172.21世紀おじさん少女のブリタニア旅行<6>
遊具でボサボサになった髪をときおりヒスイさんにとかしてもらいながら、パーク内を巡回する。
閣下がチョイスする遊具は絶叫マシンばかりで、ノブちゃんがどんどんふらふらになっていく。
さすがにやりすぎるとリバースの危険もあったので、俺は閣下にストップをかけた。
「むう、これからがいいところだったんじゃが、仕方ないのう。では、自然をじっくり眺められる遊覧飛行遊具に乗るのじゃ」
「そうそう、そういうのでいいんだよ」
そうして俺達は、飛行遊具なるものに乗りこみ、のんびりと空からパーク内の自然を眺めた。
パーク内には、ARの演出ではない、本物の鳥がそこらを飛び交っているのが見える。
そして、木々の間をムササビらしき動物が飛んでいくのを目撃し、俺は視聴者と一緒に盛り上がった。
パーク内の人通りは、先ほどジェットコースターの上から眺めたときよりも多い気がする。昼に近づいて、来場客が増えてきているのだろう。
これは、施設に順番待ちが発生するかもしれないな。
この時代の二級市民は働いていないので毎日が休日で、平日だから施設が空いているとかはありえないし。
やがて、遊覧飛行は終わり、地面に帰ってきた。
「予想以上に自然が豊富なんだな。でも、虫の被害とかは大丈夫なのか?」
俺は、ふと湧いた疑問を閣下にぶつけてみた。
「ビオトープと言ってもアーコロジーの中じゃからな。虫はおらぬし、生息している動物も人に危害を与えぬよう、ほとんどがロボットじゃ」
「ええー……そうだったんですか……シマリスとかいて、素敵だなって思っていたのですけれど……」
閣下の答えに、ノブちゃんがショックを受けたように肩を落とす。
「蜂とか蚊とか出たら、来訪客も楽しむどころじゃなくなるだろうから……虫とか動物とかがいないのは、ビオトープと言っていいのかよく判らんが」
ノブちゃんをなぐさめるように、俺はそう言った。
まあ、客の安全を考えたら虫の排除は正解だろう。蜂はヤバいんだ。スズメバチは本当にヤバい。日本ではないブリタニア国区にスズメバチがいるかは知らないが、パーク内に巣ができたら大惨事だ。
「生きた動物と触れあいたいなら、専用の触れあい広場があるのじゃ。引退した元競走馬もいるので、なかなかの人気スポットじゃぞ」
「わあ……素敵ですね……!」
「そうじゃろう、そうじゃろう。猛獣や大型動物を集めた動物園もあるぞ!」
「え……、それは怖いのでちょっと……」
そんなことを語り合いながら、午前中は遊具で遊んで過ごした。
そして、昼食時になり、パーク内の飲食店の一つに向かうことにした。
到着したのは、木造のオープンカフェ。ARで形作られた光る妖精が、そこらを飛び交っているのが見える。
それを見て、ノブちゃんが一瞬でテンションを上げた。
「わー、妖精さんが……いっぱいいます……! 妖精さんのお店ですね……!」
純真……!
そういえば、ノブちゃんはまだ年若き15歳の少女だったか。
「妖精さんがいっぱいだってよ。同じ少女の見た目をしているのに、俺達にはない発想だぞ、閣下」
俺の隣で店内を眺めていた閣下に、俺はそう言葉を投げかける。
「むっ、私だって、あの程度言えるのじゃ……!」
「無理すんな、300歳元男」
「30歳元男には言われたくないのう……」
『このおじさん少女達は……』『なんちゃって少女じゃ、本物の少女にはかなわないよ』『そのままの君でいて』『妖精さーんとか言うヨシちゃんは見たくない!』
自分で言い出したことだが、本当にひどい扱いだな!
