152.ハロウィン料理を作ろう<1>
「ハッピーハロウィン! 21世紀おじさん少女だよー」
10月30日。今日のライブ配信は、リアルからのお届けだ。
ハロウィン一日前ということで、俺はマイクロドレッサーでハロウィン風の仮装をして、カメラ役のキューブくんに撮ってもらっている。
『わこつ』『ハロウィンかー』『魔女っ子ヨシちゃん可愛い!』『お菓子をよこせー!』
今日の俺の格好は、魔女っぽい黒のローブにとんがり帽子だ。
一方ヒスイさんは……。
「今日の装いは、魔女のヨシムネ様に合わせて、黒猫風衣装にしてみました。助手のヒスイです」
『猫耳!』『黒ワンピース猫耳少女!』『ヒスイさん可愛いー』『二人で並ぶとすごくいいな!』
口々に視聴者達がヒスイさんの格好を褒めたたえる。うん、黒髪に黒の猫耳が似合っておりますな。
「明日はハロウィンの10月31日だが、MMOをプレイしているみんなは、そろそろゲーム内のハロウィンムードに飽きていないかな?」
『解るー』『うちのゲームはそういうのないわ』『確かに10月頭からやってて、長えって感じる』『ヨシちゃんのやっている『Stella』もファルシオン星がハロウィン一色だよね』
うむうむ、季節ネタのネトゲあるあるは、この時代でも同じようだ。
「俺が元いた2020年の日本では、ハロウィンは大人がコスプレして騒ぐイベントみたいな扱いになっていたんだが……そこからさらに10年前だと、ハロウィンは日本で全然広まっていなかったんだ。唯一広まっていたのが、ネットゲームの中だった」
『季節イベントやるのは、MMO初期からの伝統だったのか』『季節ネタが多すぎて、逆に通常時がどんな光景だったのか思い出せなくなるやつー』『この時期はお菓子アイテムが増えて大満足』『あー、モンスターがお菓子ドロップするとかね』
そのあたりも、全然21世紀と変わってないな!
「俺がプレイしたことのある日本製のネトゲだと、イースターイベントまでやっていたな。日本じゃ教会くらいでしか、イースターなんて祝っていなかったのにさ」
『イースター?』『何それ?』『キリスト教の復活祭だね』『カラフルな卵を集めるお祭り』『そんなのあったんだ……』
あ、イースターは伝わらないんだ。クリスマスは冬至のお祭りとして残っているって聞いたのに、復活祭は残らなかったかー。
「さて、そういうわけで、今日はハロウィン特集! 俺は今、魔女のコスプレをしているわけだが……魔女と言えば、黒猫……」
とまで言って、ヒスイさんの方を見た。
ヒスイさんは招き猫のポーズで返してくる。可愛い。
「もあるが、魔女と言えば鍋で妖しい薬を煮込む! というわけで、今日はハロウィンにちなんで、カボチャ料理を作るぞ!」
『うわー、料理回だー!』『よく見たら味覚共有機能オンになっているじゃん!』『石焼き芋が簡単料理だったから、今回も難しい料理は期待できないぞ』『いや、ヨシちゃんならカボチャパイとか作ってくれるって』
「俺がパイとか高度な料理を作れると思ったか! 俺は料理素人だぞ! 元農家だから、ちょっとした野菜の使い方を母から教えられているだけだ!」
俺がそう言うと、視聴者達は一気に落胆した。
いや、パイとかお菓子とか絶対に無理。
「俺がカボチャで連想したのは、実家で冬至に食べていた定番料理だ。なので、それを作るぞ。今日の料理は、カボチャのいとこ煮だ!」
『聞いたことない!』『知らないなぁ』『あれ、うちの自動調理器それ作れるみたいだ』『自動調理器様は万能だからな』
「というわけで、キッチンに移動だ。あ、帽子は危ないので居間に置いていくぞ」
俺はとんがり帽子を頭から外し、居間のテーブルの上に置いた。
そして、キッチンまで歩いていく。その後ろをヒスイさんとキューブくんが付いてきた。
キッチンでは、まずエプロンを着る。ローブの上にエプロンとか、いまいち魔女っぽくないな!
