175.St-Knight ストーリーモード編<1>
本日のライブ配信を開始する。そして、開始と共に、俺は叫んだ。
「ナーイト!」
『わこ……なにい!?』『不意打ちか!』『ナーイト!』『うおー、今日は『St-Knight』配信か!』
格闘ゲーム『St-Knight』をライブ配信するときには、「ナーイト!」とコールするのが配信者の間でのお約束らしい。なので、開口一番コールをしてみた。
「というわけで、21世紀おじさん少女のヨシムネだ。今日は、『St-Knight』を配信していくぞー」
「助手のヒスイです。本日もヨシムネ様を見守っていきます」
『うおー、ヨシちゃーん』『ランクマやるの?』『王座戦の選出が終わったこの時期にランクマですとな』『逃げだよ、それは!』『チキンゴリラ!』
オンライン対戦モードのランクマッチをやると勘違いした視聴者達が、紛糾する。
「まあまあ、待て。落ち着け。最初から説明させてくれ」
俺は、両の手を身体の前に押しやりながら、はやる視聴者達に待ったをかける。
すると、視聴者コメントがピタッと止まった。これは、コメントを誰もしなくなったのではなく、視聴者の総意を抽出するコメント抽出機能さんが配慮してくれたんだろう。
「先ほどのコメントにもあったとおり、対戦型格闘ゲームである『St-Knight』は、年に一度の王座決定戦がせまっている。この配信でお馴染みのチャンプことクルマさんや、ミズキさんの出場が決まっているな」
しかも、その二人はぶっちぎりの優勝候補だ。本当に、すごい人達と知り合いになったものだ。
「俺も予定が合えば、王座決定戦は観戦しにいこうと思っている。そこでだ、今回の配信ではあらためて、『St-Knight』とはどういうゲームかを振り返ってみようと思う」
『どういうゲーム……?』『対戦格闘の最大手?』『格ゲーのランクマッチ人口現在最多』『アホみたいに多いアシスト動作とか』『慣れないと誤作動するんだよなー』
「ふふん。みんな、対戦格闘ゲームの〝対戦〟というところばかり注目しているが、そうじゃない。このゲームはどういう設定で、どういう舞台のゲームか。俺達はランクマッチばかりして、ゲームの世界そのものをおろそかにしてきていないか?」
俺は右の拳を強くにぎり、言葉を続ける。
「そう……今回は、『St-Knight』ストーリーモード配信だ!」
『そうきたかー』『うわー、結構長いんだよなあのモード』『マジで』『アーケードモードに毛が生えた程度と思ってやると、まさかの長編に困惑するぞ』『小規模なインディーズのRPGに匹敵するくらいには長い』『全キャラのストーリー網羅しようとすると、大作ゲーム並みのプレイ時間になるぞ!』
お、おう……視聴者達詳しいな……。
「コメントにもあった通り、キャラクターごとにストーリーの内容が違うらしいな。そこで、今回は一人のキャラクターをピックアップして、数日間にわたってエンディングまで配信する予定だ!」
ヒスイさんに確認はしたが、1日2時間程度の配信ペースを守れば、12月8日までには問題なく終わるとのこと。8日は、宇宙暦300年記念祭の最終確認の予定が入っている日だな。
さて、それじゃあ、ゲームを始めようか!
◆◇◆◇◆
西暦1992年、地球 日本 東京。
ある大学病院の集中治療室で、一人の少女が治療台の上に横たわっている。
少女は身が痩せ細っており、口には人工呼吸器がつけられている。意識はない。
少女は重病を患っていた。彼女の命の灯火は、今にも消え去ろうとしている。
医師が薬剤を投与し、懸命に延命処置を施すが努力は虚しく、心電図モニターから心臓の鼓動を示す波形が失われる。
一人の少女が、若くして亡くなった。
少女の死去が家族に伝えられ、地元の名家出身であった少女の葬儀は盛大に執り行われた。
数多くの友人知人に見送られ、少女の魂は黄泉の国に旅立ち、安らかな魂の眠りにつく……そのはずだった。
神暦710年、惑星セネトルル イリミーヤ大陸 デーモン族領。
地球とは異なる世界にて、背に羽を持ち頭に角を持つ者達が、怪しげな儀式を行なっていた。
一枚岩を磨いた床に魔法陣を敷き、その魔法陣を囲むようにして、特徴的な民族衣装を着込んだ男達が一心不乱に呪文を唱えている。
男達の後ろでは、華美な装飾の衣装に身を包んだ女達が、激しく舞っている。
魔法陣が輝き始め、光の柱が魔法陣から天に伸びていく。
そして、光が収まると、魔法陣の中心に、先ほどの少女がぽつんと立っていた。
『……は? え……?』
困惑する少女。病院にいたはずなのに、なぜこのような場所にいるのか、不思議なのだろう。
しかも、少女は入院着ではなくなぜかセーラー服を着込んでおり、病で痩せ細っていた身は、すっかり健常者のような健康的な肉付きになっていた。
『どういうこと……?』
少女はぼんやりと周囲を見渡す。
すると、魔法陣を囲むように儀式を行なっていた者達が、床に膝をつき平伏していた。
困惑するしかない少女だったが、やがて頭を床にこすりつけるように下げていた一人の男が、頭を上げおもむろに言葉を放った。
