないんだよなぁ』
いつの間にか動いていたハオランが、クラウディアの背後に棍を突きつけていた。
『くっ、どういうこと!? まさか……』
『どうも、魔王ちゃんです』
兜を深く被っていた兵士が、刀を握っていない左手で兜のつばを上げた。
そこから見えた顔は、女性のもの。魔王トウコの顔だ。
「トウコ生きとったんかワレ!」
『知ってた』『金柑大臣が裏切るわけないよなぁ!』『本気で騙されていた……』『えっ、どういうこと?』
トウコは兜を脱ぎ、左手の指に兜を引っかけ、くるくると回した。
『クラウディアさんも、こんな簡単に騙されるとは単純な人だね。二重スパイがこうすんなり決まるとは』
『!? 二重スパイ……!』
『金柑大臣は私を裏切ってはいなかったんだよ。わざとどうでもいい情報をあなた達に流していたわけ。全ては、あなたを確実に討てる状況を作るためにね』
『そんな……騙されていたのは、わたくしの方だったなんて……』
クラウディアは、両手に杖を構え直し、腰に鎖で吊り下げた本を魔法で浮かせた。
『悪いけど、確実に息の根を止めさせてもらうよ。ハオランさん、逃がさないように警戒して』
『りょうかーい』
そして、クラウディアと兵士の鎧に身を包んだトウコが向かい合い……。
『デュエル!』
戦闘開始前の時間静止モードに移る。
「うおー、信じていたぞ、金柑大臣!」
『嘘つけ!』『ヨシちゃん完全に騙されていたよね』『伏線もなく裏切ったから何事かと思った』『金柑だから裏切ると解っていたとか言っていた視聴者いたよね』
「くっ、俺も、金柑頭だから裏切ったと思っていましたよ!」
そんなこんなで、クラウディアとの再戦が行なわれ、危なげなく勝利した。もはや戦闘パートは楽勝過ぎて、視聴者達も盛り上がらなくなっていた。
というわけで戦闘終了後のストーリー進行。
地面に倒れたクラウディアが、最期の言葉を残す。
『わたくし達には……まだ最強の騎士アレクサンダー様がいます……。あなたがどれだけ強くても……最後に勝つのはあのお方……』
その言葉と共にクラウディアは光となり、杖を残して消え去った。
それを拾いながら、トウコが言う。
『ふう、クラウディアがいないなら、もうマケドニア本隊へ向かう障害はないようなものだね』
『そうですな。ほとんどの敵騎士は、魔王様が排除してくれましたなぁ』
『金柑大臣。孔明大臣と天子様に連絡を取って。マケドニアとの決戦に挑むよ』
『かしこまりました』
『ハオランさんも、最後まで付き合ってね』
『おじさんもうくたくたなんだけど……まあ、最後くらいは頑張るよ』
そうして、場面は転換し、平野でミツアオイ・華の国連合軍と、マケドニア軍が向かい合う様子が眼下に映った。
両軍とも膨大な兵士の数で、まさしく大決戦と言えた。
やがて、両軍が進軍し、前列がぶつかり合う。
その最中にも細かく各部隊が動いていき、互いに一進一退の攻防を繰り広げていた。
連合軍を指揮するのは、華の国の幼き天子。
対してマケドニア軍を指揮するのは、プレートアーマーを着こみ馬に騎乗する騎士だ。その姿は、アーケードモードで見た覚えがある。ラスボスのアレクサンダーだ。
「この馬が強いんだよなぁ……」
『動きがすごいよね』『本当? どんなん?』『その場でUターンできる』『二段ジャンプできる』『ノーモーションで垂直に跳ぶ』『本当にそれ馬かよ!』
明らかにシステムアシストが効いた動きするからな、この馬……。
さて、戦況は膠着状態に陥ったのだが、天子はここで一つの決断をする。
決戦兵器である魔王を最前線へ投入するのだ。
『いってくれるかの?』
『大将首取ってくるよ。任せて』
そう短くやりとりした後、連合軍の本陣から走竜部隊が駆けだしていく。
トウコも走竜の操作に慣れたものだ。その手には、刀ではなく槍を握っている。
そして、トウコは竜にまたがったまま槍から斬撃を飛ばし、敵の中央を食い破った。
見る見るうちに敵陣形に穴が空いていく。やがて、敵本陣に走竜部隊が辿り着いた。
『やあやあ、我こそはミツアオイ王国の魔王、ミツアオイトウコなり! マケドニアの王アレクサンダーよ、いざ尋常に勝負!』
そんなトウコの口上が戦場に響きわたる。魔王と聞いて手柄を得るチャンスと見たのか、周囲の兵がいきり立ち、槍を手に殺到した。
だが、雑兵はもはやトウコの敵ではない。槍のひと払いで敵はまとめて吹き飛ばされた。
『来たか、魔王!』
そんなトウコの前に、進み出る騎馬が一騎。
『……あなたがマケドニア王?』
トウコがそう尋ねると、相手は高らかに答える。
『いかにも、神聖なるマケドニア軍の総大将、アレクサンダーとは我のことよ!』
『なるほど……総大将が騎士となると、ただの人同士の戦いでは決着はつかないか』
『いかにも。我がマケドニアであり、我が進む道がマケドニアとなるのだ』
