176.St-Knight ストーリーモード編<2>
儀式の場から場所を移して、デーモン族の集落にあるボロ屋敷にやってきたセーラー服の少女トウコ。
集会所か会議室か、円卓のある広い部屋にトウコとデーモン族のお偉いさんらしき二人の男が座っている。
それを俺は宙の上から見下ろしているような視点で眺めている。
どうやら、主人公に乗り移っての一人称視点でなく、第三者視点で物語は進行するようだ。
『まず、魔王になってほしいって言うけど、私はここで何をすればいいの?』
二人の男に向けて、トウコがそう話を切り出した。それに、男の片方が答える。
『端的に申しますと、魔王様には外敵を排除する戦士となっていただきたい』
『ん? 王って言うから、内政とかするんじゃないの?』
『いえ、我らは旗印として強き王を求めているのです。この地には外敵が多く、戦わねば生きていけませぬ。しかし、デーモン族は本来温厚な農耕民族。皆をまとめられるカリスマ性を持つ、強き戦士がいないのです』
男の言葉を聞き、トウコは眉をひそめる。
『期待しているところ悪いけど、私、戦いの経験とかないよ? 居合道はやっていたけど、剣道、剣術は一切触れたことない』
『居合道……なる物は聞き覚えありませぬが、魔王様はお強いはずです。我らが行なった儀式は、異世界の騎士の魂を召喚し、魔力で器を作り上げ受肉させる秘術。常人とは比べ物にならない腕力を得ているはずです』
『なるほど? つまり、私の本来の身体じゃないってことね。よかった、私、重たい病気だったから、身体が新しくなったのなら嬉しい』
『生者を呼び出すのではなく、冥界から騎士を呼び出す儀式ですからな』
『騎士ねぇ……うーん、私のご先祖様は武家だったから、それで騎士階級とでも判断されたのかな?』
『強き王として君臨してくださるなら、前歴は気にしませぬぞ』
男の言い草に、トウコは苦笑いをして言葉を返す。
『実際どれだけ強くなっているかは知らないけど、頑張るよ。敵を倒せばいいんだよね?』
『はい。我々が住むこの辺境の地は、蛮族が入り乱れる無法地帯でしてな。我らもまあ、蛮族勢力の一つでして。しかし、農耕に秀でていて食うに困らないので、よく他の蛮族から狙われているのです』
『うわあ、そりゃ大変だ』
『デーモン族はその昔、大きな国を築いていておりまして、そこで培われた農業技術を今にも継承しているわけですな。その国はデーモン族を悪魔と呼ぶ宗教勢力に滅ぼされ、辺境の地に追いやられたわけです』
『うん、解った。私の仕事は、蛮族から身を守る戦士の長になることだね』
『はい。この辺境の地に、他の英雄騎士が呼び出されている可能性も低いでしょう。何しろ、儀式を執り行うには高度な魔法技術が必要ですからな。蛮族の呪術師などでは、術式を理解することは不可能でしょう』
『同格の戦士も周りにはいない……と。うん、魔王、頑張るよ。じゃあ、あらためまして、ミツアオイトウコです。よろしくね』
トウコがそう自己紹介をして頭を下げると、男二人も名を名乗った。
『外務を担当しておりますンギカヌゥと申します』
『ぎかぬー……?』
『内務を担当しておりますンヌゥメァと申します』
『ぬめあさんね』
『…………』
『まあ、異なる文化圏から来たのであれば、我らの名に馴染みがないことも仕方のないことですかな……』
そこまでオチが付いたところで、視界が暗転した。
流れるような会話シーンだったため無言を貫いていたが、一息つけるタイミングのようなので、俺は視聴者に向けて言った。
「同格の戦士が周りにいないって、いわゆるフラグだよな」
