177.St-Knight ストーリーモード編<3>
デーモン族の集落に攻めてきた蛮族との戦いは、一瞬で終わった。
蛮族らしく作戦もなくただ真っ直ぐ集落に向けて走ってきた相手に、トウコが飛ぶ斬撃をぶちこんで騎士の名乗りを上げる。それだけで、蛮族は戦意をなくして降伏した。異世界から召喚される英雄騎士の存在は、蛮族の間にも伝わっているらしかった。
戦後処理が始まり、捕虜となった蛮族を見てトウコが気づく。
『敵の戦士達……痩せているね』
『食うに困っているからこそ、我らを攻めたのでしょうな。昨年冬に寒波が辺境を襲った影響もありましょう』
トウコの言葉に、外務のキカンがそう言った。
『ねえ、デーモン族の畑って……まだ拡張の余裕あるの?』
『ふむ、そういうことは内務のンヌゥメァに任せておりますが……酒を大量に仕込んでなお余る程度には、作物の量にも畑の広さにも余裕がありますな。なにせ、辺境ゆえ土地はどこにでも余っておりますので』
『あの人達、この集落で受け入れられれば、みんな食べるのに困ることはなくなるのかな……?』
『でしょうなあ』
『デーモン族は違う部族の人、受け入れられる?』
『王がそうせよと言うならば、受け入れましょうぞ』
『じゃあ、そうしよう』
トウコの決断に、キカンはにっこりと笑って返した。
話がまとまったのを見て、俺はコメントを入れる。
「来るか……内政パート……!」
『これ格ゲーだよね?』『集落を大きくして蛮族と戦う……戦略シミュレーションゲームかな?』『優秀な人材を登用するんだ!』『蘇るデーモン王国』
「国をでかくしたところで、むかつく隣国が出てきて、トウコが隣国の元首に『貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ』とか言うんだな」
『トウコはそんなこと言わない』『ぶっそうねー』『でも本当に国を作って蛮族達の王になるなら、それくらいの勢いが必要かもなぁ』『本当に戦略シミュレーションゲームルートに行くの……?』
「さて、どうなるかな。引き続きストーリーを見ていこうか」
蛮族達を集落に受け入れたトウコとデーモン族。
畑を開拓し、森を切り開き、新たな家屋が建っていく。獣皮のテント暮らしだった蛮族達は、木製の家屋に驚きの表情を見せていた。
どうやら、デーモン族の文明レベルは辺境の蛮族達のそれと比べて明らかな格差があるようであった。
集落が広がると、それを見たデーモン族と物資のやりとりをしていた他の部族が、恭順の意を示して集落に合流してくるようになった。
だんだんと大きくなっていく集落。集落は村と呼べる規模になり、やがて半年も経つうちには町と呼べる規模にまで膨らんだ。
その最中にも、食糧を略奪しようとたくらむ蛮族の襲撃は続くが、そのことごとくをトウコは撃退した。
戦いを経て、トウコは思い悩む。
『蛮族を殺しても、意外と良心は痛まなかった。……おかしいよね、私がいた国では、殺人は最大の禁忌だったのに』
『だからこそ我らの召喚儀式に選ばれたのでしょうな。屍を築き上げて平和を作り上げる覇王に相応しい精神を持つからこそ、騎士の王として冥界に住まう無数の魂の中から選ばれた』
『ひどいこと言うなぁ』
『褒めているのですぞ?』
キカンの言葉に、トウコは苦い顔をする。
「戦いに身を投じた現代の少女の苦悩……王道だな!」
『良心は痛まなかった、だけで済ますってずるくない?』『格ゲーで、殺す覚悟だの言ってぐだぐだ引っ張られても困るしね』『でも少年少女にはもっと思い悩んでほしい』『自分がもし異世界に飛ばされたらとか考えると、きついだろうね』
