168.21世紀おじさん少女のブリタニア旅行<2>
出発時刻近くとなり、軌道エレベーター内に併設されたテレポーターへと向かう。
「それじゃあ、荷物の検査をしますよー。クレアボヤンス検査機にかけますので、ご了承くださいね。はい、そこのマークの上に立って、三秒停止してください。3、2、1……はい、オッケーでーす」
肩掛け鞄を身につけたまま、手荷物検査が終わった。21世紀の空港のように金属探知機を通るとかではなく、クレアボヤンス検査機なるものを使った。
「クレアボヤンス……透視能力か」
『超能力機器の一種やね』『ヨシちゃんが丸裸に!』『まー、危険物を持ちこんだ事例なんて聞いたことないけど』『危険物所持なんてしていたら、そもそも家から外に出た時点で警備員にしょっ引かれるわな』『さすがのヨシちゃんも料理用の包丁を外に持ち出すことはしないでしょう』『でもヒスイさん、普通にエナジーブレード所持していねえ?』
「これですか? 私は行政区職員ですので、あらゆる場所への武装携行を許可されています。名目は、ヨシムネ様の護衛のためです」
腰に下げたエナジーブレードの柄をキューブくんに見せながら、ヒスイさんが言った。
『護衛』『ヨシちゃんどこかの組織にでも狙われているの?』『組織ってなんの組織だよ』『ほら、反政府組織とか……』『あるんですか、そんなの?』『太陽系統一政府樹立直後にはありましたけど、とっくに立ち消えていますよ』『そもそも反政府組織がヨシちゃん狙うとか意味不明だ』『せいぜい重度の歴史好きが、ヨシちゃんに詰め寄って徹底インタビューするとかくらい』
ヒスイさんの護衛という名目は、俺もよく理解できていないんだよな。
実際の所、名目は建前で、実質的にはこの時代に不慣れな俺のために、生活サポート要員として派遣されているだけだと思うけれど。
でも、そうなると、俺がこの時代に慣れたらヒスイさんは俺の元を去るわけで。それは困るなぁ。こうなったら、配信の人気を上げて、行政区が俺達をうかつに解散させられないくらいの立場になるしかないか。
「はい、この部屋がテレポーターの少人数用転送室でーす。最大搭乗人数は、アテンダントを含めずに十名まで。20時の便でウェンブリー・アーコロジー行きの人はお二人だけですので、貸し切りですよー」
複数の扉が並ぶ区画で、トキワさんが一つの扉の前で立ち止まった。
扉には『021』と数字が書かれている。
「ヨシちゃんにちなんで、021号室が割り当てられています。施設管理AIも粋なことをしますね」
俺は21世紀からこの時代にやってきたので、俺にちなんでというのはおそらくそれのことだろう。
まあ、ちなんだからといって何か特別なことがあるというわけではないのだが……。
そして、トキワさんが扉の前で手をかざすと扉が自動で開き、俺達は中へと進む。
部屋の中は、長椅子が用意されたごくごく普通の内装だった。
「ちなみに、扉を開けるときに手をかざす必要はありません」
長椅子に座りながら、ヒスイさんがそんなことを言った。
「おおっと、ヒスイは無粋なことを言いますね。こういうのは雰囲気ですよ、雰囲気。さあさあ皆様、20時になりますので、いよいよテレポーテーション発動の時間ですよ。ヨシちゃんは現実世界ではテレポーテーション初体験ですよね?」
「ああ、そうだな。空間関連の超能力適性はあるにはあるが、町中はアンチサイキックフィールドが展開しているし、私室は転移なんて使うほど広くはないし、使う機会がない」
「ではでは、驚きの瞬間ですよ。20時まであと30秒!」
トキワさんが30からカウントダウンを始める。
俺は、少しドキドキしながら、時間がやってくるのを待った。そして。
「3、2、1、ゼロッ!」
「…………」
「はい、転送終了でーす!」
「えっ、マジで? 何も変わっていなくね?」
「いえいえ、しっかりテレポーテーションは発動しましたよー。実を言うと、部屋ごと入れ替わっているんですよ」
「え? そんな豪快な。というか部屋ごとだと、転送の瞬間の目撃が不可能じゃねえ?」
『部屋ごとの方が事故を防ぎやすいからな』『人だけ入れ替わったら、椅子の高さ合わなくて尻餅ついたりね』『人をそれぞれ飛ばすより、部屋ごとの方が形状の演算が楽で、使用ソウルエネルギーが少ないとかなんとか』『転送の瞬間を見たいなら……自室で自力テレポーテーションを試すんだな!』
「そういうわけですね。では、部屋を出ますのでお立ちくださーい。忘れ物などないよう、ご確認くださいませ」
俺はトキワさんにうながされ、事前のドキドキに対する不完全燃焼を感じながら立ち上がった。
そして、導かれるまま部屋の外に出る。
「……むっ、匂いがなんかヨコハマと違う気がする。ヒスイさん、どう?」
「確かにわずかに違いますね」
俺達がそんな言葉を交わすと、トキワさんが笑みを浮かべて言った。
「それは、ヨコハマ・スペースエレベーター特有の醤油と出汁の匂いが消えたからですねー」
「ああー、海外の人が日本の空港に着くと、醤油の匂いがするとかいうあれか!」
「ニホン国区の空気には、醤油の匂いが染みついている……わけではありませんよ! 施設内に併設されていた飲食店からただよう、料理の香りです。あそこは日本食のお店、多いですからねー」
「そういうからくりか」