『絶対に蛮族勢の召喚された戦士がいるな!』『格ゲーだし同格の敵いないと話にならん』『武術の心得のないトウコちゃん。なお、ヨシちゃんが操作する模様』『それよりも居合やっていて戦いの経験ないってどういうこと?』
あー、居合道ね。そりゃ、居合斬りができるのに戦えないとかおかしいって、普通は思うよな。
「20世紀とか21世紀の居合道っていうのは、直接人同士では戦わない武術だよ。形通りに正しい姿勢、正しい順序で、仮想敵に対して刀を振るうんだ。で、試合も斬り合うんじゃなくて、演武の正確さを競うんだ」
『へー』『納刀状態から斬り合う武術じゃないんだ……』『まあ、居合って刀を使うイメージあるから、戦ったら死ぬよね』『ヨシちゃん詳しいけど、21世紀人にとっては基礎知識の範囲?』
「いや、漫画知識」
高校生が部活で居合道をやる漫画を一回読んだだけである。なので、俺の知識も正しいかどうかは判らない。
と、そんな会話をしているうちに、ゲームは場面が変わって、デーモン族の集落の案内に移っていた。
トウコは外務の男をキカンさんと呼び、内務の男をウメさんと呼んで、デーモン族の生活について質問を繰り返していた。
だが、芋畑の視察をしているときに、事件は起こった。
『た、大変だ! オシシが出た!』
畑近くの森の中から逃げてきた女が、必死な声で農夫達に叫んだ。
すると、農夫達は一目散に集落の方へと逃げ出していく。
『魔王様! 外敵ですぞ!』
外務の男キカンの言葉に、ぎょっとした顔をするトウコ。
『ええ、もう蛮族が来たの!? 心構えできていないんだけど!』
トウコの叫びに、キカンが答える。
『いえ、オシシは害獣です! 畑に甚大な被害が出るため、退治してくだされ!』
『なんだ、害獣……』
ほっと息を吐くトウコだが、次の瞬間、森の中から木をなぎ倒しながら出てきた害獣を見て、叫び声を上げる。
『でかすぎるわっ!』
それは、大きめの小屋ほどもある巨大なイノシシだった。
それを見て、俺は思わず「おっことぬしさまサイズかよ」とつぶやいた。当然、20世紀のアニメ映画ネタには、視聴者はついてこられない。
眼下ではあわてるトウコに、内務のウメが言葉を投げかける。
『さあ、魔王様。英雄騎士としての力を見せるときです!』
だが、トウコにとっては無茶振りだ。
『武器! 武器ないんだけど! 素手でやれと!?』
『大丈夫です。英雄騎士の魔力で作られた器の身には、魂の武具が収められているはずです! 伝説に語られるデーモン騎士は、身体の中から輝く槍を自在に出し入れしていたと、伝承にあります!』
『武具、武具……身体の中って……うっ!』
両の手で身体をまさぐっていたトウコは、急に心臓のあたりを押さえて身をかがめた。
『あ、あああ……! な、なんか出る……!』
両手で押さえられた白いセーラー服の左胸が突如赤黒く染まり、セーラー服から刀の柄らしき物が飛び出してくる。
肉が裂けるような生々しい音とともに、心臓の位置からゆっくりと漆塗りの鞘に収まった刀が生えてきた。
そして、トウコの胸から鞘の先端まで刀が生えきると、刀は宙に浮き、トウコの胸の高さで静止した。いつの間にか、心臓付近の赤黒い色は消えている。
オシシは、その異様な光景に気圧されたように、身体の毛を逆立ててその場で立ちすくんでいる。
『おお、それが魔王様の英雄武具! サーベルですかな?』
姿を現した武器に、感心したようにキカンが言う。
『はぁー、はぁー……いえ……違う』
それに対し、トウコが否定の言葉を返した。
『これは……武士の魂、日本刀だ!』
かがめていた背筋を真っ直ぐに直すと、トウコは左手で勢いよく刀の鞘を掴み取った。
そこで、システム音声が響きわたる。
『デュエル!』