「剣と魔法のファンタジー世界に飛ばされたらって妄想、俺もしたことあるぞ! 現代知識で農業改革するんだ」
『あー、ヨシちゃんならできそうですね』『私達は飛ばされたらどうするよ』『一から高度な機械なんて作り出せるわけがないし……』『その前にナノマシン供給が途絶えて体調崩しそう』『こっちはソウルサーバ在住なので、新しい肉体ください』
「ソウルサーバにいるなら、肉体的にはもう死んでいるってことだし、異世界転移じゃなくて異世界転生した方がいいな!」
さて、ゲームの方はというと、デーモン族の集落はもはや統一性のない多民族が集まった、辺境の一大勢力となっていた。
だが、それに正面からぶつかってこようとする別勢力がいた。
辺境最大の戦闘部族、遊牧民のエルフ族である。
「エルフが遊牧民なのか……森エルフじゃないのか……」
『そういう世界もあるさ』『エルフだって、馬を育てたい気分の時くらいある』『森の中で弓使うより、馬乗って平原で弓使う方が合理的だぞ!』『辺境だから弓じゃなくて投げ槍使うかもな』
「投げ槍って……辺境や蛮族って聞いて、原始人みたいの想像してない?」
エルフとのおおいくさ。エルフの戦士の数は1000人を超えていて、もはや軍隊と言ってもいい規模だった。
一方、こちらの多民族軍も1000を越える大集団。さらに、デーモン族が持つ高度な知識と、合流したノーム族が持つ卓越した冶金技術のおかげで、しっかりした武具が用意されていた。
草原で向かい合う両軍。トウコがその身に宿した魔法の力で、遠見の術を駆使してみると……。
『うわ、エルフ族、弓矢で武装している……』
『問題ありませぬぞ。こちらもロングボウの他、投石器を用意してあります』
外務だけでなく軍務も兼任するようになったキカンが、トウコの横でそう返した。
『何より、こちらには英雄騎士の魔王様がおりますからな』
『さすがにこの人数になると、一人では戦場をカバーしきれないんだけど……』
その会話の最中にも、両軍はゆっくりと前進していき、あと少しで弓の射程というところまで近づいた。
だが、次の瞬間、エルフ軍の中央から、一人の巨漢が前に飛びだしてきた。
その男は武器も持たず防具もつけず、革でできたズボンを履き、上半身は露出し盛り上がった筋肉を見せつけていた。
そして、その筋肉をおおう肌の色は、ただのエルフ族やヒューマン族ではないことを示す、緑色をしていた。
向かい合う両軍の中央部分まで進み出てきた男は、仁王立ちして叫んだ。
『俺はオーク族の戦士ドルガ! デーモン族の王に、一騎打ちを申し込む!』
オーク族を名乗る男が口にしたのは、いくさの前の舌戦でも、降伏勧告でもなく、尋常なる一騎打ちの要求であった。
『オーク族……聞いたことのない種族名ですな』
『ということはつまり、異世界から召喚された英雄騎士……!?』
キカンの言葉に、トウコが驚きのリアクションを返した。
そのやりとりを見て、俺は言った。
「エルフ族に混じるオーク族……21世紀のネットミーム的にはちょっと面白い状況だな」
『なんかあるのか』『『指輪物語』的にはオークって、エルフが変じた種族だったっけ』『二足歩行する豚のモンスターじゃないんだな』『あー、豚のイメージ強いよね』
「オークが豚面になったのは、テーブルトークRPGのモンスターマニュアルに描かれたイラストが原因って、ネットで話題になっているのを見たことがある」
このオークは鼻が潰れ気味なだけで豚の要素はない、戦闘種族っぽい感じだな。洋ゲーでしばしば見られるオーク像だ。
