178.St-Knight ストーリーモード編<4>
眼下でストーリーが進行していく。
国ができて四ヶ月。荒れ地を開拓して農地を広げ、国を富ませるため皆、努力をしていた。
そんなミツアオイ王国に、西方の地から親書が届いた。送り主は、大国である華の国の王、紅蓮大王からだ。
その親書を前に、魔王トウコと外交を担当する金柑大臣が膝をつき合わせて話し合いをしていた。
二人とも、眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。
金柑大臣が言う。
『たとえ国としてまとまろうと、我々はしょせん辺境の地に住む蛮族ですぞ。舐められたら終わりと、皆が考えています』
トウコが答える。
『つまり、へりくだって貢ぎ物をして、庇護下に収まるというのは、なし?』
『なしですな』
『了解。じゃあ、その方向で返信しようか』
そこまで話したところで場面が変わり、今度は内務の孔明大臣も加わって、話し合いだ。
『それで、国書にはなんと?』
孔明大臣がトウコに尋ねる。
『私達は誰の下にもいない。そして誰の上にもいない。そんなことを書いたよ』
『他国の下にはつかないこと、そして侵略をして国土や属国を増やす野心はないと示したわけですな』
トウコの言葉に、金柑大臣が続けて言った。
それを聞いた孔明大臣は、難しい顔をして言う。
『つまり『お前達は俺達蛮族と対等だ』と答えたわけですね』
『あれ? まずかったかな?』
『いえ、相手の国の下につかないと決めた以上、我々は相手の国と対等な立場に自然となります。国力が対等とは限りませんが』
『うーん、戦争になったらどうなるかなぁ?』
『さて、どうでしょう。しかし、私達は蛮族の集まり。皆、意気揚々と兵に志願してくるでしょうね』
孔明大臣は、『そうすると開拓が遅れます』と溜息をつきながら、トウコの疑問に答えた。
そんな話し合いを続ける三人のもとに、ふとデーモン族の男が一人走ってやってくる。
『失礼します! 華の国の使者が、ここまでやってくるそうです。先触れを名乗る方が走竜で訪ねてまいりまして……』
その伝令に、三人は驚きの表情で顔を見合わせた。
それを見たプレイヤーである俺の感想はというと……。
「……国の運営ってこんな感じでいいわけ?」
『村の寄り合いかな?』『魔王って感じはしないなぁ』『蛮族の集まりならこんなもんじゃないかな』『王宮建てて官僚や近衛を育ててとかは、何十年とかかるでしょうね』
さて、場面はまた変わり、広い建物の内部に魔王トウコと金柑大臣、孔明大臣の三人がたたずんでいる。
そして、彼らの対面に、古代中国っぽい衣装を着た十人ほどの男達が並んで立っていた。
『見たことのない建築様式ですな。我が国の物とも、辺境の物とも違う……』
華の国から来た使節団の一人が、そのようなことを口にする。
それに対し答えるのは、金柑大臣。
『魔王様の故郷の建築物を模して建てましてな。体育館という運動のための建物だそうです。集会場としても使っておりますがな』
『ほう、英雄騎士殿の故郷の……』
『魔王様から伝えられた球技に、皆はまっておりますよ。なにせ我らは蛮族。運動だけは得意ですからな』
『いえいえ、ここまでの道中に見せてもらいましたが、みごとな麦畑でした。なかなか農業にも優れたご様子』
畑を褒められたのが嬉しいのか、金柑大臣の横で話を聞いていた、内務を担当する孔明大臣の口に笑みが浮かぶのが見えた。
さて、そんなことを前置きにして、使節と金柑大臣の言葉の応酬が始まった。
華の天子を自分達と対等に扱うとは無礼千万、貢ぎ物を持参して直接天子に頭を下げれば許してやらないこともない。
そう使節が言うと、金柑大臣は言い返す。自分達は知恵の足りぬ蛮族であり、礼儀など最初から持ち合わせていない。そして、誰かに下げる頭も持ち合わせていないと。
へりくだる様子を見せない金柑大臣に、使節は怒り心頭。こちらには天帝に認められた華の天子と、万を越える精強な兵士達がいると脅しかける。
だが、自分達は強き者しか認めない。華の天子は異世界から招かれた英雄騎士よりも強いのか。我らの魔王は、他の英雄騎士を下した最強の英雄騎士なのだと、金柑大臣は返す。
使節は、自分達の国にも英雄騎士はおり、天子は彼らに敬われている尊い存在なのだと返す。
と、そこまで言葉を交わしたところで、使節の中にいた一人の男が、横から口を挟んだ。
『ちょっとごめんねぇ。実はおじさん、天子さんに魔王さんの強さを見てこいって言われていてさぁ。華の国を出奔したオーク族のドルガを倒したって話、聞いたよ? その強さ、おじさんも興味あるよ』
そう言葉を放った男は……ああ、アーケードモードで見た覚えのある男だ。
必ず一戦目で戦うことになっていた中華風の大男、ハオランだ。つまり、彼も英雄騎士である。
徒手空拳だったハオランは、右肘の先から武器を生み出す。彼の足先から肩口までの長さを持つ棍である。
その棍をトウコに突きつけ、ハオランは言った。
『さあ、魔王さん、おじさんの挑戦、受けてくれるかな?』
それに対しトウコは、心臓から刀を生み出し、剣帯に鞘を収めて答えた。
『受けて立つ!』
そうしてストーリーモード三戦目が始まった。
『トウコ VS. ハオラン』
「こいつ、アーケードモードで必ず最初に戦うんだよなぁ。アーケードモードをやりこんだのはもうだいぶ前になるけど、攻撃パターン覚えているぞ」