すると、視界が切り替わり、見下ろし視点からトウコの一人称視点へと変わった。
背景は灰色になって、世界が時間停止状態になっている。
「お、ようやくバトルか」
トウコの身体に乗り移ったので、俺は調子を確かめるように軽く身体をひねった。
『最初の敵がイノシシモンスターとか』『格ゲーとはなんだったのか』『アクションゲームかな?』『このあと二本足で立ち上がって、格闘技使ってきたら吹く』
「いや、さすがに二本足はないでしょ……」
そもそもこのゲームは、武器で戦うコンセプトの格闘ゲームである。チャンプは空手で戦うけど。
「ん、一定以上は前に進めないようになっているな。開始前から間合いを詰めるのは無理か」
ゲーム内世界の時間が止まっているのをいいことにそこらを動き回っていたのだが、戦闘開始と同時の攻撃を狙い位置取りを調整しようと前進したところで、一定以上前に進めなくなってしまった。
「さて、トウコは居合道キャラという設定だが……鞘の摩擦がない居合は最速の剣となる。だから……巌流ではまず鞘を捨てる」
『何言ってんのヨシちゃん』『そりゃ摩擦がない方が速いだろうが』『居合ってそういうものじゃないだろ……』『鞘を捨てる手間の分、遅くなっているんだよなぁ』
鞘から刀を抜いて刀を右手に構え、左手の鞘を地面に放り投げたところで、視聴者の一斉突っ込みを受ける。
「まあ、居合の心得もない俺が、帯も剣帯もない状態で居合斬りとかできるわけもなく……」
『まあ、そうなるか』『ヨシちゃん刀よく使うのに、居合できないのか』『噂の『-TOUMA-』では学ばなかったんですか?』『見た覚えはないな』
「居合って、座った状態や無防備な状態から瞬時に戦闘状態に入る技術だけど、『-TOUMA-』って面と向かって妖怪と対峙してから戦い始めるゲームだから、居合が役に立つ状況ってないんだよね。居合斬りすると、普通に刀を振るうより威力が強くなるってわけでもない」
『そうなのかー』『居合でなんかすごい威力出るのはゲーム的演出ですよねー』『リアルに考えると、上段に構えて振り下ろした方が、重力の分だけ強いわな』『夢も浪漫もない……』
『ちなみにPCトウコには、納刀状態から強力な斬りつけを行なう専用アシスト動作、居合抜きが存在します』
突然虚空から届いたヒスイさんのコメントに、視聴者達は瞬時に盛り上がった。
『夢も浪漫もあった!』『ヨシちゃんやって! やって!』『IAI!』『うおー!』
流れる抽出コメントに苦笑しながら、俺は地面に落ちていた鞘を拾って、納刀した。
セーラー服なので鞘を差す帯はない。なので、左手で鞘を腰に固定して、構える。
「ちなみに居合抜きって座った状態から? 立ったままでいい?」
『両方可能です』
「んー、と」
立ったまま柄に右手をそえ、思考操作で居合抜きのアシスト動作の操作方法を探る。すると、頭の中に動作手順が流れてきたので、アシスト動作を作動させた。
鞘から刃がすべり、剣閃が走る。
このゲーム独自の不思議要素である魔法が乗り、刃渡りよりも遠くにその攻撃は届いた。
『いいねいいね』『今までのヨシちゃんに足りなかった要素!』『IAI!』『ヨシちゃん打刀好きなんだから居合も勉強して?』
「居合を学べるゲームがあったら考える。よし、それじゃあ戦闘開始するぞー」
『戦闘開始と強く念じれば始まります』
ヒスイさんのコメントに「了解」と返し、俺は再び刀を鞘に収めた。
『トウコ VS. オシシ』
そんなシステム音声が響きわたり、背景に色が戻り世界の時間が流れ始める。
『ファイナルラウンド ファイト!』
戦いが始まり、オシシが突進の前動作なのか、地面をかくように向かって左の前足を動かし始めた。