「で、何食べる?」
と、俺が話題を振ったところで、手を上げて存在を主張する人が一人。
「はい! 私、食べたい物……あります……! こういうお店で食べたい物が……!」
おおっと、ノブちゃん本当にテンション高いな。
「ハチミツとバターたっぷりの……パンケーキを食べたいです……!」
「おー、いいね、いいね。出せる、閣下?」
「うむ。この店の店長は優秀じゃから余裕じゃろ」
そうして俺達は、そろって三段重ねのパンケーキをぺろりと平らげ、腹を満たした。
唯一人間ボディであるトーマスさん以外は、みんな飯なんて食べなくても活動し続けられるのだが、そこはまあ気分ということで。こういうテーマパークは食事もアトラクションの一つみたいなものだ。
そして午後。乗り物系遊具は午前中に十分乗ったので、建物系やゲーム系のアトラクションを楽しんでいこうという方針で、閣下に案内してもらうことになった。
最初に向かったのは、屋外でのARガンシューティングゲームだ。
弓矢の形をしたファンシーな器具を持ち、ARで表示されるモンスターを撃ち抜いて得点を稼ぐ。決められたフィールド内を走り回り、木々に隠れたモンスターを倒していくという体感型ゲームである。
同時に二人までプレイ可能なので、カップルに人気のアトラクションだという。
「それじゃあ、ヒスイさん、一緒にやってみようか」
「サポートはお任せください」
俺とヒスイさんは、矢と弓が一体化した武器を持ち、フィールド内を縦横無尽に駆け回った。
弓を引き、撃つと、ARで光弾が飛んでいき、モンスターを撃ち抜く。
モンスターはデフォルメされた三頭身の妖精だ。赤い帽子を被っている。レッドキャップとかいうやつだろうか。
レッドキャップを一通り狩りつくしたところで、ドラゴンが出現する。体高3メートルほどあるそのドラゴンに、俺とヒスイさんは光弾の集中砲火を浴びせていく。
相手は火を吐いてこちらを牽制してくるが、光弾の射程は長いので、火の範囲外からめった打ちにした。
ドラゴンを倒し終えたところで、終了の鐘が鳴る。
倒れたドラゴンは光に包まれ消えていき、視界にリザルト画面が表示された。
おお、今月のランキング一位だってさ。なかなかのものじゃないか?
そして、施設の入口に戻ると、閣下とトーマスさんが拍手で俺達を迎えてくれた。
しばらく続けていた拍手を止め、閣下が言う。
「実際の身体を動かすゲームなので、ソウルコネクト内と違いすんなりいかないのが常なのじゃが……生身の肉体を持たぬヨシムネには関係がなかったのう」
『ハイエンドのアンドロイドボディだからね』『しかもヒスイさんとコンビ』『カップル用ゲームに本気になってどうすんの』『ゲームがあれば攻略するのがゲーマーの性だ……』
カップル用とか、知らん知らん。
クリアできるゲームなら、クリアしてみせるのさ。
「んじゃ、次は閣下とトーマスさん行ってみなよ」
アトラクション用の弓矢を閣下に差し出しながら、俺はそう言った。
「うむ、そうじゃな」
「おや、私もですかな。いやはや、老骨にはこたえますな」
「いやいや、トーマスさんまだ40代だよね?」
そんなやりとりをしたのち、閣下とトーマスさんの二人がゲームを開始した。
トーマスさんはさすができる男という感じで次々とレッドキャップを撃ち抜いていく。
一方、閣下は……。
『閣下へっぽこすぎる……』『これが『MARS』全一の姿か……?』『まあ予想の範囲内』『知ってた』
うーん、閣下も最近は『Stella』でアクションゲームにも慣れてきていたみたいなんだけどな。まあ、現実世界にはアシスト動作なんてものはないから、素の運動神経だけで全てをこなさないといけないとなると、こうもなるか。
となると、ゲームでは事前の練習通りにしか動けない性質を持つノブちゃんは、どうなるかというと……。
