171.21世紀おじさん少女のブリタニア旅行<5>
「21世紀ではこんな言葉が語られていた。曰く、『イギリスで美味しい食事をしたければ、一日に三回朝食を取ればいい』。そんなイングリッシュ・ブレックファストの時間だ!」
寝顔を視聴者に晒しつつ十分に睡眠を取った俺は、朝のナノマシン洗浄とマイクロドレッサーでの着替えを終え、さっそく朝食を取りにレストランへとやってきた。
「ヨシムネのブリタニア料理観は相変わらずじゃの。正直いろいろ文句を付けたいのじゃが……」
閣下もこのホテルに泊まったのか、家令のトーマスさんを引き連れてレストランにやってきていた。
そんな閣下の苦言に、俺は答える。
「ノンノン。ブリタニア国区ではなく、旧イギリスの料理についての話だ。まあ、俺も実際にイギリスへ行ったことがあるわけじゃないから、全部ネットで聞いたイギリス食文化の噂話なんだが……」
「ネットの伝聞知識ほど役に立たんものはないじゃろ……」
「じゃあ、イングリッシュ・ブレックファストが美味いという伝聞知識も、役に立たないか?」
「む、今の時代のブリティッシュ・ブレックファストは、より美味なのじゃ。21世紀の遅れた食文化と比べてもらっては困るのう」
というわけで、俺達は朝から豪勢な食事を楽しんだ。
「はー、焼きたてのパンって、なんであんなに美味しいんだろうな」
『ヨシちゃんパン食いすぎじゃね』『食べても全部消化できるからって次から次へと……』『ビュッフェスタイルだったらどうなっていたことか!』『私もこのホテル泊まってみたい』
朝食を終え、のんびりと食後のお茶を楽しんだところで、俺達は本日の行動を開始する。
肩掛け鞄を忘れずに部屋から取ってきて、ホテルをチェックアウト。
パーク内を巡回している自動運転車両に乗って、パークの入場門にやってきた。
「入口まで戻ってきたってことは、今日は順路をたどって施設を巡っていく感じか?」
俺は閣下とヒスイさんにそう確認を取る。
すると、閣下は「それもそうなのじゃが」と言葉をにごす。
そして、ヒスイさんが言った。
「本日はゲストをお迎えしております」
「は?」
ゲスト?
「ヨーロッパ国区からお越しいただいた、ゲーム配信者のヨシノブ様です。では、どうぞ」
ヒスイさんがそう言うと、入場門の向こう側から人が一人、駆けてきた。
「ヨシちゃーん! うわー、生ヨシちゃん……! 本物オーラで気絶しそう……!」
そう叫びながらやってきたのは、十代中盤の少女。以前、一緒にコラボ配信を行なった、配信者のノブちゃんの姿だった。
『ノブちゃんじゃん』『えっ、わざわざ来たの?』『ノブちゃんきゃわわ』『でも、なんで二日目から合流?』
「おー、ノブちゃん、おはよう。旅行に参加するなら、事前に言ってくれればよかったのに」
「おはようございます……! ええとですね、実は旅行への参加は……昨日決めたばかりでして……。配信を見ていて……私も行きたいなぁって……」
「行きたいなぁで即日参加を決めるあたり、ノブちゃん配信者の素質あるな……」
「えっ……そうですか……うふ、嬉しいです……」
即断即決は配信者に必要なセンスだと、俺は思うね。ゲームやっている最中に状況の判断に迷うとか、視聴者を無駄にイライラさせてしまうからな。
「挨拶は済んだかの? では、オーナーである私自ら、ウェンブリー・グリーンパークを案内していくのじゃ!」
そう言って、わざわざ肩書きを述べてまで存在を主張する閣下。
配信に映るメンバーが増えたので、存在感を出していこうとでもしているのだろうか。
そうして俺達は、パークの入口から順路を進んでいくことになった。
緑あふれるパーク内をゆっくりと歩いていく。まだ朝早いからか、どことなく空気が気持ちいい。それも、周囲に植物がたくさん生えているからだろうか。
「……なんというか、森の中を進んでいるような……そんな不思議な道ですね」
ノブちゃんが、周囲を見回しながら言う。
その言葉に、閣下が答えた。
「うむ。ウェンブリー・グリーンパークは、惑星テラの自然と触れあうことをテーマとした、ビオトープ型テーマパークなのじゃ」
ビオトープ? ううむ、大学時代に聞いたことある単語だ。
「ビオトープとは、生物が生息できるひとまとまりの環境のことですね。また、そういった環境を人工的に作り出した空間のこともビオトープと呼びます」
「要するに、惑星テラ独自の自然にあふれた、唯一無二のアミューズメントパークということじゃな」
へえ、自然あふれるねえ。緑に縁がないアーコロジー在住やスペースコロニー在住の人には受けそうだな。
俺は、21世紀の地方でずっと農業をやっていたから、自然に対する憧れとかこれっぽっちも持ち合わせていないけど。
「素敵なテーマパークですね……!」
そんなことを言うノブちゃんは、自然に対する憧れを持っていそうだなぁ。両親が元自然愛好家だもんな。
「そうじゃろう、そうじゃろう。惑星テラでは、アーコロジーの外に出て自然に触れようと思うと、高額なクレジットを払わねばならぬじゃろう? なぜなのか知っておるか?」
「ん? 自然環境保護のためじゃないのか?」
閣下の問いに、俺は適当に答えた。だが、閣下の解答は、否だった。
「よく勘違いされておるが、それは違うのじゃ。かつて人類が壊しきった環境は、すでに元の水準以上に回復しておる。それに、観光客や地元民が多少外を汚したところで、すぐに綺麗に戻るのじゃ」
『マジで』『知らなかったそんなの……』『え、じゃあアーコロジーから出て、外に街作ってもいいってこと?』『惑星テラの土地が解放されれば、だいぶ人口受け入れられるよね』
そんな視聴者の反応に、閣下は面白そうに笑って言葉を続ける。
「マザーの奴めがわざわざアーコロジーの外への移動を規制しておるのは、惑星テラに希少価値を持たせるためなのじゃ」
希少価値……?