だが、悠長に突進を待っている俺ではない。
「おらぁ! 居合抜きぃ! からのー、鞘投げぇ!」
前方に走りながら居合抜きを決め、さらに鼻先に向けて左手の鞘をぶん投げた。
突然の二連撃を受け、オシシはひるんだようにその場で頭を下げた。
さらに俺は前へと走り、オシシの右側をすれ違うようにして走り抜ける。当然、すれ違いざまに斬撃を置き土産にしている。
そして、オシシの巨体の背後を取り、打刀の柄を両手で握りこんで渾身の突きを尻にプレゼントした。
追加で斬りつけようとしたところで、ヒップアタックの兆候が見えたので左に大きくよける。
そして、オシシがヒップアタックで地面に尻餅をついたところで横からめった斬りにする。
「わはは、イノシシモンスターとの戦いなど、チャンプの空手道場で慣れておるわー!」
『ヨシちゃん調子乗ってんな』『最初のステージの敵に得意げになるヨシちゃん』『多分そいつ初心者でも勝てるよ』『チュートリアルでこの調子の乗りっぷりである』
そんな視聴者のコメントを聞き流しながら、俺は一方的にオシシへと攻撃を加えていく。
『KO ユー ウィン』
そして、無傷の勝利となった。
オシシの身体は草地の上に横倒しとなり、無事俺はデーモン族の芋畑を守り切ることができた。
刀を鞘に収めたところで視界が切り替わり、トウコへの憑依が解ける。
そして、またトウコを見下ろす視点に戻ったところで、トウコがその場で膝を突いた。
『うわあ……勝てた……勝てちゃった……』
『魔王様!』
『お見事ですぞ!』
離れて観戦していたウメとキカンが、勝利をたたえながらトウコに走り寄ってくる。
『今宵は肉の宴ですな!』
『ええ、これだけあれば集落の皆、肉をたらふく食べられるでしょう』
『あ……お肉……食べるんだよね』
倒れたままのオシシの横に座りこみながら、トウコが言う。
『うむ、オシシの肉は美味いですからな』
キカンの言葉に、トウコはしばし無言になり、そして言った。
『うん、命を奪ったのなら、食べないとね』
『む? いえいえ、そうとは限りませぬぞ?』
『……うん?』
『森に住む害獣のゴリゴリの肉などは、不味くて食えたものではないですからな。食べるのは、食べられるやつだけで十分ですぞ』
『あー、うん。そうだね』
そうして、最初のバトルであるオシシ戦は終わり、次の場面へと切り替わるのであった。
集落の外の背景を映して会話はないようなので、俺は視聴者との会話チャンスとみてコメントを入れる。
「いやあ、いいね、セーラー服と打刀の組み合わせ。20世紀のセーラー服学生少女キャラって、20世紀生まれの日本人の俺にとってはお馴染みといっていい属性だな。だけど、この時代のみんなはピンとくるのかな?」
『20世紀は私達にとっても鉄板ネタ』『ゲームが生まれた時代だからか注目度は高い』『娯楽作品が爆発的に増えた最初の年代でもあるし』『とりあえず20世紀にしておけっていうのは、とりあえず剣と魔法のファンタジーにしておけってくらい陳腐』
「ああ、そういえば、20世紀って創作の定番ネタなんだったか」
前にも似たような会話を視聴者と交わした記憶があるぞ。
さらに、ヒスイさんがコメントを入れてくる。
『今の時代の創作における20世紀の少年少女というキャラクターは、ヨシムネ様にとって旧日本国の江戸時代の侍……そうですね、幕末の新撰組に近い感覚の存在なのではないでしょうか』
おおう、そりゃまた燃えるポジションだな。
『もしくは、戦国時代の武将でしょうか』
「600年の年代差があると考えればそれが近いのかもなぁ」
そんな会話で盛り上がる一方、ゲームの方はというと、何やら怪しい雲行きに。
そう、蛮族との戦いが始まろうとしていた。