「ノブちゃん、次は俺と組んでやってみる?」
…………。
「ん? ノブちゃん?」
「ヨシムネ様、大変です。ヨシノブ様がいません」
ヒスイさんのその言葉に、俺は急いでその場を見回した。だが、言葉通り、ノブちゃんの姿は見えなかった。
『もしや、迷子?』『この状況でどうやって迷子になるって言うんだ……』『ヨシノブちゃん15歳、迷子になる』『ノブちゃん、配信見ていたら、今すぐ戻ってこーい』
そして、閣下とトーマスさんがゲームを終えて戻ってきた。すぐさま俺は、閣下にノブちゃんが迷子になったことを相談した。
「これはあれか。遊園地定番、迷子のお呼び出しが必要か?」
不安に駆られながら、俺は半ば本気でそんな冗談を口にした。
迷子のお呼び出しです。ヨーロッパ国区からお越しのヨシノブちゃん、ヨーロッパ国区からお越しのヨシノブちゃん、インフォメーションセンターまでお越しください。みたいな。
「いや、ここは、監視カメラを追って場所を見つけ出すのじゃ」
「む、そんなことができるのか」
「うむ。監視システムにヨシノブの顔写真を流して、顔認証で居場所を突き止めるのじゃ」
閣下がそう言うと、トーマスさんが空中にパネルを呼び出して、なにやら操作を始めた。
「ふむ。どうやら、目の前をよぎった受粉用の蝶ロボットを追って、この場を離れたようですね」
「蝶を追って迷子になるとか、漫画の世界の住人かよ!」
『ノブちゃんはそういうことする』『天然入っているから……』『やっぱり保護者役必要だよなぁ』『まだノブちゃんは15歳児なんだ!』
「現在地は……ふむ。なにやら人に絡まれているご様子」
トーマスさんが画面を広げて、こちらに見やすいようにしてくれる。すると、画面の中では、ノブちゃんがチャラい男三人組に囲まれているのが見えた。
「ノブちゃんピンチやん! トーマスさん、向かうから道順教えて!」
「では、ナビゲートします。ただし、くれぐれも、もめ事のないようお願いします。必要であれば警備員を向かわせますので」
俺の視界にパーク内MAPが表示され、現在地と目的地が矢印で結ばれる。
俺はそれにしたがい、ダッシュを開始した。
「うおー、純朴なノブちゃんが、男三人にお持ち帰りされてしまう! 15歳は犯罪だぞ、男ども!」
『ヨシちゃんの想像がよこしま過ぎる……』『道を聞いているだけかもしれないだろ!』『健全なナンパかもしれないだろ!』『健全にホテルに連れこみたいだけかもしれないだろ!』『はい、アウト』
うわ、キューブくんがついてきている。まあいいか。
そして、走ること30秒ほど。前方に、ノブちゃんと男達の姿が見えた。よかった、ノブちゃんのピンチに間に合ったぞ!
「サインあざーっす!」
「家宝にするっす!」
「へへ、俺らの友達、みんなノブちゃんのファンなんすよ」
「あ、ありがとうございます……! 私なんかの電子サインで……こんなに喜んでもらえるなんて……」
って、ナンパ目的のチャラ男じゃなくて、ただのファンボーイかよ!
「ノブちゃーん、迎えに来たぞー」
俺は急停止してノブちゃんの背後に立ち、後ろから声をかけた。
すると、ノブちゃんが振り返って、嬉しそうに笑って言う。
「あ、ヨシちゃん……、今、ファンの方達に……サインをあげていたところで……」
「え、マジでヨシちゃん本人?」
「ヨシちゃん&ヒスイさんのゴリラプレイする方?」
「うひょー、電子サインください!」
……うん、完全にファンボーイ達だな。
「おーい、ヨシムネ、無事かの?」
すると、後ろから閣下達がのんびりと歩いて近づいてきた。
「あれ閣下じゃん」
「ヒスイさんもいる!」
「うひょー、電子サインください!」
テンションを上げる男三人に、俺は苦笑しながら、電子サインを書く準備を整えるのであった。
まあ、何事もなくてよかったよ。