「惑星テラの自然と触れあうには、高いクレジットを払わねばならぬ。つまり、それだけするほど惑星テラには価値がある、というマザーによる意識の誘導じゃな。あやつは、人類の生まれた星を唯一無二の存在にしたいらしい。本人は惑星マルス生まれだと言うのにのう」
マザーの思惑か……。まあ、二度と地球が汚れないように保護するという方針とかなら賛同できるのだが、地球に付加価値をつけたいとなると……どうなんだろうか。
「じゃが、私はその方針には反対での。だからこうして、安価で惑星テラの自然と触れあえる環境をアーコロジー内に作ってみたのじゃ。マザーの奴は渋い顔をしておったがの」
閣下は「ふはは」と笑って暴露話を終えた。
確かに、アーコロジーの外に出るとなると高額な観光費用がかかる。以前やった芋煮会も、ニホンタナカインダストリが費用を負担してくれたが、結構な額がかかったと聞いている。
しかし、行動範囲がアーコロジー内で完結しているなら、高いクレジットは払わなくてよくなる。アーコロジー内にビオトープを作って、一日1500円相当のクレジットで公開する。隙間を突いた、いい商売じゃないか。
「さて、森林浴もいいが、アミューズメントパークということを忘れてもらっては困るの。まずは定番の遊具で遊んでいくのじゃ」
閣下がそう言うと、急に森が開けて、木でできた絶叫マシンらしき遊具が目に入ってきた。
「おお、なんだ? あれは木から生えているのか?」
「いや、そう見えるよう、金属製の遊具の表面に木材パネルを貼ってあるだけじゃな」
おー、じゃあ、普通の絶叫マシンか。コースとか、いかにも木の枝と蔦でできていますって感じなんだけどな。
「さっそく乗ってみようか。ノブちゃんは絶叫マシンって大丈夫か?」
俺がそう尋ねると、ノブちゃんは首をかしげて答えた。
「絶叫マシンって……なんですか?」
「え、知らない? ジェットコースターとか聞いたことない?」
「ないですねぇ……」
マジか。大丈夫かな……。
「何事も経験じゃ。ほれ、皆で行くのじゃ」
そうして俺達は、遊具の入口で手荷物を預け、遊具に搭乗していく。
「これは我がグリーンパーク自慢のローラーコースター、『エルヴン・シューティングスター』じゃ」
「エルフの流星ですか……素敵な名前ですね……!」
そんな閣下とノブちゃんの会話を聞きながら遊具に座ると、上から肩を押さえるようにバーが降りてきた。
「うわ、エナジーバリアとかじゃなくて、バーで拘束するのか」
21世紀の遊園地の遊具と同じく、物理的な素材による拘束がされた。
こういうのって、未来ならエナジーマテリアルってやつとか、重力場とかのSF的なパワーで押さえるものだと思っていたんだが。
「ふはは、ヨシムネも浅知恵じゃの。たとえば、何か問題が起きて、機器の故障や停電が起きたとする。そのとき、力場発生装置の類で守られている者は、どうなる? エナジー救命胴着や重力フィールドが解除されて、遊具から振り落とされて地面の染みになるのじゃ」
『こわー……』『地面の染みとか言いだしたぞ』『いざというとき頼れるのは、枯れた技術ってことね』『ごてごての安全バーが不恰好だけどね』
「まあ、停電など、何百年前に経験したかすら覚えておらぬほどであるが……可能性はゼロではないからのう。高容量バッテリー付きじゃから、停電しても動くのじゃが」
そんな閣下の言葉とともに、出発の合図が鳴る。視界に光り輝く妖精の群れがAR表示されて、前方へと飛んでいく。それを追うように、遊具が前進し始めた。
「へー、この蔦の道を伝って走るんですね……え、ちょっと待ってください……蔦、すごくうねっているんですけど……!」
「ヨシノブも、自慢の大回転を楽しむのじゃ!」
「え、ええー……あ……これは……あああああああああ!」
『ノブちゃんの悲鳴が聞こえる』『キューブくんはお預けかぁ……』『まあ、カメラロボットじゃあの遊具には乗れないわな』『あとでヒスイさん視点の映像とか、アップしてほしいわぁ』『間近でノブちゃんの怖がる顔見たかった』
そんな視聴者ののんきなコメントとノブちゃんの絶叫を交互に聞きながら、皆で幻想的なAR演出がされたジェットコースターを楽しんだ。
俺自身はどうだったかというと……、21世紀の頃から絶叫マシンを怖いと思ったことはないんだよな。なので、コースのスリルではなく、ARの演出を楽しんだ。
そして、コースを一周し、遊具が止まった。安全バーを外し、車両から降りる。
施設の外に出ると、ヘロヘロになったノブちゃんと、それを面白そうに笑う閣下の姿が見てとれた。なお、トーマスさんは同乗していない。
ヒスイさんはというと、特にこれといって疲れた様子は見えなかった。
「ヒスイさん、どうだった?」
「妖精が可愛らしかったですね」
ヒスイさんも演出を楽しむ派だったようだ。
そして、その後はご機嫌になった閣下がノブちゃんの手を引き、各所にある遊具を次々と攻略して回るのであった。