『……お待ちしておりました、冥府からよみがえりし騎士様。あなたさまを我らのデーモン族の王、魔王として異世界からお招きいたしました。どうか、我らをお導きください』
その言葉を聞いて、少女は眉を下げて言った。
『招いたって……、私、病院にいたはずなのだけど……』
『はい。あなたさまは、こことは異なる世界にてお亡くなりになられ、冥府に旅立ったはずです。そして、冥府に眠る魂を我らが、この世界に呼び出したのです』
『……ええと、異なる世界に召喚?』
少女はぽかーんとした表情で、立ちすくんだ。
『……あー、えっと、つまり、ジュブナイル小説的な、勇者召喚……?』
『異世界で勇者、勇士、英傑、英雄だった騎士を呼び出し、力を与える召喚の儀式を執り行いました。そして、あなたさまには、我らを導く魔王となっていただきたいのです』
『ええっ、勇者じゃなくて、魔王って……』
またもや困惑する少女に、男は再び頭を下げて言った。
『どうか、民族存亡の危機に立つ我らデーモン族をお救いください……!』
周囲を平伏した男女に囲まれた少女は、しばし考えこみ、そして男に尋ねた。
『デーモン族って、何か悪いことする?』
『いえ、我らは極めて善良な民族だと自負しております。ヒューマン族が集まる神聖エルラント王国からは悪魔とさげすまれておりますが、それはあくまで彼らが信じる聖典に登場する悪魔と、身体的特徴が似通っているだけのことです……!』
『あっ、そういう……うん、解った。死んだところを助けてもらったみたいだし、前向きに詳しい説明を聞くよ』
少女がそういうと、周囲から『おおっ!』と声が上がった。
『私に何ができるか知らないけど、黄泉の国からよみがえったなら、魔王くらいやってやろうじゃないの!』
少女がそう宣言したところで画面が暗転し、オープニングムービーが始まる。
これは、ゲームを起動して放置したときにも流れる、汎用のムービーだな。
ムービーが終了したところで、俺はゲーム進行を一時停止した。
「はい、というわけで、ストーリーモード、トウコ編のオープニングでした! いやー、剣と魔法の世界で、セーラー服に日本刀のキャラだから、まさかとは前々から思っていたけど……本当に異世界召喚キャラだったとは!」
トウコ。それが、先ほどの少女のキャラクター名だ。
アーケードモードでは何回も戦ったことがある。セーラー服を着て打刀を武器に持つ、黒髪のロングヘアの高校生くらいの少女。こってこてのデザインである。
「異世界召喚は、21世紀では馴染みのある設定なのでしょうか?」
ヒスイさんが、そんな疑問を投げかけてくる。
ふーむ、21世紀といえば、21世紀も該当するのだが……。
「こういう異世界への勇者召喚の類は、どちらかというと20世紀末によく見られた設定だな。トウコが言っていたように、ジュブナイル小説や、他にもアニメ作品で頻繁に使われていたらしい、いわゆるテンプレート設定ってやつだ」
ヒスイさんと視聴者に、俺は具体的な異世界召喚の作品名を挙げていく。
アニメにはそれほど詳しくないが、俺でも知っている作品だと『魔神英雄伝ワタル』、『魔法騎士レイアース』とかがそうだ。ゲームだと『サモンナイト』の一作目などがそうだな。
「勇者ではなく魔王と言われていましたが……」
「21世紀に入ると、テンプレをそのまま使わない作品が増えていったんだ。魔王や悪竜といった巨悪を倒す勇者として召喚されるのではなく、巨悪の側の魔王として召喚されるとか、召喚された勇者が悪者で主人公は別にいるだとか、巨悪を退治するという目的は嘘で便利な手駒として洗脳されるだとか、変化球が増えていった感じだな」
「なるほど。では、トウコ編は、巨悪の側ではないので、魔王と言い換えているだけの、勇者召喚の類型となるのでしょうか」
「トウコに倒すべき巨悪がいるなら、勇者召喚の類かな」
「それは……いえ、ネタバレになりそうなのでその辺は触れないでおきましょう」
ご配慮ありがとうございます!
まあ、アーケードモードやった限りだと、倒すべき悪役っぽいキャラはみかけなかったけどな。
アーケードモードのラスボスは馬に乗った騎士で、ステージは戦場だったから、あれが倒すべき巨悪……? うーん、あのデーモン族を名乗る男のセリフを加味すると、種族間の対立になる気がする!
『格闘ゲームに詳しくないんだけど、倒すべき巨悪とかよく出てくるの?』『出る出る』『普通に出るな』『とうぜん巨悪も操作可能キャラクターです』
「あー、そうだね。悪の秘密結社が出てきて、サイコパワーを操る悪の総帥がラスボスだとかあるね」
なので、あの馬に乗ったラスボス騎士が悪者で、倒せば全部解決みたいな展開が待っているかもしれない。
では、アーケードモードの隠しボスであるサイキッカーヤチとは……?
うーん、異世界ファンタジーでサイキッカーって、違和感すげえ。サイキッカーヤチ以外にも、超能力を使うらしいキャラクターはいるのだが、正直、もう一つの特殊攻撃方法である魔法と区別がつかない。
「よし、雑談はここまでにして、いよいよトウコ編進めていくぞ!」
俺はゲームの一時停止を解除して、ゲームの実況を本格的に開始した。