16.ヨコハマ・サンポ(位置情報ARアクション)<1>
ここはヨコハマ・アーコロジー行政区、観光局前。
俺は居住区に割り当てられた部屋を出て、はるばるアーコロジー内のこんな場所まで来ていた。
理由はもちろん、新たなゲームのライブ配信を行なうためだ。
「どうもー。視聴者のみんな、今日も配信に来てくれてありがとう! 21世紀おじさん少女ことヨシムネだよー」
「助手のヒスイです」
当然、ヒスイさんも同行している。しかし、いつの間にヒスイさんは、俺の助手になったのかな。あ、前から動画配信の助手か。
『おはよう!』『おはー!』『こんばんは、こっちは夜!』『こんちー』
「挨拶が統一できなくて困っているかな? こういうときは『わこつ』っていうのが古典的な挨拶の仕方だぞ」
『わこつ』『わこつ』『わこつー』『どういう意味?』
「日本のネット用語で、『ライブ配信の枠取りおつかれさま』の意味さ! 配信サービスができたばっかりの21世紀初頭は、配信の放送枠を確保するのにも一苦労だった時代があるんだ」
『わこつー』『なにげに俺ら、インターネット史の重要なこと聞いてね?』『21世紀人から語られる21世紀事情とか、歴史学者もびっくりですね』『ゲーム史の話も聞きたい』
「残念ですが、それはまたの機会にしていただきましょう。今回は時間に限りがありますので、早速ゲーム紹介に入ります」
話をぶった切って、ヒスイさんが進行をする。おっと、おしゃべりが過ぎたな。
『お、来たか』『とうとう明かされる真実』『謎の散歩ゲームの正体とは!』
「とか言って、ヒスイさんから聞いたけど、すでにどんな内容のゲームなのか、SNSで広まっているっていうじゃないかー。はい、今回のゲームは、『ヨコハマ・サンポ』。ヒスイさん、解説よろしく!」
「はい。『ヨコハマ・サンポ』はヨコハマ・アーコロジー行政区の観光局が、アーコロジー内限定で無料配布している位置情報ゲームです。主に、アーコロジー内の観光案内用に配布しております」
「ヨコハマ・アーコロジーは俺達の住んでいる場所だね」
どうせばれるので、俺は住処を自ら暴露する。21世紀に居た頃なら、ネットリテラシーのない奴と馬鹿にされるような行為だ。だが、俺の場合はすでに一部の人に気づかれているので、今更である。
『ヨコハマ・アーコロジーって場所に住んでるんだ』『つまり惑星テラに行けばヨシちゃんとヒスイさんに会える!』『それ、渡航許可下りるの?』『ヨコハマ・アーコロジーは観光客受け入れているみたいだ』『惑星テラ旅行とかいくらかかるんですかねぇ』『二級市民には儚い夢だった』
「うーん、ここまで来てくれても、こっちから会いにはいかないかなぁ。そういうのに対応しだすと、きりがなくなるから」
『まあそうなるな』『常識だよなぁ』『お客様、踊り子さんには手を触れないでください!』『でも自分が行政区のお偉いさんならワンチャン?』『ねーよ』『でも、場所バレしてよかったの? 過激派信者とかいたら危なくない?』『確かに』
「そこらへんは、ヒスイさんがいるので」
「重要機関の警備員も担当しているミドリシリーズに、全てお任せください」
『さすがヒスイさんです!』『さすがヒスイさんです!』『さすヒス』
「そもそも、四ヶ月前のニュースを見たら、俺がヨコハマの実験区で保護されたって普通に載ってるんだよねぇ。いまさらだよ」
そう、それが住処をばらしてしまう理由だ。ニュース記事に、ヨコハマ・アーコロジーで次元の狭間の観測実験が行なわれ、その過程で俺が保護されたことがばっちり書かれている。
『そうなのか』『そういえばそうだった』『リアル側のニュースとか普段見ねえ』『ゲームの中で生きてるからな、俺ら』
「ゲーム内容の説明を続けますね」
話を脇道にそらしてさーせん。
「このヨコハマ・アーコロジーは主に研究用の実験区として建てられた物ですが、外からの観光客も受け入れています。このゲームは、そんなアーコロジーの観光案内のために作られた作品です。プレイヤーの位置情報を読み取って、観光スポットをチェックポイント的に巡らせていくという趣旨となっています。プレイヤーの視界にキャラクターがARで表示されるので、プレイヤーは観光スポットを背景にそのキャラクターを操って遊びます」