『辺境は辺境の民の物だよ。渡さない』
『辺境の地もマケドニアの一部となれば、繁栄は約束するが?』
『残念ながら、私達は蛮族でね。誰の下にもつかないし、誰の上にも立たないのさ』
『蛮族か。ならば教化してやらんとな』
『神聖だかなんだか知らないけど、余計なお世話だよ』
『……ふむ、交渉は決裂か』
『私は最初から交渉する気なんてないけどね』
『ならばどうするか』
『斬る。悪い侵略者を寄って斬る』
『そうか。ならば、我も蛮族を惑わす悪しき魔王を退治するとしようか』
そこまで互いに話すと、トウコは走竜から降り、槍を捨てる。
そして、腰の剣帯に差した刀の鞘を左手で握り、抜刀の構えを取る。
対するアレクサンダーは、巨大なランスを構え、馬上で突進の体勢を取った。
『デュエル!』
『トウコ VS. アレクサンダー』
『ファイナルラウンド』
『ファイト!』
◆◇◆◇◆
戦争は終わり、辺境に平和が訪れた。
ミツアオイ王国は結局少しも領土を増やすことはなく、内地の開拓に邁進している。
華の国は、ミツアオイ王国の国境沿いにあった元小国郡を新たに領土とした。贒王と名高い天子のもと、繁栄を極めている。
神聖マケドニア王国は、アレクサンダーの死により瓦解し、内戦が勃発。
旧エルラントの勢力とマケドニアの勢力が、血で血を洗う争いを続けているという。
そして時は過ぎ、ミツアオイ王国は一大農業国となった。
皆、歳を取り、金柑大臣と孔明大臣も現役を引退した。
だが、トウコは一人、少女の姿のまま変わらない。彼女は元々死者であり、魔力で形作られた身体は老いることがないのだ。
老いない王による恒久的な治世が続くかと思われたが、トウコはあっさりと次代の者に王の座を譲った。
武で皆を率いていく時代は終わった。彼女はそう言い残し、野に下った。
魔王を辞めたトウコは、各地を放浪するようになった。
だが、その後の彼女がどうなったかは、正式な国の記録には記されていない。
旅の最中に死んだのか、遠い未来でも生き続けているのか。彼女の消息について、様々な伝承が各地に残されているが、どれが真実かは定かではない……。
「というわけで、『St-Knight』ストーリーモード、トウコ編終了だ。みんなおつかれー」
エンディングをみんなで見終わって、SCホームに戻った後、俺は視聴者に向けてそう言葉を放った。
『おつかれさまー』『おつかれー』『長かった!』『三日で約五時間かぁ』『結構かかったね』
「まあ、プレイヤーキャラクターは30キャラいるからな。1キャラにそんだけかかるとなると、全キャラで合計すれば、RPGが二周できそうな時間かかるな!」
「一応、中にはバトルが連続するだけのストーリーで、クリアまでに30分とかからないキャラクターもいます」
俺の横に立つヒスイさんが、そう補足を入れてくれる。
なるほど、キャラによってストーリーの長さはまちまちってことか。
「プレイした感想としては……結構ぬるめの戦記だったな」
『あー、基本負けがないですからね』『華の国っていう大国が同盟国なのが大きい』『天子ちゃん可愛かった!』『あの歳でよく頑張っていたよ』『けなげな!』
「天子ちゃんもあざとかったな。あと、ラスボスのアレクサンダーの正体にかなり驚いたな。先にアーケードモードやっていたけど、あれがアレクサンドロス大王だとは、とても予想していなかった」
『マケドニアとか命名がストレートすぎる』『他にも歴史上の実在人物出てくるん?』『いや、いないな』『英雄大戦とはいかないか……』
そして、その後も視聴者のみんなとゲームの感想を言い合った。
やがて、配信終了の時刻が近づいてくる。
「と、ここでみんなに一つお知らせだ。実は、宇宙暦300年記念祭っていうセレモニーに出場することが決まったぞ」
『えっ』『本気で言っている?』『マザーがめっちゃ推してるセレモニーじゃん!』『何やるのヨシちゃん』
「歌を歌う予定だ。まあ、詳しいことは、まだ何も聞いていないんだが」
『歌かよ』『ゲームやるんじゃないんだ』『あの音痴だったヨシちゃんが、すごいところまできたもんだ』『えっ、音痴だったの? 大丈夫か、それ』
「今は上手ですぅ。というわけで、出ることだけは決まったから、詳しいことが決まったら再度告知するぞ。以上、何を歌わされるのか不安な、21世紀おじさん少女のヨシムネでした」
「セレモニーの詳細は12月8日以降にお知らせします。助手のヒスイでした」
こうして、無事に配信を終えた俺は、SCホームからログアウトし、リアルに戻った。
セレモニーでは、そもそも歌う歌を選ばせてもらえるのかすら判らない。もし自由に選曲していいと言われたときのために、いい感じの歌を調べておくことにしようか。
俺に求められているのは、どうせ20世紀か21世紀の曲を歌うことだろうしな!