166.シャイニングロード(パズル)
「どうもー、21世紀おじさん少女だよー」
『来た』『桃太郎来た』『わこたろう』『桃から生まれたヨシたろう!』
「はいはい、みんな演劇配信見てくれたんだね。最強の鬼殺し桃太郎こと、ヨシムネだ」
演劇『ももたろう』公演の翌々日、俺は十数日ぶりとなるライブ配信を開始した。
リアル時間で十日間の演劇稽古、そして『ネバーランド』で行なった公演は、全てヒスイさんの手で編集され、動画としてアップされていた。
昨日は、その動画についたコメントを見て一日を過ごした俺。
そして、今日はいいかげん直接視聴者達と交流をしておこうと、ライブ配信に踏み切ったわけだ。
ちなみに今日の俺の服装は、演劇のときに使った桃太郎の衣装である。
「見事なナレーションを担当したヒスイさんもいるぞ」
「どうも、助手のヒスイです」
『ヒスイさんナレーション上手かったよ』『ナレーションから生まれたヒスたろう!』『さすが配信で手慣れているだけある』『さすが俺のヒスイ』『は?』『お?』
抽出コメントで喧嘩するなよ。というか、どうやってリアルタイムの総意抽出機能で喧嘩できるんだ、これ。
まあ、抽出コメントなだけあって、喧嘩は長続きしない。配信時間も限られているし、サクサクと進行していこう。
「今日はまたゲーム配信をしていくぞ。ゲーム専門の配信チャンネルだからな!」
『ゲーム配信チャンネルで演劇を流す奴がいるらしい』『『ももたろう』はゲームだった……?』『ほら一応『シリウスのごとく』も『ネバーランド』もゲームって建前があるから……』『確かに『ネバーランド』は全力でゲームしている世界だけどさぁ』
「気にしない、気にしない。さて、今回やるゲームは、『シャイニングロード』だ!」
俺がゲーム名を宣言すると、ヒスイさんがゲームアイコンを両手に持って頭の上にかかげた。
「すごく格好いいタイトルだよな。アクションかな? RPGかな?」
「いいえ、パズルゲームです」
「はい、パズルゲーム『シャイニングロード』、プレイしていくぞー」
『ええ……』『なにげに配信でパズルは初じゃない?』『そういえばそうだな』『パズルゲームは非ソウルコネクト型の方が盛んですからね』
言われてみれば、配信でパズルをやるのは初めてかもしれないな。
プライベートでは、よく閣下とモニターでプレイする落ち物パズルで対戦して遊んでいる。だが、配信で扱うゲームは基本的にVR用ゲームと決めているので、それらを配信で流すことはしなかった。
初配信となるパズルゲームをヒスイさんが起動する。
そして、一本の光の道がはるかかなたの地平線まで続く、シンプルなタイトル画面で、ヒスイさんがゲームの紹介を開始する。
「『シャイニングロード』は、今年夏のバーチャルインディーズマーケットで初めて発表された、インディーズのパズルゲームです」
「インディーズか。このタイトル画面から察するに、シンプルな見た目のゲームっぽいけど」
「確かに、タイトル画面はシンプルなビジュアルですが、ステージによって背景は豊富に変わっていきますよ」
「ステージか。ステージ攻略型のゲームなんだな」
「そうですね。一人プレイ専用のステージ制です。内容は……実際に、チュートリアルを試してみましょう」
ヒスイさんがそう言うと、背景が崩れていき、俺は広めの白い部屋に閉じ込められた。
天井や壁は真っ白で、床は一辺一メートルほどの正方形の白いパネルが敷き詰められている。そんな白い部屋の角に俺は立っている。ヒスイさんの姿は見えない。
『ヨシムネ様の足元が光っているのが見えるでしょうか?』
「ああ、なんか光り輝いているな」
部屋の角にある俺が立っているパネルは、黄金色に光り輝いていた。
『では、どちらの方向でもいいので、隣のパネルに踏み出してみてください。ただし、斜めはなしで』
「おう」