『食事時以外だと匂い共有されていないから、なんのこっちゃだな』『今時の技術力でも、匂いってシャットアウトされないものなの?』『匂いで客を呼びこんでいるんだろう』『町中の焼肉屋の前とか、わざと合成した匂いを出しているらしい』
そしてトキワさんに案内され、またクレアボヤンス検査機で荷物の検査を行ない、問題なくクリアして先へと向かう。
人の行き交うロビーに登場したところで、トキワさんが言った。
「それでは、ご案内はここまでです。本日はテレポーターのご利用、まことにありがとうございました。ここまでの案内は、トキワが担当いたしました。帰りも私が担当しますので、よろしくね!」
最後で急に態度を崩したトキワさんが、俺にではなくキューブくんに向けて手を振った。
ううむ、視聴者サービスが徹底しているな。
視聴者も口々にトキワさんへのコメントを投げかけ、彼女と俺達はこの場で別れた。
「しかし、一時間近くアテンダントがつきっきりになっていたのに、このクレジットの安さでテレポーターを使えるのは驚きだな」
「日本円にして5000円、でしたか」
「いや、それはもういいから」
「今の時代では、サービスに対して支払われたクレジットが、そのまま業者の従業員の収入として処理されるわけではありません。全ての業者は行政が仕切っており、人類の中で働いている一級市民やAI達三級市民への給与であるクレジットは行政が配っています。そのため、行政側としては業者がサービスを過不足なく提供してさえいれば、赤字でもかまわないのです。正直なところ、クレジットは21世紀の貨幣と同じ概念ではないのですよ」
「うーん、よく解らんな」
『おおっと、なるほどなーいただけませんでした』『なるほどなー成分が足りない』『もっとなるほどなーして?』『ヨシちゃんのなるほどなー集に素材提供を』
「俺、そんなにそれ言ってる!?」
そんなやりとりをしながら、俺はヒスイさんに先導されてテレポーター施設から外に出た。アーコロジー内の照明は昼を示す明るい色。ニホン国区とブリタニア国区の時差は8時間と聞く。そして、現地時刻は12時過ぎである。つまり、ここはすでにブリタニア国区のウェンブリー・アーコロジーだ。
テレポーター施設から出入りする人々は、モンゴロイド系の人種が多めだったヨコハマとは異なり、コーカソイド系の人種が割合多く見られるようになった。
「この時代でも、意外と地域による人種の違いって出るものなんだな」
「ニホン国区もブリタニア国区も、元々は島国だったという理由が大きいですね。それに、惑星テラの住環境がアーコロジー化してからというもの、国区間の人のやりとりはずいぶんと減り、人の増加は内部で完結することが多くなりました」
「みんなアーコロジーに閉じこもるようになって、国際交流が抑制されたのか。21世紀じゃグローバル化だのなんだの言われていたのにな」
『こっちはスペースコロニー住みだけど、人種はもう多種多様で『人種って何?』状態よ』『サラダボウルってやつだな』『うちのコロニーは旧ブラジル帝国系で固まっているよ』『太陽系統一後の宇宙移民は、使用言語ごとに固まって行なわれたんだぞ』『自動翻訳があっても、地域ごとの統一言語は必要ってことですね』
そして、俺達はまたキャリアーに乗りこみ、五分ほど走ったところで、目的地へと到着する。
ウェンブリー・グリーンパーク。ド派手な光の演出がされた、大規模アミューズメント施設の入場門が視界に映った。
「おーおー、入場前から派手だな。これは、ARか?」
「そうですね。ARで演出を行なっているようです」
AR、拡張現実。
現実に存在しない物をまるでそこにあるかのように表示する、VRの一種である。
ウェンブリー・グリーンパークの入場門では、空を白い鳥が飛び交い、ペガサスがそれを追いかけるように飛んでいる。
本来アーコロジーの中に野鳥なんて存在しないはずだし、ペガサスが現実に存在するはずがない。いや、遺伝子改造か何かでペガサスが実在しているかもしれないが、少なくともあれは周期的な動きからして、ARで表示させた仮想的な動物だろう。
その入場門に、俺達は向かう。すると、楽しげな音楽がどこからともなく聞こえてきた。
そして、入場門の前に立ったところで、目の前に画面が広がった。
『ウェンブリー・グリーンパークへようこそ! 自然あふれる夢の世界を楽しんでいってね! 入場パスポートは――』
ふむ、入場料の支払いがいるようだ。そりゃそうか。
「とりあえず、三日分支払えばいいのか?」
「そうですね。個人料金を三日分払いましょう」
「よし、ぽちっとな」
『安いなぁ』『惑星テラの施設なのに、こんなに安くていいのか』『え、こんなもんじゃないの?』『ヨシちゃん、日本円換算でいくら?』
「またそれか……。ヨコハマでラーメン二杯分食べられるクレジットだから、一日パスポートが1500円くらいじゃないのか」
「それくらいでしょうね」
電子パスポートを発行してもらい、肩掛け鞄以外は手ぶらのまま、俺達は入場門をくぐった。
そして、門の向こうに辿り着いたところで、俺は思わぬ光景を目にする。
「馬上から失礼! ようこそ、私のウェンブリー・グリーンパークへ。二人とも歓迎するのじゃ!」
なぜか馬に乗ったグリーンウッド閣下が、着ぐるみマスコットを多数引き連れて、俺達を待ちかまえていた。