「いとこ煮は、カボチャの煮物の上に小豆を載せた料理だ。とは言っても、小豆は甘くしない。小豆を甘く煮てしまったら、北海道名物のカボチャのお汁粉になってしまうからな」
『まず小豆を知らない』『豆の一種だな』『赤い小さな豆だよ』『ヨシちゃんのニホン国区だと、砂糖と一緒に煮て餡子っていう甘いペーストにする』
「説明を取られてしまいました……」
視聴者コメントに小豆の説明を先んじてされたヒスイさんが、肩を落としていた。ここまで、ヒスイさん全然喋れていなかったからなぁ。
「俺のいた山形県だと、いとこ煮といえば、カボチャじゃなくて小豆と餅米を煮た郷土料理のことを一般的には言うらしい。でも、うちは、ご近所の農家さんからカボチャを毎年貰っていたから、いとこ煮といえばカボチャだったな。一般的には、いとこ煮じゃなくて冬至カボチャなんて呼ばれているらしいぞ。冬至はハロウィンからすると季節外れだな!」
そんなことを言いながら、俺はナノマシン洗浄機で手を洗う。
さて、準備は完了だ。料理していこう。
「さあ、最初に小豆を煮ていくぞー。煮小豆缶とかを使うと楽なんだが、今回は横着しないで煮るところからだ」
俺がそう言うと、ヒスイさんが小豆の入ったボウルを用意し、そこへ水を注ぐ。
「まずは小豆を洗うぞ」
ヒスイさんがボウルの中をかき混ぜ、小豆を洗っていく。
そして、浮いた小豆を丁寧に取り除きながら、ヒスイさんが言う。
「ここで水に浮いてきた小豆は、未成熟なので取り除きます」
「未来の農耕技術でも未成熟の小豆って出るんだな」
「生き物ですから。この時代の農産物は、食品生産工場で促成培養液に浸けて育てられます。ただし、肉のように細胞からの培養はしませんね」
「なるほどなー。21世紀の水耕栽培の延長線上にありそうな感じだな」
そんな会話の最中にも、ヒスイさんは数度水を替えて小豆を洗っていった。
「小豆洗いって妖怪の存在が、日本では昔から語られていたな。変な妖怪だよな」
「『-TOUMA-』でも倒しましたよね」
「ああ、序盤の雑魚妖怪だった」
「なんの脅威もない妖怪でしたね……」
そう言いながら、ヒスイさんは洗った小豆の水を切り、鍋に入れる。さらに、鍋に水を入れていく。
それを確認した俺は、次の工程に必要な調理器具を用意する。
「これから小豆を煮るわけだが、小豆を煮る時間は、種類によって40分から100分くらいと、とにかく長いらしい。そこでこのアイテムを使うぞ! 火を使わない卓上コンロと、水蒸気回収装置!」
俺は、カセットコンロよりも一回り小さいコンロをキッチンの作業テーブルの上に置いた。
『ん? キッチンに最初からあるコンロは使わないの?』『水蒸気回収……?』『初めて見るガジェットだわ』『そもそも料理のこと何も解らんから、初めて見る物ばかりだ』
「40分だの100分だの、正直待っていられない! なので、超能力で時間加速をさせたいわけだが……時間加速をさせる範囲はサイコバリアで箱を作って囲む必要がある。だから、カセットコンロとかで火をつけたらサイコバリアで覆った内部の酸素が消費されて、そのうち火が消えてしまうかもしれないって思ったんだ。そこで、今回は火を使わないコンロだ! 水蒸気回収装置は、ヒスイさん説明よろしく」
「はい。サイコバリアの箱という密閉空間で水を沸かすと、大量の水蒸気が発生します。そして、その状態でサイコバリアを解除しますと、水蒸気の急速な膨張によって爆発が起きてしまいます。それを防ぐのが、この水蒸気回収装置です。自動調理器にも組み込まれている機械ですね」
「自動調理器も時間加速機能を多用するからな」
『なるほど、爆発』『MMOで旧式の圧力鍋使っていたら、爆発したことあるわ』『なにそれうける』『どうやったらそんなことが起きるんだ』『料理スキルに頼らず創作料理作ろうと思ったら……』
リアルで起きていたら大事故だったな! 怖い怖い。
さて、視聴者の相手もいいが、料理をそろそろ進めようか。
「まずは渋抜きという作業からだ。これは本格的に煮る前に行なう工程で、文字通り小豆の渋を抜くために行なうそうだ。スイッチオン」
鍋を載せた卓上コンロのスイッチを押すと、コンロに赤いランプが点く。
「うーん、見た目はランプしか変化がしないから、正直加熱している感覚がないな。21世紀の実家には導入していなかったけど、IHクッキングヒーターってこんな感じだったんだろうか」
俺がそう言うと、視聴者達が『IHって何?』と聞いてきた。
あ、あいえいち……。解らん。ヒスイさん解説お願い!
