153.ハロウィン料理を作ろう<2>
カボチャを作業テーブルに用意しようとしたところで、ヒスイさんから俺の内蔵端末にショートメッセージが届いた。
なになに……。
『ハマコ様が部屋の前までいらしています。用事があるらしく、配信が終わるまで部屋の前で待っているそうです』
うわ、タイミング悪いなー。さすがに、外でずっと待っていてもらうわけにはいかないな。
俺は、思考操作でショートメッセージを書きあげると、ヒスイさんに送った。
『部屋に招いて、配信に参加してもらおう』
『了解しました』
そんなやりとりをすると、ヒスイさんがキッチンを去っていく。
『おや、ヒスイさんが……』『材料でも取りにいったか?』『カボチャ?』『ああ、カボチャがないな』
「いや、カボチャはこっちにあるぞー」
俺は、床の箱の中に入れていた、こぶりなカボチャを取りだして、作業テーブルの上に置いた。
「ヒスイさんは今日のゲストを迎えにいっているぞ。お、来たようだ」
「配信中に失礼します!」
そう言ってキッチンにやってきたのは、行政区の制服を着た赤髪のガイノイド。
ヨコハマ・アーコロジー観光局のハマコちゃんだ。
『うわー、ハマコちゃんだー!』『またサナエかと思ったら、ハマコちゃんだった』『数ヶ月ぶりのハマコちゃん!』『ときどき抽出コメントに混ざっているよね』
「はい、ヨコハマ・アーコロジー観光大使、ハマコちゃんです! 今日はよろしくお願いしまーす」
ハマコちゃんがカメラ役のキューブくんに向けて元気な挨拶をした。
「ハマコちゃんは別の用事があってうちまで来たんだが、せっかくなので料理を手伝ってもらうことにした」
俺は視聴者達に、ハマコちゃんを招いた経緯を素直にそう説明した。
「お邪魔でなければいいのですが……」
「ハマコちゃん料理できるだろう? 芋煮会の時、普通に料理していたの見たぞ」
「そうですね、結構得意です!」
「それなら大丈夫。ヒスイさん、ハマコちゃんにエプロン貸してあげて」
「了解しました」
そうして、ハマコちゃんは制服の上からエプロンを着用し、ナノマシン洗浄機で手を洗った。
それを確認すると、俺は調理を再開するためにキューブくんの方へと向いた。
「じゃあ、カボチャを調理していくぞー。まずは、このカボチャを四分の一にカットする。カボチャは皮が固いので、この作業が大変かつ危険なんだ。ハマコちゃんにやってもらおう」
「早速、私の出番ですかー」
俺はキッチンのまな板の上にカボチャを置き、出刃包丁を出してカボチャの横に置いた。
そして、まな板の前をハマコちゃんにゆずり、ハマコちゃんに向けて言った。
「カボチャを半分に切って、切ったカボチャをまた半分に切ってくれ」
「了解しました! えい! むむ、本当に固いですね。ですが、私は力持ちのガイノイド!」
「まな板ごととか、指ごととか切らないでくれよ」
『指ごととか怖いこというなよ!』『ようやくリアルの刃物見るのに慣れてきたのに!』『子供時代の恐怖を思い出す……』『嫌じゃ……もう『アナザーリアルプラネット』には行きとうない……』『やーめーろーよー』
なんか余計なことを言ってしまったようで、すまん……。
そんな視聴者のコメントを聞いている間に、カボチャは見事に四等分された。
「ありがとう。あとは、カボチャの種とわたを取って……ん? このカボチャ……種なくね?」
「えっ、カボチャって種があるものなんですか?」
「ええー……」
どういうことなの。
と、思ったらヒスイさんが説明をしてくれた。
「品種改良の結果、400年前、つまりヨシムネ様の元いた時代の200年後には、種なしカボチャが一般的になったそうです。いわゆる『わた』も存在しません」
「なるほどなー」
「それは知りませんでしたねー」
俺とハマコちゃんは二人で納得した。まあ、600年も経てば、原形留めていない野菜の方が多くてもおかしくないかぁ。
昔のスイカとか、食べるところ全然なかったというし。