隣のパネルへ一歩踏み出してみる。足の裏がパネルに触れた途端、軽快な音が鳴る。そして、踏んだパネルが新たに光り輝き始めた。
『そのように、踏んだパネルは光ります。では、次に行きます。……パネルの中に黒いパネルが混ざったのが見えますね?』
ヒスイさんの言葉通り、部屋の四隅に黒いパネルが出現したのが見えた。
『白い床パネルを経由して、その黒いパネルを全て踏んでみてください。ただし、一度踏んだパネルは再度踏むことができません。いわゆる一筆書きで、全ての黒いパネルを踏む必要があります』
「ほうほう。なるほどなるほど、歩いたパネルが『光の道』になるってわけね」
『把握』『え、簡単じゃない?』『そこはまあチュートリアルだから』『さすがに何か追加ギミックが出てくるだろう』
『そうですね。進入不可パネル、ジャンプ板、ワープゲート、すべる床、動く床など、複数のギミックが登場し頭を悩ませることでしょう』
「ヒスイさんもテストプレイで頭を悩ませたくち?」
『私はAIですので、こういったパズルで詰まることはありえません』
『そりゃそうだ』『AI様だもんな』『人間とは根本的にスペックが違った!』『まあ俺達はヨシちゃんが苦しむ様を見て楽しむことにしよう』
「苦しむのは確定かよ! まあ、とりあえず一筆書きで、黒パネル全部踏んでみよう」
俺は、部屋の四隅にある黒パネル目がけて、歩いていく。白パネルを新たに踏むたび、音が鳴るのがどこか気持ちいい。
「はい、完了。簡単だね」
『黒いパネルを全て踏めば、ステージクリアです。おめでとうございます』
「まあ、チュートリアルだしね」
『では、ステージ1から本格的に開始していきましょう』
ヒスイさんがそう宣言すると、床の光が強くなっていき、視界が黄金色に染まる。
そして、気がつくと俺は、先ほどとは別の部屋に移動していた。
直角三角形の形をした部屋だ。相変わらず白一色で殺風景である。
『ステージ1』
そんな文字が視界に表示され、やがて文字は消え、代わりに視界の隅に部屋全体を示すMAPが表示された。
MAPには、達成すべき黒パネルの位置もしっかりと示されている。
「んじゃ、のんびりやっていこうか」
『のんびり付き合うよ』『解けなくて苦しみ始めるまで、何分かかるかな?』『はたしてアクションゲームゴリラは、頭脳ゲームをクリアできるのか!?』『私はヨシちゃんを信じているよ』『ヨシちゃんならやれる』『明らかにプレッシャーをかけにいっている……!』
そんな感じで、俺は雑談を交えつつステージ1をクリアした。
そして、ステージ2。進入不可パネルというギミックが、さっそく登場した。
「そういえば、『シャイニングロード』ってゲーム名だけど、俺がいた21世紀には『シャイニング』っていうゲームのシリーズがあったな。ジャンルはRPGで、俺も何作かやったことがある」
『へー』『レトロゲームってことは、マザーならプレイしたことあるかな』『ソウルコネクトじゃないゲームって、そんなに本腰入れてやらないんだよなぁ』『解る。やるとしても、さっとプレイしてさっと終わるやつばかり』
「あー、ソウルコネクトは身体を動かす都合上レジャー的な感覚で、非VRのゲームとは別の趣味になっているのかもしれないな」
『確かに、レジャーと言われたらそんな感じか』『ソウルコネクトゲームって、身近すぎて趣味という感覚すらねえや』『子供の頃からあって当たり前の存在だからなぁ』『AI達がプレイを推奨しているようなものですからね』
「『ネバーランド』も『アナザーリアルプラネット』もゲームだからな」
『いやいやいやいや』『アナザーがゲーム……?』『あれはもう一つの現実みたいなもん』『痛みのあるゲームとかちょっとないわぁ』『痛いし疲れるしお腹すくしもよおすし』
うへえ、想像以上にやべえゲームだな、『アナザーリアルプラネット』。まあ、子供の教育に使うとなると、そうもなるのか?