さて、そんなオーク族の戦士の要求だが、トウコの答えはというと……。
『その一騎打ち、受けて立つ!』
トウコはそう叫ぶと、左胸から打刀を生み出し、セーラー服の腰に備え付けている剣帯に差し入れる。
そして、走ってオークの前へと出ていき、相手から五メートルほどの距離を取って向かい合った。
対するオーク族の戦士。
2メートルを軽々と超えているであろう背丈。贅肉など一つもない、と言わんばかりの筋肉の鎧。丸太のような二の腕。
彼の操る武器は、はたして……。
『噂に名高いデーモンキングが幼いおなごなど……と思ったが、その剣気、ただ者ではないと見た』
そう言いながら、オークが胸の中央から武器を生み出した。
それは、巨大な両手斧。彼の体躯から繰り出される斧の一撃は、もし直撃すればただごとでは済まないと予想できる。
『格好いい斧だね。見た目にたがわない益荒男っぷりだ』
トウコが鞘に左手を添えながら言うと、オーク族の戦士は笑って返した。
『デーモンキングの剣は、いかなる物も切り裂くと聞く。相手にとって不足なし!』
『いざ、尋常に……』
『勝負!』
そこまで言ったところで、システム音声が響きわたる。
『デュエル!』
世界が灰色になって静止し、俺の視界がトウコのそれになる。
ようやく二戦目の始まりだ。
「さて、視聴者のみんな、戦い方に何かリクエストとかあるか?」
『舐めプレイかよ』『余裕どすなあ』『せっかくなので腕力勝負で』『刀で両手斧とパワー勝負とか、ひでえ』『現実なら一発で刀が折れるな』『そこはほら、魂がどうとかいう設定だから……』
「おっけー、腕力勝負ね。それじゃ、いくぞー」
『トウコ VS. ドルガ』
世界に緑が戻ってくる。そして、オーク族の戦士、ドルガが斧を大上段に構えるのが見えた。
『ファイナルラウンド ファイト!』
開幕と共に、ドルガは両手斧をその場で勢いよく振り下ろした。
すると、魔法の力が乗った斧の一撃は大地を割り、衝撃波がこちらまで飛んでくる。
俺はそれに対し、抜刀。刀を逆袈裟に振るう。
すると、刀からオーラの壁のようなものが飛び出し、衝撃波を跳ね返した。
『お、おおう』『なんぞ』『斧ビームを跳ね返した!』『反射技か!』
「ストーリー進行中に、ゲームマニュアルを確認しておいたのだ……!」
マニュアルのトウコ専用技欄をこっそり読んでいたのだ。
その専用技で跳ね返った衝撃波を追うように、俺は前方へ走る。
基本方針は、近づいて斬る、だ。
腕力勝負ならば、衝撃波だのビームだの飛ぶ斬撃だのは無粋だ。
「死ねえ!」
衝撃波を斧でガードするドルガに、俺は全力の突きを放った。
『ぐっ!』
「真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす!」
『ぬう! その意気やよし!』
そうして俺達は、真正面から斬り合いを始めた。
相手の攻撃を避けるなどというちんけな行為はしない。全て己の武器で弾き返し、フェイントも小細工もなしにただ闇雲に斬りこむ。
それこそ、これがゲームじゃなかったら、打刀の細い刃など、簡単にひん曲がっていたことだろう。
力と力のぶつかり合い。それを征したのは……。
『KO ユー ウィン』
もちろん、俺だ。
『危なげなく勝つなぁ』『舐めプレイなのに余裕の勝利』『まあヨシちゃんって、アーケードモードを最高難易度でクリア済みだからね』『そりゃ、ストーリーモードで負けるはずがないか……』
いやあ、昔やったアーケードモードはひどかったね! なにせ、アシスト動作の練習ということで、アシスト動作以外の行動は取れないようヒスイさんに動きを縛られていたからな!