さて、気を取り直してカボチャをカットして行こう。
俺はハマコちゃんに指示を出し、四角くなるよう出刃包丁で切っていってもらう。
これでカボチャの用意ができたので、今度は俺が調理する番だ。
「皮の部分を下にして、カボチャを鍋に敷き詰めていき、水を入れる。これを今度は普通のコンロで火にかけて、と……」
俺は、コンロの上に鍋を載せて、スイッチをひねって火をつけた。
『油断していたら火がきやがった!』『いいかげん慣れないといけないですね』『全員アンドロイドなので、安心しよう』『怪我をさせる方が難しい三人だからな……』
刃物や火を条件反射レベルで怖がるって、どういう教育方法すればそうなるんだろうなー。怖いからあまり聞きたくないが。
まあ、俺だって生肉食を怖がっていると、この前判明したばかりだから、とやかく言える立場ではない。
「さて、煮えるまでトークで間を持たせようか」
「あ、それでしたら、私が今日ここに来た理由を説明しますね!」
俺の言葉にハマコちゃんが、そう反応した。
「それ視聴者に言っちゃって、大丈夫なやつ?」
「はい、ヨシムネさんに対する配信のお誘いなので、むしろ視聴者の方々には知っておいていただきたいですねー」
ふむ? 配信のお誘いか。ハロウィンで何かあるのかな?
「詳しく」
「はい。明日はハロウィン本番ですよね? そこで、ニホン国区伝統のコスプレパーティーへのお誘いです! その様子を私達、観光局が配信するんです」
「コスプレパーティー……。魔女に仮装していて言うのもなんだけど、この時代でも日本人は、ハロウィンをコスプレして騒ぐだけの大人のイベントと思っているのか?」
「いえいえ、そんなことはありません。ちゃんとトリックオアトリートします! 明日、養育施設にお菓子を配りに行きましょう! 養育施設のパーティーなんです!」
「おおー、噂に聞く養育施設か。俺が行っていいなら、お呼ばれしよう」
人類が労働から解放されたこの時代において、一般市民は育児という重労働に耐えられなくなっている。
なので、子供が生まれると、親元から離して養育施設という場所に集めて、アンドロイド達がまとめて子育てをするという社会制度になっているのだ。もちろん、親元から離すのは強制ではないようだが。
「ありがとうございます! ヒスイさんも一緒にお願いしますねー」
ハマコちゃんに話を振られ、ヒスイさんは「ぜひ」と答えた。
さらにハマコちゃんは言葉を続ける。
「そうだ、子供達に何か歌を歌ってあげてください。練習、お願いします」
「猶予たったの一日かよ!」
思わず突っ込みを入れてしまう俺。
「ヨシムネさんを呼んでくれって子供達に言われたの、今朝だったんですよー。急で申し訳ないです。あ、歌う歌、『横浜市歌』は、なしですよ?」
「頼まれても、それは子供相手には歌わないよ」
「……ですよねー」
もしかしたらハマコちゃんは、子供相手に『横浜市歌』を歌ったことがあるのかもしれない。
と、会話をしている間に沸騰してから5分ほど経ったので、次の作業だ。
「カボチャの鍋に醤油と砂糖。その上に煮小豆を載せて、弱火でふたをする、と。ここから10分煮込んだら完成だ」
「わー、楽しみですね! あ、私も食べていいんですよね?」
ハマコちゃんがそう尋ねてきたので、俺は「満足するだけ食べていってくれ」と答えた。
それから、ハマコちゃんによる、ヨコハマ・アーコロジーの観光アピールを聞いているうちに、10分が経った。
「完成! カボチャのいとこ煮だ!」
「わー!」
ハマコちゃんとヒスイさんが拍手をして、完成を祝ってくれた。
そして、視聴者の反応はというと。
『ヨコハマ行きてえな……』『惑星テラかぁ』『どうにかして住み移れないものか』『ヨコハマでハマコちゃんと握手!』
ハマコちゃんのアピールが効きすぎているようだな……。
まあいいか。俺は、いとこ煮を三つの深皿に盛っていく。鍋にはまだまだ残っているが、おかわりしても余ったら時間停止させて保存しておこう。
