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174.師走

 師走と称される12月、その初日。今日は、超電脳空手の道場に通う日だ。

 指導員であるチャンプに四時間ほどみっちりしごかれ、稽古は無事終わる。そして帰る前に、俺はチャンプと雑談を始めた。


 いつもなら、「何かよさげなVRアクションゲームある?」みたいな会話を交わすのだが、今日はチャンプから報告があった。


「『St-Knight』の年間王座決定戦の出場が決まりました」


 おおー。とうとう決まったのか。

 VR格闘ゲームである『St-Knight』は、毎年年末に最強のプレイヤーを決める年間王座決定戦が開催されている。

 出場するには、オンライン対戦モードのランクマッチの11月付けで、上位にランクインしている必要があるらしい。


 そして、チャンプは、かつてこの王座決定戦で七年連続、王者の座に君臨していた経歴を持つ。チャンピオンゆえに、チャンプというあだ名だ。最近では、MMORPGの『Stella』で闘技皇帝をやっているゆえのチャンプでもあるのだが。

 そんなチャンプは、一度ハラスメントガードの発動でミズキさんに判定負けし、それ以降『Stella』に専念するようになり、『St-Knight』のランクマッチや年間王座決定戦から離れて久しかったらしい。


 だが、超電脳空手の道場に、現『St-Knight』王者であるミズキさんが入門してから、事情が変わった。


 ミズキさんは卓越したVRアクションの力量を持っていたため、空手道場側から超電脳空手の指導員をやってほしいと勧誘された。そして同時に、現実世界の空手道場の門下生としても誘われている。

 そして、ミズキさんがそれを受ける条件として出したのが、本年の『St-Knight』年間王座決定戦にチャンプが出場することだった。


 超電脳空手の道場でいつでも対戦できるようになったチャンプとミズキさんだが、ミズキさんはどうしても『St-Knight』で決着を付けたいらしかった。

 まあ、解らないでもない。

 ミズキさんは『St-Knight』の三年連続王者であり、チャンプはかつての七年連続王者である。どちらが『St-Knight』にて強いのか。その決着は、ハラスメントガードのせいでついていないのだ。