ARとは拡張現実のことで、VR技術の一つだな。リアルの視界に重ねて文字や画像を表示したりする奴だ。
俺のいた21世紀ではまだ、直接視界に文字や画像を表示することはできなかった。専用の眼鏡型端末を装着して、そのレンズに表示を行なうことで、現実世界に文字や画像を重ねることを実現していた。
『ほーん』『ヨコハマ限定ゲームってことだな』『私達では遊ぶ機会がなさそうですね』『ゲームプレイ動画も存在しないしな。ヨシちゃんが初配信』『行政区の公式ゲームってなんかお堅そう』
「実は、そのヨコハマ行政区からこのゲームを宣伝してくれって頼まれたんだ。このゲームの利用者がいないらしくてねー。ヨコハマ行政区所属のヒスイさん経由で、話が来たってわけ」
『ヒスイさん行政区所属なんだ』『ヨシちゃんちの万能メイドじゃなかったの?』『言われてみればいつもの服は行政の制服っぽい』
「ヒスイさんは行政区の人。俺は行政区に保護されているだけの人」
それなのに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるヒスイさんには、とても世話になっていますよ!
「話を続けます。ゲームの内容は、人形アクションゲームです。自分の身体を直接動かすタイプではなく、キャラクターを操作する物ですね。市街地用ARゲームには人形操作型はよくあるタイプと言えるでしょう」
「自分の身体を派手に動かして、他の通行人に迷惑かけちゃいけないからね」
「そういうことです。ストーリーは、惑星テラに異星人が襲来してきたという設定です。異星人は情報生命体で、コンピュータウィルスとなってヨコハマ・アーコロジーの機械を操り暴れ出します。それを解決するために出動したのが、主人公、行政区所属の戦闘用ガイノイド、ギガハマコちゃんです」
「ギガハマコちゃん」
『ギガハマコちゃん』『ギガって……』『テラもいそうやな……』
「ギガハマコちゃんはプレイヤーと一緒にアーコロジー内を移動します。そして、所定の観光ポイントでプレイヤーはギガハマコちゃんを操り、暴れている業務用ロボットを三次元アクションで鎮圧します。倒した業務用ロボットからはパーツを獲得することができ、パーツを装着することで新たな技を繰り出すことができます。ゲーム推奨の観光経路を辿ると、手に入れた最新のパーツが次のポイントの敵の弱点になっていて、スムーズにゲームを進行することが可能になりますよ」
「んんー? 弱点になるパーツを獲得していくって、ギガじゃなくてメガならすごい聞き覚えのあるゲームシステムだなぁ」
『知っているのかヨシちゃん』『あ、俺も知ってるわ』『なになに』『20世紀の名作アクションゲーム。確かにメガだわ』
「古典ゲームをリスペクトしているのかもしれませんね」
そうか。この時代じゃとっくに、20世紀や21世紀のゲームは著作権が切れているんだよな。ネタを拝借しても咎める人は誰もいない、古典へのリスペクトになるのか。
でも、よくネタを知っている視聴者がいたなぁ。600年前だぞ。俺、戦国や室町時代の文学作品とか何も知らないぞ。江戸時代ですら、『南総里見八犬伝』くらいしか知らない。読んだことないけど。
「では、ゲームを起動しましょうか。AR表示は私とヨシムネ様、そしてカメラ役のキューブくんで共有されます」
ヒスイさんは、俺達の頭の上に浮いているカメラロボット、キューブくんに視線を向けながらそう言った。
キューブくんは、今までのリアルパートの撮影でも活躍してくれた、丸い飛行ロボットだ。高度有機AIは積んでいないが結構賢く、俺はペット感覚で彼に接している、可愛い奴である。命名は俺。名前は、ハロとどっちにするか迷った。
そんなキューブくんを眺めていると、ゲームが起動したのか、ナレーションが始まる。
内容は、先ほどヒスイさんが説明していた、情報生命体異星人が攻めてきたというのを冗長に語ったものだ。