『見事だ……勝利の栄光はお前の頭上にある』
視界がトウコから離れ、ストーリーがまた進行し始める。
ドルガは膝を突き、腹を手で押さえ、斧を地面に投げ出していた。
『何か言い残すことは?』
トウコがそう問いかけると、ドルガは笑みを浮かべて言った。
『どうか、エルフ族に寛大な措置を。彼らは、ただ生き延びたかっただけなのだ』
『解った。同じ辺境を生きる民として、手を差し伸べることを約束するよ』
『ありがたい』
ドルガはそこまで言うと、斧を下にするようにして前のめりに倒れた。そして、ドルガの身体は光の粒になって分解され、光の粒は天に向かって昇っていった。
残ったのは、一抱えほどもある巨大な両手斧のみ。
『遺体は残らない、か……結局、私達は蘇った死者でしかないのかもしれないね』
そうして一騎打ちは終わり、エルフ族は戦うことなく降伏をした。
1000を越えるエルフ族の兵士達。彼らもまた、食料難で痩せている者が多かった。農業を知らない彼らの生活スタイルでは、このような大人口を支えるのには向かないことが想像できた。
飢えるエルフ族を見て、トウコは腕を組んで何かを考える。
そして、二人のデーモン族の幹部、キカンとウメの前で彼女は言った。
『いくさだの何だの言っても、原因は結局の所、お腹いっぱい食べたいというだけのことだった』
『そうですな。この辺境の地では、土地の奪い合いも信仰の対立も起きませぬ』
『今の辺境に必要なのは、お腹を満たすためのたくさんの食事。そして、それを生み出す広大な穀倉地帯。それを実現するためには、私達はただの烏合の衆ではいられない……』
トウコは組んでいた腕を解き、腰に手を当てて続けて言う。
『私はここに、新たなる国の樹立を宣言する! キカンさん、ウメさん、辺境を一つにまとめるよ!』
『おお、辺境の平定ですな。それでこそ我が魔王様です』
『農地の開拓は内務の私にお任せください』
『うん。国の形態は王国ということで、トップは私。二人には大臣になってもらうよ。キカンさんが金柑大臣。ウメさんが孔明大臣』
トウコの宣言に、男二人は苦笑する。
『それは、我らの名前にちなんだ役職ですかな。もはや、もとの名前の原型を留めておりませんな』
『金柑は私のいた国の戦国時代で、天下を統一しかけた勢力の外務を担当していた武将のあだ名ね』
『おお、光栄ですな』
『孔明は、私の世界の大戦争で活躍した、内務を得意とする最高峰の知将の名前』
『拝命うけたまわりました』
『さあ、ここから国造りだよ!』
という感じで多民族が集まる辺境の国、ミツアオイ王国が誕生するのであった。
「マジで展開が戦略シミュレーションじみてきたな! 実態は、ノベルゲームというかムービーゲームって感じだけど」
話が一区切りしたので、俺はそう率直な感想を述べた。
「ここから国に所属する騎士同士の戦いが繰り広げられるとなると、戦記みたいな話になっていくのかね」
『そうだね』『はっきり言っておくと、『St-Knight』は群雄割拠の戦乱時代を舞台にしたゲームです』『各国がこぞって騎士を召喚して手駒にして、覇を競うように騎士同士の決闘が行なわれるって背景設定やね』『そんな中で王に登りつめるトウコちゃん……』『普通の人間より強いんだから、手駒にするより名誉職に据えた方が賢い選択』
「はー、そんな背景設定があったのか」
『ちなみにそのあたりの最低限の設定は、ゲームマニュアルに載っていますよ』
ヒスイさんのコメントが横から響いてきた。
『ヨシちゃん、マニュアル読んだとか言ってなかった?』『言ってた』『これはトウコの専用技欄しか見てないな?』『ヨシちゃんはそういうことする』
「くっ、その通りだよ!」
そんなやりとりをしている間に、新たな騎士が出てくることもなく辺境はスムーズに平定された。辺境の民は皆、一様に飢えており、豊富な農作物を背景とした交渉の障害となるものは何もなかったのだ。
そして、魔王をトップに掲げた辺境王国の存在は、周辺国家に衝撃を与えることになった。
思わせぶりにいろいろな人物のカットインが視界に映り、今後の波乱を予感させる。
そんな中、最初に大きな動きを見せたのは、辺境の地の西隣にある華の国。
古代中国風の雰囲気をただよわせる、大国家であった。