そんな相手なので、始まった戦いは難なく進み……。
『KO』
「はい勝利ー!」
俺のその軽い宣言に、視聴者も落ち着いた様子でコメントを返してくる。
『こりゃ、ストーリーモードには苦戦を期待しちゃだめだな』『まあナイトメアまでクリアしているゲームでそれを求めるのもね』『大人しくストーリーを観劇しよう』『リーチの差あるのに余裕の勝利だなぁ』
剣道三倍段なんて言葉があるくらい、リーチの差が強さの差になると言われていたわけだが、システムアシストがあればリーチを埋める方法はいくらでもあるんだよな。
さて、戦闘が終了したわけだが、刀で散々ぶった切ったはずのハオランが死ぬ様子はなく、けろっとした顔で起き上がって棍を右肘の中に収めた。
『やるねぇ。こりゃドルガの奴もやられちゃうわけだ』
溜息を吐きながら、ハオランが言った。それに対し、トウコも刀を鞘に収めながら言う。
『あなたもなかなかだね。所作の一つ一つが美しかったよ』
『はー、おじさん自信なくしちゃうよ。殺さないよう手加減されるなんて』
『だって、あなただって私を殺す気なかったでしょ?』
『ははは、どうだろうね』
そう言って、ハオランは使節団の方へと歩いて戻っていく。が、使節団に『今までお世話になりました』と言って、今度は金柑大臣の方へとやってくる。
『じゃ、しばらくご厄介になるよ。客将ってことで、三食出してくださいな』
ハオランのその言葉に、トウコは驚いた顔で叫ぶ。
『はあ!? あなた、華の国の英雄騎士じゃないの!?』
『いやいや、おじさんは風来坊の客将さ。おじさんを召喚した人も、国の所属じゃなくて、個人の魔法使いだったしね。今はもういないけど』
というわけで、ハオランが仲間に加わった!
「個人で召喚とかできるんだな。てっきり、国の魔法使いが集団で大規模儀式をやって呼ぶのかと」
俺のその感想に、視聴者達の抽出コメントが届く。
『他のキャラのストーリー見れば判明するけど、儀式よりも英雄を求める強い意思と、それに応える英雄の相性が大切なんだと』『そうなのか』『解説助かる』『大国なら騎士を呼び放題ってわけでもないのか』
「まあ、呼び放題なら、騎士をそろえられる勢力が覇権を握るって形になるだろうからなぁ」
そして、話はまた金柑大臣と使節の言葉の応酬に戻る。
金柑大臣は断固として華の国の下につく気はないと答え続ける。
使節はどうしてもミツアオイ王国を華の国の下に置きたいのか、今度は華の国に貢ぎ物を送ることで得られるメリットを次々と並べ立て始めた。
その様子を見て、孔明大臣が『おや?』と一つ気づく。
『華の国は兵力で私達を下そうとは考えておられないのでしょうか。兵力をちらつかせたのは序盤の一度のみでしたね』
要するに、戦争での決着だ。確かに最初のやりとりは、このまま戦争になるのかと見ていて思ったのだが。
その疑問に、使節は誇ったように答える。
『華の天子は仁徳にすぐれたお方。隣人に血を流させることは、望んでおられません』
『ほう、仁徳と。辺境では聞かない言葉ですね』
『孔明大臣、いくら我々が蛮族と言っても、相手に野蛮と取られる言葉は自重してくださいませんか』
呆れたように言う金柑大臣だが、結局彼は使節に対して折れることはなかった。
彼の言葉の中心となったのは、辺境の民は最強たる魔王以外の下につくつもりはない、という論調。
それならば武力や兵力でもって、魔王を下してしまえばいいと俺自身は思うのだが、使節はその類の言葉は言わない。
ま、プレイヤーである俺は、トウコを負けさせるつもりは毛頭ないんだけど。
そんな俺の考えが届いたわけではないだろうが、話し合いを見守っていたハオランが、また横から口を出した。
その内容は、華の国最強の英雄騎士と、魔王の決闘。本当に魔王が最強の英雄騎士ならば、華の国の騎士を下して証明して見せろと。
『その挑戦、受けましょうぞ』
金柑大臣がすぐさま話に乗った。
『金柑大臣!? えっ、おじさん、どっちの味方なの!?』
トウコが慌てて叫ぶが、ハオランの提案に使節も乗ることで話は決定してしまった。
決闘の開催場所は華の国の王宮で。国王である天子の前で御前試合を行なうと決まった。
まさかの事態に肩を落とすトウコに、ハオランが近づいて肩を叩いた。
『まあ、華の国を観光するつもりで行ってみなよ。留守は、おじさんが守るから、さ』
『私、まだあなたのことを信用したわけじゃないんだけど……』
『そこは信用してもらわないとねえ。もとよりおじさんは風来坊。ついてこいと言われても、従う義理はないんだよなぁ』
『客将とはなんだったのか……』
そこまで言ったところで、場面が切り替わった。
華の国らしき都市を上空から見下ろす形で、背景が動いていく。そこで俺は、視聴者とじっくり会話できるタイミングができたと、意識を切り替える。
「ハオランおじさんいいキャラしているよね」
『三枚目キャラだな』『見た目的には寡黙な巨漢の戦士で通るのに』『裏切り者の可能性も……?』『留守を狙われたら本気でやばいな』
「メタ的なことを言うと、格ゲーだから一度倒した相手と再戦はそうそうないんじゃないかな」
『本当にメタいな!』『さっきの対戦は手を抜いていたという体で、本気モードとの再戦はあるかも』『あー、ありそう』『武器が棍じゃなくて槍に変わるとかね』
「うわー、本気でありそうな気がしてきた」
眼下に見える華の国を眺めながら、俺と視聴者は大いに盛り上がったのだった。