『人類以外の異星人って宇宙にいるんですかね』『おるよ。観測はされてる』『今の宇宙軍の存在理由って、その異星文明対策だからね。接触はまだだけど』『このゲームのとは違ってケイ素生物だけどな』『友好的に接してほしいもんだなぁ』
異星人いるんだ……。まあ、その異星人とは別の存在だというから、このゲームが政治的批判の的になることはないだろう。
そして、ナレーションが終わると、視界の中に一人の少女が出現した。
半透明で表示された、15歳ほどの少女だ。
『私はギガハマコちゃん! ヨシムネ! ヒスイ! 視聴者のみんな! 悪のサンポ星人を倒すために協力して!』
「視聴者のみんなとか認識しているのかよ」
「高度有機AIは使っていないようですが、ライブ配信を前提とした設定が予め用意されていたみたいですね」
『地方都市限定ゲームでそこまでこだわってんの』『やるじゃん観光局』『ギガハマコちゃん! 俺がついてるぞ!』
『うん、視聴者のみんな、頑張ろう!』
ギガハマコちゃんはガイノイドだというが、耳のアンテナ以外は人間そっくりなミドリシリーズと違い、ずいぶんと手足がメカメカしかった。
胴体にも、ボディアーマーらしきものが装着されている。まあ、ギガだしな。ただし、ヘッドギアは装着されていない。赤髪がアーコロジーの照明に映えていた。
『!? 早速、暴走したロボットが来たみたい! あっ、あれは受付ガイノイドのギガサクラコさん! ヨシムネ、ARコントローラーで私を操作して彼女を倒して!』
ギガハマコちゃんがそう言うと、俺の目の前に半透明のゲームパッドがAR表示された。
俺は、それを反射的に握ってしまう。ゲーマーの性だ!
「おっおっおっ、このゲームパッド、ARなのに触れるぞ!」
「行政区のARは、特別に感覚フィードバック機能が設定されています。工事で通行止めをする場合なども、ARでフェンスを表示し、その感覚フィードバックで道を塞いでいたりしますよ」
『なにそれすごい』『外出歩かんから行政区ARとか見ないわ』『時代はここまで進歩していたんだなぁ』『MRってやつか? すげえ』
「なんで21世紀人の俺より、未来人のあんたらが驚いているんだよ!」
『ヨシムネ! 操作して!』
視聴者と喋っていると、ギガハマコちゃんにそう注意される。
「お、おう。操作方法は……説明書もAR表示してくれるのね」
ゲームパッドの操作は、21世紀の3Dゲームとそう変わらないものだったので、感覚的に動かすことができた。
ギガハマコちゃんの武装は、右手にヒスイさんも使っているエナジーブレード。左手には腕に仕込まれたエナジーショットがある。ギガというよりゼロじゃないこれ?
『ギガサクラコさん! 正気に戻って!』
『敵は排除。敵は排除』
正気に戻ってと健気に言っているが、操作しているこちらは遠慮なく攻撃させてもらうんですけどね。
そして、チュートリアル的な相手だからか、割と簡単にギガサクラコさんは撃破することができた。
倒れ伏すギガサクラコさん。それを介抱するギガハマコちゃんだが、ギガサクラコさんはギガハマコちゃんにパーツを一つ托して沈黙してしまった。
『くっ、おのれサンポ星人! ヨシムネ! ヒスイ! 視聴者のみんな! ギガサクラコさんは救助隊に任せて、次のポイントに向かいましょう!』
「お、おう……」
『よろしくね!』
「よろしく……これ、他の通行人にはギガハマコちゃんのこと見えていないだろうから、俺、独り言を喋る怪しい人にならないか?」
「通行人には、ARゲームプレイ中を示すアイコンが私達の頭上に表示されて見えるので、その辺は大丈夫ですよ」
そうか……ともあれ、初のARゲームプレイ兼ヨコハマ観光を楽しんでいくことにしようか。
『アーコロジー見るの初めてだから楽しみ』『一級市民の生活ってどんなんやろ』『憧れの惑星テラかぁ』『準一級市民ならあるいはなれるか?』
すまん、俺は棚ぼたで一級市民になったから、そのあたりは何もコメントできねえ!
そんなことを思いつつ、俺はヒスイさんとキューブくん、そしてギガハマコちゃんを引き連れて、ヨコハマ・アーコロジー巡りを始めるのであった。