「IHとは、『Induction Heating』の略です。電磁誘導を利用した調理器で、調理器内部に仕込まれたコイルに流れる電流によって、鍋やフライパンの金属部分を直接発熱させる仕組みを取っています。その仕組み上、鍋やフライパンの金属素材が限定されてしまうのが難点です」
「なるほどなー。土鍋で煮込みうどんとかが作れないってことだな。それなら、うちの実家では導入しなくて正解だったな」
そんな会話をしている間に、鍋が煮える。すると、ヒスイさんがコンロの火力を中火に変え、「あと5分です」と言った。
「よし、行くぞ! サイコバリア発動!」
超能力を発動させると、コンロと鍋と水蒸気回収装置は黒い箱におおわれた。
時間系超能力を使用する場合に展開するサイコバリアは、光すらも通さないので、黒く見えるのだ。
「時間加速ー、5分! はい、終わり。サイコバリア解除」
サイコバリアを解除すると、鍋の中のお湯は薄紅色に染まっていた。小豆の色が出たのだ。
『なんか赤くね?』『これが渋か?』『いや、色は単なる煮汁じゃないの』『そんなに美味しそうに見えない』
そんな視聴者の言葉をよそに、ヒスイさんは小豆をザルにあけて、水で軽く洗い、水を切った。
鍋もさっと水で洗い、鍋の中に再び小豆を入れ、水を注いでいく。うーん、俺よりはるかに手慣れた感じ。
そして、卓上コンロの上に鍋を置き、スイッチを入れて強火に火力を調整しながら、ヒスイさんが言う。
「沸騰したら、弱火にしてそこから20分間隔で時間加速をしていきましょう」
「いきなり40分じゃダメなのか?」
「減った水を足す、『差し水』という作業を途中で入れたいので、20分間隔でお願いします」
「了解」
そうするうちに鍋が煮えてきたので、ヒスイさんはコンロの火力を弱火に変える。
そして、俺の方を見てきた。了解!
「サイコバリアー! うーん、人類最高峰の超能力強度を持ちながら、やることが料理とは、なんともはや」
『戦争しているんじゃないんだから、超能力なんて全部平和利用だ』『時間系能力は、料理や食品保存が正しい使い方だよ』『格好いい超能力バトルは、ゲームの中だけにしておきなさい』『そもそも家の外じゃ、アンチサイキックフィールドが展開していて、超能力自体使えないしな』
そういうもんかー。
そうして、数度超能力を解除して小豆の煮え具合を確認し、80分煮たところでヒスイさんのOKが出た。
「煮小豆の完成だー! いやー、自分で小豆を煮たの、これが初めてだぞ。ほとんどヒスイさんが作業していたけど!」
「簡単な作業でしたから、どちらがやっても結果に変わりはなかったでしょうね」
鍋からザルにふっくらとした煮小豆をあけながら、ヒスイさんが言う。いやいや、ちょうどいい煮え具合とか、俺には判断できないよ。
俺はヒスイさんに感謝をしつつ、次の工程に意識を向けた。
さあ、いよいよカボチャを調理していくぞ!