などと会話をしているうちに、ステージ4へ。
すると、背景が森に変わる。
森の中にぽっかりと空いた不思議な草地。その草地は四角く線で区切られている。草地が白パネルの代わりか。進入不可パネルとして、地面に四角い水辺が存在する。
さらに、ステージのところどころに、大きなキノコが生えていた。
「ヒスイさん、あのキノコは?」
『ジャンプ板です。1マス分パネルを飛び越えることができます。なお、キノコのあるパネルは光らないので、別方向から何度も踏むことが可能です』
「了解。うーん、さすがにMAPを見るだけじゃ、正解を一発で把握できなくなってきたな。何回もリトライして試してみるか」
そうして、十五分ほどかけてステージ4からステージ6まで攻略に成功する。
そして、ステージ7。背景が森の中から氷の洞窟へと変わった。
『石の床が通常の床パネル、氷の床がすべる床です。進入した方向に向けて、自動的に押し出されます』
「出た、すべる床……RPGの定番だよな」
『あるある』『宝箱を開けるために、複雑な道順をすべらなきゃならないやつ!』『私これ苦手……』『得意な人っているの?』
「俺も苦手だ! 脳みそひねってもクリアできないから、適当に何度もすべっているうちに気がついたらクリアできているパターンがとても多い!」
そんなすべる床。当然のごとく俺の頭を悩ませ……。7、8、9と続いた氷の洞窟ステージは、クリアまで三十分以上を要した。
次の10ステージは工場っぽい背景で、ベルトコンベアっぽい見た目の動く床が特徴的だった。一度足を踏み入れると、床が動いて勝手に流されるのだ。そして、一筆書きゲームなので、一度踏んだ動く床へはもちろん再侵入不可。
「工場っぽい背景見ると、あれ思い出すなー。ソイレントシステム」
『なにそれ』『聞いたことない』『俺達が知らないとなると、また21世紀ネタか?』『ありそう』
「おしい、20世紀のゲームネタだ。工場型のダンジョンで、缶詰を生産しているんだ。それで、主人公が缶詰を見つけてその場で食べようって言うんだけど、仲間の一人が『いいえ。私は遠慮しておきます』って断るんだ。そして、ダンジョンを進むとベルトコンベアの上を人が流れていて、その先で人が機械に食肉加工されているのを目撃することになる」
『ひえっ』『マジかよ……』『仲間は人肉って解っていて断ったのか』『人肉だって指摘してやれよ!』
「ちなみに、この人肉缶詰にはさらに元ネタがあって、『ソイレント・グリーン』っていうディストピア映画がある」
もちろん、視聴者達の反応は『知らない』『観たことない』だ。
「この宇宙3世紀も21世紀人の視点から見れば、AIに支配された管理社会で、ディストピアの一種ってことになるんだろうけど……さすがに人肉缶詰は作られていないだろうね」
『そりゃそうよ』『人は家畜にするにはコスパ悪すぎる』『肉が培養や合成できる時代に、人はなぁ』『人類を奴隷にするつもりがAIにあるなら、肉体はさっさと処分して魂だけサーバに閉じ込めるとかになるだろうけど……』『むしろAIは、存分に遊んでいてください人類さんってスタンスですからね』
ちょっと話題が暗かったな。明るい話題に変えよう。
でも、工場にまつわるゲームネタで明るい話題なぁ……。今までプレイしたゲームを思い返してみても、だいたい暗いシーンばかりが出てくる。BGMもメカメカしいのか暗いのばかりだな。
「そうそう、工場というか、工業ゲームは結構好きだな。21世紀の世界的サンドボックスゲームに工業化MOD入れて、かなりやりこんでた。あと、凶暴な原生生物のはびこる無人惑星に漂流した主人公が、一から採掘を行なって機械化を進めて、大工場を作り出すゲームとかもやった」