俺達三人は、それぞれ深皿を手に持って、居間の食卓へと向かう。
食卓に深皿を置き、箸を用意して、食べる準備は完了だ。俺達は、エプロンを着けたまま食卓についた。
キューブくんに撮影されながら、俺は代表して言う。
「それでは、いただきます」
「いただきます」
「いただきます!」
それぞれ食前の挨拶を言い、箸を手に持つ。
そして、箸でカボチャをつかんで口に運んだ。ほかほかのカボチャだ。味付けも、実家のそれとは少し違うが、想像からはそれほど離れていない。
「……うん、成功だな」
『うーん』『いかにもカボチャの煮物だなぁって感じだ』『小豆があるのは珍しいけど、驚くような味ではないな』『なんだかほっとするような味だ』『ハロウィンっぽくない!』
視聴者達の感動は薄いようだ。正直、俺はこの未来のカボチャが持つ、味の深みに驚いているのだが。
「600年の品種改良ってすごいなぁ。21世紀のカボチャよりはるかに美味いぞ」
『そうなん?』『調理法がシンプルだから、素材の味の違いがもろにでるのか』『農家の舌の判断なら信用できる……か?』『私達にとってはこれがカボチャの普通ですからねぇ』
さて、ヒスイさんとハマコちゃんの感想はどうだろう。
「ヒスイさん、お味はどう?」
「美味しいです。ですが、まだまだ味は追求できるかと」
上昇志向の強いこと言うなぁ。
「ハマコちゃんはどう?」
「小豆を使っているのに、甘ったるくないんですね!」
「そうだな。でも、赤飯とか甘くないだろう?」
「はっ、そういえば……! でも、お菓子じゃないなら、養育施設には持っていけそうにないのが残念ですねー」
甘かったら養育施設に持ちこむつもりだったのか、ハマコちゃん。
「さすがに手作りお菓子は、何かあったときに困るから、市販のお菓子を持っていくさ。どれくらい持っていけばいい?」
「あ、結構人数がいますので、直接施設に送った方がいいですよ」
「人数いるならそれこそ手作りお菓子は無茶だろ……」
「言われてみればそうでした! 全員に渡らず不公平になってしまうところでしたー」
『養育施設にヨシちゃんかぁ』『俺のいたところ、有名人なんてマザーくらいしか来たことなかったぞ』『あ、うちもマザー来たわ』『私のところにも』『うちもだ……』『できるだけ行けるところには行くようにしていますね』『マザー、まめだな……』
そんな感じで盛り上がって、俺達三人は一回ずつおかわりをして、食事を終えた。
お腹いっぱい食べたというわけではないが、現在時刻は午後の四時頃なのでおやつと考えればほどよい量だろう。
ごちそうさまをすると、俺達は椅子から立ち上がり、三人で並んでライブ配信の締めを行なう。
「それじゃあ、明日はヨコハマ・アーコロジー観光局からの配信になるぞ。俺の配信チャンネルでのミラーリングは行なわないから、注意してくれ」
「皆さん、明日もよろしくお願いします!」
俺の説明を受けて、ハマコちゃんがそう言い、キューブくんに向けて頭を下げた。
「以上、お菓子も作れるようになった方がいいか悩む、21世紀おじさん少女のヨシムネでした」
「お菓子作りを学べるゲームも用意済みの、ヒスイでした」
「ヨコハマ・アーコロジーをよろしくお願いします! ハマコちゃんでした!」
三人でそう最後の挨拶を終えたところで、キューブくんの撮影中を示すランプが消えた。
ふう、今日も無事に配信を終えられたな。
「では、後片付けですね!」
ハマコちゃんはそう言って、自分の分の皿と箸を持ちキッチンへと向かおうとする。
「おっ、ハマコちゃんはさすが料理ができるだけあって、解っているな」
「えっ、何がですか?」
「いや、サナエとは違うなぁって……」
「……?」
ハマコちゃんは、面倒臭いとかいう言葉を口にすることはなさそうだな。
首をかしげるハマコちゃんを見ながら、AIも性格は様々なのだなと、俺はしみじみ思うのであった。