「おー、やったな。応援しているよ。時間があれば会場に行ってみるよ」


 俺がチャンプをそうはげますと、横から抗議の声があがる。


「私は応援してくれないのですか」


 ミズキさんだ。どうやら、チャンプだけをひいきするわけにはいかないらしい。


「いや、ミズキさんも、もちろん応援しているぞ」


「クルマと当たったとき、どちらを応援するつもりですか?」


「うっ、答えにくい問いを……まあ、どっちが勝ってもうらみっこなしってことで」


「うらみません。私は、どちらが強いかはっきりさせたいだけです」


 ほーん、チャンプを打ち負かしたいとかではなく、どちらが強いかどうか、か。

 なんかすごくそれっぽいこと言うじゃん。


「俺は勝つ気、満々ですけどね」


 チャンプのその言葉に、ミズキさんがむっとした。

 チャンプもなー。この微妙なあおり癖が心配なんだよなー。これは、年間王座決定戦でも相手をあおって話題になりそうだな。


「ちなみに、チャンプとミズキさん以外で王者候補っているのか?」


 俺がそう尋ねると、チャンプとミズキさんはきょとんとした顔になる。


「それは……」


「ねえ……?」


 チャンプとミズキさんは言葉をにごして、言いよどむ。

 すると、黙ってやりとりを見守っていたヒスイさんが代わりに事実を告げた。


「七年連続王者と、三年連続王者が出るような環境です。正直なところ、お二人の実力が突出しているでしょうね」


「あー、そうなのか。でも、『St-Knight』ってマイナーゲームではないよな?」


 俺がそう言うと、ミズキさんは「とんでもない!」と言葉を強く放った。


「全ての格闘ゲームファンがプレイしていると言っていいほどのタイトルです。今回の王座決定戦に出場する選手も、各ゲームの王者がそろっています」


 ミズキさんが力説するのを聞いて、それで突出するとはこの二人、一体どうなっているんだと別の疑問が湧いてきた。

 さすが、あだ名でチャンプの名をつけられた人物と、その後釜(あとがま)である。


「で、チャンプが『St-Knight』を引退するまでは、二人でしのぎを削っていたわけか」


「ああいえ、年齢的に、俺とミズキさんのプレイ年度が重なっていたのは、たった一年間だけです。つまり、年間王座決定戦で当たったのも一度きりで……」


「その一度で、ハラスメントガード発動したのか……」


「あはは、恥ずかしながらそうです」


 笑うチャンプに、顔を赤く染めるミズキさん。

 うん、今度の王座決定戦は、ハラスメントガードが発動しないことを祈ろう。




◆◇◆◇◆




 VR上の超電脳空手の道場からログアウトし、リアルに帰ってくる。ヒスイさんが「おつかれさまでした」と迎えてくれ、一息入れるためにお茶の用意をしてくれる。

 俺は遊戯室から居間に移動し、のんびりとお茶を楽しむ。

 すると、ヒスイさんが俺に告げてきた。


「ヨシムネ様に二件、案内が届いています」


「ん? どんなの?」


「一件目は、年末のバーチャルインディーズマーケット開催の告知です」


「おー、冬もやるんだったな、そういえば」


 夏に行ったが、面白かった。配信に使えたゲームもいくつか入手できたしな。


「参加なさいますか」


「うん、参加の方向で。もう一件は?」


「イベント出演の打診が来ています。宇宙暦300年記念祭という、宇宙的セレモニーへの参加の最終確認を七日後に行なうそうです」


「……え、ちょっと待って」


 最終確認?


「最終も何も、初めて聞いたんだけど?」


「実は以前から打診は来ていたのですが、ヨシムネ様には伏せていました」


「そりゃまたなんで?」


「記念祭の開催は極秘事項であり、打診が来たことを他者に漏らしてはならない決まりです。ですが、ヨシムネ様は配信の際に、うっかりと漏らしてしまう危険性があり……」


「おーけー、そういうことね。確かに、うっかりはあり得たことだ。でも、最終確認っていうけど、俺が受けないといったらどうなるのさ」


「そのまま出演枠に穴が空いたままになるでしょうね」


 うおい、いいのかそれは。


「ですが、ヨシムネ様、断るつもりありますか?」


「いや、受けるも断るも、そもそも何をやらされるか知らんから、判断しようがないんだが……」


 俺はゲーム配信者だから、配信でもすればいいのか? それとも21世紀の歴史トーク? うーん、判らん。


「失礼しました。打診内容は、歌謡ショーです」


「はぁ? 歌謡ショー?」


「はい。記念祭で、歌を披露してほしいそうです」


「俺、歌手になったつもりはないんだけど……」


「極秘事項にからむので詳しく言えないのですが、特定の条件に合致する人物の中で、知名度があり、かつ歌が得意な者をピックアップしたようです」


「お、おう……」


 これは……やっててよかった『アイドルスター伝説』とでもいうのだろうか。

 音痴のままだったら、絶対に呼ばれていなかったぞ。


「打診をお受けになりますか?」


「そうだなぁ……うん、宇宙暦300年記念祭がどれだけの規模のセレモニーかは知らないが、俺達の配信を有名にするためのチャンスと思おう。受けるよ」


 しかし、12月になって、いきなりいろいろ予定がつまったな。さすが、師が忙しくて走り回るという師走だ。

 これは今月、何回ゲーム配信を行なえるか判らんな。


「で、打診を受けたことは、もう漏らしても問題ないのか?」


「はい。すでに、市民にも記念祭の開催は告知されています。打診を受けていることも、知らせて問題ありません」


「そっか。じゃあ、明日にでも何かライブ配信して、参加を表明しておこうか。なんのゲームをやるかな……」


「ジャンルの希望はありますか?」


 ふーむ、いつも通りヒスイさんのチョイスに任せるか?

 いや、待て。『St-Knight』の年間王座決定戦にチャンプとミズキさんが出場することも、ついでに告知しておきたいな。

 となると、プレイするのは……。


「よし、明日やるゲームは『St-Knight』だ」


「おや、ランクマッチですか? 年間王座決定戦の出場枠争いは終わったので、激しさは収まっているでしょうが」


「いや、基本のおさらいだ。『St-Knight』がどういうゲームか、視聴者に確認してもらおう。プレイしていなかった、ストーリーモードをやるぞ!」


「そういえば、以前クリアしたのはアーケードモードでしたね」


 そういうわけで、久しぶりに『St-Knight』を配信することとなった。

 今までステージ背景でどんな世界か少し触れてきたけど、どんなストーリーなんだろうなぁ……。


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― 新着の感想 ―
[一言] ゲストにマザーを呼んで説明してもらおう
[一言] おおーストーリーモードやるのかな? うん。大きな話が出てきて、あ、本当に終わるんだなぁとちょい寂しくなったり。まぁそれも楽しむものよね。
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