『本業は農家だったのに?』『まあ農家と工場の親和性は高いが』『いや、21世紀の農業は工場生産ではないですよ』『自然とたわむれるという、工業からは縁遠そうな存在だな』
「乗り物や機械は結構使うけどな、農業」
そんなこんなで、途中で何度か詰まりつつも10、11、12と工場ステージをクリアする。
そして、次のステージ13からは、神殿のようなきらびやかな背景に変わった。
「急にファンタジーっぽい雰囲気になったな」
『魔法陣の存在するパネルは、ワープゲートになっています。これも、ジャンプ板と同じく何度でも踏むことが可能です』
そんなヒスイさんの解説を聞きつつ、ステージ攻略に挑む。
しかし……。
「駄目だ、解らん……」
俺はステージ15で行き詰まっていた。
MAPは今までの中でも最も広い。しかも、待ち受けていたのはワープゲートだけでない。進入不可パネル、ジャンプ板、すべる床、動く床と、今まで出てきたギミックのオールスター状態。
ヒスイさん曰く、最終ステージらしいのだが……。
「本気でクリアできそうにない……視聴者に頼るか」
『お、いいのか?』『いやー、とうとう私達に頼っちゃうか』『ではAIの私が正解を……』『せめてヒントだけにしておけ!』
出されたヒントのおかげで、俺はとうとう全面クリアに成功した。
すると、神殿の建物から光の道が外へと伸びていく。そして、俺のアバターが勝手に動き出し、その光の道をたどっていく。
光の道は空の向こうに続いており、空へ向けて俺はゆっくりと歩いていく。やがて、視界が光に包まれ……。
『Congratulations!』
光に包まれた視界にそんな文字が浮かび、その下にゲーム製作者の名前が表示された。
インディーズゲームのため、スタッフロールと言うほど長いエンディングはなく、背景はすぐにタイトル画面に戻った。
「よーし、クリアできたぞー!」
「おめでとうございます」
俺の隣に姿を現したヒスイさんが、拍手で俺を迎えてくれた。
『頭脳派ヨシちゃん』『ゴリラの名を返上』『森の賢者に昇格』『まあステージ15では無様だったけど』
「もうちょっと褒めてくれてもよくない? まあ、最後はみんなのおかげで助かったよ」
一人だったら確実に投げ出していた自信がある。
さて、動画の締めに入ろう。お知らせが一つあるのだ。
「次回の配信だけど、久しぶりにリアルからのお届けだ。なんと、俺とヒスイさんで旅行に行くぞ! 旅行の様子をライブで配信だ」
『マジか』『またゲームやらないのか』『あー、そういえばそんなこと前に言っていたような』『閣下に会いに行くとかなんとか』
「おう、目的地は、ブリタニア国区のウェンブリー・アーコロジーにある、『ウェンブリー・グリーンパーク』だ。グリーンウッド閣下が経営しているアミューズメントパークに、二泊三日の旅!」
『おおー』『惑星テラ観光を配信とな』『本当にゲーム配信チャンネルとはなんだったのか』『いまさら』
「というわけで、次の配信も楽しみにしてくれな!」
そんな感じで話を締め、配信を終えた。
さあ、旅行前最後の配信が終わったので、本格的に旅行の準備に入るぞ。
アミューズメントパークか。21世紀にあった、東京だけど東京じゃない夢の国には行ったことがあるが、この時代ではどんな楽しみが待っているのだろうか。
俺はもう遊園地に行ってはしゃぐような年齢ではない。というか、本来なら小さな子供がいて、遊園地にその子供を連れて行ってもおかしくない年齢ではあるのだが……、正直、楽しみだ。
ヒスイさんもこういった施設に行くのは初めてだと言うし、存分に遊び倒してやろうではないか。